第63話 ベルテ川の戦い10-馬対壁
ピアータが率いる百狼隊の騎馬戦術の基本は、以下の通りである。
まず、軽装騎兵である金狼兵が投槍などの投擲武器によって攻撃を行う。そして、投槍を投じたところで転進して後方へ戻る。敵と直接に刃を交えたりはしない。これは金狼兵の役割が敵を殺傷するというより、敵の隊列を乱すことだからだ。
次に、重装突撃槍騎兵である銀狼兵が突進する。
セルデアス大陸西域では、いまだ銀狼兵以外には存在しない重装突撃槍騎兵だ。その重装甲の鎧を身につけた人馬が集団となって突撃してくる光景は、未体験の衝撃ともあいまってそれだけでも敵の戦意を打ち砕くに十分である。ましてや投槍によって周囲の味方が死傷した動揺も加われば、この時代の兵士の大半を占める練度の低い農民兵ではいくら隊を指揮する騎士たちが鼓舞しても踏みとどまらせるのは困難だ。
しかし、それでも敵の隊列が崩れなかった場合には、銀狼兵は無理には突撃しない。金狼兵に続いて速やかに転進して後方へ戻り、再び金狼兵の投槍攻撃から始めるのだ。
これを敵が崩れるまで何度も何度も繰り返す。
そして、金狼兵の投槍で次第に味方とともに戦意も削られ、ついには銀狼兵の迫力の前に敵兵が隊列を乱そうものならば、そこへ今度こそ銀狼兵を突撃させる。
そうして銀狼兵が敵隊列に穴を空けると、今度は重装騎兵である蒼狼兵の出番だ。彼らは銀狼兵が空けた穴へと急行すると、素早く下馬して重装歩兵に早変わりし、敵へと斬り込む。そして、隊列に空いた穴を拡張して敵の戦列を崩壊させるのだ。
この基本戦術に従い、まず金狼兵を率いて突進するピアータだったが、わずかにその眉をひそめた。
「兄弟子たちめ、何を考えているのだ?」
そう洩らすピアータの視線の先にいるのは、装備を黒一色に統一した重装槍歩兵――「黒壁」である。
重厚な盾が一分の隙もなく整然と並べられた様は、まさに壁そのもの。それに挑む者たちに、強固な壁へ自らぶつかって自滅するのではないかという不安を駆り立てさせる。
しかし、ピアータが不審を覚えたのは、別の理由からだった。
「なぜ槍を伏せている……?」
ピアータがつぶやいたように、「黒壁」の猛者たちは盾を構えてはいるものの長槍をすべて伏せていたのである。
重装槍歩兵による密集陣形において、後列の兵が斜め上へと持ち上げた槍を左右に振って飛んでくる投槍を叩き落とすのは立派な防御策である。投槍を主武器とする金狼兵に対してならば、やって当然――むしろやらない方がどうかしているといっても良いぐらいだ。
それをあえてやらないということは、「おまえらごときの投槍など盾だけで十分」という挑発か、または何らかの策があってのこと。
しかし、いずれであろうと関係なし、とピアータは馬上で笑う。
「良いだろう、兄弟子たちよ! 我が百狼隊の力を試させてもらう! ――狙うは敵中央! 放てぇ!」
号令とともにピアータもまた右腕をしならせて短槍を投じる。それに続いて金狼兵たちも次々と槍を投じた。
それは、騎馬の突進力を利用して投じられた投槍である。その威力は侮れない。直撃すれば盾に穴をうがち、鎧を着た人体すらも貫通できるだけの威力を秘めた一撃である。
ところが、その投槍を「黒壁」はことごとく跳ね返す。
部隊の名称の由来ともなっている黒い盾は、厚みは普通の盾の倍はあろうかという強靱なものである。しかも、補強のためにつけられた金具も多く、その総重量ともなれば倍どころではすまない。
普通の兵士では構えるだけでもやっとという盾を「黒壁」の猛者たちは巧みに操り、飛んでくる投槍を角度をつけて受け流し、また金具ではじき返していった。
時には受け損なったり、はじいた槍が思わぬところへ飛んだりして負傷する者も出るが、それも微々たるものである。
隊列の後方で部隊の指揮に戻っていたアドミウスは「わっはっはっ」と大きな笑い声を上げていた。
「どうした、どうした、子馬殿! 我らに損害を出したければ、数も威力もまったく足りておらんぞ!」
血の滴る肉を目の前に置かれた飢えた獣さながらの表情で笑うアドミウスに、ドヴァーリンは目を丸くして驚いていた。
こやつ、このような性格じゃったか?
