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破壊の御子  作者: 無銘工房
興亡の章
493/536

第171話 モラードの奮闘(後)

 大地が揺れた。

 そう思わざるを得ない衝撃だった。そのあまりの衝撃の大きさに、百狼隊の馬たちは驚き、いななきを上げて暴れ出す。百狼隊の騎士たちは必死に手綱を引いて暴れる馬を御そうとするが、それでも馬たちは中々に鎮まらず、騎士の幾人かはその背中から振り落とされてしまう。

 ようやくあって落ち着きを取り戻したピアータたち百狼隊は、その衝撃の発生源を見やり、唖然としてしまった。

 そこでは、蒼狼兵――すなわち完全武装の重装歩兵が叩き潰されていたのである。叩き潰すという表現は、決して誇張や比喩ではない。文字どおりに人ひとりが縦に叩き潰されてしまっていたのだ。

 それはさながら、殻を剥き忘れたエビで作ったエビチリを地面に落とし、それを足で思いっきり踏み潰したものを彷彿(ほうふつ)とさせる光景だった。ちなみに剥き忘れたエビの殻は鎧であり、赤いチリソースは飛び出た血肉である。

 ダライオス大将軍に従って数多(あまた)の激戦をくぐり抜け、数え切れない人の死に様を見てきた蒼狼兵の古強者(ふるつわもの)たちですら、このような死体を戦場で見たことはない。

 そして、そんな異常な死体を作った鉄棍は、それだけでは飽き足らず、その先端を深々と地面に埋め込ませていた。人ひとりを叩き潰してなお、その威力である。先程の大地を揺らすような衝撃は、それが引き起こしたのは明らかだ。

 その事実に、再びピアータたち百狼隊は驚き唖然としてしまった。

 しかし、その場でもっとも驚いていたのは、モラードである。

 これまで数え切れないほど鉄棍を降り続けてきたモラードだったが、それを人に当てたのはこれが初めてであった。

 その巨体に比して小さく丸い目を限界にまで見開き、自分がなした結果を茫然と見つめている。

「モラードの旦那! すぐにまた敵がきますぜ!」

 茫然とするモラードを叱咤したのは、ダグである。ダグの言葉に我に返ったモラードは「よっこらしょ」と言うように再び重い鉄棍を自分の背中まで振りかぶった。

 その光景に、あることにピアータは気づき、思わず驚きの言葉を唇から洩らす。

「何だ、あれはド素人か……?」


                 ◆◇◆◇◆


「そんなので、本当に戦えるの?」

 ガラムから説明を聞いた蒼馬は疑問の声を上げた。

 戦場では稀代の策士とも畏怖される蒼馬だが、その身にかけられた呪いのような恩寵のおかげで個人の武術については(うと)い。

 それでも王である立場上、兵たちの訓練への意欲向上のために開かれる上覧試合を定期的に観戦しており、それなりの知見は養っている。そうした試合に出るのはエルドア国でも名の知れた将や武人たちなので、そこで繰り広げられる技の応酬や駆け引きは蒼馬の素人目から見ても感嘆せざるを得ないものだ。

 それに比べ、モラードはガラムの話を聞く限りではただ間合いに入ったものを全力で殴るだけである。その程度で、実戦で使い物になるのか疑問であった。

「陛下らしからぬ心配だな」

 蒼馬が疑問点を指摘すると、ガラムは人間の蒼馬にもそうとわかるぐらい苦笑した。

「以前、陛下は言っただろ。戦いは敵の手が及ばぬ遠くの安全なところから敵を一撃で倒す威力を持った武器を使うものへと変わっていく、と」

 蒼馬は自身が、そのようなことをガラムに話したことがあるのを思い出した。

 戦の策を考える蒼馬と、その策を実行する大将軍であるガラムは、戦争について語り合うことが多い。そうした中で、刀槍で戦っていた戦争に銃が登場し、その後も大砲やミサイルというように武器がより遠くの敵を倒す兵器へ進化していく歴史をガラムへ話したことがある。

