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破壊の御子  作者: 無銘工房
聖戦の章
533/538

第21話 喪失

 誰もいなかったはずの寝室に、その姿を現したのは蒼馬をこの世界に召還した死と破壊の女神アウラであった。

 窓から差し込む月光に青白く染まる寝室の中をアウラは後ろ手に手を組み、その汚れを知らぬ純白の服の裾と長い髪を揺らし、鮮血を思わせる赤い瞳と刻印を輝かせ、ひたひたと足音を立てて蒼馬へ歩み寄る。

「何て哀れなんでしょう、私の蒼馬」

 蒼馬は狂笑を浮かべて歩み寄るアウラに怯えて後ろに下がろうとするが、その背中はすぐに閉ざされた扉にぶつかり、それ以上は下がれない。

「今のあなたは、まるで幼い迷子。その手を引いてくれた母親を見失い、途方に暮れて座り込む道に迷った幼子のよう。

 今のあなたは、まるで孵ったばかりの雛鳥(ひなどり)。初めて触れる外界に怯え、ふるふると震えるか弱く哀れな雛鳥のよう」

 蒼馬は怯えた目でアウラを凝視しながら、背後の扉を拳で叩く。隣室ばかりか廊下にも警護の者がいるのだ。これだけの物音を立てれば、誰かが気づくはずである。しかし、扉の向こうからはそうした騒ぎひとつ聞こえてこなかった。そればかりか、蒼馬が後ろ手に扉の把手(ノブ)を掴み力任せに揺するが、扉は壁に張り付いたようにピクリとも動かない。

 この狂った女神の力なのか。外界から隔離され、逃げ場すらないという状況に蒼馬は恐怖した。

「――でも、それも当然だわ」

 そんな蒼馬の恐怖など眼中にないとばかりに、アウラは前屈みになって座り込む蒼馬の顔を覗き込む。

「だって、あなたはシェムルを失ったんですもの」

 蒼馬の身体からアウラへの恐怖による震えがピタリと止まった。

 しかし、それは恐怖を乗り越えられたからではない。

 アウラが口にした、シェムルを失ったという事実。

 ただ、それだけでアウラに対する恐怖よりも、深く大きな絶望が蒼馬の心を暗く染め上げたからだった。

「悲しいわよね、蒼馬。苦しいわよね、蒼馬。辛いわよね、蒼馬。そして――」

 アウラは、ニタリと笑う。

「恐ろしいわよね、私の蒼馬ぁ」

 アウラは両手を広げると、くるくると踊りながら歌うように語る。

「だって、あなたは落とし子。異なる世界からの落とし子。あなたはこの世界の何にも知られず、何も知らない。右も左もわからなければ、今自分がいる場所すらわからない小さく哀れな、この世界の迷子。

 そして、あなたは異物。この世界の異物。あなたはこの世界の誰にも理解されず、誰をも理解できない。あなたはいつ排除されるとも知れないこの世の異物」

 そうだ。そのとおりだ。

 蒼馬は、そう思った。

 もともと自分は平和な現代日本の平凡な高校生に過ぎない。それなのにライトノベルの主人公のようにチート能力を与えられたわけでも、何か役立つ特殊な技能を有しているのでもない。ただの無力で無能な子供に過ぎないのだ。

 何も知らない。何もわからない。

 それはまるで無明無音の闇の中にいるようなものだ。

 一歩前が奈落に通じる断崖絶壁かも知れない。手を伸ばした先には飢えた野獣の開いた口が待ち構えているかも知れない。ひとつ言葉を発した途端に凶器が飛んでくるかも知れない。

 そんな闇の中で無力で無能な子供に何ができるだろうか?

