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破壊の御子  作者: 無銘工房
聖戦の章
535/538

第23話 遭遇(後)

 デメトリアは恐怖した。

 ピアータの側近として、また銀狼兵の隊長としていくつもの戦いに身を投じてきたデメトリアだ。これまで何度となく死を予感し、それに恐怖を覚えたこともある。

 しかし、今デメトリアがクロゥへ感じる恐怖は、それとはまったく異なっていた。

 それは被捕食者が捕食者に感じる恐怖である。

 鹿などが虎や獅子などに感じるような、己のすべてを食らい尽くされてしまう。そして、それが覆しようのない絶対的な自然の法則であると思い知らされる。

 そんな圧倒的な恐怖であった。

「こいつぁ、とんだ拾いもんだ」

 まさに獲物を前にした肉食獣のような笑みで自分を見下ろすクロゥに、デメトリアは動けぬ身体で怖気(おぞけ)を震う。 

「デメトリアに近づくな、この下種(げす)がっ!」

 そこへ馬蹄の音も高らかに割って入ったのは曲刀を振りかざしたピアータであった。

 クロゥを乳姉妹から遠ざけんと振るわれた曲刀をクロゥは馬首を(ひるがえ)してかわす。そうして空いた隙間に馬を割り込ませたピアータは、倒れるデメトリアを背にしてクロゥと相対した。

 せっかくの獲物を前にして邪魔されたクロゥは不快げに顔をしかめていたが、それが女であると気づくとニカッと笑う。

「おうおう。これは活きの良いじゃじゃ馬がいるじゃねぇか」

 クロゥは舌なめずりをする。

「じゃじゃ馬()らしは得意だ。すぐに、ひぃひぃ言わせてやるぞ」

 クロゥは馬の鞍から吊した筒の中から引き抜いた投擲用の短槍を両手にそれぞれ構えた。


                  ◆◇◆◇◆


「何と言うこと……!」

 黒エルフ弓騎兵隊の隊長は、愕然と声を洩らした。

 矢による攻撃に失敗し、百狼隊に戦いを譲らざるを得なかった黒エルフ弓騎兵隊は、その支援のためにいったん部隊を後方へと下げていた。

 そうして後方より戦いを俯瞰(ふかん)して見れば、戦況は百狼隊の圧倒的な劣勢――いや、劣勢という表現では生ぬるい。まるで大人に相手される幼子ように、翻弄(ほんろう)されていたのである。

 とにかく馬術の腕の次元が違うのだ。

 黒エルフ弓騎兵隊の隊長自身も厳しい訓練を経て、自身の腕前も悪くはないと自負していた。ところがバグルダッカ大公軍の騎兵の動きを目の当たりにすれば、そんな自負など尻に卵の殻がついたままのヒヨコが粋がっていたとしか思えないものであったのだ。

 今もバグルダッカ大公軍の騎兵たちは銀狼兵の突撃をひらりひらりとかわし、馬上で斬り合えば金狼兵を簡単にあしらい、重装歩兵である蒼狼兵を速さで翻弄している。

 しかも、それは限られた兵だけではない。

 バグルダッカ大公軍のすべての騎兵が、それなのだ。

 そのため、わずか二十騎ばかりのバグルダッカ大公軍によって百五十騎を数える百狼隊が手も足も出せずに翻弄されているのだ。

 そんな劣勢の百狼隊を援護しようにも、このような敵味方が入り混ざった混戦では下手に援護射撃もできず、手をこまねいて見ていることしかできない。

 そんなままならぬ状況に苦慮する黒エルフ弓騎兵隊の隊長の耳に、そのとき今日二度目の死神の口笛の音が届いた。

 そして、その直後である。

 突如、黒エルフ弓騎兵のひとりが小さな苦鳴を上げて馬から転げ落ちた。

 いったい何が起きたと驚く黒エルフ弓騎兵隊の隊長の前で、さらにもうひとりが落馬する。

「隊長! あちらに新手の敵騎兵です!」

 声を上げた部下の指し示す方を見れば、そこにはバグルダッカ大公軍の旗を掲げてこちらに向かって馬を走らせる敵騎兵の姿があった。

 黒エルフ弓騎兵隊の隊長は声を上げる。

「みんな! 新手の敵を迎え撃ちます! 敵が射程に入り次第、いっせいに矢を――」

 その先頭を駆ける敵騎兵がこちらに向けて矢をつがえた弓を構えている姿を捉えた黒エルフ弓騎兵隊の隊長は、とっさに馬の背中に身を伏せる。

 その次の瞬間、黒エルフ弓騎兵隊の隊長の上を一本の矢が音を立てて飛び抜けていった。

 ほんのわずかでも身を伏せるが遅ければ、その矢は自身を貫いていただろう。

 その事実に恐怖するよりも、黒エルフ弓騎兵隊の隊長は怒りがカッと燃え上がった。

 自身がすぐに反撃を指示しなかったのは、なぜか?

