第56話 読み合い-1
「やはり僕は、この街から出て、討伐軍を迎え撃とうと考えています」
蒼馬の言葉に、皆は顔を見合わせた。
つい先日、蒼馬は同じようなことを言ったばかりである。そして、そこで提案された奇襲は、失敗に終わったというのに、またここで同じことを繰り返す彼の真意がわからなかった。
黙りこくってしまったみんなの顔を見回しながら、蒼馬は言った。
「もちろん、僕の考えが絶対とは思ってはいません。他に良いアイデア……えっと、考えがあったり、疑問とかあれば、みなさん遠慮なく言ってください!」
そこまで発言を促されては、黙っているわけにはいかない。
まず、実際に討伐軍を目にし、その戦力差を肌で感じ取ったガラムが反対意見を言う。
「俺には、あの大軍を街の外で迎え撃つのは、とても無理だと思うが……」
「俺も同感だ」と、ズーグも同意する。「無理に街から出て迎え撃つ必要があるのか? 当初の予定通り俺たちで国の内部を荒らしまわった方が、マシだと思うぞ」
ゾアンの両雄が口をそろえて否定的な意見を述べたのに、他のゾアンたちからも同調する声があがる。
「やはり、俺たちで後方の街や砦を襲撃し、ホルメアとかいう国を混乱させた方がいいんじゃないか?」
「俺たちゾアンの足を最大に活かすには、それが良いと思う」
しかし、蒼馬はそれを否定した。
「もう、その手は使えないと思います。――すでに討伐軍は、この街の間近まで迫っています。今さらはるか後方を荒らしても、討伐軍は引き返す前に、この街を取り戻しに来ます。主力のゾアンの皆さんがいない状況では、とても街を守ることなんてできません」
蒼馬はここでいったん言葉を区切ると、この場にいる全員の顔を見回してから、次のことを断言した。
「そして、この街を取り戻されたら、僕たちの負けなんです!」
◆◇◆◇◆
「どうした? 反徒どもが街から出て、わしらを迎え撃とうとするのが意外か?」
ダリウスの言葉に、驚きと疑問が顔に出てしまったマリウスは、慌てて手のひらで顔下半分を覆い隠し、表情を取り繕う。
「大変、失礼いたしました。閣下」
いくら個人的に親しい間柄と言っても、軍事行動中では総指揮官と伝令兵という立場がある。マリウスは頭を下げて謝意を示した。
それにダリウスは、気にするなと言うように軽く片手を上げる。
「ふむ。ちょうどよい暇つぶしだ。――マリウスよ。おまえならば、反徒どもはどう出ると思う?」
時折、ダリウスは若手の将校に、こうした質問を投げかけることがある。マリウスも、このダリウスの遊びにはなれているため、身体の緊張を解くと、しばし考えてから答えを返した。
「そうですね。――もし、私が反徒の頭目ならば、ゾアンたちを使って我らの後方を攪乱させます」
マリウスが続けて語った具体的な内容は、討伐軍を迂回し、後方の砦や村々を襲撃するというものだった。これはかつて蒼馬が考えた策とほぼ同じものである。
「確かに、それは脅威だ。――しかし、わしは反徒の頭目は、そうはしないと睨んでおる」
「なぜでしょう?」
「もはやボルニスまでは、あとわずかだ。たとえゾアンどもが後方に向かおうが、わしはまずボルニスを落とす。そうすれば、反徒どもは終わりなのだよ。それがわからぬ敵ではあるまい」
ダリウスが言うように、すでにボルニスまでは後わずかな距離である。ここまで来ておきながら、ゾアンたちがいなくなったからと言って、何の成果も上げずに引き返せるものではない。まずはボルニスの街を奪還した上で、後方に回ったゾアンの討伐に向かうことになる。
それはマリウスにもわかっていたが、それがなぜゾアンの負けにつながるかまではわからなかった。
「ですが、もともとゾアンは平原を漂泊していた種族。攻め落とした街を取り返されても、問題ないのでは?」
むしろ、ボルニスの街の存在はゾアンにとっては足かせになっているように、マリウスは思えていた。種族の能力として短距離ならば馬並の機動力を誇るゾアンならば、特定の拠点を定めず、神出鬼没にホルメア国内を荒らし回られた方が、ずっと恐ろしい。
