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破壊の御子  作者: 無銘工房
興亡の章
509/533

第187話 種族階級

 パルティスとの決戦「ボルゾーの戦い」での戦死者を弔った蒼馬は、エルドア国に凱旋する前に王都ロマルニアに立ち寄った。

 当然、それは征服したばかりのロマニア国で、自身の統治の基盤を築くためである。

 勝者として再びロマニア国の王城に入った蒼馬は、自身を迎えたロマニア国の諸侯や臣下に向け、改めてロマニア王朝の終焉を告げた。

 また、それとともに諸侯らには、いったん領地を国で召し上げるものの、その実質的な管理はこれまで通り諸侯らに(ゆだ)ねるという、かつてホルメア国やバルジボア国で実施したものと同様の処置を()ると宣言したのである。

 これに対し、すでにその処置は予想されたものであったためか、さしたる反発や混乱はなかった。亡国の衝撃が抜けきらぬ多くの諸侯らは、ただ粛々(しゅくしゅく)として蒼馬の宣言を受け入れたのである。

 次いで、蒼馬は国の役職を有していた者たちはその地位を安堵すると告げた。それは、いきなりエルドア国の官吏たちを統治に入れても、かえって混乱を招きかねないという考えからである。

 その代わり蒼馬は、ゴルディア王子とモンティウス宰相という執政者の抜けた穴を埋めるのに、ゴルディア王子のふたりの息子を抜擢した。ゴルディアが推すだけあって内政において非凡な素質を有するふたりだったが、彼らを抜擢したのは何もその能力のためだけではない。

 それは亡国の責を取って自裁(じさい)し、国と民の将来を自身へ委ねたゴルディア王子の遺志を尊重するという、蒼馬の意志をロマニア国の人々へ強く示すための人事であった。

 無論、そこにソロンの強い献策があったのは言うまでもない。

 いずれにしろ、この蒼馬の決定は多くのロマニア国の人々に好意的に受け止められたのである。

 そうしてある程度はロマニア国の安定が図られたと判断し、ようやくエルドア国へ帰国できる目処をつけた蒼馬が、「しばらく故国の酒を味わいたい」と言うソロンを残して王都ロマルニアを発ったのは、「ボルゾーの戦い」より三ヶ月後のことであった。

 エルドア国内に入ってからは道々で、戦勝を祝い、蒼馬の凱旋を心から喜ぶエルドア国の民たちの歓迎を受けながら王都ホルメニアに帰還した蒼馬を妻となったワリナと多くの臣下が迎えてくれた。

「お怪我もなく、無事のご帰還にお喜び申し上げます」

「うん。ただいま。まあ、私は安全な後方にいただけだからね」

 最近では血色も良くなり、王妃としての気品を感じさせるようになったワリナに、蒼馬はちょっと出かけて帰宅した夫のような口振りで応えた。

 後ろから聞こえる「そこは熱い抱擁を交わす場面だろ」と、おそらくどこかの戯曲本の場面の再現を求めるシェムルのささやきを丁重に無視した蒼馬は、久しぶりに帰城したのである。

 その日はワリナとシェムルの三人でゆっくりと食事を摂り、休んだ蒼馬を翌日には公務が待ち構えていた。

 それはロマニア戦役の戦勝記念の式典である。

 蒼馬よりも先に王都に帰還したエラディアの采配によって王城の大広間は式典の場として整えられ、そこには多くのエルドア国の臣下が集められていた。

 そして、そんな彼らを前に蒼馬は、ロマニア戦役での勝利を宣言するとともに、ロマニア国の併合を宣言したのである。

 これに、多くの臣下は沸き立った。

 かつてロマニア国と西域の覇を競い合っていた元ホルメア国の人々としては、国は変われど自分らが宿敵ロマニア国を下したことだけでも興奮に値する。

 さらに、ロマニア国を併呑したエルドア国の版図は、かつて西域中央に君臨していたという古王朝のものを凌駕した。もはやこの西域に、エルドア国に伍する国などありはしない。いまだいくつかの小国は残れど、いずれも独立国という体裁は取りつつもエルドア国に臣従するしかないのは、誰の目から見ても明らかであった。

