第64話 決戦4-鳥
戦場となった山の裾野に、数千人が合唱する歌声が響き渡る。
「「進め、進め、ホルメアの勇者たちよ! 前へと進め! 戦友たちと肩を並べ、前へと進め! 後ろに続く戦友たちのために道を切り開け! さあ、戦友よ! 我とともに前へと進めっ!!」」
それはホルメア国軍の重装槍歩兵部隊が、密集陣形を作って前進するときの歌だった。
太鼓の拍子だけではなくそれに合わせて合唱させるのは、歩調を合わせて一糸乱れぬ行進をさせるためだけではなく、大きな声を出させることにより兵士たちの恐怖心を消し去る効果があるからだ。
鼓笛隊が楽器を鳴らし、それに合わせて声を張り上げて歌う重装槍歩兵連隊が、槍の穂先を並べて押し寄せてくる。その光景は恐怖を通り越して、異様ですらあった。
蒼馬たちは、押し寄せてくるこの重装槍歩兵連隊をただ見ていたわけではない。
まずはエラディア率いるエルフの弓兵部隊が先制攻撃を加える。
「つがえっ!」
エラディアは自身も矢を弓の弦につがえながら叫ぶ。それに合わせて、エルフの女性たちがいっせいに矢を弓につがえた。
「――引けっ!」
ぎりりっと弓がしなる音が唱和する。
「――放てっ!!」
放たれた矢が、ざあっと音を上げて雨のように密集陣形へ降り注ぐ。
しかし、密集陣形を組んだ重装槍歩兵部隊は頭上に隙間なく並べた盾によって、その矢を防いだ。たまたま盾と盾の隙間に飛び込んだ矢によって負傷する兵士もいるが、すぐさま後列の兵士がその穴を埋め、陣形を崩すには至らない。
エラディアは、その秀麗な顔に苛立ちの色を浮かべる。
事前に聞かされてはいたが、自分たちの弓の腕前をもってすれば、もっと被害を与えられると思っていた。だが、予想していた以上に密集陣形の防御は固く、このままいくら矢を射ても大した戦果は得られないだろう。
それに、やはり弓に触れていなかった期間が長かったせいで、早くも腕にしびれるような疲労を感じていた。このまま無駄に矢を射続けていいものか迷いが生じる。
その時、陣地の西側から声が上がった。
「西側から敵兵が攻めて来たぞ!」
重装槍歩兵連隊と呼応し、西側から陣地に攻め寄せてきたのは、ひとつだけ連隊から離された場所に配置されていた部隊であった。
「やっぱり来た!」
西側の柵まで駆け寄った蒼馬は、敵部隊を確認する。
重装槍歩兵連隊の密集陣形は、きれいな長方形の形を保ったまま進軍して来る。それに対し、西から攻め寄るその部隊は、隊列を組まずに地表に顔を出す岩などを避けながら進軍するため、その陣形は不定形で、遠目では餌を探すアメーバのようにも見えた。
西側からも攻められた場合、予定では三分の一ほどの兵力を割り振って、それに対応するはずであったが、予想していたよりもエルフの弓兵が強く、重装槍歩兵連隊の弓矢に対する防御が堅かったため、蒼馬は予定の変更を決断する。
「予定を変更します! エラディアさんたちエルフのみんなは、全員で西側に移動! 何としてでも、敵部隊の接近を阻止してください!」
「承知いたしました!」
エラディアは颯爽と衣服の裾を翻して、姉妹たちを連れて陣の西側へ移動する。
「他の人たちは、南から来る敵本隊に備えて!」
そう叫んだ蒼馬は、人を探す。すると、その目的の人は、すでに蒼馬の指示を受けるよりも早く行動していた。
「ドヴァーリンさん!」
「おう! 心得ておるわ!」
そう言ったドヴァーリンや彼の後ろに控えていたドワーフたちの腕には、柴や枯草を束ねたものが担がれていた。それをドワーフたちは柵の手前に手際よく積み上げていく。
そして、詰み上がったところで、それにドヴァーリンが手にした松明で火をつけていった。柴や枯れ草の束に火がつくと、中に生木が入れてあったようで、もうもうと白い煙が上がる。それは背後の山から吹き降ろす北風に乗って、重装槍歩兵連隊へと向けて流れていく。
それを見届けた蒼馬は、さらに指示を飛ばす。
「ガラムさんたちは、下がって! ドヴァーリンさん、ジャハーンギルさん!」
柵の手前で投石を行なっていたゾアンたちを蒼馬は後ろに下げた。それと入れ替わるように、前に出て来たドワーフとディノサウリアンたちが柵の内側で横隊を作って並んだ。たくましい肉体を持つ彼らが並ぶ様は、さながら肉の防壁である。
「そりゃ! 気合じゃ! 気合をあげろ!」
ドヴァーリンの掛け声とともに、ドワーフとディノサウリアンは手にした長柄の武器の石突を地面に打ちつけながら、声を上げる。
「「うおおおおー!」」