「そうだな。今回の反乱が平原を侵されたゾアンの報復だったならば、な」
「と、言いますと?」
マリウスの問いに、ダリウスは面白いことを思い出したかのように、くっくっと笑う。
「ゾアンどもを率いる反徒どもの頭目は、大言を弄したそうだ」
反徒の頭目がボルニスの街で行った演説は、マリウスも耳にしていた。
「それならば、私も聞き及んでおります。なんでも、異種族たちの国を作るとか……」
「ならば、こそよ!」
ダリウスは強く言い切った。
「ゾアンのみならば、拠点を定めずに街や村々を略奪して回ることも可能だろう。しかし、奴らの中にはドワーフやディノサウリアンもいる。短期間ならばともかく、休める拠点もないまま移動と戦いを続けては、そやつらの体力が持たん。そして、ドワーフやディノサウリアンどもが落伍すれば、反徒の頭目が掲げた異種族たちの国という意義は失われる」
ダリウスは、ふんと鼻で笑う。
「集団の意義を失えば、それはただの野盗の群れだ。ただの野盗の群れならば村々の被害は大きいだろうが、恐るべき相手ではないわ」
ダリウスは確信していた。
本当に恐ろしいのは、たとえ少数であろうとも、確固とした目標に向けて行動する集団である。そして、今ボルニスを占拠する反徒どもは、まさにその恐るべき集団なのだ。
当初、反徒がただの野盗か真の意味でホルメアに敵対する勢力なのか、決めかねていたダリウスに確信を持たせたのは、あの河での奇襲である。
ダリウスが、ボーグスの率いる二個中隊を伏せておいたのは、いわば試金石であった。
反徒どもが、ただ平原を侵略された憎悪や奴隷にされた怒りだけに支配されているのならば、無謀にも討伐軍へ突っ込んでくるだけだろう。多少考える頭があっても、せいぜいボルニスの街で破壊と略奪の限りを尽くしてから平原に帰るか、次の獲物を求めてホルメア国に侵攻するか、そのいずれかである。
しかし、もし反徒どもが本気で自分らの国を作るつもりならば、その拠点となるボルニスの街を守るために、討伐軍に攻勢をかける唯一の好機である渡河中を狙って奇襲をかけてくるとダリウスは睨んでいたのだ。
そして、それは現実のものとなった。
「反徒の頭目が言うような国を作ろうと思えば、ドワーフやディノサウリアンは切り捨てられん。そして、何より国を作るためにも、その礎となる街を捨てられはせん」
敵がただの野盗ではなく、恐るべき敵対勢力だと言いながら、ダリウスの口調は喜びに震えていた。
「しかし、ボルニスに代わる新たな拠点を得ればいいだけでは?」
マリウスの目から見ても、もはやボルニスは風前の灯である。そんなボルニスに固執せずとも、新たに拠点となる村や街を手に入れたほうが良いように思えた。
「それは無理と言うものだ」
だが、それもダリウスは否定する。
「今回の件で、ボルニスを攻めたゾアンの数は千にも満たなかったそうだ。確実に街を落とさなくてはいけないゾアンたちの状況を鑑みれば、おそらくはそれが現時点で投入できる最大兵力と見て間違いあるまい」
かつて数万の戦士を擁していたはずのゾアンの凋落ぶりに、自分がその最大の要因であると知りつつも、ダリウスは悲哀を覚える。
「平原の覇者と呼ばれたゾアンも攻城戦は不得手であろう。その上、わずか一千足らずで強固な壁を持つ街を落とすのは不可能。ならばこそ、奴隷を扇動して内部より街門を開いた。――いや、そうせずには落とせなかったのだ。
だが、すでにボルニス陥落に奴隷の反乱が関与していたことは、ホルメア国中の都市にも知れ渡っておる。もはや同じ手は使えまい」
実際に、ボルニスに一番近いルオマの街においては、亜人種の奴隷たちに対しての監視が厳しくなっていた。
「しかし、それ以上に重要なのは、反徒の頭目が本気で国を興すつもりならば、絶対にボルニスは捨てられん、ということだ」
それにマリウスは小さく首を傾げる。
「それはなぜでしょう?」
