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破壊の御子  作者: 無銘工房
聖戦の章
516/534

第4話 カーディナル宣言

 聖地カーディナル。

 そこは帝国の国号の由来ともなった聖教最大の聖地である。

 もとはそれなりに大きな地方都市から程近い場所に位置する砂岩でできた小高い丘に過ぎなかった。その砂岩は鉄分が多く含まれていたために赤く、それでできた丘は夕陽に照らされるとまるで丘そのものが血に染まっているかのように見えたという。

 そのためなのだろうか。

 古代において、その丘は地方都市の罪人を処する処刑場であった。死罪を言い渡された何人もの罪人が、その丘の上で磔刑や火刑など様々な方法で処され、実際にその血を丘に吸わせてきたのだ。

 そんな(いわ)くのある丘が聖教にとって最大の聖地となったのは、そこが聖教の創始者である聖者イノセントの終焉の地だからである。

 今や大陸中央に君臨するカーディナル帝国の国教として認められる聖教の人間種優性論と他種族排斥主義も、聖者イノセントが生きていた当時としては社会に混乱をもたらす過激な主義主張に過ぎなかった。幾度もの警告と逮捕を経ても自らの過激な主義主張を声高に吹聴し続けた聖者イノセントは、ついに地方都市の首長によって騒乱罪による死刑を言い渡され、その丘の上で磔刑(たっけい)に処せられたのである。さらにその遺体までも火刑に処せられ、灰になるまで焼かれた後、その灰もまた丘の上からばら撒かれたという。

 聖者イノセントの主義主張を後世に残してはならず、またわずかながらいた聖者イノセントの信望者たちにその遺体を信仰の()り所とされないようにという、当時の地方都市の首長の強い意志を感じさせる逸話であろう。

 しかし、聖教が帝国の国教と認められた際、その信仰の中心として、また拠り所となる存在が求められたとき、それに選ばれたのが聖者イノセントの遺灰が撒かれたその丘だったのである。

 そうして聖教最大の聖地となったことで、丘とその周囲の様相は一変した。

 聖者イノセントが処された(はりつけ)が立てられた丘の上には、聖丘教会と呼ばれる帝国の聖教の総本山となる教会が建立され、遺灰が撒かれた丘の南側の斜面は「聖者イノセントの遺灰を土足で踏みつけるのは忍びない」という無名の巡礼者が置いた、たった一枚の敷石から始まった石畳で丘全体が覆い尽くされ、今やなだらかな傾斜を持つ広場――カーディナル広場となっていた。

 そして、それらを取り囲むようにして建つ建物は、聖丘教会に付随する宗教施設に、聖地巡礼に訪れたままこの地に定住した熱心な信者と、そうした信者や巡礼者を相手に商売する人々が立てた住居や店舗などだ。それらが教会と広場を取り囲む環状の街を形成していたのである。

 そんな聖地カーディナルに、その日は数え切れないほどの信者たちが詰めかけていた。

 聖地の街路という街路は人で溢れかえり、路地裏にまで人が押し込まれている始末である。中には建物の屋根へ勝手に上る人や、それに怒号を上げる建物の住人がいれば、そうかと思うと屋根への立入料金として金を取る商魂たくましい住人もおり、まさに聖地は混沌とした様相を示していた。

 これほどの信者が聖地に押し寄せたのは、その日が聖者イノセントの処刑された日――聖教において聖日とされる、入滅日だからである。

 この入滅日にはアウストラビス大神官が聖丘教会の露台(バルコニー)から説法するのが例年の聖教の行事であり、信徒たちはそれを目的にこうして集まってきたのであった。

 そして、石畳の上からでも踏みつけるのは不敬であるとされ、誰もが靴を脱ぎ、膝立ちとなった信徒たちで一寸の余地もなく埋め尽くされたカーディナル広場に、聖者イノセントが処刑されたとされる時刻に合わせ、大鐘楼の鐘が荘厳な音を響き渡らせる。

