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破壊の御子  作者: 無銘工房
燎原の章
67/540

第66話 決戦6-崩壊(前)

 密集陣形の側面にゾアンの突撃を受けた重装槍歩兵連隊は、混乱に(おちい)った。

 もともと正面に対する攻撃に特化していた密集陣形だが、ホルメアではさらに他国ものより長い槍と、それを片手で扱えるように肩から吊るした革紐で槍を支える工夫がされている。同じ密集陣形同士のぶつかり合いならば大きな効果を発揮するそれらの工夫は、敵の接近を許したとき、逆に大きな欠点となってしまった。

 横手から襲いかかるゾアンたちに槍を向けようとして、誤って味方を槍の柄で殴ってしまったり、槍同士をぶつけ合ったりする光景がいたるところで起きる。ただでさえ長い槍だと言うのに、過密とも言っていい密集陣形の中で指揮官の号令もなしに方向転換しようとすれば、それは当然の結果だった。

 もちろん、兵士たちは予備の武器として剣を腰に吊るしていたが、襲いかかってくる敵を前にして、手にした槍を捨てて剣に持ち替えるだけの冷静さを保っていられた兵士は、ごくわずかである。その他の大半の兵士たちは、とにかく手にしている槍を使おうとし、互いの身体や槍をぶつけ合ってしまう。冷静さを失った兵士たちは、それでも強引に槍を振るおうとし、引っかかった槍を奪い合ったり、ぶつかる味方を槍で押し倒したりと、余計に混乱は大きくなる。

 そこに突撃してきたゾアンたちは、まるで熱したナイフをチーズに突き入れるように密集陣形の脇腹をえぐった。

 瞬く間に、重装槍歩兵たちの(むくろ)が積み上げられ、血しぶきと断末魔の悲鳴が飛び交う。

 さらに、それは前列の重装槍歩兵たちの間にも動揺となって広がった。

 その動揺は、それまで整然と並べられていた槍の穂先を乱れさせ、盾でできた壁に亀裂を生じさせる。

「今だっ!」

 それを好機と見た蒼馬が叫ぶ。

 その号令に、ドワーフたちは手にした槍をいっせいに投げた。投げられた槍は、大きく開いた盾の隙間に飛び込み、多くの兵士を死傷させる。さらに、そこにディノサウリアンたちによる投石と、エルフたちの一斉射撃が加わり、重装槍歩兵たちは前列から順にバタバタと倒れていった。

 目の前で前列にいた仲間が次々と槍で貫かれ、石に打たれ、矢を受けて倒れていくのに、その後にいた兵士たちは恐怖し、敵から少しでも遠ざかろうと後ろに下がる。しかし、ただでさえ過密状態である密集陣形でそのような真似をすれば、すぐに味方同士で身体をぶつけ合ってしまう。

 そればかりか、左右からゾアンたちに攻め立てられていた密集陣形は、前や左右から下がろうとする力が集中し、その中心付近では下がろうとする仲間に押し潰されて圧死する者まで出る悲惨な状況に陥っていた。

 そうした光景に、マリウスは半ば茫然自失のまま思ったことを口にしていた。

「そんな馬鹿な! このようなことがありえるのですか?!」

 尊敬するダリウス将軍の前で我を忘れて叫ぶなど、普段の彼ならば決してしない失態である。

 しかし、それも無理はなかった。

「なぜなのですっ?! なぜ多勢である我が軍が、寡兵(かへい)である反徒たちに包囲されているのですかっ?!」

 前方からはドワーフとディノサウリアンたちが、左右からはゾアンたちが攻め立てるその陣形は、まさに包囲に他ならなかった。

 しかし、通常、包囲とは寡兵に対して多勢の側が行うものだ。

 ところが、目の前では、多勢である重装槍歩兵連隊が寡兵である反徒たちに包囲されているのだ。

「こ、このようなことは、見たことも聞いたこともありません! いかなる兵書にも、戦史にも、このようなことは書かれておりません! 閣下?!」

 今まさにマリウスの目の前で繰り広げられている戦況は、これまで彼が学んできた軍略の常識から考えれば、とうていあり得ない無謀な戦術である。自滅行為と言っても良い。しかし、現実として重装槍歩兵連隊が完全に押し込まれているのだ。マリウスは自らの足元がガラガラと崩れ落ちるような衝撃を覚えていた。