 何かできるわけがない。

 何もできるわけがないのだ。

 しかし、それでも死にたくはなかった。

 死にたくはなかったのだ。

 生きるためには誰かの助けが必要だった。

 それには自身の価値を示す必要があった。自分は助けるに値する価値ある――希少性を有するものであると示さねばならなかった。

 その苦悩の中で見出した自身の価値。

 それこそが、異質であるということだった。

 自身が有する知識が、常識が、思考が、思想が。それらこそが、この世界にとって異質であり、価値あるものだったのだ。

 それ故に、自分はこの世界を拒絶した。

 この世界で生きていれば自然と身につくはずの知識を常識を思考を思想を。すべてを拒絶し、この世界にとって異質なものであることを堅持し続けた。

 自身の価値を失わないように。

 皆が自身を助けるに値する存在であり続けるために。

 しかし、それは同時に諸刃の剣でもあった。

 自身の中にある現代日本の知識や常識を振りかざせば振りかざすほどに、その結果を出せば出すほどに、自身が世界の異物であるのを証明することに他ならない。

 そして、人は群れで生きる動物である。群れで生きる動物は群れの規律を乱すものを許さない。

 今は価値あるものとして認められていても、いつ何時(なんどき)異物として排除されるかわからない不安。異端として排斥されるかもしれない恐怖。狂人として処分されるであろう絶望。

 それらを思い出して打ち震える蒼馬の前で、くるくると舞い踊っていたアウラはぴたりと足を止めると、ささやくように言う。

「そんなあなたがすがったのが、《気高き牙》ファグル・ガルグズ・シェムル」

 その名前にビクッと身体を震わせる蒼馬を(さげす)むように見下ろしながらアウラは歌う。

「彼女はあなたの指標。あなたが進むべき道を指し示す大事な道標。彼女はあなたの出発点であり、到達点。彼女はあなたがこの世界に立つべき大地であり、仰ぎ見る大空。彼女こそがあなたの問いであり、求める解そのもの。なぜならば――」

 アウラの顔に獲物をいたぶる獣の笑みが浮かぶ。

「彼女こそがあなたがこの世界で初めて目にした美しいものだったから」

 蒼馬は胸を槍で貫かれたような衝撃を受け、自身の胸を鷲掴みにした。

 蒼馬はシェムルを美しいと感じた。

 それは彼女の外見だけではない。

 それ以上にシェムルの言葉が、その行動が、その考えが、その想いが、そのすべてが美しいと感じたのだ。

 そして、それは同じゾアンばかりか他の種族からも、その信念は気高いと讃えられ、その行いは誇り高いと敬われるものだったのである。

 そこに蒼馬は共感を得た。

 この世界にとって異質であるはずの自分が美しいと思うものが、この世界においても美徳とされている。

 それは蒼馬が初めて得た、この世界との共感であったのだ。

 それ故に蒼馬は思った。

 僕は、彼女が思い描く英雄の形をなぞろう。僕は、彼女の理想のとおり振る舞おう。僕は、彼女が求める夢となろう。

 そうすれば、僕もこの世界から共感を得てもらえる、と。

 そうすれば、異質な僕でもこの世界に受け入れられてもらえる、と。

 そうすれば、無力な僕でもこの世界で生きていけるのだ、と。

 そして、その瞬間から蒼馬にとってシェムルこそが、すべての()り所となったのだ。

 何かを決断する度に、何かを決行する度に、常にシェムルの反応を気に懸けていた。彼女が良いと褒めてくれれば安堵し、素晴らしいと賞賛してくれればやって良かったと自信を持てた。

 万人が幸福になれる施策などなく、誰かしらからの非難や誹謗中傷を浴びたときも、ただ無言で寄り添ってくれる彼女の存在が何よりの救いであった。彼女が近くにいるだけで折れそうになる心の支えとなった。

 それだというのに――。

「でも、それは失われてしまったわ」

 激しい悔悟の念に歯がみする蒼馬の耳元へアウラはまるで愛をささやくように口を寄せる。

「あなたは、これからどこへ向かうの? あなたは、これから何をなすの? あなたは、これから何になるの? あなたはどこに立てば良いの? あなたは何を目指せば良いの? そのためにはどうすれば良いの? その答えはどこにあるの?」