 それとともに聖丘教会の露台に多くの神官を引き連れたアウストラビス大神官が姿を現した。

 その姿を目にしただけで多くの教徒が感涙を流し、歓呼の声を上げ、中には感激のあまり卒倒する者も続出する。

 そうした信徒たちの大歓声を前にアウストラビス大神官は両腕を大きく広げて手のひらを向けることで静まるように示した。それによって信徒たちの大歓声も徐々に静まっていく。

 それを見届けたアウストラビス大神官は小さく息を吸うと、それとともに彼の咽喉元で人間の神の刻印がギラリと輝いた。

「神を讃えよ! 人間の神を讃えよ! 人間の神は、偉大なりっ!」

 アウストラビス大神官の声は、説法慣れした明瞭な発声と、良く通る声質ではあったが、決して広場全体に響き渡るのものではなかった。

 しかし、そのアウストラビス大神官の声は、カーディナル広場に集う信徒たちへ余すところなく伝わったのである。

「敬虔なる信徒たちよ! 私の愛すべき同胞よ! 幸いなる神の僕たちよ! 私は汝ら信徒へ重要な教えを説こう!」

 カーディナル広場か、それと等しい範囲にいる人々に自身の声を届ける。

 それこそがアウストラビス大神官が人間の神の御子として与えられた恩寵の力であった。

 その恩寵の力をもって、アウストラビス大神官は信徒らに告げる。

「神は! 人間の神は、我ら人間を愛されているっ!」

 アウストラビス大神官の説法は広場の外周に立つ神官たちが大きな声で復唱することで、カーディナル広場のみに留まらず、広場の外にいる多くの信徒たちへと伝えられた。

「この世には、多くの苦難と危難と悲嘆で満ちあふれている! それに直面したとき、多くの人は次のように嘆くであろう。なぜ、神は私たちにこのような苦難を与えるのかっ?! なぜ、神は私たちを危難からお救いにならないのかっ?! なぜ、神は嘆き悲しむ我らをお見捨てになられるのかっ?! 神は私たちを愛されてはいないのか、と!」

 人はただ正しく生きるだけでも平穏無事ではあり得ない。ときには困窮し、ときには理不尽な暴力にさらされ、またときには予期せぬ災難に見舞われるのだ。

 そのとき、如何(いか)敬虔(けいけん)な信徒であろうとも思い浮かべざるを得ない疑念をアウストラビス大神官は真っ向から否定する。

「だが、その考え自体が誤りである!」

 アウストラビス大神官は信仰する人間の神のことを想い、恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべる。

「人間の神は偉大である! その御力をもってすれば、我ら人間のありとあらゆる苦難や危難は取り除かれるであろう! ありとあらゆるものが与えられ、我らは何の悩みもなく、苦しみもなく、ただ喜びのみを享受することになるだろう! さほど人間の神は偉大なのである!」

 アウストラビス大神官の顔が痛ましげにゆがむ。

「だが、我ら人間は、ただ人間の神の庇護に甘んじるだけで良いのか? ただ人間の神の救済にすがるだけで良いのか? ただ人間の神の慈愛に溺れるだけで良いのか? 否、否、否、否否否だっ!」

 人間の神の偉大さを語るのに陶酔していたアウストラビス大神官の声に激しい感情が混じり出す。

「ただ泣き叫ぶだけで不快なものを遠ざけてくれる! ただぐずるだけで快適な環境を整えてくれる! ただあるだけで、すべてを与えられる!

 それでは、まるで乳飲み子ではないかっ! 無垢(むく)というなの無恥と、脆弱という傲慢さをもって、ただ親の愛を甘受する乳飲み子そのものではないかっ!」

 激情のままに唾を飛ばし、声を荒らげていたアウストラビス大神官は、ここで再び恍惚とした表情を浮かべる。

「かつて偉大なる聖者イノセントは苦難の旅路の果てに偉大なる人間の神と邂逅(かいこう)なされた際に、こう(おお)せられた。

『亜人類は野蛮であり、知能の劣る劣等種であり、偉大なる人間の神が創造なされた人間種こそが神の後継者として大陸を支配すべき優性種である』と」

 興奮に目を輝かせ、頬を紅潮させたアウストラビス大神官は聴衆に向けて吠える。

「そう! これこそ人間種が、ただ愛され守られるだけであった乳飲み子からの脱却であり、偉大なる人間の神の後継者たらんとする宣言だったのである!