「地図を見るがいい。ソルビアント平原は、南を除いた周囲を険しい山々に囲まれておる。それらは、平原を守る防壁に等しい。そして、その防壁が途切れる平原の南側に位置するボルニスの街は、ソルビアント平原への門なのだ。
わしらがボルニスを押さえれば、ゾアンどもは平原に帰ることも、そこから出ることもできなくなる。逆に、反徒どもがボルニスを押さえていれば、わしらは平原に手を出すことはできん。つまり、ボルニスを押さえることが、平原の死命を制することに等しい」
ダリウスは、その両腕を大きく広げた。
「そして、ソルビアント平原は、広大な平原だ。もし、これを開拓できれば百万の兵士を養うに足る穀倉地へと変わろう。しかも、周囲を山の防壁に囲まれ、敵勢力に脅かされることはない平原の穀倉地の価値は計り知れん。
まさに、ソルビアント平原は国の礎となり得る地なのだ。
もし、国を興そうとするならば、わしでもソルビアント平原を手に入れようとする。ましてやゾアンたちにとって平原は、父祖の土地。これを取り戻さずにはいられん。
そのためにも、反徒どもはボルニスの街を捨てるわけにはいかんのだよ」
ダリウスの言葉に、マリウスはなるほどと納得した。言われてみれば、ソルビアント平原ほど新しい国を興すに、相応しい土地はないだろう。
それ以外にも、ボルニスの街がある位置も良い。
ボルニスの西にあるのは海洋国家ジェボアである。
この国はベネス内海の海運の要所として貿易によって発展した国だ。そのため商人ギルドの力が強く、一応は国王を戴いているが商人ギルドによる傀儡政権であることは周知の事実である。そして、国の実権を握る商人ギルドは金儲けにしか興味はなく、これまで一度たりとも領土拡大に意欲を示したことはなかった。
このジェボアならば、仮にボルニスの西側の守りを手薄にしても攻め入る恐れはなく、わずかな兵力をすべてホルメア国へ向けられるだろう。
考えれば考えるほど、反徒たちにとってボルニスほど都合が良い都市はないように思えた。
「では、ボルニスに籠城するのでは?」
これだけ好都合な都市ならば、反徒たちは是が非でも守ろうとするだろう。それならば、不利を承知で籠城するのではないかと、マリウスは考えた。
しかし、それをダリウスは大きく笑い飛ばす。
「そうしてもらえれば、わしも楽ができるのだがな」
◆◇◆◇◆
蒼馬が語るボルニスの価値に、部屋にいた者たちはすぐに言葉が出なかった。
「……確かに、それほどこの街に価値があるというのならば、敵はまっすぐここを目指すだろうな」
そうガラムが悔しそうに言えば、ズーグは頭をかきむしる。
「そうなれば、たとえ少数でも戦士を割きたくないぞ。ましてや、効果が望めない後方の攪乱にはな。それなら、いっそのこと戦士の損害を度外視して、討伐軍の後陣に突っ込んだ方が、まだマシだ」
こちらの奇襲に対して罠を仕掛けてくるほどの相手だ。軍事物資を運搬する輜重隊は、鉄壁の守りがつけられているだろう。そこに襲撃をかけても、返り討ちは目に見えている。
無駄に戦士を殺す気かと非難の目を向けるガラムに、ズーグは苦笑いをして「本気でやるわけがないだろ」と言うように肩をすくめて見せた。
「ですが、それでも街を出て迎え撃つのは無茶だと思うのですが……」
そう自信なさそうに言うバヌカの言葉に、ガラムとズーグは言葉もなくうなる。
「やはり、この街に籠り、敵の勢いが衰えるのを待つのが上策ではないのか?」
そう言うドヴァーリンには、たとえ万の軍勢に囲まれたとしても、そうやすやすとは街は落とされない自負があった。それどころか、下手に討伐軍が攻めて来ようものなら、逆に殲滅してやるとすら気負っていたのである。
「いえ。それこそ、一番の下策だと思います」
しかし、蒼馬は籠城を下策と言い切る。
「僕なら、こうします。――矢の届かない場所に布陣し、街の人に呼びかけるのです。『助けに来たぞ。さあ、ともに戦おう。門を開こう』ってね」
