表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破壊の御子  作者: 無銘工房
興亡の章
342/534

第20話 雌狼は謀り、毒蛇は語り、御子は陥る(前)

 ロマニア国軍が全軍をもって南下する。

 その報せは、ガッツェンの街を救うために急遽(きゅうきょ)編成したおよそ六千の軍勢を率いて東へと向かう途中の蒼馬の許へすぐさま届けられた。

 その時、蒼馬は軍議の最中であった。

 一刻も早くガッツェンの街へ向かうべく朝早くから行軍を続けさせた兵たちに休息を取らせている間に、簡易の天幕に主だった将たちだけを集め、新たな情報を共有し、また今後の方策を話し合っていたところである。

「渡河してきたロマニア国軍の動きが気になる」

 そう切り出して皆の注目を集めた蒼馬は続けて言った。

「いまだにマサルカ関門砦から動かない。いったい何を考えているんだか……」

「単に全軍がそろうのを待っているだけじゃないか?」 

 そんな素朴な答えを返したのはシェムルであった。

 いくら船をかき集めたからといって、ロマニア国軍は二万近くの大軍である。そのすべてを一度に乗せ切れるはずがない。どうしてもピストン輸送になってしまう。しかも、その船が帆や手漕ぎともなれば、往復するだけでも何時間もかかる。それを考慮すればロマニア国軍全軍が渡河を終えるのは、二日か三日は優にかかるだろう。

 それを指摘するシェムルに、蒼馬は小さく苦笑する。

「王位継承争いを演じてまで奇襲をしかけてきたんだよ。せっかく奇襲に成功した利点を最大に活かそうと思うなら、まず渡河させた先陣だけでも進軍させておくでしょ」

「もっともだな」

 そう同意を示したのはガラムである。

「兵はいるだけで飯を食う。無駄に遊ばせておくより、こちらの態勢が整う前に攻めさせた方が良いだろう」

 ガラムは眉間にシワを寄せて小さくうなる。

「これだけの規模の侵攻だ。ロマニア国を挙げてのものと見て良い。そうなればなおさら、いまだに動かぬのは俺もおかしいと思う」

 その意見に皆もうなずく中で、()()れしくガラムの肩に肘をかけたのはズーグである。

「おうおう。大将軍殿も、それらしいことを言うようになったもんだ」

 牙を剥いたガラムに邪険に肘を払われてもズーグはニヤニヤ笑いを変えぬまま言う。

「もしかすると、ガッツェンの守りに気づかれたのかも知れんぞ」

 先のロマニア国の侵略によって、もっとも痛手を被ったガッツェンの街である。そのためガッツェンの街は、再度のロマニア国侵攻に備えて街の再建と同時に防備を強化されていた。

 それは単に街壁を高く分厚くしただけではない。街中に井戸を増やし、糧食などの軍事物資を蓄えさせ、街の中での耕作を推奨するなど長期の籠城に耐えうる態勢を整え、また敵が攻め寄せてきた場合の行動などを細かく規定し、住民へ徹底させていたのだ。

 突如のロマニア国侵攻の報せを受けた蒼馬が、それでも籠城に徹すれば守り切れるという自信は、ここから来ている。

「じゃが、ロマニアとて馬鹿ではあるまい。あれほど大々的にやった補修を見逃すはずがなかろう」

 ズーグの意見に異論を唱えたのは、ドヴァーリンである。

 ガッツェンの街の壁補修工事を監督したドヴァーリンであったが、そのとき蒼馬からはできるだけ大げさに目立つように工事するように言われていた。

 その目的は、ロマニア国への牽制である。

 マサルカ関門砦を失い、国境の砦もロマニア国を刺激しないように補強できない現状では、渡河したロマニア国軍にとってガッツェンの街が最初の障壁となる。そこでガッツェンの街の防衛強化をしているのをあえて見せつけ、それをもって抑止力とする狙いであった。

「それを渡河してから気づいて尻込みしたとは考えにくいわ」

 自慢の髭を揺らしながら、ドヴァーリンはフンッと鼻を鳴らした。

 これにズーグは、その広い肩幅をヒョイッとすくめて見せる。

「そっちじゃない。ロマニア国の連中がガッツェンの街に攻めてきたときの守りよ」

 何のことだと眉間にシワを寄せるドヴァーリンに、ガラムが代わって言う。

「街の壁を強化するのと併せて、陛下の指示で俺たちも色々と仕込んでいたのだ」

 ガラムはドヴァーリンから視線をズーグに向けて続ける。

「だが、それならば、それに対する動きがあっていいだろ?」

 それにズーグは「それもそうだな」と認める。

 その後も議論は続けられたが、結局はロマニア国軍がマサルカ関門砦から動かない理由を確定するには至らなかった。すべての意見が出し尽くされたところで、皆は自然と蒼馬へ視線を集めっていった。