 アウラは口調を一変させ、犯した罪過を罪人へ突きつける断罪者のように告げる。

「わからない。わからないわよね。わかるはずがないわよね! わかるわけがないっ!! だって、あなたは向かうべき先を指し示す指標を失ったんですもの。だって、あなたはすべきことを示す道標を失ったんですもの。だって、あなたは到達すべき形を見失ったんですもの! あなたは自身の立つべき場所も、仰ぎ見るものも、そのための問いも、その答えも、すべてすべて失ってしまったんですもの! そう――」

 アウラはいったん言葉を切ると、ニタリと笑う。

「《気高き牙》ファグル・ガルグズ・シェムルを」

 もっとも受け入れがたい言葉が呼んだ激情に突き動かされ、蒼馬はアウラを押しのけて立ち上がる。

「黙れ! この狂った女神め! シェムルは死んでいない! シェムルは私と約束したんだ! 必ず戻ってくるって! シェムルは私に嘘は吐かない! 絶対に嘘は吐かないんだ!」

 そして、蒼馬は全身を震わせて一際大きく叫ぶ。

「だから彼女は死んでないっ!!」

 寝室の中に、蒼馬の叫びがこだまする。

 そして、静寂が舞い降りた。

 耳が痛くなるほどの静寂の中で、一時の激情が過ぎ去った蒼馬は何の反応も返さないアウラに不安を覚え、その様子を(うかが)った。

 すると、アウラは蒼馬の前で少女の愛らしい顔に、きょとんとした表情を浮かべていた。

「……シェムルが死んでないですって?」

 アウラからクスッと小さな笑いが洩れた。

「ああ! 何て、未練がましいのかしら、哀れな蒼馬。何て愚かなのかしら、私の可愛い蒼馬!」

 アウラはケラケラと笑い始めた。

 まるで、ものすごく面白い冗談を耳にしたかのように、とてつもない愚かさを目にしたように、アウラはケラケラと笑う。

「それならば、私が観てあげる。あなたのシェムルが、今どこにいるか探してあげる!」

 アウラの首が、ぐりんっと音を立てて振り回された。

 西の方角へと向けられたアウラの顔の中で、限界にまで見開かれて剥き出しになった血走った眼球が、その眼窩(がんか)の中で暴れるようにぐるんぐるんと動き回る。

 しばらくしてようやく動き回っていた眼球が制止したとき、アウラはその口を三日月のようにして笑みを浮かべた。

「こっちには、いなぁ~い!」

 再び首がぐりんっと音を立て回り、今度は東へと向けられる。そして、またもや激しく眼球を動かしてからアウラは言う。

「こっちにも、いなぁ~い!」

 続いてアウラは北へ南へ、そして足下へ目を向けられる。

「いない! いないっ! いないっ!!」

 最後にアウラは頭上を見上げる。

「どこにもいなぁ~い!」

 そして、アウラはその白く細い首を反らしてゲラゲラと笑う。

「ああ! 何て可哀想な、私の蒼馬。あなたの大事な半身は、もうこの世のどこにもいないわ! あなたの大切な王佐は、この世のどこにもいない! あなたの愛しいシェムルは、どこにもいなくなったっ!」

「嘘だ、嘘だ、嘘だっ!」

 蒼馬は駄々っ子のようにアウラの言葉を否定した。

「神は嘘を吐かない!」

 そんな蒼馬の未練がましい叫びをアウラはぴしゃりとたたき落とす。

「だって、神は自身を偽る必要がないんですもの。神は他者を騙す必要がないんですもの。だから、神は嘘を吐かないの。神が告げるのは常に真実! そして、この死と破壊の女神アウラが断言するわ!」

 無慈悲な神は、その御子冷酷なる託宣を下す。

「あなたの大事なシェムルは、もうこの世のどこにもいない」

 蒼馬は、その場に膝を落とした。

 そして、もはや何も聞きたくないとばかりに両手で耳を塞ぐと、その場にうずくまってしまう。

 そんな蒼馬を見下ろしながら、アウラは(さげす)むように、(あざけ)るように、(なぐさ)めるように、(いと)おしむように語りかける。

「ああ、可哀想な私の蒼馬。あなたの大事な半身は、どこにもいない。どこにもいなくなった。それなのに必死にそれから目を背けるだなんて、何て哀れな蒼馬。でも、いくら目を背けても現実は変わらないわ。もはやあなたの大事な王佐は、この世のどこにもいない。あなたの大切なシェムルは、もういない。もう、いなくなった!」

