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破壊の御子  作者: 無銘工房
興亡の章
371/540

第49話 同族嫌悪

「ロマニア国軍を襲った『ソーマの呪い』とは、いったい何だったのか? それは現代でも定かではありません」

 そう語るのは破壊の御子研究の第一人者マーチン・S・アッカーソン教授である。

「毒ガス説。細菌兵器説。さらには本当の呪いであったという説。研究者によって、その見解は様々です。

 それは、本来ならば呪いを行使した破壊の御子を近くから観察でき、より詳細な情報を残せたであろうエルドア国側の記録が皆無だからです。

 そうなってしまったのは、当時の貴重な記録が時代の経過にともなう紛失や焚書による損壊があったためだけではありません。

 破壊の御子ソーマ・キサキ自身が呪いを行使する姿を民や兵を問わず『決して見てはならない』と固く禁じたからです。また、唯一その場に居合わせたシェムルですら、その『シェムルの覚書』において『ソーマの名誉のため、書き残すことができない』と記述しているのです。

 そのため、西域史には破壊の御子ソーマが()り行ったのは『見るも恐ろしく、語るのも(はばか)られるおぞましい呪いの儀式であった』と書かれておりますが、これもまた(ちまた)に流れた風説の一種に過ぎないと考えられています。

 果たして破壊の御子ソーマは、いったい何をしたのでしょうか?

 その真実は、今なお歴史の闇の彼方にあるのです」

 自身が述べる歴史の闇を見透かそうとするかのように遠い目をしていたマーチン教授は、こちらに向きなおる。

「ですが、ソーマの呪いがいかなるものであったにせよ、これを受けたロマニア国軍の被害は甚大なものでした。呪いによる怪我や病気が多発し、果ては死者や行方不明者すら出たと言われております。おそらく、兵の士気は地に落ちたと言っても過言ではないでしょう。そして、この窮地(きゅうち)を救ったのが、あの騎姫(きひ)ピアータ・デア・ロマニアニスだったのです」

 マーチン教授の後ろに、ピアータの肖像画として有名な絵がCGとなって浮かび上がる。

「ピアータを主人公に据えた『騎姫列伝』においては、このときピアータは乳姉妹のデメトリアとともに、破壊の御子ソーマ・キサキが放った呪詛の魔物と激しく戦い、これを討ち取り、多くの将兵らの命を救ったとされております。

 もちろん、これは創作でしょう。

 ですが、民間の風聞を元に書かれた『騎姫列伝』のこの記述は、当時のロマニア国軍の将兵らの間にあったピアータへの崇拝に近い信望が(うかが)い知れます」

 マーチン教授は、そこで深いため息を洩らす。

「しかし、その後のピアータがたどる運命を鑑みれば、彼女の悲劇はこれが始まりだったのかも知れません」

 軽くうつむかせた顔を左右に振ってからマーチン教授は正面を向く。

「二ヶ月の長きにわたる『ガッツェン攻防戦』はエルドア国軍の援軍の到着によって終わりを迎えます。ガッツェンの街と援軍との間に挟まれるのを恐れたロマニア国軍は陣払いをします。

 しかし、それはロマニア本国への撤退ではありませんでした。街より離れたベルテ川の近くへ陣を移しただけだったのです。それはロマニア国王への即位を確たるものとしたいパルティス王子が、どうしても破壊の御子を討ち取りたかったからでしょう。

 そして、ロマニア国軍が撤退しないのは、破壊の御子にとっても好都合でした。

 古代の権力者にとって、侵略者を撃退できなかったというのは大きな汚点です。それは民衆を崇拝という熱病に(かか)らせると言われた破壊の御子にとっても無視できないものでした」

 マーチン教授は遠くを流れる川へとその視線を向ける。

「そのような両者の思惑から、ロマニア戦役は西域の戦史にも名高い、あの『ベルテ川の戦い』へと移っていくのです」


                  ◆◇◆◇◆


 ガッツェンの街に入った援軍は、住民と兵士たちの歓呼で迎えられた。そして、援軍を率いてやってきたアドミウス、ノルズリ、グルカカ、バヌカの四将はすぐさま代官官邸にいる蒼馬のところへ伺候(しこう)した。