 それは敵がいまだ自分らの弓矢の射程距離に入っていなかったからだ。

 しかし、敵は部下ふたりを射殺し、自身もまた危ういところであった。

 敵はすでにこちらを射程距離に捉えている。すなわち敵の矢の射程距離は、自分らを上回っているのだ。

 だが、自分らが持つのはエルフィンボウである。エルフがその製法を秘匿するエルフィンボウは、短弓ほどの大きさでありながら、長弓並の威力と射程を誇るエルフの秘宝だ。

 それを上回る弓ならばよほどの大きさのものかと言えば、見る限り敵騎兵が手にしているのは長弓ではない。遠目には、やや大ぶりだが普通の弓のように見えた。

 すなわち――。

「貴様っ! その弓は、どうやって手に入れたぁ?!」

 黒エルフ弓騎兵隊の隊長は怒号を発した。


                  ◆◇◆◇◆


 新手のバグルダッカ大公軍の騎兵を率いてやってきたのは、クロゥの三男であるムーハイヌンであった。

 ムーハイヌンは自身が放った矢を辛くも回避した黒エルフ弓騎兵隊の隊長がこちらに向けて何かわめき立てている様子に、ニタリと笑う。

「エルフどもは俺の弓を知ると、決まって同じように(わめ)くんだなぁ」

 ムーハイヌンは弓に矢をつがえて引き絞る。

「そうだぁ。こいつぁ、おまえらの同胞をいたぶり、その目の前で妻を犯し、子を吊してやって作らせた俺だけのエルフィンボウだぁ」

 そう言うなり放った矢が、さらにもうひとりの黒エルフ弓騎兵隊を馬上から落とした。

「ああぁぁ……! 良い。良いなぁ。やっぱり女の柔らかい肉に矢が刺さる感触は良いなぁ」

 にんまりと笑うムーハイヌンが持つ弓は、エルフィンボウの製法を知るエルフの匠人の家族をいたぶり、作らせた特注のエルフィンボウであった。

 他の弓より隔絶した性能を持つエルフィンボウとて魔法の武器ではない。同じ原理と製法によって作られたのならば、その威力と矢の飛距離は弓の大きさに比例する。人間種より小柄なエルフであり、また女性でもある黒エルフ弓騎兵隊のエルフィンボウより、人間種としても大柄なムーハイヌンに合わせて作られたエルフィンボウの方が威力と矢の飛距離ともに圧倒するのは当然のことであった。

 しかし、それほど強力なエルフィンボウがありながら、ムーハイヌン以外のバグルダッカ大公国軍の騎兵が所有するのは旧来の短弓のままである。

 それはムーハイヌンの弓を作ったエルフの匠人も製法だけは頑として口を割らず、作られたのもムーハイヌンが使用している弓とその予備の二張りだけだからだ。

 しかし、もともと他者から奪い、分け与えることを知らないバグルダッカの騎馬民族の気質を受け継ぐムーハイヌンには、配下の騎兵をエルフィンボウで強化しようという意志はない。自分さえ良い弓が使えれば、それで十分だったのである。

 黒エルフ弓騎兵隊が怒りもあらわに自身へ向かってくるのに、ムーハイヌンは配下に声をかける。

「あいつらぁ、俺の獲物だぁ。何人かついて来い。他は親父を手助けに行けぇ」

 そう言うなりムーハイヌンは馬首を返して黒エルフ弓騎兵隊へ背を向けて馬を走らせ始めた。そして、怒り心頭に発して自身へ追いすがろうとする黒エルフ弓騎兵隊を嘲笑い、彼女らの矢が届かぬ距離から矢を放っていくのだった。


                  ◆◇◆◇◆


 ピアータはクロゥに圧倒されていた。

「おらおら。どうした? どうした?」

 嘲笑とともに攻撃するクロゥの武器は、その両手にそれぞれ握られた投擲用の短槍である。クロゥはそれを二刀流とし、槍として突くのみならず短杖のように振るい、ピアータを馬上から叩き落とそうと攻め立てていた。