 長らく戦乱に明け暮れていたセルデアス大陸の西域で、誰もが夢見た西域統一する覇権国家の誕生。

 その誕生に居合わせられたことに興奮するなというのが土台無理な話であった。

 そうして歓喜に沸く臣下たちが、いったん静まるのを待ってから、蒼馬は併合に向けた方針や施策を次々と説明していく。

 また、それと同時にロマニア国の王女だったピアータ・デア・ロマニアニスを客将として迎え入れることも発表された。

 この発表に、エルドア国の多くの臣下が驚き、そして同時に懸念を覚えた。

 自身が滅ぼした国の王女を側妃や愛妾ではなく、武力を有する客将として迎えるのである。ましてやそれが蒼馬自身がエルドア国の脅威として認めたロマニア国の三傑のひとりとなれば、当然であった。

 しかも、蒼馬からの紹介を受け、その場で挨拶をしたピアータは自身をロマニア国王女と称した上で、兄のゴルディアの遺命に従ってエルドア国に協力すると堂々と告げたのである。

 すなわち、ピアータは言外に次のように告げたのだ。

 自身はエルドア国に屈服したのではない。兄の遺命だからである。兄の遺命だから協力してやるのだ。

 亡国の王女でありながら、何とも傲岸不遜(ごうがんふそん)な物言いであった。

 これにエルドア国の多くの臣下が憤慨したのも当然である。

 しかし、蒼馬がピアータの言動を咎めなかった。そのため、誰もが憤慨しつつも非難の声をあげることはできなかったのである。

 そうした不穏なピアータの紹介を終えると、次に蒼馬はロマニア国戦役の勝利に貢献した将兵らの(ろう)をねぎらい、またその功績をたたえる功労賞の発表へと式典を進めた。

 大将軍であるガラムを筆頭とし、ロマニア国の三傑に離間の計を実行したトゥトゥと、次々と功を上げた者たち名を挙げ、その功績に応じた報奨を蒼馬は下賜(かし)していく。

 そして、事件はその終盤に起きた。

「次に、モラード・ジャバード・ソーミ!」

 蒼馬に名前を呼ばれ、モラードがのそのそと前へ出る。

「ミルツァの地で私を守り、また王国旗を守った。さらにはロマニア国三傑を倒すための策略として、私が命じたピアータを相手に七度敗北するという困難な任務を成し遂げた!」

 モラードの功績を讃えてから、蒼馬はそれに報いるための報奨を告げる。

「その功績をもって、改めて正式に儀仗隊の隊長に任じるとともに、将の位を授けるものとする!」

 しかし、その蒼馬の宣言を打ち消すように、声が上がった。

「異議ありっ!」

 王である蒼馬の宣言を否定するという暴挙に、大広間は一瞬静まり返った。

 それを発したのは、ひとりのディノサウリアンである。

「異議がある! 我らは石喰(いしく)いが将などと、断じて認められん!」

 石喰い。

 それはモラードたちディノサウリアンの奴隷種の先祖が草ばかり食べていて、その消化を助けるために石を飲んでいたという言い伝えに由来する奴隷種への蔑称であった。

 蒼馬は、異議を叫んだディノサウリアンを「誰だ?」と思った。

 ディノサウリアンの顔は、他種族では見分けをつけるのが難しい。ジャハーンギルやその三人の息子のように長らく間近で接していれば、それなりの見分けもつくのだが、そのディノサウリアンはそういうわけではない。ただ、ジャハーンギルたちの近くでよく見かけたような気もする。おそらくはエルドア国にいるディノサウリアンの中でもジャハーンギルに近い立場のディノサウリアンだろうと蒼馬は考えた。

 本来ならばここで蒼馬は王として毅然(きぜん)と式典の場を乱すという暴挙を犯したディノサウリアンを叱責し、罰するとは言わないまでも、この場からつまみ出すべきだった。

 しかし、蒼馬はここで失態を犯す。

「えっと……モラードの昇格に異議があるの?」

 蒼馬は叱責するどころか、そのディノサウリアンの意見に耳を傾ける態度を取ってしまったのだ。

 他人から強く言われると、とたんに我を引っ込めてしまう蒼馬の気弱な性格が、ここで出てしまったのである。

 朝議や軍議などで上下の隔たり無く意見を出し合い、話し合うときには美徳とも呼べる蒼馬の気質だが、式典を乱す暴挙に対しては出すべきではなかった。

 蒼馬の態度でそのディノサウリアンの行為が容認されたと見做(みな)した他のディノサウリアンたちまでも声を上げ始める。

「そうだ! 我らは認めぬ! 我らは断固反対する!」

「石喰いごときが、我らの上になるなど受け入れられん!」

「王よ! 撤回していただこう!」

 溜まっていた鬱憤を声に出したことで、(たが)が外れたのだろう。ディノサウリアンたちは激しい剣幕でモラードの昇格を撤回するよう蒼馬へ詰め寄ったのである。

 この事態に蒼馬は慌てた。 

「ちょっと、待って! 落ち着いて!」

 蒼馬は呼びかけるが、興奮するディノサウリアンたちは聞く耳を持とうとしない。メフルザード、ニユーシャー、パールシャーの三兄弟が制止しようとするが、それすらもディノサウリアンたちは無視して牙を剥き、唾を散らし、吠えるような声で撤回を求め続けた。

