第25話 ボーンズの悲劇2-奇行
太鼓と金物などの鳴り物を叩く賑やかな音が鳴り響いた。
それは戦いの指示を出すものとは違う。どこか旅芸人が人々の注目を集めるために打ち鳴らされるものに似た、軽快な音である。
ボーンズの街の防壁の上で見張りについていた兵は、いったい何事かと胸壁の間から聖戦軍の野営地がある方を見やった。
「何だ、ありゃ?」
聖戦軍の野営地からこちらに向かってくるのは、奇妙な集団であった。その数は、十人ばかり。その先頭には遠目でもはっきりと見える極彩色の服を着た若者である。その脇には従卒らしき男が大きな旗をこれ見よがしに振り回しており、さらにその後ろにはまるで旅芸人のように太鼓を叩き、鳴り物を鳴らす兵たちが続いていた。
これは新たな攻め手か、と緊張が走る。
しかし、よくよく見れば野営地を区切る柵の向こう側でも、聖戦軍の兵たちがその集団を指さして騒いでいる姿が見えた。それに加えて他の兵たちが連携して動いている気配がないところからも、彼らにとってもその集団は知らされていないものだったことが窺える。
如何なる思惑があるかはわからないが、たったあれだけの人数で攻撃してくるとは思えない。
そうなると、度々寄越される降伏勧告の使者かとも考えた。だが、さすがにあれは使者にしては奇抜すぎる。もはや奇妙を通り越して珍妙な集団だ。あれでは降伏を勧告するというより挑発するようなものである。
しかし、そうなるといったい何が目的なのかさっぱりわからなかった。
とにかく防衛を指揮する将軍のところへ伝令を走らせると、敵の動向を見守ることにしたのである。
そうこうしているうちに、その珍妙な集団が防壁からの矢が届くか届かぬといった位置で立ち止まった。そして、極彩色の派手な衣装を身につけた若者が馬上でふんぞり返りながら前に出てくる。
「私はカーディナル帝国の三大選帝大公家のひとつワイザン大公家のアルフェリウス・ワイザンである!」
防壁の上にいた兵士たちの間に動揺が走った。
帝国の内情に詳しくない西域の人間でも、ここまで聖戦軍と戦い続けていれば、三大選帝大公家のことぐらいは聞き及んでいる。帝国では皇帝に次ぐ権威を有する三大選帝大公家がその姿を現したことで、ただならぬ事態が起きつつあると誰もが警戒した。
そんな兵たちの前で、アルフェリウスは尊大な態度で剣を引き抜くと、それを防壁の上へと切っ先を向ける。
「無駄な抵抗を続ける者たちに告げる! 今すぐ帝国の威にひれ伏し、降服を受け入れ、門を開けよ! さすれば、この私が寛大な心をもって慈悲をくれてやろうではないか!」
それはこれまでの降伏勧告とあまり変わらぬ内容であった。
しかし、今回はそれを切り出したのは、三大選帝大公家である。
さらにここから何を言ってくるのか? それとも何かが起きるのか?