「ピアータ対策でアドミウスら黒壁の者たちに与えた特注の槍に匹敵する長さの鉄棍を怪力のモラードが振り回すのだぞ。まさに、敵の武器が届かぬ距離から必殺の一撃を与えるのだ。それを(あなど)ることなどできん」

 そこでガラムは顔を微妙にゆがめた。

 人間である蒼馬にはわからなかったが、それを蒼馬の後ろから見ていたシェムルは内心で「堅物の《猛き牙》には珍しい」と小さく目を見張っていた。ガラムがこのとき浮かべていたのは、(ぞく)に言う人の悪い笑みだったからだ。

「俺が不在のとき、そのモラードを侮り、稽古をつけてやろうとちょっかいを出して来たどこぞの馬鹿は、危うく殺されかけたぐらいだからな」

 ガラムの言葉に、蒼馬は驚いた。

 殺されかけた云々(うんぬん)よりも、ガラムがその人を馬鹿と評したことにである。

 義と誇りを尊ぶガラムが他人を馬鹿呼ばわりすることは珍しい。実の妹であるシェムルにだけは頻繁に馬鹿呼ばわりしているが、それはあくまで愛情と信頼あってのものである。

 しかし、今回ガラムが口にした馬鹿は、シェムルのことではないだろう。王佐であるシェムルが何かの間違えでも殺されかけたとあれば一大事だ。それが自分の耳に入らぬわけがないと蒼馬は知っていた。

 そうなると今回の馬鹿は、ガラムが戦士としてもっとも信頼し、友情を覚える男のことになる。

 だが、該当する人物がモラードに殺されかけるなどにわかには信じられない。

 思わず蒼馬はガラムの横にいる、その人へと目を向ける。

 すると、その人は人間にもそれとわかるぐらい不機嫌さをにじませながら、茶をすすっていた。

 その様子に、ガラムの言葉が嘘ではなさそうだとわかった蒼馬は、さらに驚きの声を上げる。

「えっ?! ズーグが殺されかけたの?!」

 蒼馬は驚いて、ズーグへと目を向けた。すると、よほど不本意なのだろう。ズーグは人間種でもわかるほどの仏頂面で、むすっと口を引き結んでいる。

 戦士としても高い誇り有するズーグである。それが自身が殺されかけたというのを否定しないということは、それが真実であったということの何よりの証明であった。

 それを理解した蒼馬は、さらに驚く。

「え? モラードって、実はズーグよりも強いの?」

 蒼馬が知る限り、ズーグはガラムとともにエルドア国で二位、三位を争う程の強者だ。ちなみに、一位、二位を争うではなく二位、三位を争っているのは、ガラムとズーグがふたりそろって「あいつとやるのだけは御免だ」と口にする、あのお方が不動の一位として君臨しているからである。

 それはともかく、たとえ稽古であろうとそのズーグを殺しかけたというのだ。モラードは強かったのだろうかと蒼馬は思った。

「いくら陛下でも、怒るぞ。あいつが俺より強いわけないだろ」

 ところが、それをズーグが即座に否定した。

「はっきり言うが、あいつはクッソ弱いド素人だぞ」

 ズーグは強さだけの猪武者ではない。蒼馬に従う以前から敵対する人間種を知るために読み書きを覚えるなど、したたかさを持ち合わせ、死地にあっても諧謔(かいぎゃく)を飛ばすような曲者(くせもの)である。

 そして、それ以上にズーグは自身の武に誇りを持つ武人であった。

 その彼が弱いと断言するのである。負け惜しみなどではなく、モラードが弱いのは事実なのだろう。

「でも、ガラムの話だとこっちの武器が届かない距離から必殺の一撃を反射的に打ってくるんでしょ? ずいぶんと強いように聞こえるよ」

 蒼馬の言葉に、ズーグもうなずく。

「それは認めよう。と言うか、それだけだ。だから、こいつは――」そう言ってズーグは顎をしゃくってガラムを示す。「――そうなるように仕込みやがった」

「正確には、それしか教えようがなかったのだがな」

 ガラムは苦笑とともに言った。

 それにズーグはひょいっと肩をすくめて見せる。

「そりゃ、俺だって同じ立場ならばそうするだろう。――だけど、な。それだけなんだよ。その種がわかれば、後はどうにでもなっちまう程度でしかないんだよ、あいつは」

 ズーグが何を言わんとしているかわからない蒼馬が「どういうこと?」と言うと、ズーグはしばし思案する様子の後、何を思ったのかやにわに椅子から立ち上がると、蒼馬へと無造作に歩み寄る。