「こりゃ、面倒なことになったわい」

 この騒動に、そうぼやいたのはドヴァーリンである。

 今も必死に話を聞こうという態度を示すとおり、蒼馬は強権を有する王でありながら、たとえどのようなものであろうと臣下や民の声には必ず耳を傾けようとする王だ。それならば、事前に蒼馬へ訴えれば良かったのである。

 もしかするとディノサウリアンたちは、このような公式の場で訴えることで、それほど自分らにとって重大かつ深刻な問題であると示そうとしたのか、それとも蒼馬のみならず多くの人々にそれを理解させようとしたのかもしれない。

 ディノサウリアンたちがどれだけ思い詰めてこのような暴挙に打って出たかはわからない。だが、いずれにしろ時と場所を選ぶべきだった。

 この場は、ロマニア国との戦勝を宣言し、将兵らの功績を讃え、彼らに恩賞を下賜する晴れの舞台――戦勝記念の式典である。そこでの暴挙は、王である蒼馬を侮辱し、国の体制を足蹴(あしげ)にするものに他ならない。

 だが、それでもドヴァーリンが知る蒼馬ならば、彼らの暴挙にもいきなり処断することは決してない。むしろ、その抗議の声を一蹴せず、耳を傾け、対話による解決を図ろうとする。

 そして、今まさに蒼馬がそのようにしているようにだ。

 だから、問題はそこではない。

 問題なのは、この晴れの場を整え、管理しているのが女官長のエラディアということだ。

 表面は柔和な微笑みを絶やさぬエラディアだが、その本性は排他的な完璧主義であり、いったん邪魔者と見做(みな)せば誰であろうと容赦なく排除する冷酷な一面を持つ女性である。

 ここは、そのエラディアが敬愛する蒼馬のために準備し、(しつら)えた式典である。それを混乱させたのみならず、多くの臣下の前で蒼馬の決定に異議を上げ、その撤回を求めるなどという暴挙を働かれたのだ。

 女官長としての面子に泥を塗られたばかりか、蒼馬の前で恥を掻かされたも当然であった。

 いつもは取り澄ました顔のエラディアが、怒り心頭となって顔を真っ赤にしているだろう。

 そう思ってエラディアの方に目を向けたドヴァーリンであったが、思わず上げそうになった悲鳴を呑み込み、鼻を押さえた。

 エラディアは、微笑んでいたのである。

 異常であった。それは異常なことであった。

 誰がどう考えても、この事態にエラディアは激怒しているはずだ。そうでなければおかしい。そうでないはずがない。

 それなのに、エラディアは微笑んでいる。

 まるでやんちゃな子供の悪戯を眺める慈母のように、良人の虚勢を見抜きながらも受け入れる賢妻のように、優しく微笑んでいるのだ。

 しかし、ドヴァーリンはその笑みの理由を察していた。

 その笑みは、湧き上がる怒りを覆い隠すものである。

 それを証明するように、微笑みながらもエラディアが騒ぎ立てるディノサウリアンたちを見る目は、もはや汚物でも見るような目であった。見るも汚らわしく、すぐさま取り除き、処分しなければならない汚物を見る目であった。

 そして、それほどの怒りを微笑みで隠すエラディアの意図は、明白である。

 その殺意を気取られないためだ。

 もはや敵と見定めた相手に気取られないように、迅速にかつ確実に排除するために、その殺意を覆い隠しているのである。

 ドヴァーリンが目を転じれば、弓を手にした黒エルフ弓箭兵たちが壁際を移動し、配置につこうとしていた。微笑んだままのエラディアが小さく手を動かすと、黒エルフ弓箭兵たちは矢を(つが)えて弓を引こうとする。

