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破壊の御子  作者: 無銘工房
聖戦の章
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第30話 ボーンズの悲劇8-決壊

「あれが、例の奴か?」

 ボーンズの街壁の上に立ったガラムは、聖戦軍の野営地の方を見下ろしながら、そう言った。

「はい。大将軍閣下。あれが一昨日からこちらへ降服を呼びかけてくる連中です」

 近くに控えていた兵士の言葉に、ガラムは「そうか」と短く答えた。

 その視線の先にいるのは、聖戦軍の野営地から出てきた一団である。

 それは、折れた武器が転がり、流れた血で地面がまだらに染まる凄惨な戦場の風景には似つかわしくない旅芸人のように太鼓や鳴り物を叩く一団であった。その先頭に立つのは、道化のような派手な色彩の衣装を身にまとい、(また)がった馬の背で尊大な態度でふんぞり返る人間の男であった。

「聞けぇー!」

 矢が届く距離の手前で馬を止めた派手な衣装の男は、こちらに向かって声を張り上げた。

「私はカーディナル帝国の三大選帝大公家のひとつワイザン大公家のアルフェリウス・ワイザンであぁる!」

 その名乗りに、ガラムはわずかに身体を緊張させた。

 ガラムもカーディナル帝国において皇帝に次ぐ地位と権威を有する三大選帝大公家のことは聞き及んでいる。その三大選帝大公家の人間を名乗るのだから、この聖戦軍においても総大将であるアウストラビス大神官と副将のバグルダッカ大公に並ぶ重要人物であることは間違いなかった。

 その三大選帝大公家を名乗るアルフェリウスという男が何を言うかガラムは耳をそばだてる。

「無駄な抵抗を続ける者たちに告げる! 今すぐ帝国の威にひれ伏し、降服を受け入れ、門を開けよ! さすれば、この私が寛大な心をもって慈悲をくれてやろう!」

 事前に聞いていたとおりのこれまでと同じ降伏勧告であった。

 ガラムは街壁の周囲に狙撃手などの伏兵が潜んでいないのを確認してから、ひらりと街壁の胸壁の上に立つと名乗りを上げる。

「ワイザン大公家の者とやら! 俺はエルドア国が大将軍! 《猛き牙》ファグル・ガルグズ・ガラムだっ!」

 まさかエルドア国の大将軍が出てくるとは思っていなかったのだろう。わずかに動揺する様子を見せる一団に向けて、さらにガラムは吠える。

「言いがかりに等しい妄言を並び立てて我が国の領土を侵したばかりか、これまでの数々の暴虐無比な行いは断じて許しがたし! また、貴様らがほざく慈悲とは、我らを奴隷以下の家畜の如く扱うことを言うのかっ?!」

 ガラムはアルフェリウスらの方を向きながら、その実は後方で事の成り行きを見守るボーンズの街の人々へ向けて言い放つ。

如何(いか)なるお題目を並べ立てようとも、貴様らには大義はなく、その行いに一片の仁義すらない! 貴様らは力をもって無辜(むこ)なる民から略奪せんとする匪賊(ひぞく)(たぐ)いに他ならぬ! そのような奴らに降服するだと?! まさに笑止千万! 自ら進んで匪賊に奪われ、殺されたいと望む者などいるものかっ!」

 ガラムは大きく息を吸うと、それを大音声に変えて解き放つ。

「我らは戦う! 降服などせぬ! 我らひとりひとりが死兵となり、貴様ら匪賊どもを殺して殺して殺しまくってやる! 我らを弱兵と侮るなっ! 殺される覚悟をもって攻めて来い!」

 そのとき、ガラムの後方でどっと歓声が上がった。

 ガラムの宣戦を聞いていたボーンズの街の人々や兵士たちが、それに同調して声を張り上げたのだ。さらに彼らは聖戦軍に対して怒りと罵倒の声を上げ、その拳や手にした武器を突き上げて戦意を示したのである。