 そして、蒼馬の目の前まで来たズーグは、いきなり腰の山刀を抜き放つと、それを蒼馬へ向けて大きく振りかぶった。

「うわぁっ?!」

 とっさに蒼馬は両手を頭上に掲げて頭を守りながら顔を伏せて目をつぶった。

 しかし、予想されていた頭への衝撃はいつまで経ってもやって来ない。代わりに咽喉元にトンッと何かが触れられた。

 蒼馬は、恐る恐る目を開く。

 すると、自身の咽喉元にズーグが握る山刀の刃が当てられていた。

 蒼馬は山刀を振りかぶったのがフェイントであり、自分が頭部を守ろうとして腕を上げた隙をついてズーグが咽喉に山刀を当てたのだと遅まきながら理解する。

 そんな蒼馬に、ズーグは唇の片端を吊り上げて牙を覗かせて笑うと、さらに山刀を振り回した。ズーグは次々と蒼馬の肌に触れるか触れないかのところで刃を寸止めにするのを繰り返す。

 蒼馬は縦横無尽に振り回されるズーグの山刀のフェイントに翻弄され、あわあわと意味もない言葉を口にして慌てふためくばかりであった。

 ひとしきり蒼馬をもてあそんでからズーグはようやく山刀を鞘に納める。

「と、まあ、力自慢と言われる俺ですらただ力任せに山刀を振るっているわけじゃない。これぐらいの技は使ってるんだ」

 もてあそばれ、息も絶え絶えになっている蒼馬を見下ろして言ってから、ズーグは肩越しに振り返る。

「で、女官長様よ。ちょっとしたお遊びだ。陛下に危害を加えるつもりは毛頭ないので、そのおっかないのは引っ込めてもらえるかい?」

 ズーグの背後には、いつの間に忍び寄っていたのかエラディアが立っていた。しかも、その手にはギラリと輝く短刀が握られている。

「獣将様に、陛下への害意はないのは重々承知しておりますが、そのようなお(たわむ)れはご遠慮願います。万が一、お手が滑ることもございましょう。――私も先程から手が滑りそうで仕方がございません」

 抜き身の短刀を手にしたまま、何も知らない乙女のような笑顔を浮かべるエラディアに、ズーグはひょいっと肩をすくめて見せる。

「そりゃ悪かった。もうやらんから許してくれ」

 ズーグが謝罪すると、気がすんだのかエラディアも手にした短刀を鞘に納めて服の中に隠した。

 モラードより弱いなどという蒼馬からの侮辱への意趣返しもあってやややり過ぎた脅しであったと自身の行動を認めざるを得ないズーグである。だが、それでも蒼馬へ刃を向けたとたん本気で背中から刺し殺そうとしていたエラディアには驚きを通り越して呆れるばかりであった。

「これだから気の強い女は好かんのだ……」

 ズーグは胸の内で、そうこぼした。

 なお、ズーグの中では同じく気の強い女に分類されるシェムルは、「その程度のことで翻弄されるとは、我が臍下の君として情けない」と、むしろ蒼馬へひどく憤慨していた。情けない臍下の君の心身を鍛え直すべく、シェムルが密かに訓練内容を頭の中で吟味しはじめているとは露とも知らない蒼馬に、ズーグは話を続ける。

「話を戻すが、戦いじゃただ力任せにぶん殴れば良いってものじゃない。相手もただ殴られてはくれはせん。こっちの刃をかわされ、防がれ、はじかれることもある。だからこそ、駆け引きってもんがある。