防壁の上にいるエルドア国の兵たちは固唾を呑んで見守った。
ところが、である。
「よし! ――戻るぞ!」
一方的に言うだけ言って満足した。
そう言わんばかりにアルフェリウスは馬首を返すと、野営地へと戻っていく。
そして、その姿が野営地を区切る柵の内側へと消えると、防壁の上にいた兵長が次のように洩らした。
「何だったんだ、ありゃ?」
◆◇◆◇◆
このアルフェリウスの奇行は、それから毎朝続けられた。
新たな条件を突きつけるでも、交渉を求めるでもなく、ただ一方的に降服を勧告するだけで帰ってしまう。
当初は何かの策かと警戒していたボーンズの街側も、今では相手にするのも馬鹿らしいと傍観するにとどめていた。また、聖戦軍の野営地でも当初はささやかな娯楽とされていたのだが、早くもそれに飽きられる始末である。
それにともない聖戦軍の諸王諸侯からはアルフェリウスへ呆れ混じりに皮肉が投げつけられるようになっていた。
しかし、それらに対してもアルフェリウスは蛙の面に水とばかりに飄々と受け流していたのである。
「おい、若様。今日もまたやるのか?」
今朝もまた極彩色の派手な衣装を着たアルフェリウスがボーンズの街へ向かおうとするのに、従卒のピートが苦い顔で言う。
それにアルフェリウスは「当然だろ」と答えると、ピートは深々とため息を洩らした。
「もう相手の指揮官からも相手にされなくなっているんだぞ」
この奇行を初めて三日目には相手の指揮官らしき姿も防壁上に見受けられた。アルフェリウスの奇行を聞き、何らかの策か、交渉のために自身を誘い出すためのものと思い、姿を現したのだろう。
しかし、それもわずか三日間だけである。
呼びかけにも応えず、相も変わらず一方的に降伏勧告を告げるだけのアルフェリウスに時間の無駄だと判断したのか、指揮官らしき者も三日も経たずに姿を現さなくなってしまったのだ。
それだというのにアルフェリウスは、どこか満足げな表情で言う。
「相手の指揮官が出たと言うことは十分に街の中に俺の噂が広まったと見て良いだろう。そして、その指揮官が警戒を解いてから、今日で二日目。そろそろだとは思うんだが」
「若様。いったい何を考えているんだ?」
ピートの質問にアルフェリウスが答えようとしたところに、兵のひとりが血相を変えて駆け込んできた。
「若様、大変です!」
そのただならぬ様子にアルフェリウスたちは、何か一大事が起きたのだと察して緊張を高める。そんなアルフェリウスに、兵士は乱れた息を整えるために、大きく息を吸ってから次の言葉を告げる。
「先程バグルダッカ大公閣下が帰陣されました」
◆◇◆◇◆
「ああん? 何だ、この道化は?」
バグルダッカ大公クロゥが帰陣したと聞いたアルフェリウスがピートをともなって軍議用の天幕へ駆けつけると、そこでは諸王のひとりの首を文字どおり締め上げているクロゥがいた。
おおかた先触れの兵が告げたとおりボーンズの街攻略の指揮権を寄越せと言ったクロゥに難色を示したのだろう。その王はクロゥの太い両腕で襟首を締められた上で吊り上げられていた。首を絞められて顔を真っ赤に充血させた王は、地に着かぬ足をバタバタと動かして抵抗するが、クロゥの太い両腕は微動だにしていない。
「これはこれはバグルダッカ大公閣下。ずいぶんとゆっくりの御帰陣ですね」
自身の衣装に訝しげに目をすがめるクロゥに対し、アルフェリウスはことさら慇懃に一礼した。
それにクロゥは締め上げていた王を飽きた玩具のように投げ捨てると、新たな獲物を見つけた野獣のように歯を向いて笑う。
「俺様が戻るまで街を落とすと抜かしておきながら、この為体も道理だ。無能ばかりか道化までいたとはな」
足下で窒息から解放されてむさぼるように空気を吸っていた王に一蹴りくれてから、クロゥは諸侯諸王らを威嚇するように睥睨する。
「無能どもめ。貴様らは目の前の大きな獲物を食らうよりも、周辺の小さな獲物を襲うだけで満足しているのか? そこから略奪した食い物もいつまで保つ? それとも、リュッベンの飢えをもう一度味わいたくて、わざとやっているのか?」