 その時ならぬ(とき)の声に、街壁の外にいたアルフェリウスはわずかに顔をうつむかせて、ぽつりと何かを洩らす。

 遠目の利くガラムの目はその唇の動きは見えたが、背後で湧き上がる大音声もあって、さすがにアルフェリウスが何を洩らしたかまではわかなかった。

 しかし、もしガラムがそれを聞き取っていれば、彼は奇妙な表情を浮かべることになっただろう。

 なぜならば、アルフェリウスが洩らした言葉とは「耳が痛いな」というものだったからだ。

 うつむかせていた顔を上げたアルフェリウスは、再び尊大な態度を取る。

「愚かな亜人め! その大口を後悔するなよ!」

 そう捨て台詞を吐くと、アルフェリウスは馬首を返して帰陣してしまう。

「……何だったのだ、あいつは?」

 この街の防衛を指揮する大将軍の自分が顔を出したのだ。これから降伏の条件などを突きつけて来るだろうと身構えていたガラムだったが、あっさりとアルフェリウスが退いてしまったことに拍子抜けしてしまった。

 しかし、こちらから呼び止めて交渉を呼びかけるのは弱腰と取られかねない。ガラムは帰陣するアルフェリウスを見送ることしかできなかった。


                  ◆◇◆◇◆


「大将軍閣下! 敵が退いていきます!」

 マルクロニスの言うとおり、払暁前の淡い光に包まれた眼下の戦場では、それまで黒蟻の大群のように街壁へ群がっていた聖戦軍の兵士が潮が引くように後退していく姿があった。

 昨夜半から始まった聖戦軍の夜襲による猛攻を辛くも凌いだボーンズの街の人々は、その光景に次々と歓声を上げる。

「皆、よくやった! だが、まだ気を抜くな! また攻めてこないとも限らん!」

 疲労と寝不足でその場にへたり込む人々へその奮戦を賞賛するとともに油断を戒めさせていたガラムのところへマルクロニスがやってくる。

「一部の兵を見張りに立てさせます。大将軍閣下は、残りの兵とともにいったんお休みください」

 おまえは休まないのかと問うガラムに、マルクロニスは苦笑を浮かべる。

「こちらにどれだけの被害が出たか確認し、防衛体制を再構築しなければなりません。私は指揮していただけで、実際に敵兵を蹴散らされていた大将軍閣下の方がお疲れでしょう。私も後ほど休憩を取らせていただきます」

 夜の闇は敵味方問わず等しく覆い隠してしまう。そのため、敵味方双方にどれだけ損害が出たかわからないのが夜戦の怖いところだ。軽微ならば良いが、予想以上の損害を被っていれば、それが思わぬ堤防の蟻の一穴となりかねない。マルクロニスが言うとおり、早急に被害状況を確認する必要があった。

「わかった。疲れているだろうが、頼んだぞ」

 個人の武勇や白兵戦ならばともかく、こと籠城戦のこととなる経験も知識も不足している。それを承知しているガラムは、マルクロニスにも決して余力があるというわけではないとわかっていても任せるしかなかった。

 街壁から下へ降りたガラムは、炊き出しをしている街の婦女子らから食事を受け取ると、それを味わう間もなく口にかっ込んだ。それから、そのまま仮眠を取ろうと家屋の壁を背にして座り込むと目をつむった。

 しかし、少しでも身体を休めなければならないという意志とは裏腹に、戦いを終えたばかりで気が高ぶっているのか、なかなか寝付けない。

 その中で何故か脳裏に思い浮かぶのは、あのカーディナル帝国の三大選帝大公家のひとつワイザン大公家のアルフェリウス・ワイザンを名乗った人間のことだった。

 あれからも毎朝やってくるアルフェリウスに対応するため顔を出していたガラムだったが、向こうが口にするのは一方的な降伏勧告ばかりで、その言い分には何の変化もない。こちらと交渉しようという気配すらなく、ただ呼びかけ続けるだけなのには、自分が休むのを少しでも邪魔しようという嫌がらせなのかと、ガラムは本気で検討したものである。

 しかし、相手にどんな意図があるにせよ、相も変わらず同じことしか口にしない相手に割けるほどの暇も余力もなかったガラムは、早々に見切りをつけてしまった。自身が顔を出したのはわずか三日ばかりで、それ以降は兵士に何かわずかなりとも変化があれば自分へ報告するように命じるとガラムはアルフェリウスを放置することにしたのである。