 それに戦場じゃ、敵は目の前のひとりだけじゃない。前だけではなく左右から、時には後ろからだって刺してこようとする奴もいる。相対している敵のみならず、周囲に目を(くば)り、危機を察知する勘みたいなものが必要だ」

 そこでズーグはひょいっと肩をすくめた。

「だが、モラードの奴はそれがまったくできん。ちょっと間合いに踏み込もうとする素振りを見せるだけで簡単に引っかかる。ただ全力で棍を振るうことしかできんので、空振りすれば終わりだ。そこから動作をつなげて攻撃する技も知らなければ、空振りして崩れた体勢で敵の攻撃をしのぐ術も知らん。後はやられ放題よ。

 ひとつの物事に集中する力は労働には向いているだろうが、戦場では目の前の敵ひとりにばかり集中していれば、かえって命を落とす結果になるぞ」

 ズーグはため息をひとつ洩らした。

「あいつの素人丸出しの戦い方を一度でも見れば、多少腕に覚えがある戦士ならば、すぐにそれに気づくだろう。モラードのあれは、初見殺しの一発芸みたいなものだ」

 ようやく蒼馬も状況を理解した。すると、とたんに胸の内で不安がもたげてくる。 

「それじゃあ、やっぱりピアータの相手をさせたのはまずかったんじゃないかな?」

 モラードの体面を(おもんぱ)って今回の策を任せたのだが、これならばどんなに体面が傷つこうがやらせるべきではなかったと蒼馬は後悔する。

 しかし、それにガラムは首を横に振るう。

「要は、その力をどう使うかだ。そのために、わざわざ陛下の護衛からシャハタを引き抜いて同行させている。そのシャハタから、モラードの問題をセティウスへも伝えさせた。あの男ならば、何とかしてくれるだろう」


                 ◆◇◆◇◆


 ピアータばかりかデメトリアやアンガスなど百狼隊の歴戦の勇士たちは、たった一振りでモラードが力任せに鉄棍を振るうだけのド素人だと見切っていた。

 あれならば、人ひとりを文字どおり叩き潰す怪力であっても、恐れるには足らない。数人で同時に仕掛ければ、ひとりは犠牲になるだろうが、残りの者たちで確実にあれを仕留めることができるだろう。

 しかし、それを承知しているのは敵も同様である。

 モラードの後方には、長柄の槍を持った槍兵に、剣と盾を持った歩兵、必要以上に大きな大盾を構える兵が待機していた。複数の敵が攻め寄せてきた場合にはまず槍兵が牽制し、接近すれば剣と盾を持った歩兵が、そして弓矢や投擲武器に対しては大盾が対処しようというのは誰の目から見ても明らかである。

「デメトリア!」

 そして、ピアータだけは、さらなる脅威を感じ取った。

「――私を守れっ!」

 自身を何からどう守れ、とまではピアータは言わなかった。

 しかし、生まれ落ちてからずっと乳姉妹として、そして何よりも護衛としてピアータとともにあり続けたデメトリアである。何をと思うよりも前に馬上から身体を投げ出すようにして、ピアータの前に盾を掲げて身を乗り出した。

 その直後に、デメトリアの盾にバシッと音を立てて矢が弾かれる。

「気をつけろ! 森の中から、こちらを狙う弓兵がいるぞ!」

 ピアータは配下に注意を促しながら、すばやく状況を分析する。

 飛んできた矢が一本だけということから、生い茂る木々や枝葉越しにこちらを狙える腕を持つ弓兵はひとりだけのようだ。森という状況からエルドア国が誇る黒エルフ弓箭兵かとも思ったが、そうではなさそうである。

 普通に矢を射ても命を奪えるというのに、あえて眉間や咽喉元といった急所を狙い、それを成し遂げるエルフのイヤらしいほどの精密さが矢からは感じられない。しかし、それとは逆にエルフの矢にはない、荒々しい程の力強さが感じられた。