 我らは等しく人間の神の子供である。

 だが、もはや我らは乳飲み子ではない。今や人間は、偉大なる人間の神を讃え、偉大なる人間の神の教えに従い、自らの足で立つまでに成長したのだ!」

 人間種の優秀さに、聴衆である信徒たちは歓喜のあまり滂沱(ぼうだ)と感涙を流す。

「そのように物心もつき、分別も持ち合わせるようになった子をただ甘やかし、乳飲み子のように扱うのは、親の愛だろうか?

 違う! それは親の自己満足に過ぎない。我が子を愛玩動物と勘違いし、自身の支配下に留めんとする醜い独占欲の表れである! そのような環境で育った子が真っ当に成長するかっ?! 否、するわけがないっ!!

 真なる親の愛とは、ただ我が子を甘やかすことではない!

 真なる親の愛とは、ただ我が子を見守ることである!

 たとえ我が子が倒れようとも、たとえ我が子が傷つこうとも、たとえ我が子が苦しもうとも、必ずや我が子がそこから立ち上がり、それを乗り越え、そしてそれを(かて)に成長すると信じ、見守る! それこそが真なる親の愛なのである!」

 そこでアウストラビス大神官は悲痛な表情を浮かべる。

「だが、それは辛く悲しいことでもある! 偉大なる人間の神ならば、ほんのわずかに手を差し伸べるだけでも我ら人間種のすべての艱難辛苦を取り除くことが可能であろう。

 だが、それでは我ら人間種のためにならない。そう信じ、我が子を艱難辛苦より救い上げたいという想いをこらえ、愛をもって、ただ我ら人間種を見守り続けてくだされている!

 そして、人間種が幾多の艱難辛苦を乗り越えてその生涯を閉じたとき、偉大なる人間の神はその生涯を褒め称え、その生涯が苦難なものであればあるほど無限の慈愛をもって、我らの魂をその御許に迎え入れてくださるのだ!」

 アウストラビスは「重ねて言おう」と告げると、その胸のうちから溢れる激情をため込むように一拍の間を置いてから叫ぶ。

「神は、我らを愛されている!」

 さらに熱量を込めて、アウストラビス大神官は吠える。

「偉大なる人間の神は、我ら人間種を深く愛されているのである!」

 アウストラビス大神官の絶叫に、ついに神への信仰の絶頂を迎えた信徒たちが歓喜の声を上げる。

 その大地すらも揺るがすような歓喜の大音声は、アウストラビス大神官が静まるように身振りで示しても、しばらくの間はおさまることはなかった。

 ようやくあって再び静寂を取り戻した信徒らに向けて、アウストラビス大神官は問いかける。

「さほど我ら人間種は、偉大なる人間の神に愛されている! (しか)るに、我ら人間種は、その大いなる人間の神の愛へ(むく)いられているのか?」

 アウストラビス大神官は激しい羞恥と自責の念から自らの頭を掻きむしる。

「否! 否! 否否否否っ! まったく報い切れていない! 無限の人間の神の愛に対し、我らの感謝と祈りはまったく足りない! 足りていないのだ! 我々はさらに聖者イノセントの教えに従い、偉大なる人間の神の愛にもっと報いなければならない! もっともっと報いなければならないのだっ! ――それだというのにっ!」

 アウストラビス大神官の目に怒りが宿る。

「はるか大陸の西域にあるエルドアなる国の王である破壊の御子なる者は、自身が人間種でありながら聖者イノセントの教えに唾し、亜人類どもを人間種と同等という妄言を吐き散らし、その地に住まう我らが同胞たちを不当に迫害しているという! あまつさえ人間の神すら(ないがし)ろにしているというのだ!」

 アウストラビス大神官は、すうっと大きく息を吸い込むと、炎を吐くように叫ぶ。

「そのような大逆を許して良いものかぁ!!」

 この叫びに、アウストラビス大神官の信仰心に共感を覚えていた信徒たちの胸にも、彼の怒りと憎悪が伝播(でんぱ)する。その名もその存在も今この場で初めて知ったというのに、まるで百年に亘る怨敵に対するような怒りと憎悪が信徒たちの脳裏を極彩色に染め上げた。

 広場の至る所から破壊の御子を断罪すべしという声が次々と上がる。

「そうだっ! 慈悲深い人間の神がお許しになられたとしても、我ら敬虔なる信徒は、我ら誠実なる神の子らは、それを許すことなどできはしない! できるわけがないっ!!

