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破壊の御子  作者: 無銘工房
興亡の章
508/534

第186話 傲慢

 ゴルディアの自決とロマニア国降伏の報せは、王都から退去した騎士たちによってパルティスの拠点であるロマニア国東部の砦にもたらされた。

「兄上が?! ゴルディア兄上が自害なされたというのか!」

 兵と武具や糧食をかき集め王都奪還の準備に奔走していたパルティスは、その報せを聞くなり膝からくずおれた。

 さらにゴルディアから託されたという遺書を手渡され、それを読んだパルティスは周囲の目をはばかることなく号泣し、言葉にならない謝罪と懺悔を繰り返し口にしたのである。

 ロマニア国降伏という事態に早急に対応を決めねばならない諸将諸侯らも、そのパルティスのあまりに痛ましい姿に何も言うことはできなかった。そして、その日は立つことすらままならなくなったパルティスを寝室に運ぶことしかできず、パルティスが立ち直ってくれるのを待つことしかできなかったのである。

 ただ、そのあまりの嘆きぶりに、このままパルティスが気の病で死んでしまうのではないかと諸将諸侯らは案じていた。

 しかし、翌朝パルティスは砦に残る諸将諸侯らを軍議の間に招集したのである。

「王都で兄上がエルドア国へ降伏し、ロマニアの民や将兵らへの慈悲を求めた上で自害なされた」

 集まった諸将諸侯らを前に、目を赤く腫れ上がらせたパルティスは、まずそう告げた。

 それから手にした一巻の羊皮紙を掲げる。

「これはゴルディア兄上の御遺書である。読み上げる故、皆は心して聞くが良い」

 そう言うとパルティスは羊皮紙を開いて、遺書を読み上げ始めた。

「我が愛する弟パルティスへ」

 その書き出しから始まるゴルディアの遺書は、王都の情勢から始まりロマニア国が降伏せざるを得なかった経緯、そして破壊の御子へロマニアの民への慈悲を取りつけた事実のみを淡々と書き綴られていた。

「我が身の不徳の致すところにより、ロマニアに亡国の憂き目をもたらしたることは慚愧(ざんき)()えざることなり」

 そう述懐した上でゴルディアは、ロマニア国滅亡の責はすべて自身にあるとし、その責を取るために自裁を選んだと遺書は続けられていた。

 さらにゴルディアは、自身が進退を誤ったがためにパルティスの英雄という大器を無為にしてしまったことを深く謝罪するとともに、パルティスに今後は己が思うがままに自由に生きよという言葉で遺書は締めくくられていたのである。

 そのことを諸将諸侯らの前で語り終えたパルティスの目に、ぶわりと涙が溢れた。

「兄上のどこが不徳だと言うのだ! 不徳と言えば、このパルティスこそがそれである! 私は兄に甘えていたのだ! 馬鹿な私が何をしても優しい兄上ならば、いつものように笑って許して下さると! 愚かな私が何をしても優秀な兄上ならば万事丸く納めて下さるものと、甘えていたのだっ!」

 しばらく、その場にはパルティスの嗚咽のみが流れた。

 ようやくあって嗚咽を止めたパルティスは、ずずっと鼻をすすってから諸将諸侯らに向けて告げる。

「ロマニア国は滅んだ」

 再びぶわりとパルティスの目に涙が浮かぶ。声が震えるのを必死にこらえながら、パルティスは言葉を続ける。

「諸卿らのこれまでの忠節は大儀であった。速やかにこの砦より退去されるが良い。諸卿らの忠節に(むく)いられなかったのは、このパルティスにとって痛恨の極みである。せめて諸卿らに行く末に幸多からんことを祈らせてもらおう」

 砦からの退去を求めるパルティスに、慌ててひとりが声を上げる。

「お待ちください、パルティス殿下! 殿下がご存命である限りはロマニア国もまた(しか)り。ここにロマニア国の旗を打ち立て、エルドア国より国土奪還を期するべきかと!」

