第22話 ミルツァの戦い1-ハーピュアン
ロマニア国軍への奇襲を決断した蒼馬は、矢継ぎ早に指示を出す。
「ジャハーンギルとドヴァーリンはそれぞれの兵を率いて、ここへ直行してくれ」
蒼馬が示したのは、ミルツァと山を挟んだ東に位置する砦である。それは、その辺りの土地を領有していた貴族の城館だ。先のロマニア国征西において領主が行方不明となってからは、王となった蒼馬が派遣した代官が少数の兵とともに務めているだけであった。
「おそらくロマニア国軍も私たちの動向に注視しているはずだ。私たちが南部を見捨ててガッツェンの街の守りを固めるように見せかけるため、私はガラムたちゾアンの戦士たちとともにいったんガッツェンの街へ入る。その間にここへ先に入って待機していてくれ」
ドヴァーリンは髭を揺らし、ジャハーンギルは荒い鼻息をついて了解した。続いて蒼馬はガラムとズーグを見やる。
「いったんガッツェンに入ってからゾアンの戦士たちを目立たぬ程度の小部隊に分け、順次この城館へ向かわせる。方向感覚に優れたゾアンの戦士ならば、それも可能だろう。また、私も夜を待ってからセティウスとともに兵を率いて城館へ向かう。ゾアンには、その行軍の先導と補佐を頼みたい」
ガラムとズーグもまた、了解したと自分の胸を小さく叩いて見せた。
さらに蒼馬は続ける。
「ロマニア国軍は、マサルカ関門砦から長く細い山間の道を行軍してきた。彼らからすれば、全軍で固まって陣を張れるミルツァは恰好の野営地に見えるはずだ。必ずやロマニア国軍は行軍で伸びきった軍を整理し、疲れた兵を休め、これからの方針を協議する軍議を開くために、ここに陣を張る。これから南部を掠奪するためにだ!」
それは許されないことだ。
その蒼馬の決意は口には出されなかったが、これまで彼に付き従ってきた者たちには言うまでもことだった。
「それなら、その陣へ私たちは奇襲をかける!」
蒼馬は拳を地図上のミルツァに叩きつけた。
「それもロマニア国軍が警戒する後方からではない。山を越えてミルツァの西に出て、ロマニア国軍が予想もしていない側面からその無防備な脇腹を突く!」
居合わせた者たちの口から、小さく「おお!」と声が洩れる。
「やるのは夜明けだ! 夜の闇の中で大軍を用いれば同士討ちの恐れが高い。そこで日の出とともに奇襲をかける。寝ぼけ眼のロマニア国軍の度肝を抜いてやろう。太陽が昇って明るくなれば、より大きな戦果を狙える。混乱する敵兵をさらに蹴散らし、敵将の首を挙げ、天幕を打ち倒し、武具や糧食を奪い、牛馬を追い散らすんだ。もう二度と私たちの国に攻め入る気が起きなくなるぐらい、徹底的にやる!」
蒼馬は指を集合場所の城館に当ててから、それを真横に引いてミルツァに移す。
「そのためには、この城館から夜の山越えを決行しなければならない。話によれば、この城館から山を越えてミルツァへ抜ける道がいくつかあるそうだ。だが、いずれも狭く細い道で夜の行軍は困難だろう。そこで夜目と鼻が利くゾアンを先に立たせ、人間種の兵はその後に続かせる」
それから蒼馬はピピへ目を転じる。
「当然、ロマニア国軍に気づかれないために、灯火は最小限だ。道を見失って脱落する者を防ぐため、ハーピュアンは上空より監視と誘導を頼む」
ピピが頭からピョコンと飛び出た羽根を揺らしてうなずいた。
「夜目が利くドワーフと耳の良いエルフは後方からディノサウリアンや人間種たちを助けてやってくれ」
蒼馬の指示にエラディアとドヴァーリンが受諾を示した。
最後に蒼馬はぐるりと皆の顔を見回してから告げた。
「さあ! もう猶予はない。各自、行動を開始してくれ!」
◆◇◆◇◆
蒼馬の指示を受け、各自が行動を開始した。
ジャハーンギルとドヴァーリンは足の遅いディノサウリアンとドワーフの兵を率いてガッツェンの街の手前で主要街道をそれて、城館へと直行した。ゾアンを中心とした残った兵を率いた蒼馬は、ジャハーンギルとドヴァーリンが移動する時間を稼ぎつつ、またどこからか偵察しているであろうロマニア兵に見せつけるように、ことさらゆっくりと兵をガッツェンの街へと進めたのである。
そうしてガッツェンの街に入った蒼馬たちを出迎えたのは、住民たちの熱烈な歓呼であった。