アドミウスとの付き合いはエルドア国建国からと、決して長いものではない。しかし、同じ重装歩兵の部隊長として少なからず交流を重ねていく中で、ドヴァーリンはアドミウスを歴戦の戦士らしく落ち着いた思慮深い性格の人間だと評していたのだ。
「おんしらの隊長は、いつもこうなのか?」
たまたま近くにいた「黒壁」の兵に、ドヴァーリンはそう尋ねた。すると、その兵はちらりとアドミウスを見やってから答える。
「アドミウス隊長は、普段は『小遣い前の小僧』ですからね。本性が出かかっているだけです」
小遣い前の小僧とは、どんな悪ガキも親から小遣いをもらう前はしおらしく良い子ぶるというところから、本性を隠しておとなしいふりをするという「猫をかぶる」と似たような意味の格言だ。
そうなのか、と納得しかけたドヴァーリンだったが、「ん?」と首をかしげる。
「出かかっている……?」
話していた兵が伝令のためにその場を離れていたため、このドヴァーリンの疑問に答える者はいなかった。
その隣では、アドミウスが絶好調といった様子で吠えていた。
「子馬殿! 槍の使い方がなってないぞ! せめて寝台の上で男の槍の使い方を教わってから参られよ! うははははっ!」
アドミウスの挑発は、馬を転進させて後方へと駆け戻るピアータの耳にも届いていた。
「あ、あ、あ、あの野郎ぉぉ~!!」
ピアータは手綱を握る手をブルブルと震わせた。それからまなじりをキッと吊り上げると、顔を上げて吠える。
「デメトリア! やってしまえっ!!」
仕える姫の叫びに、銀狼兵を率いるデメトリアは兜の中で苦笑を洩らしてから配下に呼びかける。
「銀狼兵よ! 姫殿下の命である! 奮い立てっ!!」
デメトリアの檄に銀狼兵たちは「おおっ!!」と唱和した。
◆◇◆◇◆
「ほう。あれが噂の重装槍騎兵か……」
押し寄せてくる銀狼兵に、アドミウスは舌なめずりをした。
話には聞いていたが、聞くと見るとでは大違いだ。重装甲の人馬が一体となり、それが地響きを挙げながら集団で押し寄せてくるのである。その様は、まさに山津波だ。
何の予備知識もなく、いきなり相対していたならば怯んでいたやもしれない。だが、すでにこちらは万全の対策を講じている。
ならば何も恐れる必要はなし。
不敵に笑うアドミウスは大音声で号令を発する。
「前一、二、三列! 膝つけぇ!」
アドミウスの号令とともに、「黒壁」の前一列から三列の兵たちが音を立てていっせいに右膝を立てて左膝をついた。
「槍、置けぇ!」
続くアドミウスの号令に、兵たちは手にしていた長槍をいっせいに自分の手前の地面に放った。しかし、長槍を捨てたわけではない。長槍には革紐で作られた輪がつけられており、兵たちはその輪に手首を通して長槍とつながっていた。
さらにアドミウスの号令は続く。
「槍、起こせっ!!」
長槍の柄頭には、への字を上下ひっくり返したような形の金具が取り付けられていた。それを右足で踏みつけながら兵たちが革紐を引くと、寝ていた長槍の穂先が持ち上がる。
ざあっと音を立てて穂先を持ち上げる無数の長槍は、地面から斜めに伸びた竹林のようであった。
「我らは、万全。さて、貴殿の方はいかがですかな?」
アドミウスは横にいるドヴァーリンへと目を向けた。すると、ドヴァーリンはひげを揺らしながら小さく鼻を鳴らす。
「よけいな心配じゃわい。こっちもとうに準備できておるわ」
ドヴァーリンの答えにアドミウスは「それは結構」と微笑むと、迫り来る銀狼兵へと再び顔を向ける。
「さあ、参られよ! そして、たっぷりと堪能されよ! ソーマ陛下と我らによる対重装槍突撃騎兵の備えのほどを、な!」