 その発言に、その場にいた多くの者たちが賛同の声を上げた。

「無駄である」

 しかし、それをパルティスは一言の下に切って捨てた。

「ここにいるのは私を始め、猪武者ばかり。(まつりごと)の何たるかを知らぬ。それでは国を名乗ろうとも、早晩我らは山賊か野盗の集団と成り果てよう。そんなことになれば国を再興するどころか、かえって国の晩節を汚すだけとなる」

 せめてモンティウス宰相がいれば、とパルティスは思う。

 だが、そのモンティウスは重傷を負った上での強行軍がたたり、砦に着く前に息を引き取っていた。

 ドルデア王の遺書を焼き捨てるという大罪をしでかし、その後始末もつけぬうちに亡くなってしまったことに諸将諸侯らは大いに憤ったが、それを今さら口にしても仕方が無いことである。

「八王連合国に亡命されては如何(いかが)でしょうか?」

 ロマニア国を下したことにより、エルドア国は押しも押されもせぬ西域最強の大国になった。長年にわたりロマニア国とは国境での紛争を続けていた東の八王連合国だが、敵だったロマニア国が滅んだと言っても手放しでは喜べない。なぜならば、これからはロマニア国以上の大国であるエルドア国と国境を接することになるからだ。

 その上でパルティスの価値は高かった。

 ロマニア国内に留まらず八王連合国内でも戦場の英雄と勇名を()せるパルティスならば、もし八王連合国とエルドア国との間に戦いが起きた際には将軍として一軍を預けるに足る存在だ。

 また、パルティス個人の能力だけではなく、その血筋はロマニア国を併合したばかりのエルドア国を揺さぶるネタにも、いざというときの交渉材料にもできる。

 そのため、パルティスが亡命を求めれば、表向きは拒絶しつつも八王連合国は秘密裏にその身柄を(かくま)うことは確実だった。

 だが、その提案をパルティスは拒絶する。

「貴公の申すとおり、他国に身を寄せれば生き延びることはできよう。しかし、それではこのロマニアの地に私による王家再興という名の火種がくすぶり続けることになる。それではいつまたその火種が大火となるかとロマニアの民草は怯えることになろう。兄上が命を()して守った民草の安寧を弟の私が台無しにするなど、あってはならぬ。また、そうしてまで生にしがみついたとあらば、ロマニア王家の者として――。いや、人としてあまりに無様である」

 そこでパルティスは、ニカッと屈託のない笑みを浮かべる。

「そして、何よりも今は、ただただ兄に直接お()びを申し上げたいのだ」

 死した兄に直接会って詫びる。

 すなわち、パルティスもまた自らの死を決していたのである。

 それを察した諸将諸侯らは一様に涙した。

 そんな彼らに向けてパルティスは告げる。

「エルドア国王の破壊の御子は、必ず私の首を上げると宣言したという。ならば、遠からずこの砦にエルドア国軍が押し寄せてこよう。私はロマニア国王子としてそれを迎え撃たねばならんのだ。

 だが、国を滅ぼした大逆者に、諸卿らが付き合うことは許されん。諸卿らは、速やかに砦を退去し、己が領地で務めを全うすべし!」

 そう言い切るとパルティスは、諸将諸侯らをすべて砦から退去させたのであった。

「うむ。寂しくなったのである」

 わずかな近習と数名の騎士だけとなり、閑散としてしまった砦の中で、パルティスはどこかさっぱりとした口調で言った。そして、それからパルティスは自身を討伐に来るエルドア国軍を迎え撃つための準備を黙々と整え始めたのである

