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破壊の御子  作者: 無銘工房
聖戦の章
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第17話 交渉

 マーマンの女王テーテュースとの交渉役としてソロンが連れてきたのは、アウルスという名の男であった。年齢は四十歳手前の壮年と呼べる年頃だが、どこか遊び人めいた軽薄な印象の男である。

「アウルス・ゴルディア・ロマニアニスと申します。王佐殿のお噂はかねがね亜父(あふ)のソロン殿より聞いております」

 会えて光栄だと言いながら差し出された手を前にしてシェムルは、はてと首をかしげる。

「ゴルディアというと、もしや?」

「はい。――父は亡くなったロマニア国第一王子ゴルディアです。今はソロン殿を亜父とし、この国に仕えさせていただいております」

 ゴルディアのふたりの息子がソロンを介してエルドア国に仕えているのは聞いていた。

 しかし、滅ぼしたばかりの国の王族だった者にエルドア国の存亡に関わる交渉を任せて良いものかとシェムルは不安を覚える。

「こいつは、そんなせせこましい奴ではないわ」

 シェムルの不安を見抜いたソロンが鼻を鳴らして言えば、アウルスも笑って言う。

「遺恨がまったくないと言えば嘘になりますが、それで世を(はかな)んで隠棲するのも面白くない。それよりもロマニア王家の人間ではなく、ひとりの男として立身出世を目指す方が面白いというもの」

 そこでアウルスは、慣れた仕草で片目をつぶってみせる。

「それに朴念仁の弟に訪れた遅い春のために、兄としてひと肌脱いでやりたいと思っていたところです」

 アウルスの弟と財務長官のミシェナが互いに憎からず想っているのはシェムルも知っていた。しかし、片や亡国の王族、片やその国を滅ぼした国の財務長官という重職にある者である。亡国の王族がその遺恨を晴らすために重臣に取り入って、そこからこの国を乗っ取ろうとしているのでないかとあらぬ疑いを言い出す者もいる。

 そうした疑念を払拭するために、アウルスはここで功績を示したいと言う。

 軽薄な物言いだが、その中に含まれた実弟への親愛の情を感じ取ったシェムルは「よろしく頼む」と差し出されたアウルスの手をしっかりと握り返した。


                  ◆◇◆◇◆


 アウルスを交渉役として同行させたシェムルは、その日のうちに王都ホルメニアを発つと、再び強行軍によって翌日にはジェボアの街へと到着したのである。

 しかし、シェムルたちはすぐに街に入ることはなかった。

 ルイズベンの港を占拠して寄港地とすることで、帝国はジェボアまでの海路を得たことになる。そのため、このジェボアにも聖戦軍の影響がどれほど及んでいるかわからない。そんな中で不用意に街に入って自分らの行動を衆目に晒すのは危険であった。また、人目を避けることは、これから向かうシャピロ商会からの要望でもあったのだ。

 そのため、シェムルたちは街の外で身を隠しておき、日没後にシャピロ商会に買収された門番の手引きによってジェボアの街に入った。そして、街の中ではシャピロ商会の人間の案内によって、裏通り伝いに街を通り抜けてシャピロ商会の商館へ入ったのである。

「ご無沙汰しておりました、エルドアの王佐殿。――まずは謝罪を」

 裏口より人目を忍んで入ったシェムルたちを出迎えたのは、シャピロ商会の現会頭であるダニエル・シャピロである。

 いきなり謝罪を切り出したダニエルに、シェムルはどういうことかと目をすがめた。

「現在、ジェボアは難しい状況に置かれております。すでにご存じとは思いますが、聖戦軍を名乗る帝国の者たちから貴国へ肩入れしないように圧力がかけられております。また、それにともない特に貴国と友好的であると見なされている当商会をこれを機に十人委員の座から蹴落とそうとする商売敵も多く、下手な動きが取れないのです」