蒼馬たちはマルクロニスの進言どおり街の住民たちをできるだけ慰撫してきたが、彼らの支持を得られたかというと、そういう簡単なものではない。いまだ街の住民たちにとって蒼馬たちは、突如街を攻めてきた侵略者なのだ。今は反抗せずにおとなしくしているのも、単に蒼馬たちを恐れているに過ぎない。たとえるなら、家に閉じこもって嵐が通り過ぎるのを待っているようなものだ。
もし、ここに討伐軍が街の解放を唱えてやってくれば、住民たちは諸手をあげて歓迎するだろう。
「そんな街の人間など、恐れるに足りん! 塵芥のような連中など、我がひと睨みすれば簡単に追い払えるわ!」
言葉に詰まるドヴァーリンの代わりに、そう豪語したのはジャハーンギルである。鼻息を荒くする彼に、しかしソーマは首を横に振る。
「恐怖で押さえつけても、それは一時的なものです。押さえつけられれば押さえつけられるほど、住民の中には大きな怒りがため込まれます。
この街の住人が一万人だとすれば、その半分の五千人が男。そのうち老人子供を抜いた戦える男は三分の一だとすると、それだけでも千五百人以上。ですが、街中がいっせいに蜂起するのなら、本来は戦えない女性や子供たちまで加わり、その数は数千人にもなるでしょう。街の外に七千人の討伐軍を相手にしながら、内側にも数千人の敵。僕には到底勝ち目なんて見えません」
これには、さすがのジャハーンギルも悔しそうにうなるだけで反論はしなかった。
代わりにガラムが意見を述べる。
「では、いっそのこと平原に撤退し、時期を図った方がいいのではないか?」
蒼馬の言うとおり、籠城はできないと理解できた。
しかし、だからと言って無理に討伐軍を迎え撃つ危険を冒す必要はないはずだ。せっかく落とした街を放棄してしまうのは痛いが、ここはいったん退いて、好機を待つのもひとつの手だと考えた。
だが、それもまた蒼馬は否定する。
「それは、滅ぶのを先延ばしにするだけだと思います」
◆◇◆◇◆
「やはり、ゾアンどもは平原に撤退する可能性が高いのではないでしょうか?」
ダリウスが言うように反徒が街から出て自分らを迎え撃とうとするとは、やはりマリウスには考えられなかった。
確かに反徒たちの目的を考えれば、ボルニスを捨てるとも思えない。だが、ボルニスを失ったとしてもソルビアント平原を守れば、反徒の目的は達するように思える。それならば、むしろボルニスに固執せずに、平原に撤退するのもありだと考えた。
「確かに、それが一番賢い選択であろうな」
平原に撤退した後は、ゾアンたちは徹底抗戦によって持久戦に持ち込んでくるだろう。
広大なソルビアント平原という地の利を活かし、平原に侵攻するために長く伸びたホルメア国軍の補給線に執拗な攻撃を加え、ズタズタにしてしまうのだ。糧食などの補給が滞れば、それだけで兵の士気はガタ落ちになり、満足に戦うことすらできなくなってしまう。
この策に対抗するには、平原に拠点となる砦をいくつも作りながら、少しずつ平原に勢力圏を広げていくしかない。
しかし、それを実行するにはホルメアは莫大な資金と労働力、そして十年単位の時間が必要となり、ホルメア国の平原開拓計画に大きな遅延を生じてしまうだろう。
そして、ゾアンたちは再び平原の外に侵攻する機会を辛抱強く待てばいい。
「だが、その手段は単なる延命にすぎんとわしは考える」
問題となるのは、ゾアンとホルメア国の地力の差だ。
これまで平原を追い立てられてきたゾアンたちは、いずれの氏族も大きくその力を落としている。三十年前に起きたソルビアント平原でのゾアンとホルメア国との大戦においては、ゾアンは二万余の戦士を集めたというのに、ボルニスを攻め落とした時は千人にも満たなかったことからも明白だ。
そして、狩猟生活をしながらホルメア国と戦い続けなければならないゾアンと、ボルニスによってゾアンを平原に押し込められるホルメア国では、その差は広がりこそすれ縮まることはない。その差が決定的なものとなった時、今度こそゾアンは滅びを迎え、平原は完全にホルメア国のものとなるだろう。
「それならば、反徒の頭目はあえて危険を承知で攻めに出ると、わしは考えておる」