「マリウス伝令兵! わしは貴様に意見を述べろと言った覚えはないっ! 身のほどを(わきま)えよ!」

 いくら親しくとも戦場では将軍とたかが一伝令兵という立場だ。今のは僭越(せんえつ)と言われても仕方ない醜態である。羞恥のあまり血色が失せた顔を伏せるマリウスに、ダリウスはいくぶん語気を緩めて言った。

「戦場で不測の事態が起こるのは当然。だが、将は兵の前でうろたえてはならぬ」

 慌てふためくマリウスを一喝したダリウスだったが、しかし彼もまたこれまでの実戦で培ってきた経験や書で学んだ知識を嘲笑(あざわら)うかのような戦場の様相に、衝撃を覚えていた。

 戦の常道(じょうどう)(くつがえ)すと口にするのは簡単だ。だが、常道とは数多(あまた)の戦いから得られた経験則を基に積み上げられたものであり、それを覆すなど容易なことではない。

 しかし、反徒たちは無謀を承知の上での覚悟と決死の気迫をもって、今まさに常道を覆そうとしている。

「カドモスめは、何をしているのだ……!」

 ダリウスは重装槍歩兵連隊を預けた信頼する将校の名前を呟いた。

 ダリウスが知るカドモスならば、寡兵である反徒たちの包囲など少しつついただけで破ける薄い皮のようなものだと、すぐに見抜けるはずだ。どこでもいいから戦力を集中させて包囲を破れば敵を分断でき、さらにそれぞれを今度はこちらが包囲し殲滅させられると気づくだろう。

 しかし、いまだにそれが行われていない事実が、カドモスの死をダリウスに悟らせた。

 ダリウスは怒りと無念を込めて拳を握りしめる。

 だが、それで戦局が好転するわけではない。信頼する将校を失った失望と怒りを飲み込み、ダリウスは戦いの流れを取り戻そうとする。

「伝令兵及び大太鼓の用意っ!」

 そこでダリウスは、はたと言いよどむ。

 ここで重装槍歩兵連隊に何を指示すべきか迷った。

 もし、カドモスが生きていれば、何も言う必要はない。

 あえて指示を出すとすれば、「攻撃せよ」だ。それだけでカドモスならば状況を読み、最善の手を打ってくれるだろう。

 しかし、そのカドモスがいないのならば、現在の重装槍歩兵連隊を指揮するのは、ジュディウスだ。

 決して連隊長としての資質に劣るわけではないが、ダリウスの目からしてみれば、まだまだ青い。

 包囲の薄いところを見抜いて、そこに戦力を集中させられればいいが、それができずに闇雲に包囲を破ろうとすれば、かえって被害が大きくなる恐れがある。

 攻撃か防衛か?

 ダリウスは迷った。

「閣下! 何と指示を出せばよろしいのですかっ?!」

 急き立てられたダリウスは、絞り出すような声で決断を口にする。

「太鼓で、『防衛』を指示だ。わしが到着するまで、何としてでも耐えろと……!」


                ◆◇◆◇◆


「貴様ら、慌てず盾を並べよ! 陣形を維持するのだ!」

 遠くで鳴り響く「防衛」を意味する拍子で叩かれる太鼓の音を聞きながら、ジュディウス連隊長は馬上で咽喉を()らして叫び続けていた。

 隊列を乱そうとする兵士がいれば叱咤し、何とか陣形の維持に努める。

「落ち着け! 側面の部隊は、槍を放棄して抜剣し、ゾアンへ応戦しろ! 中央の部隊は、密集陣形の維持だっ!」

 しかし、ダリウスが言うように、ジュディウスは青かった。

 資質は十分であったのだろうが、それを活かせるだけの経験が不足していたのである。

 もし、この場に戦死したカドモスがいたならば、彼はただゾアンへの応戦や密集陣形の維持だけを叫びはしなかっただろう。

 カドモスならば、兵士たちが欲しがる希望を言葉にして与えたはずだ。

 囲まれていても敵は少数で間もなく崩壊するとか、もうすぐそこまでダリウス将軍の部隊が応援に来ているとか、事実と希望的観測を織り交ぜて兵士たちを鼓舞しただろう。

 しかし、ジュディウスは今にも逃げ出そうとする兵士たちを叱咤することしかできなかった。

 だが、これはジュディウスだけを責めるのは酷というものだ。

「貴様らっ! 自分の部隊の手綱ぐらいしっかりと握れ!」

 ジュディウスが怒鳴りつけた相手は、小隊などを預かる隊長たちである。彼らは、いずれもこの戦いが初陣である貴族の子弟たちだった。初めての戦が、まさかの乱戦になってしまった彼らでは、自分たちの部隊の手綱すら取れるわけがない。そればかりか、部隊の指揮を放棄して逃げ出しそうになっている者もいる。