 そこでダニエルは慚愧(ざんき)に堪えないとばかりに小さく首を振るう。

「そのため、このように王佐殿には人目を忍んで来ていただかなければならなかったのです」

 この身に一片の負い目などない私が、何故このようにコソ泥のように人目を忍ばねばならぬのだと憤慨していたシェムルであったが、こう言われてしまえば文句も言えない。

「いや。こちらこそ迷惑をかけてしまい、申し訳ない」

 そう言ってからシェムルは鼻をひくつかせて馴染みの臭いがないことを確認する。

「それよりも、ヨアシュはどうした? あいつと打ち合わせがしたかったのだが」

「弟ならば、別宅で謹慎させております」

 ダニエルは取り出した手巾(ハンカチ)で汗を拭いながら言う。

「弟は貴国とつながりも深いため、その動向を監視されているようなのです。そのため、あえて遠ざけております。挨拶もさせることができず、申し訳ございません」

 シェムルはダニエルの態度に釈然とはしなかったが、そう言われれば納得するしかない。

 立て続けに知らされる不穏な状況に、シェムルの胸中には不安が鎌首をもたげ始めていた。

 そんなシェムルを不安を払拭させるようダニエルは微笑みかける。

「ですが、ご安心ください。すでにマーマンへは密かに王佐殿が訪れる旨を伝えてあり、船も明朝には出航できる手はずをつけております」

 とりあえずマーマンの島へ渡れる算段はついたことに、シェムルはホッと胸を撫で下ろした。


                  ◆◇◆◇◆


 その日はシャピロ商会の客室で一泊したシェムルは、翌朝、日が昇る前にはマーマンの島へ渡るための身繕(みづくろ)いを終えていた。手荷物と呼べるのは山刀一振りだけである。以前、マーマンの島へ渡ったときの経験から、下手な手荷物は邪魔になり、また海水を被って駄目になってしまうとわかっていたからだ。シェムルはそれ以外のものは雑嚢(ざつのう)に放り込み、客室に置かせてもらうことにした。

 客室を出ようとしたシェムルだったが、そのとき雑嚢の口から小さな紙の束が顔を覗かせているのに気づく。

「……そういえば、最近サボっていたな」

 そう言いながらシェムルが雑嚢から取り出した紙の束は、字の練習がてらにその日にあった出来事を書き留める覚書であった。

 ここ数日は忙しさにかまけて覚書を書いていなかったのを今このとき思い出したのも何かの機会だろう。

 そう考えたシェムルは客室に備え付けられていた文机の上に覚書を広げてペンを手に取ると、今日の日付とともに、ごく簡単に「これよりマーマンの島へ渡る」とだけ書いた。

 そして、覚書を閉じようとしたシェムルであったが、ふとその手を止める。

 しばし悩んでからシェムルは閉じかけていた覚書を再び開くと、次の一文を付け足した。

 ソーマのためにがんばる、と。


                  ◆◇◆◇◆


 シャピロ商会の用意した船に乗ったシェムルたちは、マーマンの島へと向かった。

 その日は快晴で、波も穏やか、適度な風もあり、船足も快調と文句をつけようがない状況である。河や湖で船遊びをした経験はあっても、海を初めて見たというアウルスなどは子供のようにはしゃいでいた。白い目を向けられるのもお構いなしに船員たちへ話しかけていたのである。

 しかし、シェムルはアウルスのように浮かれる気にはとうていなれなかった。

 それはこれよりマーマンの協力を得ると言う重大な務めがあるからだけではない。どうにも船員の様子がおかしいように思えたからだ。当初は、自分が他種族のゾアンであるからかとも考えた。だが、どうもそれだけではなさそうだ。

 嫌な雰囲気を感じる。

 シェムルは言い知れない不安に、全身の毛をわずかに逆立てた。

「いやぁ。王佐殿。海とはすごいところですねぇ」

 そこへ船員をかまうのに飽きたアウルスがやってきた。

 船員を警戒しているシェムルが「そうだな」とぶっきらぼうに応じるのに気にする様子もなく隣に立ったアウルスは笑顔のまま、潜めた声で告げる。

「王佐殿。ご油断無きように。すでにお気づきでしょうが、船員の態度がおかしい」

 突然のことに、シェムルはぎょっとした。

 アウルスは笑顔を崩さぬまま続けて言う。

「船員が私たちを避けています。嫌うというより視線を下げて身を退くのは、おそらくは何か負い目のようなものを感じている様子。それが何かはわかりませんが、彼らは私たちに何かを隠している」

 笑顔のままアウルスは船縁に寄りかかりながら船員たちを見やる。傍目(はため)からは談笑しているように見えるが、アウルスの口調は真剣そのものだった。

「船員が身につけているのは、せいぜいナイフ程度。それでは勇猛と噂されるゾアンの方々を直接害するには船員の人数が少なすぎる。おそらくは、何か密命を帯びているか、もしくは私たちにとって不利な情報を隠しているというところでしょうか」