 しかし、それから数日後のことであった

 砦から退去させたはずの将軍のひとりが、従者ひとりだけを伴い砦に戻ってきたのである。

「貴公、何をしに戻った?」

 砦の周囲に空堀を掘るために手にしていた(くわ)を土塁に突き立てると、パルティスは不満もあらわに尋ねた。

 それにその将軍はけろりと答える。

「私には治める領地はありません。妻と息子は兄に(たく)して参りました」

「そんなことを()いているのではない。とっとと帰るが良い」

 犬でも追い払うように手を振るパルティスを無視し、その将軍はパルティスが土塁に突き立てた鍬を手に取ると、勝手に空堀を掘り始めた。

 これにパルティスは憤慨する。

「貴公、勝手に何をしておる!」

 将軍は鍬を振るう手を止めると、ちらりとパルティスを横目で(にら)む。

「ロマニア国を滅ぼした大逆者の分際で、私にとやかく申さないでいただきたい。あなたは何様のおつもりですか?」

 痛烈な言葉に、パルティスは悔しげに「ぐぬぬ」と唸ることしかできなかった。

 そして、この将軍の帰還を皮切りに、またひとりまたひとりと砦に人が戻ってきたのである。

「領地は息子に継がせて参りましたので、問題ございません」と告げる領主。

「騎士ならば国に殉ずるものだと心得ております故に」と誇らしげに語る騎士。

「難しいことはわかりませんが、私は王子様が好きですから」と照れくさげにいう徴兵されただけの農民。

 そうして気づけば砦には五百人ほどの将兵が集まっていたのである。

 彼らが口にする理由は様々であった。だが、パルティスが彼らを追い返そうとすると決まって、次のように言い返すのである。

「大逆者のくせに命令するな」

 それを言われては何も言い返せないパルティスは地団駄を踏む。

「この国には、馬鹿しかいないのか! これでは国が滅ぶのも当然である!」

 すると、皆はこう返した。

「あなたが、それを言うな」と。

 それにパルティスは、さらに地団駄を踏むのであった。

 ふて腐れるパルティスと、そんな彼を中心に皆が砦の防備を整えていく砦は、どこか和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気に包まれていた。

 しかし、誰も口にはしなかったが、それは仮初(かりそ)めのものに過ぎないことを誰もが承知するものであった。

 そして、それから間もなくのことである。

 蒼馬が率いるエルドア国軍がやってきたのだった。


                  ◆◇◆◇◆


 制圧した王都ロマルニアの復興と治安維持、さらに降伏した領主への対処など、あらかたの問題を片付けた蒼馬が、ついにパルティス討伐の兵を挙げたのである。

 その兵数は、およそ五千。王都や降伏した領主の土地の治安維持のために人間種の兵の多くを残して来たため、その大半は人間以外の種族の兵である。

 蒼馬はパルティスの籠もる砦がある山の裾野に広がる平地で行軍を止めると、その場で野営の準備を始めさせた。

 その上で自身の天幕に主だった将を集めて軍議を開いたのである。

「この戦いの目的は、パルティスの首だ」

 開口一番、蒼馬は宣言した。

「パルティスの首を取り、それを晒し、身体は放置して獣の餌とする。ガッツェンの街で私が宣言したことを果たさなくてはならない」

 力強く断言した蒼馬は、その場に集った将たちの顔をぐるりと見回した。

 誰からも異論が上がらないのを確認した蒼馬は、続けて言う。

「パルティスと彼に従う者たち――そうだな。仮にパルティス軍とでも呼ぼうかな。パルティス軍が籠もる砦は、もともと東の八王連合国への侵攻と防衛を目的とした砦だ。そのため、その壁は高く厚く、その防衛は強固である。そこにパルティス軍が立て籠もれば、難攻不落のものとなるだろう」

 油断を戒めさせるとともに、蒼馬は「しかし」と続ける。

「すでにいくつか手を打ってある」

 蒼馬は王都の諸問題を片付けている間も、パルティスに対して何ら布石を打たなかったわけではない。

 まず、ロマニア国東部の領主らへ使者を送り、パルティスは絶対に許さないという断固とした意志を伝えたのである。

 すなわち、パルティスに味方をすれば、ただではすまさないぞという脅迫であった。

 また、それとともに八王連合国に対しては国境近くを騒がせることになるのを深く()びるとともに、すでにロマニア国はエルドア国によって併合されたものであり、パルティス討伐はエルドア国内の問題であると断じたのである。続いてエルドア国と八王連合国とは今後も変わらぬ友好関係を築いていけると良いと伝えることで、暗に「パルティス問題に関与すれば今後の友好関係はどうなるかわからないぞ」という圧力をかけた。