その叫び声は、白煙の向こう側にいる重装歩兵連隊を率いていたカドモス連隊長の耳まで届いていた。
すでに敵陣までは、指呼の距離である。
本来ならば、弓矢や投石による攻撃が激しくなるこの辺りの距離から、一気に突撃するのが定石だ。この程度の距離ならば、密集陣形を保ったまま全力で走られるぐらいには兵士たちを鍛えてある。
もちろん、反徒どもは弓矢や投石で反撃してくるだろうが、敵陣に達する間に弓矢ならせいぜい射ることができて一、二本。投石でも三個ぐらいしか投げられはしない。その程度ならばたいした損害を出さずに敵陣にたどり着ける。
あとは柵に槍を突き入れて敵を遠ざけた後に、盾を使った体当たりで土手を崩し、柵を打ち倒せば、それで勝負は決するだろう。
しかし、ここに来て敵陣から白煙が上がってきた。
このような開けたところで、火攻めをかけてくるとは思えない。それに、火攻めにしては、やけに白煙ばかりが上がるのがおかしな話だ。
そうなると考えられるのは、煙による目くらましか、それによってこちらの足を止める算段だろう。
カドモスは冷静に、重装槍歩兵連隊から敵陣までを観察する。北風が強いため、煙はこちらに届く前に散っていた。せいぜい敵陣と、その手前ぐらいの視界が悪い程度だ。
もし、あの辺りに足を引っかけるように縄でも張られていたり、落とし穴が掘ってあったりすれば厄介である。
カドモスは近くにいた伝令兵を呼びつけた。
「左の連隊を率いるジュディウスに伝達。行進の速度を落とす。敵陣前の罠を警戒せよ、とな!」
カドモスの言葉を復唱した伝令兵は馬首を巡らせると、密集陣形の左側にいるジュディウス連隊長の下へと駆けて行く。
それを確認してから、カドモスは鼓笛手に命じて、行進曲の拍子を遅くする。すると、それにあわせて密集陣形の前進する速度も遅くなった。
「最前列! 槍で前の地面を叩いて確認しながら前進!」
カドモスの号令によって、太鼓の音に合わせて最前列の兵士の槍が地面を叩く音が加わる。これで縄や落とし穴があれば、事前に見つけられるはずだ。
さらに不意打ちのように白煙の向こう側から飛んでくる投石への警戒を呼びかける。
「盾の防御壁をしっかり維持しろ! どこから矢や石が飛んでくるかわからんぞ!」
しかし、現状では投石に危険を感じていなかった。
重装槍歩兵たちが持つ盾は、木の板の表面を金属で補強して内側には革を張っただけのものだ。そのため矢は防ぎ止められても、重い投石を何度も受け止められるものではない。白煙によって飛んでくる投石を見極めるのは難しくなったが、逆に敵も投石を集中させられなくなっている。これならば、距離が縮まり、投石の威力が上がっていく中で、かえって好都合と言うものだ。
あとは敵陣を蹂躙するのみ!
そうカドモスが考えていた頃、敵陣から白煙が上がる光景は、ダリウスのところからも見えていた。
「……あれは、なんだ?」
ダリウスは、敵の意図を読もうと目をすがめて敵陣を睨む。
「閣下、敵の火攻めでしょうか?」
蒼馬が火攻めによってホルメアの兵士八百人を焼き殺したことを聞き及んでいた将校たちは、またもや火攻めを仕掛けてきたのかと思った。
ダリウスもその可能性を考えたが、すぐにそれを否定する。
「そうではあるまい。このような開けた場所で火攻めをかけても意味はなかろう。それに、火攻めにしては煙ばかりで火が見えん」
ダリウスの言うように、見えるのは白煙ばかりで火の手がまったく見られない。ダリウスもカドモスと同じく足止めか目くらましが目的だと考えた。
そう考えている間にも、鼓笛隊の奏でる行進曲が緩やかなものとなり、重装槍歩兵連隊の行進が遅くなる。
そのカドモスらしい堅実な判断と指揮に、ダリウスは微苦笑した。カドモスに任せておけば敵陣の方は問題あるまいと判断したダリウスは、現われるであろう奇襲部隊に意識を向ける。
「周囲の警戒を怠るな! いよいよ敵の襲撃があるやもしれん!」
そう指示しながら、ダリウスもまた戦場の周囲へ視線を巡らせる。
その姿は、隠れた獲物を探す獰猛な老獅子を彷彿とさせるものだった。
◆◇◆◇◆
戦場となっている山の裾野から平原に向けて少し離れた場所にある茂みの中に、バヌカが率いる伏兵部隊が隠れていた。
平原で狩猟をしていたゾアンにとって、茂みに隠れたまま獲物を待つのにはなれている。討伐軍がやってきてから、ずっとこの場に息をひそめ続けているのも大した苦にはならない。
しかし、それはあくまでただ待つだけならばの話である。