 行軍の土埃も落とさぬまま黒兜を小脇に抱えたアドミウスは、蒼馬を前に片膝をついて頭を垂れる。

「『黒壁』隊長アドミウス。人将マルクロニス殿に代わり、人間種の兵四千あまりを引き連れて参りました」

「王の戦に加わるべく、平原の勇者三千とともに参陣した」

 続いてグルカカがアドミウスを真似て言うと、バヌカも慌ててそれに(なら)って膝をついた。

 そして、最後にノルズリも髭を揺らしながら膝をつく。

「我らドワーフの戦士千人も王の窮地に()せ参じた」

 これに蒼馬は椅子から立ち上がると満面に笑みを浮かべて両腕を広げ歓迎の意を表す。

「みんな良く来てくれた!」

 蒼馬にうながされてアドミウスは立ち上がる。

「陛下もよくぞご無事で。子細はハーピュアンの方々より(うかが)っております」

 それに蒼馬は苦笑を返す。

「やられたよ。もうコテンパンにね」

 蒼馬の様子に、アドミウスは胸の内で小さく感嘆の声を洩らした。

 話に聞けば、完全に敵の術策にはめられて多くの兵を失う大敗である。才気溢れる若者が、それまで経験していなかったたった一度の敗戦で心を折られてしまうことはままあることだった。

 これまで大きな敗北を経験していなかった蒼馬も、これで自信を失ったり、これまでの方策とは真逆の方へ暴走したりするのではないかとアドミウスは懸念(けねん)していたのだが、それは杞憂(きゆう)だったようだ。

 いったい何があったのか、心を折られるどころか、むしろ以前にも増して強固な芯すら感じさせる。

「どうやら良き経験をなされたようですな」

 そう感心するアドミウスの横から、バヌカが我慢できずに前へ出る。

「よくぞご無事で! このバヌカ、こうしてお姿を見るまで心配で心配で全身の毛が抜け落ちる想いでした!」

 胸から溢れる熱い想いを言葉に変えてバヌカが無事を喜んでくれるのはうれしい。だが、顔はこちらに向けておいて目は完全にシェムルに向けられているのはいかがなものかと蒼馬は思うが、突っ込むのも野暮だと思うのでやめておく。

 代わりに蒼馬はノルズリに尋ねる。

「ノルズリ。頼んでおいた例のものは用意できている?」

「無論じゃわい」

 ノルズリは髭を揺らして答える。

「これだけ時間をもらったんじゃ。その数も質もちゃんと揃えて来ておる」

 ノルズリが、そう断言するのだ。問題はないだろうと判断した蒼馬は次いでアドミウスへ目を向ける。

「用意したものは、使えそう?」

「問題ございません」

 アドミウスもまた断言した。

「王都で、また行軍の途中でも訓練をいたしました。多少、使い勝手は違いますが、我ら『黒壁』ならば問題ございません。また――」

 そこでアドミウスはノルズリへ目を向ける。

「ドワーフの方々との訓練も抜かりなく。当初は戸惑いもございましたが、今では何ら問題ないと自負いたしております」

 これに蒼馬は力強くうなずいた。

 到着した援軍の数およそ八千あまり。これに現在の兵力を合わせれば、一万を越える。ロマニア国軍の総数がおよそ一万八千から二万ということなので、いまだ二倍近い戦力差はあるものの絶望的ではない。それにあの厄介な騎兵への対策も用意できた。