 アウラは、ゆっくりと両腕を大きく広げた。

 窓から差し込む青白い月光が描く自身の影で、床にうずくまる蒼馬を覆いながらアウラは(おごそ)かに告げる。

「あなたは卵。英雄という分厚い殻を被った大きな卵。英雄という卵の殻はあなたを守る壁であると同時に、本当のあなたを閉じ込めていた檻。でも――」

 アウラの目がカッ見開かれる。

「その卵の殻にひびが入ったわ。その檻がついに崩れたわ! 今こそ卵が孵るとき! 今こそ本当のあなたが解放されるとき!

 もう我慢する必要はないのよ。あなたがやりたいことをやりなさい! あなたの好きなようにやりなさい! 猛毒(あなた)猛毒(あなた)であるように!」

 影となった顔の中で、鮮血のような赤光をにじませる刻印を輝かせ、アウラはゲラゲラと笑う。

「蒼馬、蒼馬! 私の蒼馬! 私のたったひとりだけの御子! 私の可愛い猛毒! そして、私の愛しい神殺しっ!!」

 狂った女神の哄笑を前に、嵐に(おび)える子供のように両耳を塞いでうずくまる蒼馬は慈悲を請うことしかできなかった。

「やめてくれ! もう、やめてくれっ!」

 そして、蒼馬は自身の声に、はっと目を覚ました。

 まず視界に入ったのは天井である。荒い息をつきながら目だけを動かして周囲を窺った。

 そこは寝室である。いつの間にか自身は寝台に仰向けに横たわっていたようだ。寝室には自分以外に誰の姿もなく、当然あの狂った女神もいなかった。

 蒼馬は緊張していた身体から力を抜き、安堵の吐息を洩らす。

 しかし、それも束の間であった。

 すぐにシェムルのことを思い出す。

「……シェムル」

 蒼馬は震える手で、ゆっくりと自身の顔を覆う。

「怖いよ、シェムル。助けてよ……」

 その声に応える者はいなかった。


                  ◆◇◆◇◆


 その後も蒼馬は(かたく)なにシェムルの死を受け入れようとはしなかった。

 朝議や軍議に際しても、時折「王佐からの連絡はないか?」と問いかけては、周囲の者たちを困らせたのである。そして、彼らがシェムルからの連絡がないと告げると、蒼馬は決まって「私の国では、『便りがないのは良い便り』という。王佐はがんばっているのだろう。私もがんばらなくてはいけない」と、自分に言い聞かせるようにひとりごちるのが常となっていたのである。

 この状況にエラディアをはじめとした多くの者たちは憂慮した。

 しかし、それでもなおエラディアたちには、ただ手をこまねくばかりで蒼馬を見守ることしかできなかったのである。

 それは蒼馬とシェムルの深く堅い絆を知るが故にであった。

 ふたりをよく知る者にとっては、蒼馬にとってシェムルがどれほど大事な存在であったかなど言うまでもないことである。

 まさに半身とも言うべき存在の喪失によって崩壊しかけた蒼馬の精神を危ういところで繋ぎ止めていたのは、シェムルは死んではいないという盲信とも言うべき蒼馬の希望であるというのは明らかだった。そのため、下手にそこへ触れ、かえって蒼馬の精神が崩壊してしまうのではないかと思えば、エラディアたちが憂慮しつつも手を着けかねてしまうのも無理はなかったのである。