 それに対してピアータは手にした曲刀でクロゥの攻撃をさばき、何とか(しの)いでいる状況である。

 戦いは、ピアータの不利は否めない。

 何しろ、その膂力(りょりょく)、武技、馬術といったあらゆる点でクロゥがピアータを圧倒しているのだ。むしろわずかなりとも抵抗できているピアータを賞賛すべきであろう。いや、その抵抗すらもクロゥが手を抜いているから成立しているのに過ぎなかった。

(あきら)めろ! そこに落ちている女ともども、寝所で俺様の槍で貫いてやろう!」

「貴様の貧相な槍など私の相手になるかっ! 馬の尻にでも突き立てておけ!」

 クロゥが下卑た笑みとともに言えば、負けじとピアータも言い返す。これにはいまだ動けぬデメトリアも「大国の姫君が何という言葉を」と嘆かずにはいられなかった。

「ふはははは! 活きの良いじゃじゃ馬だ! だが、これで終わりよ!」

 その言葉とともに振るわれた一際強烈な短槍の横殴りの一撃に、ピアータの手から曲刀が弾き飛ばされてしまった。

 武器を失ったピアータはとっさに馬首を返して逃走に移ろうとしかけたが、いまだデメトリアが起き上がれていないのに気づき、この場に踏みとどまるか逃げるか逡巡(しゅんじゅん)してしまう。

 そんな致命的とも言える(すき)を見せてしまったピアータを前にして、なぜかクロゥは追撃を加えなかった。

 それどころかクロゥはピアータを無視して、あさっての方を向いていたのである。

「……ああ? 何だ、こいつは」

 クロゥはヒクヒクと鼻を鳴らす。

「おほっ! もっと面白そうなのがいるじゃねぇか!」

 そう言うなりピアータとデメトリアなど眼中にないとばかりに馬首を(ひるがえ)して馬を走らせて行ってしまった。

 いったい何が起きたのかと取り残されたピアータが呆然としていると、ようやく立ち上がったデメトリアが声をかける。

「ピアータ様! 獣将殿です!」

 クロゥが向かったその先を見やれば、そこにはゾアンの軍団が砂塵を蹴立ててこちらへ向かってくる姿があった。その先頭を駆けるのは、遠目にも鮮やかな赤毛の巨漢の戦士――獣将ズーグである。

「良いね! 良いね! この猛気! こいつぁ、思った以上の大物だ」

 ズーグに向けて馬を走らせながら、クロゥは腰に吊していた細長く引き延ばされたレンゲのような形状をしていた木製の道具を手に取った。

その道具の先端の(さじ)のように屈曲した(くぼ)みの部分に石突きを当てるようにして投槍を乗せたクロゥは、もう片端の滑り止めの革を巻いた部分ごと投槍の柄を握ると、大きく右腕を後ろに引いて投擲(とうてき)の姿勢を取る。

「頼むぞ。これで終わってくれるなよ」

 そう言うとクロゥは短い気合いとともに、右腕を大きく振り抜いた。道具を発射台として投擲された投槍は、ただ手で投げるよりも勢いよく飛ぶ。

 ただし、それはズーグではなく空に向けてである。

 だが、その光景を目撃したピアータは悪寒を覚えた。

 クロゥの人間の神の御子としての恩寵は、投じた槍は狙いを外さないというものだ。そんな恩寵を得ているのであれば、あの一投もただの牽制などではあり得ない。

 ピアータは悪寒に突き動かされて叫ぶ。

「獣将、避けろっ!!」


                  ◆◇◆◇◆


「何だ、あいつは?」

 四つ足で疾走しながらズーグは胸の内で、(いぶか)しんだ。

 ピアータと百狼隊の実力は十分に承知している。小さな村を制圧している程度の小勢の敵ならば、問題なく対処できるだろう。頭ではそう理解しているというのに、何故か無性に鼻の奥がムズムズとし、嫌な予感を覚えたズーグは応援に駆けつけることにしたのである。

 そうして戦いの場に駆けつけてみれば、何と敵が単騎でこちらに向かってくるのだ。

 単騎駆けとは正気ではない。

 そう思いつつもズーグの勘は、最大級の警戒音を脳裏で鳴らしていたのである。

 そのとき、ピアータが絶叫を上げた。

「獣将、避けろっ!!」

 ゾアンの鋭敏な聴覚は、その絶叫を聞き逃さなかった。

 また、それとともにズーグは背骨に氷柱(つらら)を挿し込まれたような悪寒を覚える。

 自身でも何が起きたのか理解せぬままズーグの身体は死を忌避する本能に突き動かされ、迫り来る正体不明の危険を回避しようと動く。

 ズーグは手足の爪を地面に突き立てて急制動をかけた。だが、それだけでは全力疾走していた勢いは止まらない。その止まりきれない勢いをズーグは力で強引にねじ曲げて、その場で身体をひねるようにして身体を跳躍させる。