 そんな自分らの隊長が浮足立っている姿は、否応なく兵士たちの不安を掻き立て、よけいに部隊の統制が取れなくなり、さらに反徒たちに押し込まれてしまうという悪循環に陥っていた。

 カドモスの不慮の戦死によって、彼の分まで重装槍歩兵連隊の指揮を執らなければならなくなったのに加え、そうした貴族の子弟の尻拭いまでやらされるジュディウスは、とにかく目の前の問題を片づけるのに精一杯で、兵士たちの気持ちを(おもんぱか)る余裕などありはしなかったのだ。

 今も崩れかけそうになる部隊を見つけ、大声を張り上げて指示を飛ばしたジュディウスだったが、ゾアンたちからすればその姿はよく目立って見えた。その首を取ろうとジュディウスに向かって殺到するゾアンたちに、兵士たちはろくな抵抗もできずに押し切られそうになる。そんな兵士たちの尻を蹴飛ばし、何とかゾアンを押し返したジュディウスは苦々しく吐き捨てた。

「ゾアンどもの鬼気迫る気迫に比べ、こちらの兵どもの腰の引け具合は、何なのだ!」

 そして、討伐軍がこれほど押されている一番の原因は、戦う者同士の気迫の差である。

 この戦いは、討伐軍の兵士たちにとって勝って当たり前のものだった。

 何しろ、これだけの兵力差に加え、それを指揮するのがホルメア最高の将軍と讃えられたダリウス将軍なのだ。負ける要素を見つける方が難しい。

 そのため、多くの兵士は戦う前から、終わった後にもらえる報奨金の使い道を考えたり、解放したボルニスの町で受ける住人の歓迎に思いを()せたりと、端からこの戦いを舐めてかかっていたのである。

 逆に、蒼馬たちはこの戦いに負ければ、もはや後がないことを承知していた。この戦いに参加した者すべてが、まさに決死の覚悟で戦いに挑んでいたのだ。

 この差が実際の戦いにおいて、ジュディウスも感じたような明確な形となって現れていたのである。


                ◆◇◆◇◆


 しかし、蒼馬は焦り始めていた。

 蒼馬も重装槍歩兵連隊への包囲が、奇跡と言ってもいいバランスの上に何とか成り立つ、とても危ういものであることを承知していた。

 それなのに予想以上に重装槍歩兵連隊がしぶとく、いまだに崩すには至っていない。今は押しまくっているゾアンたちにも、いつかは気力と体力の限界が訪れるだろう。

 いや、それよりも前にダリウスが率いる部隊が取って返して来る。そうなれば、重装槍歩兵連隊を囲んでいるゾアンを外側から攻められ、今度はこちらが内と外から挟み撃ちにされてしまう。

 そうならないためにも、今は少しでも良いからダリウスの部隊を足止めしなければいけない。

 しかし、ここからどうやってダリウスを足止めすればいいのか考えた蒼馬は、はっと思い出す。自分らの陣営の中には、それが可能な人たちがいた。

 蒼馬は陣地の後方に駆けて行くと、山の斜面にそそり立つ木々に向かって大声を張り上げた。

「ピピさん! 予定変更です。後ろの部隊がやって来るのを妨害してくださいっ!」

「承知しました!」

 樹上から甲高い女の声が返ってきたかと思うと、枝葉を散らして何かが梢から飛び降りてくる。

 それは、幼い顔立ちをした八人の少女たちであった。

 しかし、人間ではない。その両腕は風をはらんではためく大きな鳥の翼であり、膝から下は鉤爪を生やした鳥の足だ。脇から太ももまで大胆なスリットの入った独特の民族衣装のお尻の裾からは、大きな鳥の尾羽が覗いていた。