 こうした布石により周辺の領主と八王連合国は、蒼馬のパルティス討伐を静観せざるを得なくなっていたのである。

 蒼馬は卓の上に広げた地図に描かれた砦の東側を指し示す。

「軍の一部を分け、東側の道を封鎖する」

 今はこちらを迎え撃つ態勢を取るパルティス軍だが、敗北が明らかとなれば八王連合国へ亡命される恐れがあった。

 ここまで来てパルティスを取り逃がすようなことになれば、すべては台無しである。それだけは絶対に許されない。

 また、余計な手出しをしないように釘を刺しておいた八王連合国だが、密かにパルティスの保護に乗り出したり、どさくさに紛れてロマニア国の一部をかすめ取ろうと軍を動かしたりしないとも限らなかった。

 そのため、蒼馬は軍の一部を東の方へ回してパルティスの逃走経路の遮断と、八王連合国への牽制に当てると言った。

 さらに蒼馬は工兵を兼務するドワーフ重装歩兵を率いるドヴァーリンに砦攻略のための攻城兵器の作製を命じる。

 そして、その攻城兵器が完成次第、砦へ総攻撃を掛けると宣言したのであった。

 しかし、それに異論が上がる。

「陛下には悪いが、すべて不要だと俺は思う」

 そう言ったのは、大将軍であるガラムであった。

「俺は兵の疲れが取れ次第、この平野に陣を敷くべきだと考える」

 思わぬ異論に、蒼馬は目をパチクリとさせた。

 それから自分が言った内容が、決して奇抜なものではなく、いたって堅実な戦略だと自分の中で再確認してから恐る恐るガラムに言う。

「いや。でも、パルティスが逃げたら困るんだけど?」

「あれは逃げん」

 ガラムの答えは至って端的であった。

 さらに蒼馬は尋ねる。

「攻城兵器もなくて、どうやって砦を攻めるの?」

「砦を攻める必要は無い」

 ガラムは、またもや端的に答えを返した。

 不安を覚えた蒼馬は矢継ぎ早にガラムへ質問を投げかける。

「砦を攻めないで、どうやってパルティスを討つの?」

「ここに陣を敷けば良い」

「いや、陣を敷いたからって、どうなるの?」

「パルティスが討って出てきたところを迎え撃てば良い」

「偵察したところ、砦の敵はこちらの十分の一にも満たないんだよ。とても討って出てくるとは思えないんだけど?」

「あれは必ず討って出てくる」

 いずれの問いにもガラムは淡々と答えを返したのである。

 もともと無駄口や美辞麗句を好まないガラムであるが、このときはすでにわかりきった事柄を話すかのように、なおさら言葉少なかった。

 さらに蒼馬を困らせたのは、軍議に集めた将のほとんどがガラムと同意見のようであったことだ。例外といえば、頬に手を当ててわずかに首をかしげているエラディアぐらいなものだろう。

 困り果てた蒼馬は、もっとも自身が信頼する者へと目を向ける。

「私も、《猛き牙》に同意する」

 蒼馬に目で問われたシェムルは、そう即答した。

 この世の誰よりも信頼する王佐が、そう言うのである。もはや蒼馬に否定できる余地はなかった。蒼馬は諸手を挙げて降参を示す。

「わかった。すべてガラムの差配に任せよう」

 そうして蒼馬の承諾を得たガラムは、最低限の見張りだけを置き、全軍に休息を命じた。

 そして、三日後。兵たちの疲労が十分に取れたと判断したガラムは、蒼馬に告げたとおり砦のある山ではなく、平地に陣を敷くと待機を命じたのである。

 ガラムの提案を受け入れた蒼馬であったが、今なおパルティスがわざわざ砦から平地に降りてくるとは思えなかった。

 圧倒的に兵数で劣るパルティス軍が、多勢が利する平地での戦いを挑む理由はない。それよりも防備を整えた砦に籠もり、徹底抗戦するだろうというのが蒼馬の予想である。

 その蒼馬の予想のとおり、砦からパルティスが出てくる気配はなかった。

 そのまま時が流れていく。

 ガラムの命令によってエルドア国軍が平地に布陣したのは朝だったが、すでに時は昼を過ぎていた。しかし、ガラムは兵たちにその場で携帯食によって昼食を取ることを命じ、布陣を解かなかったのである。