 その直後、空からクロゥが投じた投槍が落ちて来た。

 身体を刺し貫かれる。

 そう覚悟したズーグであったが、槍の穂先はズーグの胴鎧の脇腹の部分を削り取るようにかすめて地面に突き立った。

 強引な回避がたたり、着地も満足にできずに地面を転がってしまったズーグは、地面に打ち付けた肩の痛みに頓着(とんちゃく)する余裕もなく、その威力の余韻に震えながら地面に突き立つ短槍を驚愕の目で見やった。

「な、何だこりゃ?!」

 まさに間一髪である。

 ピアータの叫びに気づかなければ、または一瞬でも回避するのを躊躇(ちゅうちょ)しようものならば、この槍は自身の身体を貫いていた。

 その事実にズーグは、ぞっとする。

 自分は四つ足で疾走していたのだ。その自分へ真正面から槍を当てるだけでも難しいというのに、こちらの視界から外れるほどに高く山なりに投げて落下してきた槍を当ててきた。それは自分の動きを完全に読み、その先を予測する卓越した洞察力と、そしてその予測した一点に槍を当てる超越した技量がなければできないことだ。

 その神技に一瞬我を忘れるズーグに対し、それをなしたクロゥはすでに次の投擲の体勢を取っていた。

「よく避けたが、その体勢じゃ次はかわせまい?」

 そう言うなりクロゥは第二投となる短槍を投じた。

 クロゥが使ったものは、かつてアステカなどで使用されていたアトラトルと呼ばれるものと同じ投槍器(スピアスロアー)という道具である。投槍器とは、テコの原理を利用し、ただ手で投げるよりも、より遠くに、より正確に槍を投げるための道具だ。

 その原理も構造もいたって単純なものだが、投げた槍は狙いを外さないという恩寵を有するクロゥが使用すれば、それは必殺の武器となる。

 その槍投器を使って投じられた短槍は、柄を波打たせるように回転させながらズーグめがけて飛んだ。その様はライフル銃から発射された弾丸のようであった。

 避けられぬっ!

 もはや槍を回避はできないと覚ったズーグにクロゥの投槍が迫る。

 ズーグにクロゥの投槍が直撃する。

 その寸前、その間にひとりのゾアンの戦士が飛び込んだ。

 それは、《尾の氏族》の戦士長デール・ガルルク・シェンガヤであった。

 その《静かなる尾》という字が示すように、シェムルさえ関わらなければ穏やかな戦士である彼が、それをかなぐり捨てるように咆吼を上げながらクロゥの投槍を山刀で迎え撃つ。

 金属を打ち合わせる甲高い音とともに、目がくらむほどの火花が散る。

 投槍の勢いに押されて尻もちをつかされながらシェンガヤの山刀は辛くもクロゥの投槍を弾き飛ばした。弾かれた投槍は回転しながら地面を跳ね回り、近くにいたゾアンの戦士たちに悲鳴を上げさせる。

「怪我はないか、《怒れる爪》?!」

「すまん。助かった!」

 シェンガヤの呼びかけに、我に返ったズーグも慌てて立ち上がり、山刀を構える。

 その光景にクロゥは必殺の一投を防がれたことへの怒りや失望を覚えるどころか、逆に手を打って喜んだ。

「おほっ! 俺様の槍を真っ向から弾くかっ! 面白い奴が、もう一匹いやがる!」

 そう言うとクロゥは手綱を引き、馬の足を止めた。

 突如、ズーグが転倒したことによって足を止めてしまったゾアンたちに向けて、クロゥは声を張り上げる。

「楽しませてもらった! 今度は俺様も兵どもを連れて来よう! また遊ぼうや!」

 そう言うなりクロゥは馬首を翻すと、ズーグらに背を向けて馬を走らせた。

 馬を走らせながらクロゥは短弓を取り出すと、つがえた鏑矢(かぶらや)を空へ向けて射る。ピュロロロという鳥の鳴き声のような音を上げて鏑矢が飛ぶと、それまで百狼隊や黒エルフ弓騎兵隊を相手に戦っていたバグルダッカ大公国軍の騎兵らが、いっせいに馬首を翻し始めた。そして、彼らもまたクロゥと同じ音を上げる鏑矢を空に放ちながら次々と逃走に移る。