「それが何かわかるか?」

 シェムルの問いに、アウルスは肩をすくめて見せる。

「心を読むと噂されるエルドア宮廷の女官長様ではないので、さすがにそこまではわかりかねます。しかし、ろくなことではないのは間違いないでしょう」

 どうしますか、とアウルスに目で問われたシェムルはしばし考える。

「……どうにもならないな。――それに、『乗りかかった船』という言葉もある」

 シェムルが口にした聞き慣れない言葉に、アウルスはきょとんとした顔になる。それにシェムルは苦笑とともに説明する。

「ソーマの国の言葉だ。一度船に乗って出航すれば降りられないということから、物事を一度始めてしまえばやめることができないという意味だ。――まさに、私たちの置かれた今の状況だろう」

 これにアウルスも「確かに」と苦笑を返した。

 それからアウルスは空を見上げる。

 すると、抜けるような青空の中に船の真上を飛ぶ鳥のような、それでいてそれよりも大きな影があった。

「ああしてハーピュアンの方が見守っていれば、よい牽制にもなりましょう。さすがのジェボアも、今の段階で私たちを切り捨てる可能性は低いと思いたいものです」

 アウルスがそう言い終わらぬうちに、どこからか堅いものを打ち合わせる甲高い音が聞こえてきた。何もない海の真っ只中で、いったい何がと不審がるアウルスに、シェムルは船縁から身を乗り出しながら言う。

「マーマンたちだ。この船がマーマンたちの海域に入ったので、警告を発しているのだ」

 シェムルが言うとおり、船を取り囲むように波間から次々とマーマンたちが顔を覗かせた。そのうちひとりが手にした貝殻を打ち合わせて、警告を発している。

「シャピロ商会の船だ! エルドアの方をお連れしている!」

 船首の方で船員がマーマンたちへ声を張り上げているのが聞こえた。それに、この場にいるマーマンたちの責任者と思われる女戦士が叫び返す。

「エルドア国の方々のご来訪は聞いている! そのまま船を進めよ!」

 そう告げると、再び海域の警戒に戻ろうとした女戦士をシェムルが呼び止める。

「おい! すまないが、オルガ殿はおられるかっ?!」

 マーマンの戦士長であるオルガは、マーマンの末姫であり異母妹であるアドメテーを救ったことから蒼馬に友好的であり、またエルドア国建国やワリナとの婚礼の歳には地上では移動もままならぬマーマンでありながら、わざわざ王都ホルメニアまで訪れるなどマーマン切っての親エルドア国派であった。

 シェムルはそんなオルガに、これより(のぞ)む女王テーテュースとの交渉の際に助力を得ようと、事前に会って話を通しておきたかったのだ。

「オルガ殿に、ご挨拶したいのだが、呼んでいただけないかっ?!」

 そう声を張り上げるシェムルに、しかし、マーマンたちは何故か互いに顔を見合わせた。それどころかマーマンたちの間に何か気まずい雰囲気すら漂い始める。

 ややあってから責任者と思われる女戦士が声を上げた。

「エルドアの方よ。申し訳ない。オルガ戦士長は、訳あってこの場にはおられません。――では任務があるので失礼します!」

 不在の理由を()こうとしたシェムルであったが、それを口にするよりも先にそのマーマンの女戦士は海に潜ってしまった。

 そればかりか他のマーマンたちまでも、呼び止める間もなく次々と海の中へと姿を消してしまう。

 まるでこちらからの問いかけから逃げるようなマーマンの態度に、シェムルは不安を掻き立てられずにはいられなかった。


                  ◆◇◆◇◆


 もしかすると島の船着き場で、以前のようにオルガが待っているかもしれない。

 そんな淡い期待とともに島の海蝕洞の船着き場に着けた船から下りたシェムルだったが、そこでシェムルたちを出迎えたのは顔も知らないマーマンの女戦士であった。

 テーテュースとの交渉前にオルガの助力を得られなかった以上に、あの義理堅いオルガが一向に姿を現さないことに不安を覚えたシェムルであったが、ここまで来て何の成果もないまま引き返すことなどできはしない。

 意を決したシェムルはその女戦士の案内に従って、女王の間へと足を踏み入れた。

 すると、そこでは以前と変わらぬ和やかな笑みを浮かべたテーテュース女王がシェムルを歓迎する。

「ようこそ、おいでになられました。エルドアの王佐殿」

 テーテュースに(うなが)され、床に置かれた()()の上に腰を下ろしたシェムルは、まず挨拶の言葉を告げる。

「マーマンの女王テーテュース女王陛下にご挨拶いたすとともに、拝謁の栄誉を賜れたことに感謝申し上げる。この度、我、ゾアン十二氏族がひとつ《牙の氏族》ガルグズの娘シェムルは、エルドアの王キサキ・ソーマの名代として(まか)り越した」