 この矢に近いのは、エルドアの黒エルフ弓箭兵が現れるまでは西域最強の弓兵の呼び声も高かったガウの狩人のものである。

 しかし、ガウの狩人が扱う長弓は、その長大さから木々が生い茂る森では扱いづらいものだ。

 矢が飛んできた方を見つめながら、ピアータは独りごちる。

「一体、何者だ……?」

 そのピアータの視線の先では、枝葉の中に隠れて狙撃したゾアンの弓使いシャハタが愕然としていた。

 蒼馬からは七度負けるモラードの補佐を頼まれていたシャハタである。しかし、そもそもの策の目的はロマニア国の三傑の打倒だ。そのうちのひとりピアータがノコノコと自身の矢の射程に入ってきたのだから、ここで射殺してしまえばすぐに蒼馬の護衛へ戻れると思っての狙撃であった。

 ところが、必中を確信した一射が、直前まで気づく素振りすら見せていなかったのに、まんまと防がれてしまったのである。

「ありゃ、ずる賢い狼みたいな女だ」

 ピアータについて、ズーグがしみじみと語った言葉が思い浮かぶ。

 なるほど、とシャハタは思った。

「これはモラードの支援に徹するべきだな」

 シャハタは自分にそう言い聞かせると、ピアータからモラードと距離を置いて相対する百狼隊の騎士たちの動向へと注意を移した。

 シャハタの狙いが自分から外されたのを感じ取ったピアータは、この状況を理解する。

「諦めが良すぎる。私を釣り出し、狙撃を狙ったものではない、ということか」

 ピアータは大国の王女らしからぬ舌打ちを洩らす。

「そうなると、つまりあれは単純に()を形成しているわけか」

 鉄棍のディノサウリアンに、それを援護する三人の兵士と、姿を見せない狙撃手。その五人で部隊編成の最小単位である伍を形成しているのだとピアータは看破した。

 ピアータの独白にデメトリアが疑義を上げる。

「伍ですか? しかし、あのディノサウリアンの装いは、それなりの地位にある将ではないでしょうか?」

 通常、将とも呼ばれる者ならば従卒など戦闘を補助する者たちが付けられる。しかし、それはあくまで将の補助的役割に過ぎない。ところが、目の前の敵は補助というより、完全にディノサウリアンを伍の一員として組み込んでいるようにしか見えなかった。

「おまえが言うように、あれはあのディノサウリアンを他の雑兵と同列に扱っているな。――あぁ、このやり口は『しかめっ面』あたりが思いつきそうなことだ」

 ピアータはガッツェンの街に駐留するエルドア国軍の指揮官のあだ名を口にした。

 これまでピアータも直接に対峙(たいじ)したことはなかったが、噂では雑兵からの叩き上げの将軍と聞いている。その経歴のためか、決断力にやや劣るものの配下の兵の損害を嫌い、堅実な戦いを好み、また撤退戦においては驚くほどの粘りを見せる将とピアータは認識していた。

「被害を抑えるためとはいえ将を兵と同列に扱って伍を組ませるか。エルドア国の奴らはおかしな連中ばかりだな」

「姫殿下。敵に感心してばかりはいられませんぞ。ここで睨み合っていても仕方ございません」

 デメトリアの催促に、ピアータは「さて、どう攻めたものか」と思案していると、そこへ蒼狼兵を率いるアンガスが声を上げる。

「ピアータ姫殿下。ここはこのアンガスめにお任せあれっ!」

 強い自負を込めて自分の胸甲を叩いて名乗りを上げたアンガスに、ピアータは「見事やって見せろ」と快諾した。

 ピアータから許しを得たアンガスはモラードたちと睨み合う兵をかき分けて最前列へと出る。そして、手にした片手斧をずいっとモラードへ突きつけると、アンガスは大声で言った。

「そこなディノサウリアンよ! 我こそは百狼隊が蒼狼兵の兵長アンガス! 貴様に一騎打ちを申し入れよう!」

 アンガスの考えた打開策とは、一騎打ちであった。

 しょせん敵は力任せに武器を振るうだけのド素人である。周囲の兵や狙撃手の援護があればこそ恐ろしいが、一騎打ちに持ち込んでしまえば何と言うことはない。軽くあしらい、討ち取ることは容易いだろう。