 これで勝ち目が見えてきたぞ。

 そう小さく拳を握る蒼馬に、アドミウスが(たずさ)えてきたものを蒼馬へ差し出す。

「これはソロン老より陛下へ渡すようにと、頼まれたものにございます」

 それは分厚い紙の束であった。

 アドミウスから受け取った分厚い紙の束を蒼馬はパラパラとめくってみる。すると、いずれのページにもびっしりと字が書き込まれていた。

 それはソロンに頼んでいたピアータ姫に関する情報をまとめてもらったものである。

「ソロン老より、『これを見逃していたとは一生の不覚。深く謝罪する』との言葉を預かって参りました」

 蒼馬は驚いた。

 あの傍若無人、勝手気ままを地で行くようなソロンが素直に自分の非を認めて謝罪してくるとは驚天動地の出来事だ。これは、よほどのことが書いてあるのだろう。

 だが、蒼馬はいまだこの世界の字を読めない。そこで、この場にいる諸将たちとも認識を共有するためにも、シェムルに渡してこの場で読み上げてもらうことにした。

 蒼馬から渡された書類をシェムルが朗々と読み上げる。

 すると、蒼馬をはじめとしたその場に居合わせた者たちの目に不審、そして困惑の色が浮かび、次いでそれは驚愕へと変わっていった。

 シェムルが読み上げ終わるとともに、蒼馬は偏頭痛を覚えたように額に手を当てる。

「何だ、このお姫様は……」

 蒼馬は感心半分、呆れ半分の声を洩らした。

 (いわ)く、老いてからの娘ということでドルデア王に溺愛された姫。

 曰く、花が好きだと言えば年間を通じて花が咲き乱れる花園を作ってもらい、動物が好きと言えば大陸各地から大金を投じて珍しい動物たちを集めてもらう我が儘な姫。

 曰く、両手にハーピュアンの羽根を持って崖から飛び降りて足首をくじいたかと思えば、狼の毛皮をかぶって森を四つ足で歩き回ったこともある奇行の姫。

 曰く、愛玩奴隷を守るために檻に籠城して王宮を大騒動に巻き込んだお騒がせな姫。

 ここまでならば蒼馬も聞いたことがあるロマニア国のじゃじゃ馬姫そのものという逸話ばかりである。

 ところが、次第にその内容が剣呑なものへと変わっていった。

 曰く、インクディアスの兵法書をはじめとした数々の兵法書や軍略書を通読し、多数の将軍らを相手取った戦略談義でことごとく論破した。

 曰く、暇を持て余している貴族の子弟たちを集めて国軍も顔を青ざめさせる軍事教練を施して自らの親衛隊を作り上げた。

 曰く、その精鋭部隊を率いてロマニア国各地で山賊や野盗の討伐、果ては反乱を起こした候の軍すら鎮圧した、等々。

 いずれも父王に溺愛され好き勝手放題のじゃじゃ馬姫の奇行として大げさに騒ぎ立てられたものとしてロマニア国の大半の者たちからも話半分で扱われている噂だという。

 しかし、じゃじゃ馬姫という先入観を捨てて、後半部分だけを抜き取ってみれば、どこの英雄譚の始まりだというような内容ばかりである。

「私は、こんな人を見過ごしていたのか……」

 ロマニア国の要人には目を光らせていたつもりが、これほどの人間を見落としていたという痛恨事を悔やむ蒼馬へアドミウスが慰めるように言う。

「ロマニア国でも子供扱いされていたのでは、それも無理ございますまい」

 他国の人間を()(はか)る情報の多くをその国での世評に頼らざるを得ない状況において、その情報源となる世評を生み出すロマニア国人自体に「じゃじゃ馬姫」というフィルターがかかっていたのだから仕方ないというアドミウスに、蒼馬は「そうなの?」と小首をかしげてみせる。

 すると、アドミウスは一拍の間を置いて、「ああ」と洩らす。

「そういえば、陛下は西域の出身ではございませんでしたな」

 西域どころか、この世界の人間ではないのだが、西域の出身ではないという点では間違ってはいないので蒼馬はうなずいた。

「この西域では、王族は自身の名の次に父王の名を名乗るのでございます」

 アドミウスに言われてみれば、確かにそうだと蒼馬は思う。

 蒼馬にとってもっとも身近にいる王族は、頭に「元」とはつくがワリナ姫である。そのワリナ姫の正式な名乗りは、ワリナ・ワリウス・ホルメアニスだ。これは建国王ホルメアニスの後継たるワリウス王の姫ワリナという意味である。