 そして、いまだに何の報告も上がってきていないところから、やはりあれは帝国の威を示せばこちらが降服すると過信する愚かな人間だったのだろうか。

 そう思っては見ても、何故かガラムの脳裏からあのアルフェリウスという人間のことがこびりついて離れなかった。

「いかんな。今は少しでも休まなければならんというのに……」

 ガラムは苦笑とともにそうこぼすと、脳裏からアルフェリウスのことを追い払うように小さく頭を振るってから再び目をつむって壁に身体を預けた。

 すると、今度脳裏に浮かぶのは、昨日から先程までの戦いのことである。

 これまで大軍の利を活かして全方位から街を攻め立ててきた聖戦軍であったが、昨日は南側のみを激しく攻め立ててきた。戦力を集中させての一点突破を狙ってきたのだろうかと考えもしたが、敵は街をぐるりと囲むほどの大軍である。それではかえって兵を遊ばせるだけになってしまい、用兵としてはあり得ないものだった。

 また、その後の夜戦もそうだ。

 夜の闇は想像よりも深い。人間より遙かに夜目が利くゾアンといえど、その闇のすべてを見通すことはできない。いくら月や星の明かりがあったとしても、ほんの少し離れれば、そこにいる人が敵か味方かすらもわからなくなる。それどころか自分が今どこにいて、どちらを向いているかすらわからなくなってしまう。

 敵はどこにいる? いつ襲ってくる? 隣にいるのは本当に味方か? もしかしたら自分を殺そうとする敵かも知れない。

 その不安は、容易に兵たちを恐怖させ、混乱させる。

 古今東西、夜戦における混乱からの同士討ちは珍しいものではない。 

 それだけに指揮系統も統一されていない大軍である聖戦軍にとって、夜戦は避けるべきもののはずであった。そして、現に聖戦軍もこれまで夜戦はしかけてこなかったのだ。

 だが、それが今日になって何故夜戦を仕掛けてきた?

 あの暴君と呼ばれるクロゥ・カァン・バグルダッカ大公が帰陣したとの情報もあるが、それが原因なのか?

 そのようなことをつらつらと考えていたガラムの思考にもようやく睡魔の霧がかかり始めたときである。

 甲高い鐘を叩く音が鳴り響いた。

 ガラムはカッと目を見開く。

「敵襲かっ?!」

 飛び起きたガラムは耳をそばだてた。

 敵襲を報せる鐘を叩いているのは南側である。昨日の日中は激しく攻め立てておき、夜間は反対の北側へ攻撃の矛先を変えることで、こちらの兵の消耗と分散を狙った上での奇襲であろう。

 ならば、これが敵の攻勢の本命に違いない。昨日以上に過酷な戦いになると覚悟を決めて南側の街壁へ走ろうとしたガラムだったが、それまで鳴り響いていた鐘の音がピタリと止んだのに足を止めた。

「誤報だったのか……?」

 いくら何でも鐘を叩く手を止めるのが早すぎた。しかし、それにしては南側からは人々が上げる怒号や悲鳴がいまだに聞こえてくる。

 ガラムは嫌な予感を覚えた。

 何かとてつもなく悪い事態が起きている。

 そんな予感であった。

 それに駆り立てられるように再び南の街壁へと向かったガラムだったが、その途中で運良くマルクロニスと合流する。

「マルクロニス! いったい何があった?! 誤報か?!」

「わかりません!」

 マルクロニスもまた困惑していた。

「誤報ならば誤報の鐘が叩かれるはずです! ですが、それがない! 何かまずいことが起きているとしか思えません!」

 するとそこに頭上から声が降ってくる。

「急報! 急報!」

 それはハーピュアンの伝令兵であった。彼女は地面に衝突しかねない勢いでガラムの前に着地すると、間髪を入れずにガラムへ告げる。

「南の街壁が聖戦軍に制圧されました!」

「な、何だとっ?!」

 その凶報に、ガラムは続く言葉を失ってしまう。

「私が鐘の音に気づいて空に上がったときは、まだ敵が南の街壁へ押し寄せてくるところでした。ですが、あっという間に街壁の上や内側に敵が現れて、守っていた兵たちもろくに抵抗できず制圧されてしまいました! 現在、南側の街壁を乗り越えて、次々と聖戦軍が街へ侵入してきております!」