「ロマニア国軍が何を考えているかわからないけど、とにかくガッツェンの街へ急ぐしか選択肢はない。――ピピ。敵の監視の強化を」

 蒼馬がそう言いかけたところで、激しい羽ばたきの音とともに「急報!」との叫びが天幕の布を通して空から降ってきた。

 蒼馬たちの間に緊張が走る中で、天幕の入り口の布が払いのけられ、ハーピュアンの偵察兵が飛び込んでくる。

「陛下! ロマニア国軍に動きがありました!」

 ハーピュアンの報告に、その場がざわめいた。

「ようやく動いたか! どれぐらいの規模? ガッツェンの街に到達するのはどれぐらい?」

 矢継ぎ早に質問する蒼馬に、ハーピュアンは慌てて首を横に振るう。

「違います、陛下! 敵はほぼ全軍でもって南へと進んでおります!」

 一拍の沈黙が流れた。

 その沈黙を破ったのは、蒼馬の驚きの声である。

「南だってっ?!」

 予想もしていなかった事態である。

 てっきりロマニア国軍は一気に王都へ攻め上がってくるものとばかり思っていた。そんなところへ部隊を分けての陽動などではなく、全軍をもって南へ侵攻するなど考えられない展開である。

「速やかに地図を用意しなさい!」

 エラディアの命を受けてエルフの女官たちが卓の上にエルドア国東部から南部にかけての地図を広げた。その地図を食い入るように蒼馬は見つめる。

「なぜだ? 何が目的で南へ向かうんだ……?」

 国を挙げての侵略なのだ。ただの嫌がらせや牽制だけのはずがない。それなのに、なぜ王都がある東ではなく南に兵を向けるのか?

 蒼馬にはロマニア国軍の意図が読めず困惑するしかなかった。

 同様に眉間にしわを寄せ、腕組みをして考えていたガラムが、居合わせた人間種の将校に目を向けて尋ねる。

「いまだ俺たちはホルメア国だった土地に(うと)い。この国の南部に、ロマニア国が狙うようなものがあるのか?」

 その人間種の将校はしばし考えてから答える。

「いえ、大将軍殿。ご存じのとおり、我が国の南部は農業も産業も他の地域より劣っており、あえて大軍をもって制圧すべき拠点などもございません」

 その答えに、蒼馬は国内巡察のときに訪れた南部の光景を思い浮かべた。

 もともとホルメア国の時代から南部は発展に取り残された地域だ。たとえば西部のルオマ、北部のラフバン、東部のガッツェンなど他の地域には住民の数が万を越える大きな都市がある。それ対し、南部ではせいぜい三千をやっと越えるぐらいの都市がいくつかある程度で、後は大小の村々が点在するだけであった。

 また、北部のような鉱山があるわけでもなく、東部や西部のように主要街道によって流通や商業が盛んなわけでもない。ベネス内海には面しているが、海岸は険しく、とうてい大きな船などが寄港できるような港もなく、とうてい戦略的に価値がある要所などなかった。

「守りの固いガッツェンを迂回して、王都を直撃する狙いか?」

 それができるかとガラムが目で問いかけると、人間種の将校は即座に首を横に振るう。

「いいえ、大将軍殿。ガッツェンの街を迂回する街道もありますが、もっと西寄りです」

 将校の答えに、ガラムは先のロマニア国征西の撤退時にダライオス大将軍を追撃した街道かと思い出した。さらに人間種の将校は続ける。

「南部の街道の大半は、主要街道から枝分かれしたものです。一時的に街や砦を迂回したとしても、王都を目指そうと思えば結局は主要街道に戻らねばなりません。無論、間道を使えば不可能ではありませんが……」

 将校の濁した言葉の後半の意をくみ取ったズーグが「そりゃそうだな」と肩をすくめた。

「俺も二万の軍勢で間道を行きたいとは思わんな。マーベン銅山の一件で()りたわ」

 ズーグが言っているのは、ホルメア戦役の緒戦においてマーベン銅山を強襲してからドワーフとともにボルニスの街へ戻った一連の奇襲のことだ。あのときは事前に食料などを間道の要所に配置するなど、入念な準備をしておきながらも、ずいぶんと苦労したものである。