 そうして一礼すると、予定どおりテーテュースとの交渉役をアウルスへ投げる。

「私は口下手故に、失礼はあっては申し訳ない。代わりにこの者が、我らが王ソーマの言葉をお伝えする」

 主導権を譲られたアウルスは、まずは時候の挨拶から入り、自己紹介をする。そして、そこから蒼馬とテーテュースの健康と、エルドア国とマーマンの友好と繁栄を言祝(ことほ)いだ。

 それから、いよいよ聖戦軍との戦いへ協力を呼びかけるかと思いきや、アウルスは聖戦軍の話題をおくびにも出さず、シェムルには雑談としか思えない内容の話をテーテュースと始めたのである。

 これにシェムルは当初、何を悠長なことをと(いきどお)った。

 だが、和やかに談笑しているように見えるテーテュースとアウルスのふたりであったが、会話の合間にやけに長い間が空いたり、取るに足らない問いかけに対しても熟考していたりするのに、シェムルもすでに交渉が始まっているのだと気づいた。

 例えばアウルスの次の問いかけである。

「嵐が訪れれば、周囲に(さえぎ)るものがない絶海の孤島であるこの島はかなりの強風が吹き荒れるのではないでしょうか」

 言葉どおりに受け取れば、これは単に島の生活を尋ねているように思える。

 しかし、これは嵐を聖戦軍襲来に、遮るものをエルドア国に例え、エルドア国を失えばこの島が聖戦軍の脅威に直接さらされるぞという脅しであった。また、絶海の孤島を協調するのは、マーマンにとってエルドア国は唯一の友邦国であり、それを失えば孤立するぞという意味もある。

 これに対するテーテュースの答えは次のようなものであった。

「風で風車が倒壊するやもしれません。ですが、如何(いか)な強風とて、海の底までは届くものではありませんよ」

 ここで言う風車とは、蒼馬の発案でエルドア国の協力によって建てられた女王の間へ海水を汲み上げるためのものである。

 すなわち風車をエルドア国に例えて、エルドア国が滅ぼされようとも海の底――自分らマーマンのところへまでは聖戦軍の脅威も及ばないという意味だ。

 これに対してアウルスも即座に返す。

「強風で風車が倒壊すれば、貴国としても不便でしょう。倒壊せぬように、対策を取られてはいかがでしょう?」

 エルドア国の滅亡はマーマンにとっても不利益のはず。そうならないためにも支援すべきではないのかという問いかけである。

「妾たちマーマンは、無理をせねば陸に上がることすらできません。ただ嵐が過ぎ去り、風車が無事であることを祈るだけ。嵐さえ過ぎれば修理もいたしましょう」

 陸に上がることすらできないとは、自分らは陸上の問題には関わらないという意志の表明であり、嵐の後ならば風車を修理するというのはエルドア国が生き延びれば復興支援はやぶさかではないという意味であった。

 しかも、陸に上がるという言葉の前に「無理をせねば」と付け加えたのは、無理をすればエルドア国の援護もできるという含みを持たせるためである。それにより自分らマーマンに無理させるだけの何かをエルドア国が提示できるのかと逆に提案を持ちかけてくるテーテュースのしたたかさであった。

 このように、アウルスがエルドア国への協力の利を説けば、テーテュースは協力したことによる損を説き、ときに情を訴えれば理を示し、理を示せば恫喝を返すといった具合である。

 互いに自分らの立場を譲らず、それでいて決定的な交渉決裂を避け、不用意に相手へ言質を取られないようにする、まさに言葉を武器にした激しい応酬の連続であった。

「いい加減、まどろっこしい言葉遊びはうんざりだ!」

 しかし、いつ終わるともわからぬ言葉の応酬に、ついにしびれを切らしたのは、やはりシェムルであった。

 シェムルとて何度となく蒼馬が他国の使者と謁見する場に立ち会っており、こうした交渉術であることは百も承知である。しかし、今やエルドア国は一刻を争う危急存亡の秋なのだ。それを承知しているだけに、もともと決して気が長い方ではないシェムルは、ついに我慢の限界に達したのである。

「テーテュース女王。腹を割って話してもらおう。おまえたちは、我が国を助ける気はないと言うことだな?!」

 突然、交渉に割って入ってきたばかりか、いくら西域の大国エルドアに比べれば小勢とはいえ、仮にも女王を名乗る相手へ声高に詰め寄るという非礼にアウルスも慌てて制止するが、シェムルはテーテュースを睨みつけたまま引き下がらない。