 ガラムはハーピュアン伝令兵の言葉を信じられない面持ちで聞いていた。

 これまで四ヶ月以上にわたり聖戦軍の猛攻を(しの)ぎ続けてきたのだ。それが今朝になって、こんなにあっさりと街壁が陥落したとはとうてい信じられなかった。

 しかし、現実として街の南側から聞こえてくる怒号と悲鳴はさらに大きさと範囲を拡大している。

「マルクロニス! 人を集めろ! 街に侵入した敵を撃退するぞ!」

 そう言って両手に抜き放った山刀を握り締め駆け出そうとしたガラムをマルクロニスは呼び止める。

「大将軍閣下! 駄目です! もう手遅れです! 急ぎ戦力を領主官邸に集めて立て籠もるしかありません!」

 聖戦軍という洪水を防ぎ止めていた街壁という堤防が決壊したのだ。そこから濁流となって流れ込む聖戦軍を防ぎ止めることなどできはしない。

 しかし、ガラムは躊躇(ちゅうちょ)する。

「だが、街の人々が……!」

 ガラムの耳は、聞こえてくる怒号と悲鳴の中に、女子供のものと思われる声がまじっているのを聞き取っていた。

 ためらうガラムの胸ぐらをマルクロニスはいきなり掴み上げる。

「私は手遅れだと言った! もう誰も助からない! わずかな街の人間をほんの少しだけ生きながらえさせて死ねば、おまえは満足かっ?! それがおまえの命の使いどころかっ?! 違うだろ! 一時でも、一刻でも長く、ここに聖戦軍を押しとどめる! それがおまえの命の使いどころじゃなかったのかっ?!」

 鬼気迫る表情で怒号を浴びせてくるマルクロニスに、ガラムは息を呑んだ。

 しばらくしてガラムは血を吐くような言葉を吐く。

「すまん。おまえの言うとおりだ……」

 マルクロニスは表情を緩めると、ガラムの胸ぐらを掴んでいた手を放す。

「大将軍閣下に対して僭越(せんえつ)な行為でした。生き延びられたなら、如何様(いかよう)にも処罰してくださって構いません」

 おどけるようにひょいっと肩をすくめて言うマルクロニス、ガラムも小さく失笑を洩らす。

「そうだな。お互いに生き延びられたなら、厳しく罰することにしよう」

 そう言うとガラムは自分たちのやりとりを固唾を呑んで見守っていたハーピュアン伝令兵に向けて言う。

「俺たちは領主官邸へ退く。悪いがおまえは街で抵抗している兵たちに、領主官邸へ退くように伝えろ。空を飛ぶおまえならばできるだろう。だが、くれぐれも矢には気をつけろ」

 ハーピュアンの伝令兵は承諾の言葉を告げると、大きく翼を打ち振るわせて空へと舞い上がった。

 それを見送ったガラムは、今なお悲鳴と怒号が聞こえてくる街の南側へと目を向けると、小さく「すまん」と口にする。そして、未練を振り切るようにキッと領主官邸の方へと向いた。

「退けっ! 領主官邸へと退くぞっ!!」

 ガラムはマルクロニスをともなって領主官邸へと向かった。

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― 新着の感想 ―
ずっとソーマと一緒にいて支えになってくれてたマルクロニスが地味に好きだった。かつてソロンに将の器と評されてたけど今回の大将軍への喝はまさにその体現だった。2人はどんな運命を迎えるのか、続きが本当に気に…
さて、悲劇の中、大将軍はどうなるか?そしてソーマは? 破壊の御子全体を通してのクライマックスの一つが血がづいてくる。続きが気になります・。
更新ありがとうございます 門の管理を豚に任せてしまった人手不足が辛いですね とは言え豚でなくとも誰かしらは楽になりたがってしまったのでしょうが
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