 そんな勝利を確信した上での一騎打ちの申し入れであった。

 当然、それぐらいは相手もわかっているだろう。一騎打ちを断られてしまえば、どうにもならない。

 そこで、そうはさせんぞとばかりにアンガスは表情と態度で露骨にモラードを挑発し始めた。

「どうした、臆病風にでも吹かれたかっ! この腰抜けめっ! 勇気の欠片もないと見える! 貴様のような惰弱な恥知らずを刃に掛けたとあっては、私の方が恥だわ! そのような臆病さで戦場に出てきた己の不明を恥じ、謝罪するというのならば、我が慈悲で追いかけはせぬ! 親に泣きつく幼児のごとく家へ逃げ帰るが良い!」

 そして、アンガスはたっぷりと(あざけ)りを込めて笑い声を上げた。彼の配下の蒼狼兵たちも心得たもので、アンガスに続いて一斉に嘲笑をあげた。

 この強烈な侮辱に、しかしモラードはきょとんした顔になる。

 モラードは、戦場での一騎打ちの申し入れや、それにともなう定番とも言うべき相手への挑発など受けたのは初めてだった。それどころか奴隷であった頃は常に罵倒と侮辱を浴び続けていたのである。むしろモラードにとって罵倒と侮辱は日常茶飯事ですらあった。

 そのため、ここでアンガスが挑発してくるのが理解できないモラードは、今の言葉はどういう意味かとダグに尋ねた。

「あんにゃろは、旦那が腰抜けじゃなければ一対一で戦えって言っているんですよ。逃げれば見逃してやるなんて、舐めやがって!」 

 ダグはモラードに代わり、アンガスの侮辱に顔を真っ赤にして憤慨した。

 ところが、ようやく言われたことを理解できたモラードは、その顔をパアッと明るくさせる。それから鉄棍を背中まで振りかぶる構えを解くとモラードはアンガスへと顔を向けた。

 そして、モラードはぺこぺこと頭を下げたのである。

「わーっはっはっはっ……はぁ?!」

 思わぬモラードの行動に、アンガスは上げていた笑い声が裏返り、素っ頓狂な声を洩らした。そんなことには気にも留めず、モラードは人間にはわからないが満足げな表情になると鉄棍を肩に担ぎ直してくるりと背中を向けてしまう。