 さらに時だけが流れていくのに、しだいに蒼馬は焦り始めた。

 せっかく兵たちを休養させたというのに、臨戦態勢の布陣を取らせていれば、それだけで疲労していくのだ。これではせっかくの休養も台無しである。

 もう、やめさせるべきか。 

 王の強権を用いて中止させようかと思った蒼馬がガラムへ呼びかけようとしたときである。

「ようやく動き出したようだな」

 ガラムが、誰にともなく呟いた。

 蒼馬は「え?」と間抜けな言葉を洩らしながら、ガラムが見つめる砦がある山へと目を向ける。

 すると、山に生い茂る木々の間から、砦から麓へと続く山道を下る兵の姿が見えた。

「挨拶に出向いてくる」

 茫然とする蒼馬を尻目に、ガラムは単身で布陣したエルドア国軍の前に立つと、山から下りてくるパルティスらを待った。

 程なくして山から下りたパルティス軍だったが、そこで単身で待ち構えるガラムの姿に警戒して行軍の足を止める。

 警戒するパルティス軍に向けて、ガラムは呼びかけた。

「パルティス王子はおられるかっ?!」

 ガラムの呼びかけに応じて、パルティス軍の中から馬に乗ったパルティスが前に出てきた。

「私がロマニア国王子パルティス・ドルデア・ロマニアニスである! ――貴公は?!」

 馬上で胸を張り、堂々と名乗りを上げるパルティスにガラムもまた応じる。

「私はエルドア国が大将軍! 《猛き牙》ファグル・ガルグズ・ガラムである!」

 それからガラムはズオッと音が出るほど大量の空気を吸い込んだ。

「パルティス王子と、その将兵らに告げる!」

 吸い込んだ息をガラムは大音声に変えて吠えた。

「これより行われる戦いは我らエルドア国と、貴公らロマニア国との最後の決戦である! 貴国と我が国が雌雄を決し、この西域に覇を唱えんとする一大決戦。故に我らは一切の油断なく! 容赦なく! 全身全霊、全兵力をもって貴公らを打ち倒す! そう心得られよっ!」

 平地にガラムの宣言が轟いた。

 その余韻が静かに消えていくと、それに代わってパルティスの笑い声が上がる。

「エルドア国の大将軍も人が悪い! せっかく皆で砦の防備を固め、攻め寄せる破壊の御子に一泡吹かせてやろうとしていたというのに、まったくの無駄にされてしまったではないか!」

 非難を口にしながらも、パルティスは笑顔であった。

「しかし、西域の覇を決する決戦ともあれば、それを避けるわけにはいくまい。いや、それほどの決戦とあれば、歴史に長く残るものとなるであろう。そのような大決戦で、己が命を賭して戦えることは、武将にとってこの上なき(ほま)れである! 小さな砦に籠もり、まるで巣穴に追い詰められた穴熊が如く、(いぶし)し出されてなぶり殺しにされるかと覚悟を決めたところに、このような晴れ舞台を用意されたとあれば、こうして出向かざるを得まい!」