 敬虔なる信徒たちに告げる! 忠実なる神の僕たちへ告げる! 今こそ戦いのときである! 今こそ武器を手に取り、戦うときがきたのだっ!

 我らは百万の神兵となって西域へと攻め入り、偉大なる人間の神に成り代わり、邪悪なる破壊の御子とその国に神罰を下すのだっ!!」

 アウストラビス大神官は音を立てて両腕を大きく開くと、聴衆らに向けて絶叫する。

「このアウストラビス大神官の名において、ここに聖戦の発動を宣言する! 神敵・破壊の御子を討つべしっ!」

 カーディナル広場に、信徒たちの歓声が爆発した。


                 ◆◇◆◇◆


 聖地カーディナルでのアウストラビス大神官の演説は、(またた)く間に帝国中を駆け巡った。

 カーディナル帝国の国論は、傲慢なる破壊の御子を討伐すべしという論調一色に染まり、誰も彼もが聖戦に参加すべく準備を始めたのである。

 しかし、遠征先となるのは、(はる)彼方(かなた)にある西域の地だ。

 そこへの遠征ともなれば、どんなに早くとも数ヶ月――場合によっては数年もの間、領地へは帰られなくなってしまう。そうなるとその間の遠征費の捻出は無論のこと、不在の間に領地で何らかの問題が生じた際、代わりに対処してくれる代理人の選出と指名など、遠征のためにやらなければならないことは数え切れない。

 そのため、聖地カーディナルでのアウストラビス大神官の聖戦発動の宣言から一年が経過しても、聖戦軍の編成は遅々として進まず、いまだ出征できずにいたのである。

 そうした状況にあって、ついに動き出す勢力が現れた。

 しかし、それは王侯貴族や騎士などではない。

 それは、本来は戦争とは無縁であるはずの民衆であった。

 ことの発端となったのは、渡りの神官であったピーターという人物である。

 渡りの神官とは、特定の教会や神殿に籍を置かず、各地を放浪しながら祝福や説法の代価として喜捨を得て、それを食い扶持とする神官のことであった。僻地(へきち)での布教と、そこにいる信者を導くためという崇高な使命感に燃える敬虔(けいけん)な神官もいるが、渡りの神官の大半は聖職者を(かた)る単なる物乞いである。中には、家族の病気や不幸につけこみ、厄除けや悪魔払いと称してそれらしい祈りや儀式をして見せて金銭をかすめ取る詐欺師も多い。

 ご多分に洩れず、ピーターもまたそうして手合いの人物であった。

「私は人間の神の託宣を受けた!」

 そのピーターが、アウストラビス大神官の宣言より一年が経とうとしたある日、突然そう言い出したのである。

「人間の神のために戦う者は、すべての罪が許される! 西域は、人間の神が我らに与えられた祝福された土地である! 信徒よ、我とともに西域へ向かえ!」

 ピーターが本当に人間の神の託宣を受けたかは定かではない。

 だが、民衆は、それを信じた。

 元々アウストラビス大神官の宣言によって民衆の間でも聖戦への熱狂が渦巻いていたのである。しかし、正規聖戦軍とも言うべき諸王諸侯らが一年経っても軍を起こさなかった。そのため、民衆の中に渦巻いていた熱狂は(ほとばし)る出口を見出せずに、ただ内圧だけを高め続け、それはもはや限界近くにまで達していたのである。

 そんなところにもたらされたピーターの言葉は、ついに民衆の熱狂を爆発させるものだったのだ。

 そして、それは帝国首脳部すら想定していなかった事態を引き起こす。

 フリッツ宰相らが西域へ派兵を企図していたのは、帝国で余剰となっていた民であった。ところが、農地や職を持つ民たちばかりか、女子供や老人や病人までもが「破壊の御子を倒せ! 西域を我らの手に!」と叫び、聖戦に参加しようと西域へ向けて行進を始めたのである。