先のロマニア国征西においてもっとも被害が大きかったガッツェンの街である。防備を強化してあるとはいえロマニア国軍再侵攻の報せに住民らの不安は大きかったのであろう。その中にあって大軍を率いてやってきた蒼馬は、まさに救世主と映ったのだ。
歓迎する民衆たちを兵士が掻き分けて作った道を通り抜けて代官の官邸に入った蒼馬は、代官と街の名士たちと面談した。
そこで蒼馬は彼らに現状を説明し、自分もまた日が落ちるとともに街を出ると告げた。
すると、彼らは渋い顔になり、やんわりと街に留まるように提言してきた。せっかく街に来てくれた蒼馬たちの慰労と歓迎の宴を開きたいと彼らは理由を述べたが、実際には蒼馬と軍団に街へ留まって欲しいというのが本音だろう。
しかし、南部がかつてのガッツェンの街と同じ目に遭うのを防がなければならないと蒼馬に言われれば食い下がるわけにはいかない。彼らは渋々ながら蒼馬の勝利と無事を祈ってくれたのである。
その間にも、ゾアンの戦士たちは目立たない少人数で少しずつ街を抜け出して集合場所の城館へと向かっていた。
そして、日が落ちてから蒼馬もまたシェムルとわずかな供回りだけを連れて、城館へ向かったのである。
◆◇◆◇◆
シェムルとともに夜の闇を馬で駆け抜けた蒼馬が城館にたどり着いたのは、その次の日の早朝であった。
そして、同じ日の昼頃にロマニア国軍もまたマサルカ関門砦から細い山道を通り抜け、ミルツァに入ったのである。
ミルツァに入ったロマニア国軍は蒼馬の読み通りに野営用の陣を張り始めた。
その光景を凝視していた紅玉のような赤い羽根のハーピュアンの偵察兵が、小首を傾げながら言う。
「ねえ、何か変じゃない?」
彼女がいるのは、ミルツァを見下ろす山にある高い木の梢である。その細い脚とは対照的に大きく、見るからに力強い猛禽類のものと酷似した足でしっかりと梢を掴んで身体を固定し、そこからロマニア国軍の動向を偵察していたのだ。
この偵察にペアを組まされていた深い藍色の羽根を持つハーピュアンが、その頭からピョコンと生えた羽根を揺らしながら答える。
「どこが? あたしには、そうは感じられないけど?」
彼女の目には、ロマニア国軍の姿は慌ただしく設営をする至って普通の光景にしか見えなかった。
しかし、相棒の答えに満足できない赤い羽根のハーピュアンはしばらく悩んでいたが決断する。
「ちょっと上から観察してくるね」
梢を蹴って宙に身を躍らせた赤い羽根のハーピュアンは、大きく翼を打ち振るって一気に上昇した。それに藍色の羽根のハーピュアンが慌てて制止の声を上げる。
「やめなよ。あまり目立って刺激するなと言われているでしょ!」
「大丈夫! ずっと高くから見るだけだから!」
そう言うと赤い羽根のハーピュアンはロマニア国軍の真上へと飛んでいった。
◆◇◆◇◆
「遠くで隠れて監視していたのに、要らぬ警戒をされるのを承知で真上を飛ぶか。――これは、何か気づかれたかな?」
自分らの頭上高くへと舞い上がるハーピュアンを見つめながら、ピアータは「ふむ」と小さく洩らした。
エルドア国の偵察を受けるのは想定内のものだ。野営地を設営しているように見える偽装には抜かりはない。
しかし、それはあのハーピュアンが飛び立った山の方からでも確認できるはずだ。それをあえて、ああして上空へと飛んだと言うことは確信はないものの何らかの疑念を抱いたと言うことだろう。
「これは排除すべきかな……?」
このまま放置すれば、策が露見する恐れがある。だが、排除すればあのハーピュアンが帰還しないのに不審を覚えられてしまうのは確実だ。
あのハーピュアンが何も気づかずにいてくれるのをただ祈って待つべきか。それとも破壊の御子に要らぬ警戒をされるのを承知で排除するべきか。
しばらく双方を天秤にかけていたピアータだったが決断する。
「祈って待つだけというのは、どうにも私の性に合わんな。――おい! 誰かララたちを連れてきてくれ」
しばらくすると馬に乗った騎士がやってくる。
その騎士の後ろには、ひとりの少女が乗っていた。馬上だというのに膝を抱えた体育座りのような格好で鞍の後ろにちょこんと乗っている。少女は大きな布を頭からすっぽりとかぶり、大きな丸い目が印象的な幼い顔だけ出して全身を覆い隠していた。