 それは、このセルデアス大陸に住まう七種族のひとつ、ハーピュアンである。

 彼女たち八人のハーピュアンが蒼馬の前にやってきたのは、「鉄の宣言」から間もなくのことであった。

「私は、ピピ・トット・ギギと申します! あなたの言葉に大変感動いたしました! 是非とも、私たちハーピュアンもあなたの配下にお加えください!」

 はきはきとした口調で代表の者が言うと、ハーピュアンたちはいっせいに大きな翼を地に伏せるようにしながら片膝をついて頭を垂れる。

 しかし、蒼馬は戸惑ってしまった。

 なぜなら自分の前にひざまずく八人のハーピュアンたちは、いずれも蒼馬よりも年下の少女たちだったのである。

 ハーピュアンを代表して一番前にいる少女などは、どう見ても中学生ぐらい、下手をしたら小学生でもおかしくない小さな少女だった。

 コバルトブルーに輝く大きな翼は広げれば両端まで四メルト(およそ四メートル)以上はありそうだったが、その背丈は直立してもせいぜい蒼馬の胸元辺りまでしかない。

 また、顔に対して目がやや大きなせいか、顔立ちもずいぶんと幼く見える。そのため、気が強そうな目の輝きも、こまっしゃくれた印象になってしまう。

 それに加えて、髪が人間ではあり得ない翼の色と同じコバルトブルーをしており、触覚のような妙な癖っ毛まであるのだ。

「アニメ髪にアホ毛?! どこのアニメから出てきたのっ?!」

 蒼馬は、そう思わずにはいられなかった。

 実は、ハーピュアンの頭髪は羽根が変化したものだ。

 鳥の羽根は、中心に硬い羽軸があり、そこから羽枝という羽毛が生えて一枚の羽根を形作っている。これはハーピュアンでも変わりない。

 しかし、ハーピュアンにとって人の髪の毛に当たる部分の羽根だけは、羽軸が細く柔らかくなっている。そんな羽根がしんなりと垂れて重なり合い、遠目ではまるで人の頭髪のように見えるのだ。

 だが、本質的には羽根であることには変わりない。見た目の色が色素だけで決まる髪とは異なり、羽根の表面の構造による光の反射や干渉によって色が作られるため、人間の髪とは比較にならないほど美しく多彩な色となる。また、蒼馬が「アホ毛」と思ったのは、極楽鳥のような飾り羽の名残だろう。

 さすがに自分より幼い少女たちまで戦いに駆り出すのに抵抗を覚え、蒼馬は返事を躊躇(ためら)った。

「もしや、勘違いをされておりませんか?」

 それを察したハーピュアンの少女が、苦笑とともに告げた。

「人間などには良く勘違いされるのですが、私はこれでもれっきとした大人です」

「……! え? ええっ?!」

 驚いた蒼馬が助けを求めるようにシェムルを見やると、彼女は「そう言えば」と前置きしてから教えてくれた。

「ハーピュアンは、人間から見ると子供のように見えるらしいぞ」

 そういうことは、早く教えて欲しいと思う蒼馬だった。

「えっと……ギギ、さん?」

 ゾアンのように最後の部分が当人の名前だろうと思って尋ねたが、少女は首を横に振る。

「いえ。ギギは祖父の名前です。トットは父の名前。ピピが私の名前です。正式な名乗りは、ギギの息子であるトットの娘、ピピと言います!」

「ピピさんですね。――えっと、良い名前ですね」

 本当は、可愛い名前だと言いたかった蒼馬だが、無難に「良い名前」と言うことにした。

「はい! はるか昔に人間との戦いで数多の首級を上げ、《鮮血の荒鷲》と呼ばれた偉大なる女戦士ピピ様にあやかり、祖父がつけた名前です!」

 どうやら可愛い名前どころか、《鮮血の荒鷲》の名前だったらしい。それに蒼馬は、頬を少し引きつらせながらも、ピピたちを歓迎したのである。

 しかし、そんなハーピュアンたちを蒼馬は今に至るまで戦いの表には出さなかった。それは彼女たちを切り札として温存したと言うわけではない。単に、彼女たちをどのように使えばいいか迷っていたからである。

 彼女たちからハーピュアンは上空から投石を行うのが得意とは聞いたが、わずか八名ではそれがどれほど効果を上げられるか疑問だった。それどころか、敵の上空を飛ばれると、かえって弓矢や投擲武器による攻撃の邪魔になりかねない。