「ちょ、ちょっと待て貴様っ!」

 立ち去ろうとするモラードをアンガスは慌てて呼び止めた。

 不思議そうな面持ちで振り返ったモラードに、アンガスは動揺もあらわに問い(ただ)す。

「貴様、本当に逃げるつもりなのか?!」

 モラードは何を言われているのか理解できていなさそうに首をかしげた。その様子にアンガスは焦る。

「良いか! これほど侮辱されてまで逃げれば、貴様は臆病者の(そし)りを受けるのだぞ! 貴様に恥はないのか、恥は! 良いか、ここで逃げれば恥なんだぞっ!」

 アンガスの絶叫に、モラードは考え込んだ。

 じっくりと考え込んだ。

 そして、首をこてんっと横に倒した。

 あ、こいつわかってないな。

 敵味方を問わず、その場に居合わせた者たちは同時に同じ言葉が思い浮かんだ。

 皆が生暖かい視線を浴びせる中で、モラードはたぶん自分の謝り方が悪かったのだろうと考えた。そこで今度は先程よりも大きくアンガスへとペコペコと頭を下げる。

 これで十分だろうと思ったモラードは達成感に満面の笑みを浮かべながら、ドスドスと足音を立てながら歩き出した。

「ちょ、ちょっと待って下さい、旦那ぁ!」

 その後をダグたちが慌てて追いかけていったのである。

 残されたピアータたち百狼隊の間では何とも言えない微妙な空気が漂っていた。

 ようやくあってアンガスが恐る恐ると言った様子でピアータに言う。

「あ、あの。姫殿下……?」

 ピアータは苦笑する。

「おまえの名誉のために、追撃するわけにはいかないだろう」

 アンガスはその大きな身体を羞恥に小さく縮こまらせた。

 そんなアンガスにピアータは「気にするな」と前置きしてから続けて言う。

「それに、どうにも敵兵の逃げっぷりが良すぎるのが気に食わん。奴ら、最初からまともに戦う気がないようだな」

「そうなると、追撃すれば罠が仕掛けられていたのでしょうか?」

 デメトリアの問いに、ピアータは首を横に振るう。

「わからん。だが、敵の陣営構築を阻止するという最低限の目的は果たした。不用意に追撃して痛い目を見るのも馬鹿らしい。それにララが警戒しているとはいえ、マサルカ関門砦から離れるわけにもいかんだろう。今日はここで退くぞ」

 それからピアータは百狼隊へと号令をかける。

「火を放て! この陣営を焼き払ってから砦へ戻るぞ!」


                 ◆◇◆◇◆


 エルドア国軍の陣営を焼き払ったピアータは、悠々とマサルカ関門砦に帰還したのである。

 ベルテ川の戦いではバルジボア国の介入がなければあわや壊滅的な敗北を喫しかけ、それ以降も直接の戦いには至らずともマサルカ関門砦奪還を企図するエルドア国軍の無形の圧力に晒され続けてきたロマニア国軍にとっては、小さな戦いのものとはいえ久々の勝利であった。

 ロマニア国軍の兵たちは歓呼をもってピアータと百狼隊を迎え入れたのである。

 また、ピアータにとっても、久々の勝利は心浮き立つものであった。

 こちらの攻撃を誘うような陣営構築をしておきながら、いざ攻撃すれば戦う気すらなく早々に撤退してしまったエルドア国軍の思惑が読めない不安はある。

 だが、モンティウス宰相によって戦いを禁じられていた鬱憤がわずかなりとも晴らされたこの日ばかりは、ピアータは久々にぐっすりと眠れたのであった。

 しかし、その目覚めは決して爽快なものとはならなかったのである。

「ピアータ姫殿下。そろそろ朝食の時間です。お起きになってください」

 デメトリアの声に、ピアータは自身の寝台の上で目を覚ました。上半身を起こして小さく伸びをしてからピアータは扉の向こうにいるデメトリアへ声をかける。

「入って良いぞ、デメトリア」

 許可を得て入出してきたデメトリアに、ピアータは「おや?」と思う。いつもなら「仮にも姫が鎧下一枚で就寝しないでください」とか「いつまで惰眠を貪るつもりですか」とかお小言を言われるのが常である。しかし、このときばかりはお小言どころか何か問題でも発生したのかデメトリアは顔を曇らせていた。

「何かあったのか?」

 ピアータの問いにデメトリアは自身でも状況が良くわかっていないため、頼りなげな口調で答える。

「それが、エルドア国の連中は何を考えているのか、昨日焼き払った陣営を再び構築し始めたのです」

「……はぁ?」

 ピアータの口から素っ頓狂な声が洩れた。

「また陣営を構築しているのか? 同じ場所で? 兵の増員があったのか?」

「こりもせずに陣営を構築しようとしております。同じ場所で。そして、ララが偵察する限りでは増員は認められておりません」

 デメトリアの言葉が寝起きの脳裏にしみこむまでわずかな時間を要してからピアータは、呆れ返る。

「破壊の御子は、何を考えているんだ?」

~ネタ~

ガラム「さて、今年も上覧試合の時期となった。皆、準備に抜かりはないな?」

ズーグ「おう。参加する戦士たちの気合は十分だ」

ドヴァ―リン「会場の設営に抜かりはないわ」

マルクロニス「警備の準備も万端です」

エラディア「救護班も万全の体制を取らせております。――残るは、あの問題ひとつだけかと」


ガラム「そうだな。いかにしてジャハーンギルを参加させないか。それが一番の問題だ」

一同「一番の問題ですね」

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― 新着の感想 ―
[一言] ジャハーンギルは規格外過ぎてどうにもならんのやなぁ。
[一言] 更新ありがとうございます!
[一言] 万夫不当さんハブられてんすかw
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