その少女にピアータは状況を説明してから短く尋ねる。
「ララ。すまないが、やれるか?」
ララと呼ばれた少女は即答する。
「はい。姫殿下のご命令ならば」
そこでララは顔を横に向けた。
「もうひとりがあそこに隠れて、こちらの様子を窺っておりますが、そちらは如何いたしましょう?」
「ふむ。そういえば、破壊の御子はハーピュアンをふたり一組で行動させているのだったな。――今はまだララたちの存在を知られたくない。そちらも頼めるか?」
ピアータの頼みに、またもや少女は即答する。
「姫殿下の御意のままに。私たちにお任せ下さい」
「よし。――おまえはこのまま陣地を出て、あの山にいるハーピュアンの目に入らぬところまでララを連れて行ってくれ」
ピアータの命を受けた騎士は、馬にララを乗せたまま設営中の陣地を出て行った。ララを乗せた騎馬がハーピュアンがいる山から見て死角に入ったところでピアータは言う。
「では、頼んだぞ」
「姫殿下の御意のままに」
少女の声が、そう返した。
◆◇◆◇◆
空に舞い上がった赤い羽根のハーピュアンは、眼下のロマニア国軍の陣地を見下ろしながら眉をしかめた。
「う~ん。何だろう? 何か変な気がする」
気のせいかも知れない。しかし、何か妙な気がするのだ。
それは直感のようなものだ。何の確証もない。
だが、常日頃から些細なことでも必ず上に報告するように蒼馬から言いつけられているハーピュアンの偵察兵である。念のために、今頃は今夜の行軍に備えって休んでいるであろう蒼馬のところへ報せに行こうと考えた。
まずは山に待機している同胞と合流しよう。
そう思って大きく翼を打ち振るわせて空中で身体の向きを変えたハーピュアンだったが、その視界の隅に何か動くものがとらえられた。
何だろうとそちらへ顔を向けると、ロマニア国の陣地から自分に向かって真っ直ぐと飛んでくるものが目に映る。
「あれ? どうしたんだろう?」
状況が理解できずに困惑しつつも、何か理由があるのだろうとその赤い羽根のハーピュアンは小さく円を描くようにして飛び、そこに留まった。
その間にも、ぐんぐんと自分へ向けて近づく、それ。
「え? えっ?! 何? どういうこと?!」
ギラリとした磨かれた鉄の輝きが自分へと向けられているのに困惑の叫びを上げつつ彼女は、それを回避しようと翼を大きく振るおうとした。
しかし、それよりも一瞬早く、その胸を衝撃が打つ。
「なんで……?! どうしてっ?!」
それが彼女の最期の言葉となった。
鮮血とともに赤い羽根を散らしながら、きりもみ状態のまま落下していく彼女の背中には胸から貫通した槍の穂先が覗いていた。
◆◇◆◇◆
その光景を山の木の梢の上から見ていた藍色のハーピュアンも同様に驚きの声を上げる。
「どういうことっ?!」
彼女が見つめるのは、もはや力なく地上へと落下していく相棒の姿である。このままでは墜落死――いや、もはや翼を打ち振るわせる力もない様は、すでに相棒の命の火が消え失せたことを非情にも告げていた。
その過酷な現実を前に、藍色の羽根のハーピュアンは気を奪われる。
そのため、藍色の羽根のハーピュアンは自分の後方から何かが飛んでくる気配に気づくのが一瞬遅れてしまった。
それが彼女の命運を決した。
寸前で気づいた彼女は、とっさに梢を蹴って飛び立とうとする。だが、それよりも一瞬早く何かが彼女の脇を飛び去っていく。その寸前に、彼女の背中に激しい痛みと衝撃が走った。それに胸から押し出された彼女の吐息に鮮血が混じる。
驚愕とともに自分の胸に痛みを感じた彼女が見下ろせば、自分の胸から血に濡れた鋭い槍の穂先が生えていた。
いったい何が起きたのかと最期の力を振り絞り、自分の脇を飛び去っていったものを目にとらえた彼女は驚きに目を見張ると、血とともに言葉を吐く。
「なんで……?! どうしてっ?!」
落ちていく同胞が最期に洩らした言葉と良く似た言葉が、彼女にとっても最期の言葉となった。
高い木の梢から落ちた彼女の身体は、小さな音を立てて地面に落ちる。
その死体の上を鮮血とともに舞い散る深い藍色の羽根の中に、エメラルドグリーンの輝きがひとつ混じっていた。