 突如、撤退を始めたバグルダッカ大公国軍に、ゾアンの戦士たちは慌てて追撃しようとした。

「やめろ!」

 その追撃を止めたのはズーグである。

「騎兵相手じゃ俺たちが不利だ。無謀な追撃をしかけて痛い目に遭うわけにはいかねぇ」

 さっぱりと追撃を諦めたズーグだったが、刃のひとつも交えることができなかったゾアンの戦士たちから不満が洩れた。

 しかし、そこに馬で駆け寄ってきた黒エルフ弓騎兵の隊長がズーグに賛同する。

「獣将のおっしゃられるとおり、おやめになられた方が良いでしょう。組織だって逃げる弓騎兵を追ってはならない。ソーマ陛下のお言葉です」

 古代中東にあった遊牧民族国家パルティアは、弓騎兵による偽装撤退から、それを追撃してきた敵へ向けて馬上から後ろ向きで射撃を加える戦術――パルティアンショットによって多大な戦果を上げたという。

 それを知る蒼馬は、当然ながらその有効性と脅威を黒エルフ弓騎兵たちへ伝えていた。そして、先の言葉はその際に蒼馬が用いた言葉である。

 しかし、それだというのに怒りに我を忘れてムーハイヌンを追いかけ回した結果、黒エルフ弓騎兵隊はさらに三名が負傷し、一名が命を落としてしまっていた。

 それに痛烈な悔悟の念に(さいな)まれる黒エルフ弓騎兵の隊長に、ズーグは尋ねる。

「おい。あいつは何者だ?」

 ただ投槍の技量が優れているだけではない。例えそれだけの武力があっても、敵へ単騎駆けをしかけるだけの胆力。こちらを仕留めきれないとわかるや否や即座に撤退を選択できる判断力と決断力。そして、それを率いる兵全員に徹底させる統率力。

 これだけ見ても、あれがただ者ではないことは明らかだ。

「あれが《暴君》」

 黒エルフ弓騎兵の隊長は悔しげに唇を噛みしめてから、続ける。

「あれが《暴君》クロゥ・カァン・バグルダッカです」

「あいつが、か……!」

 ズーグとシェンガヤは驚きをもってクロゥが撤退していった方に目をやった。


                  ◆◇◆◇◆


「何だ、追ってこないのか……」

 馬を走らせながら肩越しにズーグらが追撃してこないのを確認したクロゥは、どこか寂しげに独りごちた。

 もし追ってくれば散々に蹴散らしてやろうと思っていたのにと、クロゥは苦笑いをこぼす。

「まあ、良い。――破壊の御子とやらは期待外れだったが、その部下どもは大した連中がそろっているようだな。こいつは思ったよりも楽しめそうだ」

 クロゥは自身が乗る馬よりわずかに下がって併走する長男のジュルチへ向けて声を張り上げる。

「気が変わった! 本隊と合流して、この国の王都へ攻め上がるぞ。ド派手な戦にしてやろう!」

 これにジュルチは無言でうなずいた。

「それで無能どもは、今は何をしている?」

 クロゥが無能と(あざけ)るのは聖戦軍の本隊を率いる諸王諸侯らのことであった。その無骨な戦士のような外見に反して、勝手気ままな父親に代わりに他の聖戦軍の部隊との渉外も担うジュルチは即答する。

「聖戦軍本隊は、今なおボーンズという街を攻略中。陥落させたという報せはなし」

 これにクロゥは眉をひそめる。

「ああん? 俺様が離れる前と状況が変わらんじゃねぇか。無能どもは四ヶ月もの間、昼寝でもしていたのか?」

 クロゥは盛大に舌打ちした。

「ボーンズの街は防壁も堅く、敵も必死の抵抗をしているらしい」

 ジュルチの説明に、クロゥは鼻を鳴らした。

「言い訳にもならん! 無能どもに任せていては、(らち)が明かねぇな。――おい。先触れを出せ!」

 すぐさま伝令兵のひとりがクロゥへ馬を寄せて来た。その伝令兵に向けてクロゥは告げる。

「俺様も、これより本隊に合流すると伝えてこい。そして、それまでに街を落としておかなければ――」

 そこでクロゥは歯を剥き出しにすると、ガチガチと噛み合わせる。

「――この前と同じく、俺様がみんな食っちまうぞってな」

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― 新着の感想 ―
やられっぱなしやん。だからこそ次の展開が楽しみだわ
槍を外さないのは恩寵の力なので、ズーグが驚愕した技術については完全に買い被りなのが寂しいですね。 クロゥとその子供が強いだけではなく、部下の力量自体も大きく劣っているのは不味いですね。焦土作戦を徹底…
いつまでフルボッコされるターンなのだろうな
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