「こりゃ、かなわんわ」

 ドヴァーリンと、彼と同じように事態に気づいたノルズリは、巻き込まれてはたまらんとばかりにかがんで身を低くした。

 城内の警備を任されていたマルクロニスと、その部下のセティウスもエルフたちの動きに気づき、慌てて制止しようと自分らの兵を動かそうとする。

 シャハタは次に巻き起こる騒動に蒼馬が巻き込まれないように、その身を盾にしようと移動する。

 ピピはアホ毛のように飛び出た頭の羽根をふるふると震わせ、アドミウスはここにあるはずがない愛用の盾を求めて視線をさ迷わせる。

 そして、ズーグは自分の両耳の穴に指を突っ込み、耳栓をした。

 次の瞬間である。

 轟っと広間が揺れた。

 正確には、そう思うほどの大音声の咆吼がほとばしったのである。そのあまりの声量に、その場にいた歴戦の古強者たちですら度肝を抜かれる。文官や官吏などに至っては、腰が抜けて、その場に座り込んでしまった。

 耳の良いエルフにいたっては、その被害は甚大である。

 矢を番えて引こうとしていた弓を手放し、両耳を押さえてうずくまってしまう。あのエラディアですら顔を苦痛にゆがめ、勝手にうずくまりそうになる身体の姿勢を気力で保とうとし、その足をわずかによろめかせていた。

 そして、あれほど興奮していたディノサウリアンたちも例外ではない。彼らは一様に縦長の瞳孔をまん丸にして見開き、棒立ちとなってしまっていた。

 それをなした咆吼を上げたのは、ガラムである。

慮外者(りょがいもの)どもめっ! これ以上、この場を騒がすつもりならば、この俺が相手になるぞっ!」

 ガラムは、その黒い毛を逆立てて式典の場を睥睨(へいげい)した。

 そのガラムの威圧に恐れを成し、騒いでいた者たちは誰も目を合わせようとしない。

 それを見届けたガラムは小さくため息を洩らすと、蒼馬がいる方へと目を向ける。

「陛下を差し置き、勝手な振る舞いをしたことをお()び申し上げる。この後は陛下にお任せいたす」

 ガラムはことさら慇懃(いんぎん)な態度で蒼馬へ頭を下げ、恭順の意を示したのであった。

 さらにガラムは横目でエラディアを見やる。

「――それで異はあるまいな、女官長殿」

 それはエラディアの暴走を掣肘(せいちゅう)するものだった。

 蒼馬を敬愛するエラディアが、後は蒼馬に預けると言われれば、それを無視してディノサウリアンたちを排除するようなまねはしないだろう。

 そんな意図を持ったガラムの呼びかけに、エラディアはしばし沈黙を返す。ややあってエラディアはその剣呑に細められていた目を笑みへ和らげると、あたかも困惑するかのように小さく首をかしげて頬に手を添える。

「大将軍閣下の御言葉の意図はわかりかねますが、ソーマ様の御心に従うのに異などあろうはずがございません」

 先程までディノサウリアンを排除しようとしていたなどおくびにも出さず、エラディアはヌケヌケとそう答えたのである。

「そうか。これは要らぬ気遣いであったようだな。許されよ」

 あえてガラムは深くは突っ込まなかった。

 それから改めてガラムは蒼馬へと顔を向ける。

「陛下も、それでよろしいか?」

 しかし、その問いに蒼馬は沈黙を返した。

 ただ黙って玉座に座る蒼馬に、ガラムの咆吼の衝撃が抜けた者たちからも、しだいに不審の声が洩れ出す。

 やはりディノサウリアンの振る舞いに激怒されているのか。はたまた大将軍の僭越(せんえつ)な行為こそ怒られているのではないか。

 ささやきだったものがしだいにざわめきになっていく頃、玉座の後ろに控えていたシェムルが盛大にため息を洩らした。

「いい加減に、しっかりしろ、ソーマ」

 そう言うなり蒼馬の頬をつまみ、ねじったのである。

「うひゃぁ!」

 蒼馬は素っ頓狂な声を上げると、玉座から跳ねるように立ち上がった。

 何のことはない。蒼馬もまたガラムの咆吼に驚き、腰を抜かしていたのだ。

 びっくりして跳び上がった蒼馬だったが、皆が自分に注目していることに気づくと、慌てて取り繕うように咳払いをする。

「えへん。大将軍、よくぞ騒ぎを収めてくれた」

 そう言ってから蒼馬は玉座に座り直す。

「今、騒動を起こして式典の進行を妨げた者たちは、その行いを罰せねばならない」

 騒ぎを起こしたディノサウリアンの処罰を明確にしながらも、蒼馬は「だけど」と続ける。

「それが法を犯さず、また他者の財産身命名誉を害さぬ限りは、如何なる思想や意見や考えであろうと、その自由を保障するのがこのエルドア国の国是(こくぜ)だ。その国是を掲げた者として、私は彼らの言葉に耳を傾けなければならない義務がある。