誰も彼もクロゥを恐れて、その視線を避けて顔を背けた。そんな諸侯諸王をクロゥは鼻で笑う。
「もう良い、無能どもめ。後は俺様の言うとおりに動け。無能でも、その程度はできるだろう?」
クロゥの暴言にも、もはや諸王諸侯の中からは拒絶の声は上がらなかった。
しかし、その代わりに声を上げたのはアルフェリウスである。
「手出しはご無用に願えませんか、バグルダッカ大公閣下」
それにクロゥがぎろりと睨みつける。
「あぁん? 何か言ったか、道化?」
諸王諸侯らは、悲鳴を上げそうになった。
いくらアルフェリウスが同じ三大選帝大公家の当主代理だからといって遠慮するようなクロゥではない。しかし、それによって三大選帝大公家の対立にでも発展しようものならば、そのきっかけとなったこの場に居合わせただけでもどのような災いに巻き込まれるかわからなかった。
それに肝を冷やす諸王諸侯らに追い打ちをかけるように、アルフェリウスはさらにクロゥに言う。
「お忙しい閣下の手をわずらわせることもありません。そう申しているのですよ、バグルダッカ大公閣下」
慇懃無礼とは、このことである。言葉だけは丁寧だが、アルフェリウスの態度は明らかにクロゥを挑発していた。
何とかこの場から立ち去る口実はないかと慌てふためく諸王諸侯らの前で、クロゥは大きな笑い声をひとつ上げる。
「こりゃ、オードの爺さんには後で礼をもらわんとなぁ。大事な大公家をつぶすような馬鹿を事前に処分してやるんだからな」
そう言うとクロゥは獰猛な笑みを浮かべながらアルフェリウスへと歩いて行った。
自身へ向かって来るクロゥに対して、アルフェリウスはわずかに右足を後ろに引く。そして、右手を腰の後ろに回した。
そのときアルフェリウスの後ろにいた従卒のピートが、アルフェリウスが後ろに回した手の辺り凝視して目を剥いて驚きの表情を浮かべる。
その様子に、クロゥは足を止めた。
クロゥは訝しげに目をすがめると、アルフェリウスの頭の先から爪先までジロジロと眺める。
「おい。こいつは何かやっていたのか?」
そのクロゥの問いかけに、先触れの兵として先に帰陣していたバグルダッカ大公軍の兵がクロゥに耳打ちした。
アルフェリウスの策があるという宣言と、その後の奇行について耳打ちされたクロゥは、眉をひそめてアルフェリウスを見つめる。
しばらくして、クロゥは突如ニカッと笑った。
「なるほど。――こいつは、俺様が悪かった」
諸王諸侯らは度肝を抜かれた。
あの暴君が悪びれないとはいえ、非を認めたのである。
「知らぬこととはいえ、悪いことをした。すまん! おまえの手柄を奪うつもりはなかったのだ」
突然、クロゥが下手に出たことに混乱する諸王諸侯らの前で、アルフェリウスは警戒を解かぬままクロゥに尋ねる。
「では、このままお引き取りいただけると?」
これに対してクロゥは笑顔のまま否定する。
「いやいや。手出しも口出しもしないが、俺様がいた方が都合が良かろう?」
結局はボーンズ攻略の指揮権を握ろうとするのかと、より警戒を強めるアルフェリウスに対してクロゥは上機嫌で理由を説明する。
「これは聖教主導の聖戦だ。如何におまえが三大選帝大公家当主代行とはいえ、それだけでは心許ないのではないか?」
こいつ、俺の策を読んだ?!
思わず驚きを表に出しそうになったアルフェリウスは、慌ててそれを内面へ押し込めて平静を装う。
それすら見抜いた様子でクロゥは楽しげに言葉を続ける。
「だから、俺様が認めてやろうではないか。聖教の三大神官にして人間の神の御子でもあるのだ。俺様が認めてやれば、間違いなかろう?」
「……確かに。おっしゃるとおりですね」
提案したのがクロゥであるというだけでアルフェリウスには受け入れがたいものであった。だが、提案そのものは至極理に適ったものである。アルフェリウスも私情を殺して受け入れるしかなかった。