 すなわち、民衆聖戦軍の発生であった。

 この民衆聖戦軍に参加した民衆の数は数万とも数十万とも言われている。だが、実際にどれほどの規模だったかは定かではない。民衆聖戦軍は宗教的熱狂からの民衆の自発的行動であり、それを管理統制する者もできる者もなく、またピーターの宣言を切っ掛けとして帝国各地で同時多発的に発生し、それぞれが独自に西域へ向かったために誰もその全体を把握できていなかったからである。

 さらには、その行軍すらも無計画無軌道の極みであった。

 当時の人々は、生まれ育った土地を出ることなく一生涯を終えるのもざらである。他所の土地ともなると、目的地がどこにあり、どうやって行けば良いのかすらわからなかった。

 そのため、ただ西へという掛け声とともに行進したある民衆聖戦軍の集団は、愚直に西へ進んだ挙げ句に極寒のウワラルプス山脈に足を踏み入れてしまい、そのまま消息を絶ってしまった。また、ある集団は手作りの粗末な船でベネス内海を渡ろうとして海の藻屑(もくず)となった。また、ある集団は帝国の西端にあった村を西域と勘違いし、そこで掠奪や虐殺を繰り返したために、同じ帝国の軍隊によって討伐させられてしまった。

 そうした悲喜劇の中にあって、渡りの神官ピーターが率いる最大規模の民衆聖戦軍が支援者である交易商人からの情報を得て向かったのは、ウワラルプス山脈を大きく北へ迂回する陸路である。

 しかし、それもまた過酷な道程であった。

 ウワラルプス山脈の北には荒野が広がっており、そこは食料や飲み水を確保するのも困難なところである。補給の計画どころか糧食すらまともに用意せずにそんなところへ入ったピーターの民衆聖戦軍は、そこで多くの人々が飢えと渇きで命を落としてしまった。

 また、彼らを襲ったのはそれだけではない。その荒れ地にいた猛獣や遊牧民族の略奪者による度重なる襲撃により、さらに多くの人命が失われた。

 しかし、それでもなお民衆聖戦軍は宗教的熱意を背景に歩みを止めることなく、着実に西域へと向かったのである。

 そして、その民衆聖戦軍より遅れること約半年。

 正規聖戦軍である帝国の諸王諸侯らの軍勢が、ようやく帝国南西部の港湾都市ベッツェに集結した。彼らは名目上の総指揮官としてアウストラビス大神官を擁立(ようりつ)すると、ベッツェの港より多数の船舶を使ってベネス内海を渡って西域へと侵攻を開始したのである。

 こうして聖戦軍の脅威が、ゆっくりとだが確実に西域に迫ろうとしていた。


                 ◆◇◆◇◆


 このとき西域は束の間の平和を甘受していた。

 西域の覇権を決したロマニア戦役より早二年近くが経過しようとしていた。その間、ロマニア戦役を制し、西域の覇者となった蒼馬とエルドア国はその絶大な力を背景に、西域中に睨みを利かせ、多少の小競り合いはあったものの大きな戦乱を引き起こさせるようなことはさせなかったのである。

 また、それとともにロマニア戦役によって親しい者を失い、また自身も傷ついた多くの民を慰撫し、壊された橋や建物を再建し、戦災による傷跡を癒やすために尽力した。

 それによって当初は西域初の覇王誕生に不安を覚えていた西域の民たちも安堵し、徐々にではあるが蒼馬とエルドア国の支配を受け入れつつあったのである。

 そんな平穏の中にあって、エルドア国で最初に異変を察したのは財務長官であるミシェナ・エルバジゾであった。

「ソーマ様。最近、どうも商人らの反応がおかしいような気がするんです」

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― 新着の感想 ―
さすがは帝国ですね、数十万人死んだって何ともありません! さては烏合の衆だな
西域の地図を見た時に連合国の上に延びてる土地の先はどうなってるのだろうと思ってたけど、荒野が広がっているのか しっかし初っ端から大暴走してて怖いですね帝国は…
商人の動きをミシェナが報告するのフラグが立つ意味で慣用句になりそうだなw
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