 それに対してテーテュースは、シェムルが憤激するのもある程度予測がついていたのか、小さく嘆息を洩らしただけで大きな動揺を見せなかった。 

「よろしいでしょう。エルドアの王佐殿は迂遠な言い回しを好まれぬ様子。ならば、妾も率直な言葉でお答えしましょう」

 テーテュースは明瞭な発音で、マーマンの立場をはっきりと告げる。

「妾たちマーマンは陸での(いさか)いには一切関与いたしません。例えそれが如何なる親交があり、如何なる恩義がある相手であろうとも」

 マーマンはエルドア国を見捨てると明言したのである。

 アウルスは完全に交渉が決裂したのに天を仰ぎ、そしてシェムルはカッとなった。

「あの聖戦軍とやらが、おまえたちマーマンを見逃すと思っているのか?!」

 それにテーテュースは余裕の笑みを浮かべて見せる。

「さて。それも妾たちの出方次第でしょうね」

 そのテーテュースの態度は、ソロンが指摘したとおり形だけでも恭順する姿勢をマーマンたちが見せれば、聖戦軍もあえて兵と軍費に莫大な損失を出してまで戦おうとはしないということを十分に理解した上でのものと思われた。

 もはや損得を説いても、情にすがっても、脅しをかけてもテーテュースの決定を覆すことはできない。

 その事実を突きつけられ、交渉の余地を失ったシェムルは二の句を告げられなくなってしまった。

「どうやら、これで貴国の用件は終わりのようですね」

 言葉を失うシェムルたちの前で、テーテュースは冷然と告げる。

「さあ! エルドアの方々がお帰りですよ! 見送って差し上げなさい」

 テーテュースが手を打ち鳴らすと、武器を手にしたマーマンの女戦士と人間の奴隷兵が女王の間に雪崩れ込んで来た。彼らに武器こそ向けられなかったが威圧を込めて退出を促されてはシェムルも無念を噛みしめながら従うしかない。

「エルドアの王佐殿」

 シェムルたちが女王の間から出て行こうとしたところで、テーテュースが声をかけた。

 無念と悔しさと怒りに打ち震えながら、肩越しに振り返るシェムルに向けて、テーテュースは(あでや)やかに微笑んで見せる。

「あなたと貴国にメリネの祝福があらんことを」

 シェムルは、一瞬何のことか悩んだ。だが、すぐに以前ジェボアを訪れた際にヨアシュに教えられたこと思い出す。

 メリネの祝福とは、ジェボアでは海全般での幸運を祈る言葉であるという。

 ただし、それは人間に限った話である。

 マーマンたちにとっては、海の中のことを知らない人間の愚かさを笑う言葉だという。

 それを思い出したシェムルは激発した。

「馬鹿にするなっ!!」

 そう怒鳴ると、シェムルは「案内などいるかっ!」とマーマンの戦士たちを置き去りにして女王の間から立ち去ってしまった。

 そんなシェムルの様子をテーテュース女王は口元を隠して上品に笑う。

「あらあら。無事を祈ってあげたのに、かえって機嫌を損ねてしまったようね」

 女王の間にいた姫たちも、母親である女王に合わせてクスクスと忍び笑いを洩らした。

 そんな女王と姫の洩らす忍び笑いの声が反響する女王の間に、ぶしつけな野太い笑い声が割って入る。

「ふはははっ。これは面白い見世物でしたな」

 笑みを消したテーテュース女王は、眉間にしわを寄せる。

「お客人。勝手に島の中を出歩かないでいただきたいものですね」

 不快を込めたテーテュースの言葉が向けられたのは、シェムルたちとは別の通路から姿を現した人間の男である。

 鎧の下に着込む、鎧下という厚手の衣服を身にまとい、腰に剣を吊したその人間の男は、テーテュースの苦言にも蛙の面に水とばかりに悪びれる様子もなく、それどころか断りもなく女王の間に足を踏み入れる。

「下等な獣とはいえ、哀れでなりませんでしたぞ。女王陛下」

 テーテュースに対しも侮蔑を浮かべる人間の男が着る鎧下の胸には、人間の神の刻印が大きく描かれていた。

(*°∀°)川°∀°)ワクワク

作者 アウラ様

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― 新着の感想 ―
もっと広く皆んなに読んで頂きたい物語。4巻出るの待ってるんですけど、、、、、。
既に手が回ってたかー。海路の可能性に気づくのが遅れたのもあるし、人間の神の御子の方が連携もあって今のところ戦略的に上を行ってるようだけど…あの日記が遺書となりません様に。日付書いた感じ、帰還するにして…
陸でのいさかいかー陸でのかー。 ソロンにしか通じなそうw
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