 そして、そんな状況がずっと続いた。

 エルドア国にとって幸運だったのは、その間に聖戦軍がボーンズの街の攻略に手間取り、戦況が膠着(こうちゃく)状態となっていたことである。

 聖戦軍が攻略しようとするボーンズの街は、もともと城塞都市の異名を持つほど強固な防壁を有する街であった。そこへこの街を聖戦軍の侵攻を食い止める要所と決した蒼馬の指示により、旧ホルメア国領へ避難しなかった、あるいはできなかった男たちが集められていたため、質はともかくとして街を守るだけの人数だけは充足していたのである。

 しかも、彼らの間では聖戦軍がルイズベンの街で起こした人肉食の凶行が知れ渡っていた。そのため、降服しても食われるだけならば、戦って殺された方がマシであると腹をくくったボーンズの街の住民らは、数十万の聖戦軍に対しても降服することなく徹底抗戦を続けたのである。

 そうした住民の死に物狂いの抵抗に加え街の防壁の強固さもあり、さしもの聖戦軍もボーンズの街攻略には手を焼いたのであった

 そんな状態が一週間、一月(ひとつき)二月(ふたつき)と続き、そして気づけば四ヶ月もの時が経っていたのである。


                  ◆◇◆◇◆


 大きな(いびき)が粗末な小屋を震わせていた。

 それを発しているのは、麦わらを敷いただけの寝床で全裸のまま大の字で寝ている大男である。すでに太陽が高く昇っているというのに、大男は大口を開けて眠りこけ、鼾だけで小屋を嵐に遭遇させたように震わせていたのだった。

 そこは旧ロマニア国領の東部にある名もなき小さな村である。住民はわずか五家族。三十人にも満たない、辺境に点在する小さな農村であった。

 そこに悪鬼どもが襲来したのは、一ヶ月も前のことである。

 その悪鬼たちは全員が馬に乗った異国の人間であった。自分たちをバグルダッカ大公軍と名乗った二十人ばかりの悪鬼の一団は、何事かと家から飛び出した老齢の村長に向け、一方的に村を接収すると宣言したのである。

 当然、村長たち村人たちは難色を示した。いきなりどこの誰ともわからぬ連中に村を寄越せと言われて、はいそうですかと言えるはずもない。

 すると、悪鬼たちの一団は暴力と恐怖によって村を支配し始めた。

 まず手始めに、反抗的な態度を示した村の若者が殺された。生きたまま首に縄をかけられ、駆ける馬で村中を引きずり回されたのである。村中に響き渡った悲鳴と苦鳴が止んだときには、引きずり回された若者の遺体は至る所で肉が削られ、白い骨が露出する無残な有様となっていた。そして、その遺体は見せしめとして、今なお腐臭を漂わせながら村の立木に吊されている。

 そうして村人の反抗心を奪ってからは、悪鬼たちは村のすべてを蹂躙した。

 秋の収穫期まで食いつなぐ大事な食料を容赦なく吐き出さされたばかりか、家禽や豚、さらには農耕のための大事な牛まで殺されて食われてしまった。

 当然のごとく、悪鬼たちは女と見れば誰彼かまわず陵辱した。時や場所も選ばず、夫や親や兄弟のいる前で犯された女たちの中には、自ら命を絶ち、または気が触れてしまった者もいた。

 しかし、それでもなお村人たちは抵抗できなかったのである。わずかでも反抗すれば容赦なく殺される。いや、反抗せずとも気分次第で殺されてしまうからだ。

 そして、気づけば村人の人数も、今やわずか十余名を残すばかりとなっていたのである。

 そんな暴力で支配した村の家のひとつを占拠し、全裸の村娘を枕にして大鼾をかいて寝ていた大男――クロゥ・カァン・バグルダッカだったが、不意にその目が、バチッと音を立てて開いた。次の瞬間、バネ仕掛けのようにクロゥは上半身を引き起こす。

「何かくるな……」

 そう言うとクロゥは全裸のまま家を出ると、村の中央にある井戸へ向かう。そして、釣瓶(つるべ)を使って水を汲むと、その水を頭から被った。すると、その肉体に閉じ込められた暴力の圧と熱とによって、濡れた身体から湯気が上がる。