 そこでパルティスは、牙を剥く肉食獣のように歯を剥いて笑う。

「貴公に、感謝を! そして、この感謝の念を刀槍をもって貴公らにお返しいたそう! 我らの感謝の念は、いささか手荒だぞ!」

 これにガラムも牙を剥く。

「承知した! 心置きなく戦われよ!」

 ガラムは(きびす)を返して蒼馬がいる本陣に戻った。

「あちらの布陣が終わり次第、始めるぞ」

 戻ってきたガラムに、蒼馬は「任せる」とばかりに肩をすくめて見せた。


                  ◆◇◆◇◆

 双方が陣を敷き終わると、申し合わせたように互いに大太鼓を叩き始める。

 当初は、ゆっくりと間を置かれて叩かれていた大太鼓は、しだいに激しく、ついには荒れ狂うように乱打となった。それが最高潮に達する直前、一拍の間が置かれる。そして、どどんっと一際大きく大太鼓が打ち鳴らされた。

 パルティスは愛槍を突き上げて吠える。

「神々よ、ご照覧あれ! 人よ、刮目(かつもく)せよ! 破壊の御子よ、その目に焼き付けよ! このパルティス・ドルデア・ロマニアニスの最期の勇姿を! ――突撃せよっ!」

 パルティス軍は雄叫びを上げて突撃した。


                  ◆◇◆◇◆


 エルドア国軍とパルティス軍との戦いは、わずか一刻と経たずに終わった。

 パルティスと彼に率いられた騎士と兵たちは果敢に戦うも、その圧倒的な兵力差を前には抗しきれず、エルドア国軍によってひとり残らず討ち取られていったのである。

 また、この戦いにおいてパルティスを討ち取ったのは、ガラムであった。

 戦いの後、首実検を行うためにガラムによってパルティスの首級は蒼馬のところへ運ばれたのだが、このとき蒼馬はパルティスの首級を一瞥(いちべつ)しただけで、パルティスの顔を知る者から間違いないという証言が得られると、すぐさまそれを晒すように命じて下げさせたという。

 そのため、このときのパルティスの首は憤怒の形相を浮かべていたとも、無念の形相であったとも、破壊の御子を呪う怨嗟の表情であったとも、それを記す史書によっては様々であるが、いずれにおいてもその表情に蒼馬が恐れを成したため、すぐに首を下げさせたというのが、これまでの通説である。

 しかし、近年になって発見された「シェムルの覚書」におけるパルティスの首級についての記述は、それとはまったく異なるものであった。

 そこに書かれていたのは、次のたった一言である。

莞爾(かんじ)」と――。

 このパルティスの首は、かねてからの蒼馬の公言どおり戦いがあった平地に設置した晒し台で晒され、身体は放置されたのであった。

 しかし、見張りなどは立てていなかったために、三日後にパルティスの首は何者かの手によって盗まれてしまう。

 その報告を聞いた蒼馬は「そうか」と短く洩らしただけで、とかく消え失せたパルティスの首を探したり、盗んだ犯人を追及したりするようなことはしなかった。

 そのため、今なおその土地にはパルティスの首を埋めたと伝承される首塚がいくつか残っている。

 しかし、その真贋は歴史の闇に覆われ、もはや誰にもわからない。

 こうしてエルドア国軍とパルティスとの戦い――近くにあった村の名前を取り、後世では「ボルゾーの戦い」と呼ばれる戦いはエルドア国軍の圧倒的勝利で幕を閉じたのであった。


                  ◆◇◆◇◆


 パルティスの罪は、彼に従った者たちへまでは及ばず。

 その宣言と共にパルティス以外のパルティス軍の戦死者の遺体を丁重に埋葬するようにという蒼馬の指示の下、平地に横たわる遺体を回収し、埋葬していくエルドア国軍の姿をピアータは魂が抜けたような表情で見つめていた。

 溢れかえり、そして去来する感情に翻弄されるまま(たたず)んでいたピアータは、背後からやってくる気配に振り返らぬまま尋ねる。

「……これから私はどうなるのだ?」

 ピアータの問いに、わずかな護衛の兵とシェムルだけを伴ってやってきた蒼馬は投げやりに答える。

「どうもしないよ」

 それは、嘘ではなかった。

 ゴルディアがその遺書でピアータへの自決を禁じたのは、裏を返せば蒼馬に対してもピアータを害することを禁じるものであったからだ。今さらピアータを害すればゴルディアの死を賭した願いを足蹴にしたと、かえって蒼馬の名誉を汚し、後の統治に禍根を残すことにもなりかねない。そのような損失を取ってまで、ピアータをどうこうする気は蒼馬にはなかった。