 また、ここまで明確に異議を唱えられたモラードの昇格をこのまま進めても、多くの者は納得しないだろう」

 そこで蒼馬は自分を注目する臣下たちを睥睨する。

「そこで私は、ここで式典の進行をいったん中止し、彼らの意見を聞こうと思う。――異議はあるか?」

 その蒼馬の問いかけに、誰も異議を挙げる者はいなかった。その沈黙を()と捉えた蒼馬は、騒ぎを起こしたディノサウリアンたちに前へ出るように(うなが)す。

 ガラムの咆吼に度肝を抜かれ、さすがに頭が冷えたディノサウリアンたちは感情表現がわかりにくい他種族から見ても、やや気まずげにうなだれ気味に前へ出てきた。

 そんなディノサウリアンたちに蒼馬は問いかける。

「モラードの功績は明らかだ。それに、以前メフルザードが指摘していた戦功の点でも、そこのピアータを相手に七度も負けを喫しながらも、その被害を最小限に留め、将としての力量を示した。その上で、何故彼の昇格に異議を唱えるんだ?」

 蒼馬の問いかけに、ディノサウリアンたちは即答しなかった。

 しかし、ややあってから先程最初に異議を唱えたディノサウリアンが口を開く。

「奴が石喰いだからだ」

 そうしていったん口を開くと、今度は言葉があふれ出す。

「石喰いが将などとあり得ぬことだ。そんなものは絶対に認められん」

 そのディノサウリアンの言葉に触発され、他のディノサウリアンたちもいっせいに声を上げ始めた。

「石喰いごときを将などと道理に反する。そのようなものを認めるわけにはいかん」

「そうだ。こんなことがあってはならんのだ」

 ディノサウリアンの言い分に、蒼馬は目を白黒とさせた。

 異議を唱えた理由を尋ねたというのに、彼らが口にするのはただ認められないという感情論のようなものだ。

 しかし、それだけに(ことわり)をもって説き伏せることが難しく蒼馬は彼らへの対応に(きゅう)してしまった。

 先程のこともあって当初、幾分は冷静に意見を述べていたディノサウリアンたちであったが、止められぬままに思いを吐露し続けるうちに、再び感情が高ぶってくる。

「このようなこと許されていいわけがない!」

「そうだ! そのような悪逆が認められるものか!」

「石喰いが我らより上の地位につくなど、天地を逆にするようなものだっ!」

 そして、興奮してきたディノサウリアンたちは、ついにはそれまで沈黙を守っていたジャハーンギルにまで食ってかかり始めた。

「ジャハーンギル様! あなたほどの戦士が、このような侮辱に何故抗議しないのですか!」

「ジャハーンギル様! あなたのその牙と鱗は飾りかっ!」

「誇り高きティラノ種のあなたが、なぜ黙っている! 人間の王に、その牙を折られ、鱗を剥がされたかっ?!」

「ジャハーンギル様っ!」

 またもや興奮でに我を忘れるディノサウリアンたちに、ガラムは胸いっぱいに息を吸う。そして、それを再び咆吼として放とうとした。

 しかし、それよりも一瞬早くである。

 ガラムの咆吼よりも凄まじい、何かが爆発したかのような音と、地震かと思われる衝撃が走った。

 その爆心地と思われるところを見た者は皆唖然としてしまう。

 敷かれていた敷布には無残にも大穴が空き、そこから覗く石造りの床が無数のひび割れとともに陥没していたのである。

 いったいどうすればそのようなことができるのか。

 そう誰もが見開いた目を向けるのは、その凄まじい破壊の跡の上で尻尾をゆらゆらと揺らすジャハーンギルであった。

「ジャハーンギル様……!」

 尾の一振りで床にその惨状を作り上げたジャハーンギルは、震える声で自分の名を呼ぶディノサウリアンたちを一瞥すると、のっしのっしと前へ歩き出した。恐怖に震える彼らを背にし、蒼馬と向かい合うようにして立ったジャハーンギルは、その口を開く。