 その苦労を同じく体験していたガラムも強くうなずく。

「俺も同意見だ。――しかし、そうなるとなおさらロマニア国の狙いが読めん。いったい奴らは何を狙って南部へ兵を向けた?」

 誰もが難しい顔で考え込んでしまった。

 しばらくして、その場の空気を茶化すようにズーグがおどけて言う。

「ガッツェンの守りを前に尻込みしたが引っ込みがつかなくなり、行きがけの駄賃とばかりに略奪に向かったのかも知れんぞ」

 それに、みんなが「そんな馬鹿な」と苦笑する中で、ひとり蒼馬だけが「え?」と小さく声を上げた。

 思い浮かぶのは、国内巡察したときの南部の都市や村々の光景。

 そこへ攻め入るのは二万ものロマニア国軍。

「まずい……!」

 蒼馬の頬を冷や汗が流れた。


                  ◆◇◆◇◆


「ほう。さすがはロマニアの雌狼」

 バルジボア国王セサルは、優雅に香草茶をたしなんでいたところに飛び込んできたロマニア国軍南進の報せに、その口許を愉快げに吊り上げた。

 そこはエルドア国東部の小さな丘の上である。

 このバルジボア国の若い国王は、ロマニア国征西の様子を観戦したいとわずかな供回りだけを連れ、旅芸人一座を装ってエルドア国東部へと入ってきていたのだ。

 しかし、そこはいつエルドア国とロマニア国の軍勢が衝突し、戦場になるやもわからない危険地帯である。丘の下を走る街道では、時折どちらの軍が放ったとも知れない偵察兵の姿が見受けられるのだ。それに見つかれば不審な一団として攻撃されてもおかしくない。

 それだというのに、優雅に香草茶を楽しむなど、もはや剛胆を通り越して常軌を逸した行動であった。

「デリラよ。おまえはロマニア国軍の行動をどう見る?」

 空になった茶器に香草茶をつぐ「根」の女間者デリラに、セサル王は暇つぶしに問いかけた。これがセサル王の暇つぶしに過ぎないと承知しているデリラは、当たり障りのない答えを返す。

「せっかくの奇襲を無駄にしていると思います。エルドア国が態勢を整える前に一気に攻め上がるのが戦の上策と存じますが?」

 香草茶を一口すすったセサル王は、デリラの面白みのない答えを鼻で笑う。

「以前、申したであろう。破壊の御子は守勢の性格だと。あやつは相手の行動を読み、地形を味方につけて罠を張り、敵をはめ殺すのを得意としている」

 セサル王は茶器を置くと、卓の上に広げられていたエルドア国東部の地図の上に描かれたガッツェンの街を指差した。

「ロマニア国侵攻に備えて防御を強化されたガッツェンの街を落とすのは容易ではない。そして、ガッツェンの街の攻略に手こずれば、せっかくの奇襲で得た優位など消え失せる。さらに、そうなれば破壊の御子の次の布石が牙を剥くだろう」

 そこでセサル王は近くに控えていた侍従に目を向ける。

「破壊の御子とゾアンの将たちが、ガッツェンの街周辺に食料や武具を隠す拠点をいくつもひそかに作っていたな?」

 侍従が「御意にございます」とセサル王の言葉を肯定するのに、デリラは訝しげな顔をした。

 おそらくはガッツェンの街の補修の騒ぎを隠れ蓑にしてやったのだろうが、それではさほど大きな規模のものではあるまい。そんな小さな拠点をいくつも作って何をしようというのかわからなかった。

「おそらくはガッツェンが攻められた際にはゾアンの部隊をいくつも街の外へ展開させ、それを『網』なる部隊をもって連携させてロマニア国軍の側面や後背、さらには補給線を攻撃させようというのだろう。そのゾアンの部隊の補給や休息のための拠点だな」

 セサル王はクスクスと笑いを洩らす。

「敵の勢いを街壁で防ぎ止めたところで、周囲から少しずつ削り取る。何とも破壊の御子らしい、嫌らしい手ではないか」

 デリラは、なるほどと納得した。

 エルドア国にはゾアンの太鼓とハーピュアンの伝令による緊密な連絡網が存在する。それをもってすれば離れて行動する部隊をいっせいに動かして敵の後ろを突くことも可能だろう。

「では、ロマニア国軍の南進は、それを回避するためものものなのでございましょうか?」

 デリラの問いに、セサル王は「それも、ある」と答えた。

「しかし、ピアータの狙いは、破壊の御子その人だ」

 セサル王の唇の両端がキリキリと吊り上がる。

「そして、それは正しい。エルドア国の最大の弱点こそ、破壊の御子に他ならぬ」

 両端が吊り上がったセサル王の唇は笑みを形作った。

 しかし、それは人間の笑みではない。

 それは、どこか獲物を目の前にした蛇を思わせる爬虫類めいた不気味なものであった。

「ロマニアの雌狼は、己の狩場に破壊の御子を引きずり出すつもりなのだよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 民間人攻撃しておびき出すのか なんつう嫌な敵・・・ ここは怒りでなんかの力に目覚めたソーマが必殺の破壊の御子ビームを使うしかない(ナイナイ
[良い点] エルドア国民からすると何も無い地方へ行くほど理解できない政策をするソーマからの扱いは不安 攻められてそれを見過ごせば付き合いが浅い分もあって支持は失いやすい
[良い点] 先が見えないワクワク感 ロマリア、いやピアータの狙いやいかに
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