 そのため、重装槍歩兵連隊の密集陣形が崩れた後に、みんなで突撃する際に、その援護とみんなとの連携を取るための連絡役として待機してもらうしかなかったのだ。

 しかし、現状でダリウスの部隊を足止めできるのは、彼女たち以外にはいない。

 また、蒼馬の指示を受けて飛び立ったピピたちハーピュアンも、ついに自分らが役に立つときが来たことに歓喜していた。

 自分らが数少ないため、どう用いればいいか蒼馬が頭を悩ませていたのは知っていた。そのため決して不平不満は言わなかったが、他の種族が奮戦するのを眺めていることしかできないのに、やはり忸怩(じくじ)たる想いがあったのだ。

 そこに来て、ついに自分らが役立てる機会を得られたハーピュアンたちが、どれほど(ふる)い立ったかは想像に難くない。

 ダリウス将軍が率いる部隊の上まで一息で飛んだピピたちは、その場で旋回をしながら、片足で持った籠の中の石をもう片方の足で器用に掴み取ると、眼下の人間たちへ投げ始めた。

 頭上からバラバラと降り注ぐ石に、兵士たちは右往左往する。

 中には弓矢をもってハーピュアンを射落とそうとする者もいたが、重装槍歩兵連隊を救援に向かうために隊列を変えている途中では、それもままならない。下手に立ち止まれば、かえって隊列を乱してしまう。

 こちらの攻撃が届かないはるか上空からのハーピュアンたちの投石に、討伐軍の兵士たちはなす術もなく見上げる他できなかった。

 そんな慌てふためく兵士たちに、ダリウスの一喝が浴びせられる。

「うろたえるな! 落ちて来るのは、たかが小石! 恐れることはないのだ!」

 ダリウスの言うとおり、ハーピュアンたちが落としている石は、せいぜい片手で握りしめることができる程度の大きさでしかなかった。いくら高いところから落とされようとも、兜の上からでは、たんこぶひとつできはしない。

 これが、空を飛ぶという圧倒的な優位性を持ちながら、ハーピュアンが人間に遅れを取らざるを得なかった理由だ。

 ハーピュアンの身体は、飛行のために特化している。

 蒼馬が子供と勘違いしたほど身体が小さいのは、身体を小型化して重量を軽くするためだ。また、翼を支える胸筋以外の筋肉は、驚くほど細く衰えている。

 さらに他の種族に比べて、骨の数が少ない。これは少しでも身体を軽くするために、複数の骨が一本に統合され、骨の本数を減らしているからだ。それに加え骨自体も中空構造となっており、他の動物と比べても格段に軽くなっている。骨の強度不足を補うために、中空となった内部には目の粗いスポンジのような骨組織が支柱となって骨を支えているが、それでも他の種族の骨と比べれば折れやすいことには変わりはない。

 この虚弱と言っても良い身体のせいで、ハーピュアンたちは奴隷というより、その美しい翼を愛でるための愛玩動物の一種として扱われてきた。

 何しろ、人間の子供にも劣る筋力では労役に就かせることもできず、かといって人間に容姿が似通っているといっても、手荒く扱えば簡単に怪我をし、のしかかろうものなら全身骨折で死んでしまうため、性奴隷としても使えないからだ。

 ところが、そんな虚弱な身体と引き換えにして得たハーピュアンの飛行能力も、自分の身体を浮かせるだけで精一杯というものだった。

 戦いに際してハーピュアンたちは、その飛行能力を活かして上空から石や投げ矢などを敵へ落とす方法を好む。ところが、ハーピュアンの飛行は荷重に厳しい制限があり、それほど多くの石や投げ矢を持って飛べないという大きな欠点を抱えていたのだ。

 かつて帝国の名将インクディアスが唱えた名将の条件に「ハーピュアンの投石や弓矢が尽きるまで耐え忍ぶことができる忍耐力」を挙げているのは、裏を返せばハーピュアンらの投石が耐え忍ぶうちに終わる程度しか長続きしないということである。

「ハーピュアンなど、恐れるに足らんわ!」

 ダリウスは腰の剣を抜き放つと、小さな気合とともに戦車の頭上を覆っていた矢避けのための屋根を支える柱を次々と切り倒した。そして、もはや頭上を守るものがなくなった戦車の上で仁王立ちになる。