 水浴びした獣のように身体を震わせて水を切るクロゥのところへ父親が起きたのに気づいたジュルチが無言でやってきた。

 寡黙な息子を一瞥(いちべつ)したクロゥは、ニタリと笑う。

「敵が来るぞ。急ぎ戦士どもを起こし、戦支度をさせろ。他の村に散っている連中も呼び集めろ」

 父親の言葉に、ジュルチはわずかに首を動かして遠くを見渡した。しかし、見渡す限り敵兵どころか人の姿すら見えない。

 だが、こと戦いに関しては父親の勘が外れることはない。

 そうと知るジュルチは無言でうなずくと、兵たちを起こすべく、その場から(きびす)を返して立ち去った。

 それから間もなく戦支度を始めたバグルダッカ大公軍によって、にわかに騒がしくなった村の中から、村長がクロゥのところへ転がり出る。

「た、大公閣下。何かございましたか?」

 目の前で()いつくばるように平服する村長に向け、クロゥはニカッと歯をむき出して笑う。

「世話になったな。今日で俺様たちはここから出て行ってやろう」

「ほ、本当にございますか! ――いえ、閣下におかれましては、私どもも満足なおもてなしもできず申し訳ありませんでした」

 思わず飛び出た喜びの声を慌てて飲み込みんだ村長はたどたどしく謝罪の言葉を述べた。

 この悪鬼どもが、やっと出て行く。この悪夢もやっと終わる。

 そんな内心の安堵と歓喜が顔に浮かぶのを隠すため、ことさら深く平伏して見せていた村長だったが、その背後で悲鳴が上がった。

 何事かと振り返れば、そこではバグルダッカ大公軍の兵たちが村人を次々と斬り殺し、突き殺していく光景が広がっていた。そればかりか兵の中には手にした松明で家々に火を点けている者すらいる。

「な、何てことを! おやめください! 私たちが何をしたというのですかっ?! 私どもは、あなた様に逆らわなかったではないですか! あなた様の言うとおりにしたではないですか! それなのに、なぜこのような非道を?!」

 足にすがりつく村長をクロゥは蹴倒した。仰向けにひっくり返った村長に向けて、クロゥは獰猛な笑みを浮かべる。

「逆らわなかったからだ」

 クロゥは事もなげに言い捨てた。

「逆らわないってことは、すべてを受け入れるってことだろ? 言うとおりにするっていうのは、何をされても文句はないってことだろ? ならば、俺様が何をしようとも、そのすべて受け入れろ。文句を吐くな」

「そんな。ご無体ではございませんか! 私たちは戦う力など持ち合わせておりません! それでどうしろとおっしゃるのですかっ?!」

 村長の哀れみを乞う叫びは、かえってクロゥの顔をしかめさせた。

「弱さを武器にするな、ゴミめ」

 そう言うなりクロゥは村長の喉笛を右手で鷲掴みにしたかと思うと、そのまま片腕だけで村長の身体を吊り上げる。

「力がなければ知恵を絞れ! 知恵がなければ、命を懸けろ! 弱者ならばこそ、あがけ! 抵抗して見せろ! 闇討ちをしかけろ! 食事に毒を盛っても良い! 寝首を掻くのもかまわん! ありとあらゆる手を使え! それこそが弱者が強者を打ち破る唯一の手段だ!」

 気管と動脈を圧迫され顔を真っ赤にして苦しむ村長は必死にクロゥの手から逃れようとするが、少女の胴回りほどもある太いクロゥの腕は小揺るぎもしない。

「ほうら、ほうら。もっと抵抗しろ。あがけ。さもなくば死んでしまうぞ?」

 クロゥはじわじわと右手に力を込めていった。真っ赤になっていた村長の顔が次第にどす黒い赤紫色へと染まっていく。そして、ついに骨が折れる鈍い音が鳴った。その音とともに村長の身体から糸が切れた傀儡人形のように力が抜け、四肢がだらりと垂れる。