 また、征服したばかりのロマニア国の統治に協力するという名目でピアータを助命したものの、蒼馬にとっては実際のところゴルディアへの義理立てでしかない。

 確かにロマニア王家の姫であったピアータの協力があれば、ロマニア国の臣下であった者たちへの反発も少なく、統治もしやすくなるだろう。

 しかし、それは同時にロマニア王家の威光を新国家に残すことにもなりかねないものである。

 西域統一王朝の建国と、さらにはその後に予定する国家の主権を民へ移譲する際のことを考えれば、かえって禍根を残すことにもなりかねなかった。

 もはや蒼馬にとって、ピアータの去就への関心は薄かったのである。

「私を憎んで兵を挙げるなり、他国へ亡命するなり、この世を(はかな)んで神殿に入るなり、絶望して自決するなり、好きにすると良い」

 蒼馬の言葉に、ピアータはついに表情をゆがめる。

「自決、だけはできないな」

 ピアータは鼻の奥につんっと湧き上がる涙の前兆をこらえる。

「ゴルディア兄上に、それだけは禁じられてしまった」

 しばし、沈黙が舞い降りた。

 ようやく涙の衝動を乗り切ったピアータは振り返ると、蒼馬の目をひたりと見据える。

「おまえは何が目的で、この西域を平定するのだ?」

 一片の嘘であろうとも見逃さないとばかりに睨みつけてくるピアータを前に、蒼馬は小さく首をかしげる。

「目的も何も、結果としてそうなってしまったとしか言いようがないね」

 驚きに目を見張るピアータを前に、蒼馬は深いため息を洩らした。

「ホルメア国のときもそうだけど、私は領土の拡張やましてや戦いなんて求めてなんかいないよ。世間の人々が何て言おうとも、私はただ平和に静かに、のんびりと暮らしたいだけなんだからね。正直に言って、いますぐ王冠だって投げ捨てたいところだ」

 盛大にぼやく蒼馬の後ろから、ぐるぐると獣が咽喉を鳴らすような音が聞こえ始めた。そのとたん、蒼馬はビクッと身体を小さく震わせると、背筋をピンッと伸ばす。

「も、もちろん、責任は取るよ! うん、しっかりとね! 暴力反対! 平和が一番! ちゃんとやるよっ!」

 背後で咽喉を鳴らす音が小さくなるのに、蒼馬はホッと胸を撫で下ろした。

 その光景に、しばし目を見開いて驚いていたピアータだったが、不意に小さく噴き出した。それをきっかけに笑いの衝動にかられたピアータは目に涙を浮かべて笑い出す。

「西域の民のためとか、弱き者たちのためとか、天下太平とかぬかしたら、『貴様が死んだ方がみんなのためだ』と返すつもりでいたのだが、まさか自分の平穏な生活が目的と来たか……。だが、それならば少なくともロマニア国の民だった者たちに、これ以上無駄な血を流させることはないだろう」

 ようやく笑いの衝動が収まったピアータは目尻の涙を拭いながら蒼馬に告げる。

「私はロマニア国の王女だ。貴様に屈するわけにはいかない。だが、兄上の遺訓だ。気は乗らぬが貴様の統治に助力することを誓おう」

 助力を誓うどころか開戦を告げるかのように睨みつけるピアータに、蒼馬は小さく嘆息すると、ひょいっと肩をすくめる。

「好きにすればいいさ」


                  ◆◇◆◇◆


 これより後、ピアータは客将としてエルドア国に協力することになる。

 しかし、これ以降のエルドア国でのピアータへの評判は散々なものであった。

 裏切り者。恥さらし。売国奴。臆病者。

 ゴルディアとパルティスのふたりの兄の死が(いさぎよ)いものであったがために、よけいに生き延びたピアータへの誹謗中傷へとつながったのである。

 そうした誹謗中傷の中でも、特にまことしやかにささやかれたのは、ピアータがその肉体を差し出して破壊の御子へ命乞いをしたというものだ。

 そのためピアータは仇に股を開いてまで生にしがみついた淫売だと()し様に(ののし)られたと言う。

 しかし、「セネスの風聞録」など当時流布した風説を元にしたものを除き、現存するわずかなエルドア国の公式資料のいずれにも、破壊の御子ソーマ・キサキとピアータとの肉体関係を示唆するものはない。

