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破壊の御子  作者: 無銘工房
建国の章
281/536

第15話 ふたつの難題-弾圧と容認

「『シェムルの覚書』が発見された当初、その真贋(しんがん)が疑われたときに偽書派がまずその矛先に挙げたのは、破壊の御子ソーマ・キサキがその支配域で聖教を弾圧しないばかりか、その布教すら認めていたという記述だった」

 学会ばかりか世界全体を揺るがした「シェムルの覚書」の真贋戦争について、(なつ)かしげにそう語るのは破壊の御子研究の第一人者マーチン・S・アッカーソン教授である。

「破壊の御子は聖教を迫害し、その支配域では信徒たちへ過酷な弾圧を加えていたというのが、それまでの定説であった。

 もちろん、聖教と人間種以外の種族との軋轢(あつれき)はあったであろう。だが、驚くべきことに破壊の御子自身は聖教の教義を公然と否定しながらもその信仰自体は容認していたのである。

 これは背教者ミケイロスが、その手記で破壊の御子の統治下で数年にわたり布教を続けていたという記述とも整合しており、事実であると考えられる」

 さらに、マーチン教授は「しかし、それも当然であった」と続けた。

「古代から現代にいたるまで多種族国家の最大の問題は、その姿形ばかりか信仰や風俗といった文化的な相違まである複数の種族間の差異をいかにして受け入れるかにある。

 極論で言えば、金属を精錬するために大樹を伐って薪にするのはドワーフたちに取ってみれば正義だが、エルフから見れば許されざるべき大罪だ。

 これを古代では当たり前だった権力者による個人の見解や種族の慣習によって処断を行えば、不利益を(こうむ)った方の種族の不満を買うことになってしまう。

 また、民たちにとっても異なる種族の権力者の下では、自らの種族の慣習に従った行動が罰せられるかもと思えば、日常生活すらままならなくなるだろう。これでは国としてまとまるものもまとまらなくなってしまう」

 マーチン教授は、確信を込めて次のように断言した。

「だからこそ、破壊の御子ソーマ・キサキは法治国家を目指したのではないだろうか?」

 さらに数々の事例を挙げながらマーチン教授は語る。

「自ら処刑台に立つの故事に始まり、ホルメア国征服直後のヴリタスの処遇など、破壊の御子ソーマ・キサキの行動には自らより法が上位であることを印象づけようとしている(ふし)が見受けられる。

 そして、聖教を含めた法の下による信教の自由の保証もまた、そのひとつだ。

 いまだ神話の時代から脱却し切っていない古代において、信仰とは文字通りの聖域でもあった。それを法の下でこそ信教の自由を認めるという姿勢は、まさに破壊の御子ソーマ・キサキの法による統治の考えの表れではないだろうか?

 また、民衆へその理解を(うなが)す上で、自身がその教義を否定して嫌悪するとまで公言していた聖教の存在は、破壊の御子ソーマ・キサキにとっては法治を知らしめるための格好の教材だったのだろう」

 マーチン教授は苦笑して言う。

「このことからもわかるように、世界を敵に回す破壊の御子ソーマ・キサキからすれば、聖教など敵ですらなかったのだ。聖教は破壊の御子を絶対悪に位置づけ、神敵とすらまで名指ししていたというのに、何とも滑稽(こっけい)な話ではないか」

 それでは歴史に名高い破壊の御子による聖教の信徒に対する暴虐行為の数々はすべて偽りなのかと問われたマーチン教授は、次のように答えた。

「それもまた、まぎれもない事実である。破壊の御子ソーマ・キサキが聖教に対して行った苛烈な仕打ちの数々は、多くの資料において明確に記述されている。

 例えば『踏み絵』と呼ばれるものだ。これは、聖者イノセントや人間の神の似姿や紋章を描いた絵を地面に置き、信者にこれを踏ませて棄教(ききょう)を迫るというものであった。当然、これに(あらが)った聖教の信徒はことごとく殺されたという。