「ああ……。つまらん、つまらん。無価値なゴミめ」

 首の骨を砕かれて死んだ村長の死体をゴミでも放り捨てるように無造作に投げ捨てたクロゥのところへ、ジュルチとその従士がクロゥの戦装束一式をもってやってきた。

 ジュルチは無言のまま父親に戦装束をまとわせていく。

 ジュルチに任せるがままにしながら、クロゥはわずかに顔を上げ空気の臭いを嗅ぐように鼻を鳴らす。

「来るぞ。来るぞ。――さては噂に聞く、本隊から離れた連中を襲撃しているとかいうエルドアの連中だな」

 ギラギラと脂ぎった期待と興奮に目を輝かせる父親に一通りの戦装束を身につけさせたジュルチは、最後の仕上げとばかりに父親の肩に外套をかける。

 その外套を翻してクロゥが振り返れば、そこにはすでに完全武装を整えた兵二十騎が整然と(くつわ)を並べ、号令を待っていた。

「クソ野郎ども! 存分に鋭気は養っただろうな?」

 クロゥの問いかけに、バグルダッカ大公軍の騎兵たちは手にした武器を手に雄叫びを上げる。

 それを見届けたクロゥは、ジュルチが連れてきた愛馬にひらりと(また)がった。

 そして、その太い右腕を突き上げて吠える。

「戦だ、戦だ! 奪え、犯せ、殺せ! 征くぞ!」


                  ◆◇◆◇◆


「ご覧ください! 村から煙が上がっております!」

 村から少し離れたところにある小高い丘の上で、村から上がる煙を指さしたのは、この時代には珍しい分厚い板金でできた胴鎧を身につけ、これまた重装備をさせた馬に(また)がる若い女性であった。

 その女性は一房に編んだ銀髪を振って馬上で後ろを振り返る。

「姫様! 奴らを殺せと、ご命令を!」

 抑えきれない怒りに震える声で女性が指示を仰いだのは、革製の鎧に馬上剣と呼ばれる曲刀を()いた軽騎兵の装いをした、これまた若い女性である。

「ああ。わかっているぞ、デメトリア!」

 デメトリアと呼んだ銀髪の女性以上の怒りに身を震わせた女性は、その燦然と輝く金髪を振り乱して高らかに叫ぶ。

無辜(むこ)なる我が国の民を害するとは許せん! ――行くぞ、我が百狼隊の勇者たちよ!」

 周囲に待機していた騎兵たちが、いっせいに「おお!」と唱和する。

 それは元ロマニア国の王女ピアータ・デア・ロマニアニスが率いる百狼隊であった。

アウラの言い回しが気に入らなくて何度も何度も書き直していたのがバレバレな作者です。

もっと蒼馬の人格を踏みにじり、尊厳に反吐をまき散らすような言い回しにしたかったなぁとまだ納得できていないのですが、キリがないですし、さすがに1か月更新ナシはまずかろうと投稿。

せっかくの見せ場なのに、もっと違った演出がなかったのかといまだに悩んでます。


まだまだ蒼馬君は壊れないよ!

読者が「壊れても仕方ない」ではなく、「これは壊れるだろう」と

思うような、さらなる悪夢に! さらなる地獄に落とさなくては!

 ̄ ̄V ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

(*°∀°)川°∀°) ひどいわ! この鬼!悪魔! ステキ!

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― 新着の感想 ―
最後の起爆剤は蟲姫様のご懐妊とか? 我々の世界への未練は断ち切り、そちらの世界と心中するのだ⁉︎
異世界で生きようと思ったら、日本人としての倫理観や他者への共感、思いやり、和を重んじる思想は足枷でしかない。それも奴隷制や人の命が軽い世界ならなおのこと。そして蒼馬の祖父の過去の言葉が更に蒼馬を苦しめ…
拝読して10年ようやく破壊の御子の本当の猛毒や破壊が見られるのか。毎日更新してるかチェックしててよかった。 ただの英雄が復讐や闇堕ちするなら安い物語に感じ、異世界チート貰った主人公が闇堕ち敵を殺す物語…
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