 その身をもってハーピュアンの投石など恐れるものではないということを示したダリウスの姿に、兵士たちの混乱もピタリと治まった。

 これには、ピピたちハーピュアンも焦る。

 彼女たちは殺傷力の高い大きな石ではなく、あえて数多く持てる小石を選んで持って来ていた。

 ただでさえ持てる投石に限りがあるのに、彼女たちハーピュアンがわずか八名しかいなかったため、大きな石ではすぐに後が続かなくなってしまう。仮に、彼女たちが持って飛べるような軽量な火壺や爆弾のような多数の敵を殺傷できるものがあれば話は別だが、そうしたものがない以上、せめて持って行ける投石の数を増やすことを選択したのである。ところが、今回はその選択がかえって裏目に出てしまった。

 自分らの投石が効果を上げられなくなったのに気づいたハーピュアンのひとりが、ピピに向けて叫ぶ。

「私が、あの指揮官に直接石をぶつけてやります!」

「待ってっ!」

 ピピが制止の声をかけるが、そのハーピュアンはいったん上空に駆け上がると、そこからダリウスめがけて一気に急降下して行った。

 ハーピュアンの足は人の手と同じぐらい器用に動かせるとはいえ、やはり上空からの投石は命中精度に難がある。たったひとりの人間を狙って石を当てるには、こうして目標上空から急降下し、ギリギリのところで石を投じなければならない。

 それを目ざとく見つけたダリウスは、鼻で小さく笑う。

「わしに弓を貸せ」

 ダリウスは衛士から受け取った弓を引き絞ると、こちら目がけて降りてくるハーピュアンに向けて矢を放った。そのハーピュアンは避ける間もなく矢を胸に受け、きりもみしながら地に墜ちる。さらにその周囲にいた兵士たちに取り囲まれ、ずたずたにされてしまった。

 そのダリウスの弓の腕前に、兵士たちは歓声を上げる。

「さあ、ハーピュアンにかまうな! 急ぎ隊列を整えて、味方の援護に向かうのだ!」

 もはやダリウスの部隊を足止めする手段をハーピュアンたちは失ってしまっていた。

 もともと、いくら小石とはいえ持って来られた投石の数も少なく、長くは足止めできないとは覚悟していたが、これほど早い段階で自分らが無力化されるとは予想外である。

 今さら投石を補充に戻るわけにもいかないピピたちは、悔しさに唇を噛みしめながら、せめて気を散らせられればと、ダリウスたちの頭上で旋回を続けるしかなかった。


挿絵(By みてみん)

 ついにハーピュアン登場。出来るだけリアルに飛行できる種族を考えたら、最弱の種族となってしまいました。

 ハーピュアンは卵を産んで母乳で育てる卵生哺乳類という設定なので、乳房はちゃんとあります。ただし、翼を動かす強い胸筋を支える土台となるために、鎖骨や胸骨が一体化した、まな板…もとい、胸骨板という骨があるせいか、乳房はあまり発達しません。あとは鳥なので求愛も翼を利用するため、人間のように乳房によるセックスアピールが必要でないのも乳房が発達しない原因でもあります。

 ちなみに猿は発情するとお尻が赤くなってセックスアピールをするため、乳房はほとんどありません。人間は二足歩行になったのでお尻ではセックスアピールしにくくなり、乳房が発達したと言う説があります。

 ハーピュアンは、他の種族より目がやや大きめです。フクロウなどの猛禽類も、他の生物に比べて顔に対する目の比率が大きいのと一緒です。

 顔に対する目の比率が大きいと、人は幼さと可愛いさを感じます。赤ちゃんの顔が可愛く見えるのも、そのせいだとか。ちなみにアニメや漫画の女の子たちの目を大きめに書くのも、それが可愛いと感じるからだそうです。

 つまりハーピュアンがロリ貧乳で青髪のアホ毛の女の子でも、まったくおかしくはないのです!

 こんなことを友人に語ったら、「萌え種族を出すのに、そこまで考えるなんてバカだな」と言われました。おそらく褒め言葉でしょう。

 他にも舌が長いとか、衣服、鉤爪、食事などなど、いろいろ設定は作ってあるので、暇があればまとめて公開したいと思っています。

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― 新着の感想 ―
[一言]  それこそ、何人かで油の入った壺1つでも持てば良かった気がするけど。あとは、1人が松明を持って飛んでるだけで恐怖が伝染すると思う。
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