 同じく行方不明のアレクシウス王子の正式な名乗りは、アレクシウス・ワリウス・ホルメアニス。

 さらに、ロマニア国のゴルディア王子はゴルディア・ドルデア・ロマニアニスだ。

 いずれも自身の名前の次に父王の名前が入っている。

 そこで蒼馬はハッと気づく。

「あれ? そうなると、ピアータ姫は何なんだ?」

 ピアータは自身で、ピアータ・デア・ロマニアニスと名乗っていた。他の王族の名乗りに従えば、ピアータ・ドルデア・ロマニアニスになるはずだ。

 まさか、ドルデア王と血がつながっていない? 不義の子?!

 昼過ぎのメロドラマのような愛憎渦巻く宮廷劇を思い浮かべていた蒼馬にアドミウスが苦笑を浮かべて言う。

「それは、王族が一定の年齢に達するまでは父王の名前の代わりに、王子は愛しい子を意味する『デムス』。王女は愛しい娘を意味する『デア』を名乗るのが習わしとなっているからです」

 それにどんな意味があるのかと、きょとんとする蒼馬にアドミウスは丁寧に説明してくれる。

「王の名を継いだ者が亡くなるのは、不吉と思われているからです。何しろ小さな子は良く死にます。王の名前を継いだ子供がバタバタと亡くなっては、それこそ国の滅びの予兆とも取られてしまいます」

 確かに医学が発達していないこの世界では、乳幼児の死亡率は高い。それでも自分の名を継いだ子供が立て続けに死ぬようなことがあれば、気味が悪いだろう。

 これで蒼馬もようやく理解した。

「つまり『デア』を名乗るピアータ姫は、いまだロマニア国では子供扱いされているわけか」

「御意にございます。ドルデア王がよほど溺愛しており手許にずっと置きたかったのか、もしくは王族と認めるには、はばかりがある者だったのでしょう。いずれにしても、ろくな人とは思われなくて当然。ましてや才気溢れる若武者と想像しろというのが、土台無理な話でありましょう」

 アドミウスの説明に、蒼馬は「なるほど」と納得した。

 そうしたいまだに子供扱いされる「じゃじゃ馬姫」という悪評によって、ピアータ姫はこれほどの才能を持っていながらこれまで正当な評価を受けずに隠されていたわけか。

 しかし、すぐに蒼馬はその自身の考えを否定する。

 偶然、覆い隠されていたのではない。おそらくは、ピアータは自身のそうした悪評も好都合とばかりに、それを使って身を隠し、虎視眈々(こしたんたん)とその牙を研いでいたのだろう。

 そう考えれば、納得できる点がいくつもある。

 まずは百狼隊と呼ばれる精鋭部隊だ。

 仮に王位継承権を持つ姫が、これほど強力な兵団を組織したとあれば、普通ならば他の王族ばかりか重臣諸侯とて心穏やかではないだろう。ところが、それをじゃじゃ馬姫の遊び相手と笑ってすまされている。また、その精鋭部隊の実戦訓練と思われる山賊や野盗の討伐も、通常ならばその土地を統治する領主の大事な務めだ。それを勝手に横取りしたのに問題とならないのは、王が溺愛する姫が自身の領内で山賊や野盗に襲われたなどという大失態を騒ぎ立てられたくない領主と、じゃじゃ馬姫のご乱行としたいピアータ姫の思惑が合致したためだろう。

 これはじゃじゃ馬姫どころか、とんだ雌狼がロマニア国に(ひそ)んでいたものだ。

「これまでにない強敵と認識した方が良いようだね」

 蒼馬はしみじみと洩らした。

 これに多くの者が賛同する様子を見せる中で、ただひとりだけ異を唱える者がいた。

「それはあまりに買いかぶりすぎでは?」

 それは、アドミウスである。

「私が思うに、ピアータなる小娘はいささか虚言癖や誇大妄想の気があるようにございます。得てして、そうした身の程もわきまえぬ者が冒した無茶が図に当たり、大功を上げるときがございます。この者もそうだったのでしょう」