離れた場所にいるバヌカたちは戦場全体を見渡すことができたため、討伐軍と自分たちの兵数の差を明確に見て取れた。それだけに、今まさにあそこで危険に晒されている同胞たちのことを思うと、とてもではないが気が気ではなかった。
そして、何よりもあそこには敬愛して止まない獣の神の御子であるシェムルがいるのだ。
バヌカはただ待つしかできない我が身の不甲斐なさに、歯噛みする。
「若様、落ち着きください。焦りは禁物ですぞ」
隣にいた同胞にたしなめられ、バヌカは自分が無意識に腰を浮かしていたのに気づいた。
ここで焦って敵に見つかってしまっては、元も子もない。バヌカはことさら深く息を吸って吐くと、自分の気を落ちつける。
それから間もなくして、ついに待ちに待った時がやってきた。
「若様! 陣地より煙が上がりましたぞ!」
それこそ待ちに待っていた合図だった。
バヌカは後ろを振り返ると、氏族の者たちに声をかける。
「皆の者、いくぞっ!」
皆が力強くうなずき返すのを確認したバヌカは、四つ足になり駆け出そうとした。
いざ走りだそうとしたバヌカだったが、その時腰を引っ張られるような重さを感じる。しかし、いつも大地を駆けるときとは違う感覚に戸惑いを覚えたのは一瞬だけだった。
「御子様。今、このバヌカが参ります!」
そう胸の内で呟いたバヌカは、同胞たちとともに砂塵を蹴立てて走り出した。
◆◇◆◇◆
バヌカたちが巻き上げる砂塵は、周辺の警戒をしていた兵士にすぐに発見され、その報は瞬く間にダリウスのところへ上げられた。
「閣下! 平原の方より、砂塵が上がっております!」
その報告に、ダリウスは思わず椅子の肘掛けを手で打った。
「やはり、来たか!」
兵士が指し示す方を見れば、確かに大きな砂塵が立ち上っているのが見えた。ダリウスは砂塵の大きさや立ち上り方から、その下にいる部隊の種類や規模を推し量る。
砂塵が高くまっすぐ上がるのは、騎馬や戦車のように高速で移動している証だ。今、この場でそのような砂塵を上げて移動するのは、ゾアンと見て間違いない。そして、その砂塵の規模からして、その数はおよそ二百から三百ほどと見積もる。
それは、待ちに待ったゾアンの奇襲部隊に間違いない。
そう断定したダリウスは戦車の椅子から立ち上がると、その腕を一振りする。
「我が直下の部隊に命ずる! 敵、奇襲部隊に向けて回頭せよ! 重装歩兵を前面に出し、横隊を組ませよ! 敵が突撃してきた場合、盾を並べ、これを防ぎとめるのだ!」
その号令とともに、ダリウスの部隊が行動を開始した。
ダリウス直下の部隊は、ダリウスの私兵とホルメア国軍の精鋭部隊に、さらにボーグスの率いる一般兵士たち二個中隊を加えた、およそ五百人の大隊だ。それだけの兵数でありながら、事前にゾアンの奇襲部隊が現れたときの行動を徹底的に叩き込まれていた部隊は、よどみなく奇襲部隊に向けて陣形を組みなおしていく。
前列に大盾を構えた重装歩兵が並び、次に槍を構えた槍歩兵、さらにその後方に弓兵が並ぶ。
それは、まず弓兵が矢を射かけ、それでも突撃して来たゾアンは大盾の壁で食い止め、そこを槍で突き殺すという堅実な構えである。
ゆっくりと向きを変えていく戦車の上に仁王立ちになって、陣形を組みなおす大隊の姿を眺めていたダリウスだったが、敵陣の様子が気になり、肩越しに後ろを振り返った。
すると、西からは歩兵大隊が攻め立て、南からはいよいよ重装槍歩兵連隊が敵陣に達しようとしているところだ。ほどなく敵陣は、西と南から食い破られるだろう。今さら、いくら反徒たちが抵抗しようとも、その命運は尽きたも同然である。
勝利を確信したダリウスは、戦車の椅子に腰を下ろした。
その時である。
ダリウスの視界の隅に、何か黒い影がよぎった。
なぜか、それが妙に心に引っかかったダリウスは、身体ごと敵陣の方へ振り返ると、じっと目を凝らす。
そして、その黒い影の正体を見届けたダリウスは、何とはなしにそれを口にした。
「……鳥か」
西からは歩兵大隊が、南からは重装槍歩兵連隊による密集陣形が攻め寄ってくる陣地は、誰の目から見ても陥落するのは時間の問題かと思われた。
そのとき、ついに蒼馬の策が動き出す!
次話「決戦5-道」
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ダリウスの砂塵判定は、孫子を参考にしました。砂塵がまっすぐ高くあがるのは戦車、逆に低くたれこんでいるのは歩兵だそうです。四つ足で駆けるときのゾアンは戦車に近いかなということで、そちらにしました。