「我は、王に尋ねる。王は、様々な言語に精通していると聞いたが、真実か?」

 蒼馬はジャハーンギルの口調がいつもと違うように感じ、はてと思った。その疑問に、後ろに立つシェムルがささやきで答えを教える。

「ソーマ。あれはディノサウリアンの言葉だ」

 蒼馬の半身として、また右筆として日夜努力するシェムルは、当然ながらパールシャーからもディノサウリアンの言葉と文字を習っていたため、即座にそれがディノサウリアンの言葉とわかったのだ。

 シェムルのささやきに、蒼馬はあっと思い出す。

 その自覚はないのだが、蒼馬が口にする言葉は神代の言葉であった。

 神代の言葉は、神々が使うと言われる言葉である。このセルデアス大陸にあるすべての言語の源流であり、その神髄でもある神代の言葉を正しく発音すれば、如何(いか)なる言語を使う相手にも通じ、また正しく理解すれば如何なる言語も理解することができるという。

 それを無自覚に使っている蒼馬は、どんな言語であろうと通訳を介さずに会話できるという大きな利益を得ていたが、同時に他者が口にする言語の違いを聞き分けられなくなってしまったという弊害があった。

「うん。どうやら私はみんなの言葉を理解できるらしい。今のジャハーンギルの言葉も理解できている」

 蒼馬の言葉にジャハーンギルはひとつうなずくと、臣下の列に並んだまま心配げに自分を見つめる末子のパールシャーに「我の言葉を皆に訳せ」と告げてから、蒼馬へ向き直る。

「我は王に問う。王は、我らディノサウリアンの種族階級はご存じか?」

 蒼馬はうなずいて見せる。

「知っている。理解しているかと問われれば難しいが、少なくともディノサウリアンには種族の階級が存在し、それによって生まれながらにして就くべき職や地位が決められているそうだね」

 この答えに、今度はジャハーンギルがうなずいて見せる。

「我も理解した」

 そこでジャハーンギルは、一拍の間を置く。

 そして、次の言葉を断固とした口調で言った。

「王が、我らの種族階級を理解していないことを理解した」

 ジャハーンギルはカッと目を見開く。

「我らにとって種族階級とは、たかが職や地位などといったものではない。我らにとって、種族階級とは在り方である。

 戦士種に生まれれば、その者は戦士である。それ以外の何者でもない。何者にもなれん。それは王族種も(しか)り。奴隷種も然り。

 それは人間種などの職や地位などといった単純なものではない。

 種族階級とは、その種を規定するものである。その種にとってあるべき形である。その在り方そのものなのである。それを否定することは、その者のみならず種そのものを否定することに他ならぬ!」

 蒼馬は理解できなかった。

 今の言葉を聞いてもなお、ジャハーンギルが言ったとおりディノサウリアンにとっての種族階級の意味が、その重みが理解できない。いや、理解できたなどと、おこがましくて口にすることなどできはしない。

 それだけ真摯(しんし)なジャハーンギルの訴えであった。

「故に、我らディノサウリアンは、種族階級を否定する奴隷種が将となることを断固として認められぬのだ! これは個人の意見ではない。種としての意見である。我らディノサウリアンという種は、それを受け入れられぬのだ。ディノサウリアンという種が、それを認められぬのだ!」

 ジャハーンギルは、いったん言葉を切った。

 そして、小さく息を吸うとそれを断固とした言葉に変えて吐く。

「我らディノサウリアンは、モラードの将への登用を断じて認めぬ!」

 ジャハーンギルの言葉の余韻だけを残し、式典の大広間はしんっと静まり返った。

 その中でジャハーンギルは幾分(いくぶん)声を(やわ)らげて「だが」と続ける。

「同時に、この国がディノサウリアンの国ではないことを我は承知している。モラードを将とするか否かは、王が決めるべきものだと承知している。しかし、それでもなお我らは受け入れられぬ」

 ジャハーンギルは肩越しに、問題を起こした配下の者たちを一瞥(いちべつ)する。

「この者たちが式典を混乱させた暴挙は、我が()びよう。だが、そもそもこの者たちの言葉は、我が言うべきものだったのだ。我が言わねばならぬものだったのだ」

 ジャハーンギルは、蒼馬を見つめる。

「モラードを将とすることに、我は異議を唱える。もし、これが受け入れられねば――」

 ジャハーンギルは、そこで言葉を詰まらせた。

 そして、何かをこらえるように一瞬だけ唇を固く引き結んでから、口を開く。

「これが受け入れられねば、我はこの国を去る!」

 ジャハーンギルは自らの進退をかけて吠えたのである。


                  ◆◇◆◇◆


「ああ、もう! 本当に、何でこんな面倒なことになるんだよ」

 自身の執務室に戻った蒼馬は、そう盛大にぼやいた。

 めでたい戦勝記念の式典の場が一転してジャハーンギルの進退をかけての訴えの場となったのに、蒼馬は「ことは重大につき、よくよく吟味した上で答える」といったん問題を棚上げにし、式典を早々に打ち切ると、ここへ逃げ込んだのである。