 蒼馬は目をパチクリとさせた。

 アドミウスの口調からはピアータに対する悪感情がにじみ出していたからだ。

 蒼馬が知る限り、アドミウスはこの時代の武将には珍しく理性的な人間である。その戦歴は長いとはいえ平民出の中隊長補佐でしかなかった人将マルクロニスの下におかれても不平不満ひとつ洩らさず、さらには辺境の小隊長にしか過ぎず、戦歴も年齢も自身に遠く及ばないセティウスさえも、蒼馬麾下(きか)の先輩として敬うのだ。

 そんなアドミウスが、このような態度を取るとは意外であった。

 しかし、すぐに蒼馬は心当たりがつく。

「ダリウス将軍を討ち取ったのがピアータ姫という話があったね」

 カリレヤ会戦においてダリウス将軍の最後の突撃を阻止し、その首級を挙げたのは、正式な功労賞においてはピアータを含む数人の将によるものとされている。ところが、実際にはダリウス将軍の突撃を阻止したのも、その首級を挙げたのもピアータひとりの力によるものだという噂があった。

 ダリウス将軍の子飼いであり、尊敬の念は崇拝の域にも達すると言われる「黒壁」の将であるアドミウスである。彼にとっては、尊敬するダリウス将軍を討ち取ったピアータを許せるものではないのだろう。

 そう思った蒼馬だったが、アドミウスは首を横に振るう。

「ダリウス将軍閣下を討ち取ったのは、戦場の習い。卑怯な手を使われたのならばともかく、互いが互いの条件の中で最善を尽くし、その結果として討ち取られたのならば敵を褒めこそすれ、これを怨むのは筋違いにございます」

 至極当然とばかりに語るアドミウスからは、そこに恨みの念は一切感じられなかった。

 ところが、それが一変する。

「しかし、このピアータなる小娘。閣下を討ち取った際に、まず閣下に師への礼を取り、また閣下もこれに応えたと抜かしておるとか。あまつさえ、閣下の最後の弟子と自称していると言うではございませんか」

 アドミウスは形相を怒りに歪める。

「まったくもって、不愉快極まります!」

 そう吐き捨てたアドミウスは憤懣(ふんまん)を噛み殺すかのように、ギリリッと歯を噛み締めた。

 そんなアドミウスの様子に、やや引きつつも蒼馬は確かにそんな記述があったなと思い出す。怨敵とも呼ばれた敵国の将軍を讃えるのは良くないと周囲の者たちが(いさ)めてはいるものの、よほどダリウス将軍に認められたのが嬉しかったようだ。ピアータは時折周囲に「ダリウス将軍の最後の弟子」と洩らしていると噂になっているらしい。

 蒼馬は、その噂は本当だろうと判断していた。

 その根拠となったのは、ソロンの報告書にあった先の征西前に開かれた祝宴の席で、ピアータが犯した失態の話だ。

 ダライオス大将軍の屋敷で、多くの将軍諸侯らが招かれて祝宴を開いたときである。ダライオス大将軍の健康と武功を褒めそやす将軍諸侯のひとりが、次のようなことを言った。

「あのダリウスめは、反乱を起こした亜人類どもに惨敗した責で、いまだに謹慎中とか。何とも哀れな。しょせんダリウスなど運が良かっただけの男。やはり、真なる大将軍はダライオス閣下ただおひとり」

 この歯が浮くようなお世辞に、その場に居合わせた者たちがそろって賛同した。ところが、そこにピアータひとりが異を唱えたという。

「二振りの名剣を比較するに、片方を鉄塊に打ちつけて刃が欠けたからといって、もう片方より劣ると言えましょうか? 二振りを打ち合わせた結果のみをもって比較するのが妥当と存じ上げる」

 ようはダリウス将軍が破壊の御子に破れたからと言って、それでダライオス大将軍より劣っているということではない。ダリウス将軍とダライオス大将軍が実際に戦った戦績だけでもって両者を比較するべきではないかということだ。