 また、周囲から側妃を(めと)ることを強く求められていたソーマ・キサキならば、たとえ敵国の姫であっても関係を持ちさえすれば、エルドア国では歓迎され、むしろ丁重に扱われていただろう。逆にエルドア国内でのピアータの誹謗中傷は、そうした側妃となる期待に反したためのものであったのかも知れないというのが破壊の御子研究の第一人者マーチン・S・アッカーソン教授の見解であった。

 いずれにしろ、ピアータと破壊の御子がそうした関係ではなかったことは、「シェムルの覚書」や「エラディアの宮廷日誌」の記述からも明らかである。

 このようにエルドア国に臣従をするのを良しとせず、客将という立場を貫いたのみならず、終生ロマニア国の王女を名乗り続け、ときには破壊の御子と対等の身分であるとうそぶいていたピアータは、多くのエルドア国の人々から次のように非難されていたという。

「滅んだ国の姫だというのに、何と傲慢(ごうまん)なことだろうか」と。

 これがコンタルト大聖堂の壁画に描かれた破壊の御子ソーマ・キサキの像にある騎士剣を握る人間の腕に書かれた古代文字が「傲慢」である理由である。

 騎姫ピアータ・デア・ロマニアニス。

 後世において七腕将のひとり《傲慢の腕》と讃えられる女傑である。


                  ◆◇◆◇◆


 強敵ロマニア国の三傑との戦いを制してロマニア国を併合し、ついに西域で並ぶものがない覇権国家を建国するという、その覇道に一切の障害がなくなったかに見えた蒼馬とエルドア国。

 しかし、その前にエルドア国を揺るがす大事件が起きたのである。

「これが受け入れられねば、我はこの国を去る!」

 竜将ジャハーンギル・ヘサーム・ジャルージの反抗であった。

当初、パルティス最期の戦い「ボルゾーの戦い」はしっかり描写しようとしていたのですが、あえて言葉を費やさない方が無常感が出ていい気がして、ばっさりと削除。いや、やっぱり書いた方がいいよなぁ。いやいや、やっぱり削除……を繰り返した結果、時間がかかってしまいました。

結局は、削除という決断に至りましたが、せっかくなので「はかいのみこ」で「ボルゾーの戦い」を掲載しておきます。


おそらく皆さんもわかっていたと思いますが、人間種の七腕将はピアータでした。

作中でも書きましたが、七腕将は後世の創作なので実際のエルドア国の地位や官位とは無関係です。ピアータは客将どまりで人将にはなりませんが、知名度から七腕将とされております。

そのため後世では歴史ヲタクから「エルドア国の人間種最高の将軍は、《しかめっ面》のセティウスでござる!」「それがわからぬニワカは困るでござる」などなどという会話がなされているかも。


そして、最後に大事件勃発。

次話のタイトルは、おそらくは「強欲」。

今章もあと1話か2話のみ!


引き続きお楽しみください。

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― 新着の感想 ―
[一言] ワリナ姫とソーマの間に子供が出来ていたらピアータへの風当たりはとんでもないだろうな。
[良い点] あぁジャハーンギルにソーマとマルコがおやつを試作しては隠れて食べているのがバレてその分け前よこせと暴れているのか
[一言] 「エルドア国の人間種最高の将軍は、《しかめっ面》のセティウスでござる!」「それがわからぬニワカは困るでござる」 後世ではセティウス様が人間種最高の将軍と言われているの!!!??!? セティ…
感想一覧
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