 以前からモラードを重用することに、ディノサウリアンの間で不満が上がっていることは知っていた。

 そのため、できるだけモラードを彼らから引き離すように努めていたのである。また、メフルザードが提案したように、誰もが嫌がったピアータに七度負けるという困難な任務を任せ、それを達成することによりロマニア国に致命の一撃となった離間の策に大いに貢献したという功績も立てさせた。

 それでもなお、駄目だったのだ。

 蒼馬は深いため息をついた。

 つい先程まで謝罪のためにジャハーンギルの末子パールシャーが来ていたのだが、前回と違うのは騒動を起こした配下の無礼は謝罪したものの、蒼馬がジャハーンギルの翻意(ほんい)を促すように求めても、「私たちは親父の決定に従います」の一点張りだったことだ。

 他種族に寛容なパールシャーですらジャハーンギルに賛同するのである。蒼馬の解答如何(いかん)によっては、ジャハーンギルばかりかほとんどのディノサウリアンがこの国を去ることになるだろう。

 これでは蒼馬ならずとも、ぼやかずにはいられない事態であった。

「本当に、困った問題を掘り起こしてくれたものだよ」

 裸一貫から西域統一する大国の王にまで上り詰めた蒼馬だが、決して自惚(うぬぼ)れ屋ではない。

 種族に根づく差別や偏見を自分が一朝一夕でなくせるわけがないことぐらい重々承知していた。

 たかが日本の高校生に過ぎなかった自分ごときに解決できるものであれば、アメリカの人種問題もインドのカースト問題もとっくに解決しており、あちらの世界はもっと平和だっただろうとすら思う。

 だが、そうは理解していても、これまで自分でできる限りの方策を打ち出し、法を整備し、教育を施し、努力を尽くしてきたのにこのような結果になっとなってしまったことに蒼馬は苛立(いらだ)っていた。

「私の法が気に入らないなら、引き留めないから黙って出て行けば良いのに……」

 やさぐれた蒼馬は、盛大に愚痴をこぼした。

「ソーマ。それはおまえが口にしてはならないことだぞ」

 そんな蒼馬を(いさ)めたのは、もちろんシェムルであった。

「おまえの不満もわかる。だが、おまえはこの国で一番偉いのだ。そんなおまえが決めたものが気に入らないなら出て行けとは言ってはならんことだ。そんなことになれば、この国はおまえに迎合(げいごう)する者ばかりになってしまう。それが、おまえが言う自由な意見を言える国なのか?」

 シェムルの正論に、蒼馬はぐうの音も出ない。そんな蒼馬にシェムルは盛大に顔をしかめて見せた。

「だいたい、何もかもおまえが正しい、おまえの言うとおりだなんてみんなが賛同する光景を想像して見ろ。おまえを臍下(さいか)(きみ)とする私ですら、そんなものは気持ち悪くてしょうがないぞ」

 そこでシェムルは笑みを浮かべた。それは頻繁(ひんぱん)に蒼馬へ向ける牙を剥いた威嚇と敵意を意味する笑みではなく、唇を閉じたままの喜びと好意を意味する笑みである。

「むしろ、これは喜ばしいことではないのか?」

 突拍子も無いことを言い出したシェムルに、蒼馬はきょとんとした。そんな蒼馬にシェムルは得々と説明する。

「良いか? これまでおまえが言い出す突拍子もないことに意見することはあっても、面と向かって否定し、反対したのは私とせいぜいクソ爺ぐらいなものだろう」

 蒼馬の言動を(いさ)める諫言ならば他の者たちもするが、否定や反対とまでなるとシェムルが言うとおり、そのふたりぐらいなものであった。

「多くの者たちはおまえの言葉に不平不満があろうと口には出さず、不承不承であっても従ってきた。それは、それだけの恩義――種族として滅亡から救われたり、一族として平原を取り戻してもらったり、個人として奴隷から解放されたりと様々だが、多大な恩義をおまえに感じていたからだ。また、そうでない者たちも、王という絶対権力者であるおまえに異論を唱えることなどできるわけがない」