 そして、両者の戦いを振り返れば、ダリウスの方に軍配を上げざるを得ないのは誰の目から見ても明らかである。

 これには居合わせた者たちも、ぐうの音も出なかった。

 しかし、そこはダライオス大将軍の祝賀の席だ。そこでダライオス大将軍を(おとし)めたと取られてもおかしくないピアータの発言は、その宴席を冷ますだけではなく、下手をすれば袋叩きにされて叩き出されてもおかしくはないものである。

 だが、ピアータが王女であり、ダライオス大将軍自身が「まさにそのとおり」と言ったことで事なきを得たらしい。

 このことからしても、ピアータがダリウス将軍を尊敬していたのは間違いないだろう。

 そんなことを考えていた蒼馬は、ふと既視感を覚えた。

 あれ? どこかで似たような人を知っている気がするぞ。

 蒼馬は既視感に導かれるように、その人へ目を向ける。

「どうかされましたか、陛下?」

 自分に目を向けられたのに気づいたアドミウスが言った。

「いや。何でもない」

 そう言ってから蒼馬はしばし考え込む。それからシェムルに振り返る。

「シェムル。もう一度、ピアータ姫の祝宴の席での失態の部分を読んでもらえないかな」

「ああ。良いぞ」

 シェムルは言われたところを読み上げた。

 すると、アドミウスは耳を傾けながら、しきりとうなずいている。

 次に蒼馬は、ピアータが周囲にダリウス将軍の最後の弟子と洩らしている部分をシェムルに読み上げてもらう。

 すると、今度はアドミウスは怒りの形相を浮かべた。

 蒼馬は再びピアータの失態を読み上げてもらう。

 またもやアドミウスは何度も深くうなずいている。

 さらに蒼馬はピアータが最後の弟子と洩らすところを読み上げてもらう。

 やはりアドミウスは怒りの表情を浮かべた。

 それを見届けた蒼馬は確信する。

 このふたりは同類に間違いない、と。

 アドミウスがピアータに感じている悪感情も、おそらくは嫉妬か同族嫌悪なのだろう。

 蒼馬は思わず呆れ返ってしまった。

 もしかして、ダリウス将軍は戦闘狂に好かれる特殊スキルでも持っていたの?

 これを仮にダリウス将軍当人が聞けば「ならば、おまえは国民を洗脳するスキルを持っているだろう!」と激怒されそうなことを真剣に考えていた蒼馬は、ハッと思いつく。

 アドミウスたちにはピアータの百狼隊の対抗策を用意させたが、それを使うにはまず黒壁と百狼隊をぶつけ合わせなければならない。しかも、できるだけ騎兵の機動力が活かせないところで、だ。

 しかし、そのためにもピアータをうまく誘い込まなければならない。あのピアータをどうやって誘い込むか、その手段に頭を悩ませていたのだが、これは使えるんじゃないかと蒼馬は考えた。

 蒼馬は声を弾ませながら言う。

「アドミウス。頼みがある!」

「いかなるご命令でしょうか?」

 そう尋ねるアドミウスに、蒼馬はニヤッと人の悪い笑みを浮かべた。

「ロマニア国軍の陣営へ軍使として(おもむ)いて欲しい!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回も楽しませていただきました。 [気になる点] 作中:それはソロンに頼んでいたピアータ姫に関する情報をまとめたてもらったものである 正:情報をまとめて [一言] 申し訳ありません。 誤…
[良い点]  包囲を続けるのでもなく、いっそ引き上げるのでもない中途半端な対応の影に、功名心や地位の欲望など軍事的要素以外のものが大きく影響を与えているといった、いかにもありそうなところがうまく表現さ…
[良い点] 楽しいです [気になる点] とりあえず餌付けできるような状態ってなるかな?( *´艸`) [一言] じゃじゃ馬姫に納豆や味噌を食べさせてあげるんですね(* ̄∇ ̄)ノ
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