そんなアルフェリウスの内心の葛藤すら良い見物だとばかりに、クロゥは満面の笑みを浮かべる。
「よし。受け入れられて俺様もうれしいぞ。――では、俺も帰陣したばかりで疲れている。いったん自陣へ戻らせてもらおうか」
そう言うとクロゥは歩き出した。
どういうわけかわからぬがクロゥが機嫌をなおしたのに、安堵から張りつめていた空気が弛緩する天幕の中で、それでもなお緊張を維持するアルフェリウスは出て行こうとするクロゥに道を譲るため脇に避ける。
突然襲いかかってきても対処できるよう、一挙手一投足も見逃さぬと睨みつけてくるアルフェリウスの前をクロゥは悠々と通り過ぎた。
そう思われた瞬間である。
「おお、そうだ。大事なことを言い忘れておった」
唐突に洩らされたそのクロゥの声に、無意識のうちにアルフェリウスの思考が言葉の内容へと向けられた。その隙を突き、踵を返して振り返ったクロゥの分厚い手が、アルフェリウスの右肩に落とされる。
とっさに右腕を動かそうとしたアルフェリウスだったが、肩に置かれたクロゥの手の圧力がそれを許さない。さらなるクロゥからの攻撃を予想し、アルフェリウスはその衝撃に備えて身体を堅くした。
そんなアルフェリウスに、クロゥは攻撃するのではなく、その耳元へ口を寄せる。
「アルフェリウスと言ったな。その名は覚えてやったぞ」
どこか優しげなクロゥのささやきに、アルフェリウスはゾッとした。
そんなアルフェリウスを背に、今度こそクロゥは天幕の外へと出て行った。
◆◇◆◇◆
「何て無茶をするんだ。肝が冷えたぞ、若様」
もはや毎朝の恒例行事にもなっているボーンズの街への降服勧告へ向かいながら、従卒のピートが盛大にぼやいた。
あの暴君へ真っ向から喧嘩を売っておきながら、あれだけですんだのである。まさに望外の幸運であると言えよう。
しかし、それを喜ぶよりも先に、無謀にも暴君へ喧嘩を売った主人の愚行には文句のひとつも言わずにはいられなかった。
「俺だってやりたくはなかったんだが、仕方なかったんだ」
遠目からは尊大な態度に見えるように馬上でふんぞり返るアルフェリウスであったが、その顔は苦虫を噛み潰したように渋かった。
どういうことだ、とピートに説明を促されたアルフェリウスは嘆息ともに言う。
「爺様の助言だよ」
爺様――すなわち、ワイザン大公家の現当主オード・ワイザンのことである。
「バグルダッカ大公とは決して関わるな。だが、どうしても関わらなくてはいけなくなったときは、決して怯えたり、へりくだってはならない。バグルダッカ大公はそうした輩を嫌というほど目にしている。わずかでも怯えや追従する様子を見せれば、無価値なゴミとして潰されてしまう。むしろ、逆に命を懸けてバグルダッカ大公と刺し違える覚悟で向かいなさい、ってな」
アルフェリウスには真偽の程を知る術はないが、かつて暴君は自身を必ず殺すと宣言した奴隷を解放したという噂を聞く。また、大陸の南へ遠征した際には、罠にかけ、さらには自慢の投槍でも仕留めきれず、捕虜になってからも暴れ続けたディノサウリアンの親子を殺さず、奴隷として西域へ放ったと言う。
「あいつにとって、敵こそ遊び相手だ。自身に敵対する者こそをあいつは求めているんだ」
「なるほど。あれはそういうことだったのか……」
ピートは、クロゥに詰め寄られようとしたときのアルフェリウスの行動を思い出す。
あのとき、アルフェリウスは半身になって後ろへ回した右手で、腰の後ろに手挟んでいた短剣の柄を握っていたのである。背中に隠し持った短剣を握るなど、クロゥを暗殺する気かと驚いたが、まさかそんな理由だったのかとピートは驚いた。
「ただ、な」
そこでアルフェリウスは、ガリガリと頭を掻いた。
「それをやると、今度は別の意味でバグルダッカ大公に目をつけられるから最終手段だ、そうだ」
沈黙が降りた。
『その名は覚えてやったぞ』
あのとき、近くにいたピートにも聞こえていたクロゥの言葉が耳によみがえる。
「つまり、暴君に目をつけられたのか?」
ピートの言葉に、アルフェリウスは渋々うなずいた。