 それに「私って、そんなに怖い王様に見える?」と、とんちんかんなことを言う蒼馬を無視して、シェムルは続ける。 

「式典という場を(わきま)えなかった連中は悪い。それは間違いない。だが、それでもなおおまえに面と向かって異議を唱え、その行いを否定する。これこそ、おまえが望んでいたものではないだろうか?」

 そう言うとシェムルは一本だけ立てた右の人差し指を蒼馬へ突きつける。

「ならば、おまえはそれに真摯に向き合わねばならん。それにきちんと答えを出さねばならん。少なくとも私はそう思うぞ。『出された料理は平らげるものだ』からな」

 もてなしのために出された料理の中に、たとえ嫌いな料理があったとしても、それに文句を言ったり、ましてや断ったりするのは失礼であるという意味のゾアンの格言である。また、それから転じて、直面する事態が解決の困難なものだったり、不愉快なものだったりしても、そこから逃げてはならないという意味でもあった。

 しばしシェムルの言葉に圧倒された蒼馬は、丸く見開いていた目を柔和な笑みに細める。

「もう。私の王佐には、いつだって(かな)わないな」

 蒼馬は諸手を挙げて降参した。

 当然だろうと胸を張るシェムルに、蒼馬は嬉しげに微笑んでから、自分らを見守っていたみんなへ目を向ける。

「シェムルの言うとおりだ。これは私がきちんと答えなくっちゃいけない問題だ」

 それから蒼馬はガラムたちの後ろで所在なげに立つモラードに声をかける。

「ごめんね、モラード。後は私にすべてを任せてくれ」

 先程から何か言いたそうにしながら言えずにいる態でいるモラードに気づいていた蒼馬は、そう言った。

 おおかた自分が辞退を申し出れば万事丸く収まると思っていたのだろう。だが、もはやそう言う問題ではなくなっているのだ。

 モラードはさんざん逡巡(しゅんじゅん)してから、こくりとうなずく。

「……わかっただ」

 モラードの承諾を得られた蒼馬は皆に向けて言う。

「明日の朝議で、私はジャハーンギルへ明確に答えを告げようと思う。どのような事態になるかわからないけど、みんなは覚悟しておいて欲しい」

 皆を代表してガラムが「わかった」と答えた。

 その後、しばらく静かに考えさせて欲しいという蒼馬の希望もあり、解散となった。

 ガラムたちが退出し、執務室には蒼馬とシェムルのふたりだけが残された。椅子に深く腰掛けて思い悩む蒼馬に、シェムルはやや躊躇(ためら)いつつ呼びかける。

「なあ、ソーマ。おまえは、ジャハーンギルとモラードのどっちを取るつもりなんだ?」

 モラードの昇格を取り下げなければ国を去ると皆の前で口にした以上、そうしなければ本当にジャハーンギルは国を去ることになるだろう。

 しかし、ジャハーンギルを残留させるために昇格を取り下げれば、今度はモラードのこの国での立場がなくなってしまう。

 モラードを取ればジャハーンギルを失い、ジャハーンギルを取ればモラードを失う。

 そんな決断をせねばならない蒼馬の心情をシェムルは心配した。

「そんなこと悩むまでもないよ」

 しかし、蒼馬はあっさりと答える。

「ジャハーンギルとモラードのどちらかを選ばなければならないなら、私は迷うことなくジャハーンギルを選ぶよ」

蒼馬の最後のセリフまでもっていきたかったので、今回もちょっと長めのお話。

長かった興亡の章もおそらく次で最終話。タイトルは「強欲」になる予定。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 複数の民族や種族が共存するとなると、どうしても噴出するであろう問題を避けずに、きちんと描写したところ。 そして、ディノサウリアンの種族階級社会について、おそらくは読者も蒼馬と同じく、イン…
[気になる点] モラードは何故自分が昇進することを 拒否しなかったんでしょうか。 今回の話を聞く限りディノサウリアンにとって 種族階級というのはアリ社会に近いように感じました。 それだけ絶対の指標な…
[良い点] 「私はジャハーンギル」「でも自由平等国家としてはモラード」 その上で、生まれながらの奴隷身分ながら、上を目指したモラードが「強欲」と呼ばれる、とか? ソーマの弁舌で両取りも美味しいだろう…
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