なんとも言えない気まずい空気が漂う。
ややあってからピートは深い嘆息とともに洩らす。
「……やっぱり、おまえは馬鹿だ。馬鹿様だよ」
それからピートは表情を真剣なものに変えてアルフェリウスに言う。
「ところで、あれだけバグルダッカ大公の前で大見得を切ったんだ。そろそろ結果を出さないとまずいだろう」
「ああ。そうだな。さっきも言ったが、そろそろ良い頃合いだと思う――」
唐突に言葉を途中で切ったアルフェリウスに、ピートが目を向けると、アルフェリウスは前方の一点を凝視していた。
「おい、ピート。右斜め前方。大きな石がいくつか転がっているところがあるだろ」
ピートがアルフェリウスの言うとおり目を向ければ、確かに何か赤色のものが言われたところに落ちていた。
「あの近くを通る。通り過ぎるときに、あれを目立たぬようにして拾わせろ」
「了解した、若様」
ピートが承諾すると、アルフェリウスはこれまでどおり一方的にボーンズの街へ降伏勧告を突きつけた後、いつもとは若干道を変えて赤いものが落ちていたところを通った。
その際に兵士のひとりが仲間の陰を利用し、ボーンズの街から見られないようにして、それを拾い上げる。
そのまま素知らぬ顔で野営地に戻ったアルフェリウスは柵の内側に入るなり馬から飛び降りると、赤いものを拾った兵に駆け寄る。
「拾ったものを見せろ」
そう言われて兵士が手渡したのは、中に石を包んだ赤い布であった。アルフェリウスが布をほどくと、拳大の石とともに一枚の紙が出て来る。石を放り捨てたアルフェリウスは、紙を広げるとそれへ食い入るようにして見つめる。
紙に書かれていた文字を目で追ったアルフェリウスは紙から目を離さぬまま、自分の従卒を呼ぶ。
「ピート。三拍、五拍の拍子で太鼓をしばらく叩け」
「わかった。若様」
◆◇◆◇◆
「おい! おまえ、何をやってるんだ!」
ボーンズの街の防壁の内側で、そこの防衛を任された兵士長の怒声が上がった。
もう間もなく聖戦軍の攻撃が開始される時刻である。聖戦軍が押し寄せてくる前に迎撃の準備しなければならない。女子供老人までもが協力し、矢や投石や油を煮立てる薪などを防壁の上へ運んでいる最中であった。
そんなところで投石を詰め込んだ木箱を防壁の上へ運んでいた男がそれを取り落としてしまったのである。
「もうすぐに聖戦軍が来るんだぞ! 死にたいのかっ?! この馬鹿がっ!」
眦を吊り上げた兵士長が詰め寄るのに、投石を落としてしまった男はヘラヘラと媚びるような笑みを浮かべた。
それは太った男である。身につけている衣服は見るからに上等なもので、男の身分の高さを窺わさせた。しかし、今は非常時である。どんな高い身分であろうと関係ない。また、街の住民すべてが一丸となって街を守ろうとしているのに、これまでもこの男は何のかんのと理由をつけてはさぼろうとし、またやる気のなさから今のような失敗を繰り返していたのだ。
反省の色が見られない卑屈な笑みを浮かべる太った男に、兵士長は露骨に舌打ちを洩らす。
「さっさと投石を集めて上へ持っていけ! 愚図め!」
そう吐き捨てた兵士長は背中を向けて立ち去る。
卑屈な笑みを貼り付けたままヘコヘコと頭を下げていた太った男だったが兵士長の背中が十分に離れると、その顔を憎々しげな表情へと一変させる。
「くそっ。高貴な私が、何故このようなことをせねばならんのだ……」
太った男は、ブツブツと文句を言いながら落とした投石を拾い集める。そんな男の態度に周囲の人々も嫌悪と軽蔑の目を向けるだけで男を手伝うどころか近寄ろうとすらしなかった。
ようやく投石を拾い集め終えて、よたよたと頼りない足取りで階段を上り始めた太った男だったが、その途中でふと顔を上げる。
三拍、五拍。そして、また三拍、五拍。
繰り返し三拍、五拍の拍子で叩かれる太鼓の音が防壁の向こう側から聞こえてきた。
それに太った男は、にたりと笑ったのである。
最後の男は、久々に登場のあの方です。