 また、そうした苛烈な仕打ちに(いきどお)った聖教の神官に罵られると、破壊の御子はその神官の目の前でひとりずつ信徒の首を()ねて、棄教を迫ったとある。

 この他にも、捕虜への虐待行為である『苦鳴の行進』や民間人を含む敗残兵の虐殺である『死の港』、そしてもっとも悪名高い『ボルニッツの虐殺』などの破壊の御子ソーマ・キサキによる残虐行為の数々は、多くの歴史学者が認める確固たる歴史的事実なのである」

 では、一時は聖教を容認していた破壊の御子が何をきっかけに虐殺と弾圧に走ったかと問われたマーチン教授は難しい表情を作ってから、こう答えた。

「破壊の御子が虐殺と弾圧に走った理由は、多くの研究者が指摘するとおり『石鹸戦争』におけるボルニッツの街での一連の出来事が起因しているのは間違いない。

 しかし、惜しむらくは破壊の御子ソーマ・キサキの真実に迫る超一級の資料ともいうべき『シェムルの覚書』の記述が、その直前で途切れてしまっていることだ。

 そのため、そのときに破壊の御子に何が起きたのか? 彼が何を見、何を聞き、何を知り、何を語り、あのような決断に至ったのか? その真相はいまだ明らかではなく、今なお推測の域を出ない。

 だが、シェムルの記述が途切れた後に、覚書には彼女の筆跡とは明らかに異なる何者かが書き足した一文がある。それが、歴史の秘密の鍵を握っているかも知れない」

 それは何と書かれていたのかと質問されたマーチン教授は、しばし自身の記憶を探るように瞑目(めいもく)してから、ぽつりと言った。

「『海魔が解き放たれる』」

 マーチン教授は知的好奇心に目を輝かせ、わずかに身を乗り出して熱く語った。

「これを書いたのは、いったい誰なのか? 海魔とは何なのか? そして、この言葉が何を意味しているのか? それは今後の研究で明らかになるでしょう」

                    UNSニュース特派員の取材記事より抜粋


                  ◆◇◆◇◆


「いやぁ~。あのときは痛快だったな!」

 先程までソロンがいるのに不機嫌だったシェムルだったが、今は人間にもそれとわかるぐらいの喜色満面で言った。

「私を半身と呼んだときのソーマの毅然(きぜん)たる態度! あの聖教の神官の奴は、雨宿りに入った洞穴で狼と(はち)()わせしたような顔をしていたぞ!

 私がソーマの半身か。いやいや、私ごときが『臍下(さいか)(きみ)』の半身などとは、おこがましいと思うぞ。だが、ソーマがそう呼ぶのだから仕方ない。うん、仕方ない! 仕方ないなぁ~」

 聖教の神官をやり込めたことよりも自分が蒼馬から半身と呼ばれたのがうれしかったというのが見え見えの態度のシェムルである。

 あの日からしばらく、シェムルは似たようなことをあちらこちらへ言って回ったらしい。それは、シェムルを崇拝するバヌカから蒼馬が恨みがましい目で見つめられ、ガラムからは「《気高き牙》を重く見てもらえるのは兄としてうれしいが、馬鹿を図に乗らせないで欲しい」とたしなめられるぐらいなのだから、よほどしつこかったのだろう。

 しかし、蒼馬もまたこの言い回しが気に入ったようで、この後も事あるごとにシェムルを半身と言うようになった。そして、そのたびにシェムルは飽きもせず周囲にそれを自慢げに吹聴しては顰蹙(ひんしゅく)を買うことになるのだが、それはまた別の話である。

 この喜びを垂れ流しにするシェムルの態度に、さすがのソロンも辟易(へきえき)した顔になりながら蒼馬へ向けて言う。

「小僧としては小魚を釣るつもりが、思わぬ大魚を釣り上げたといったところかのう」

 今回の一件は、ヴリタスの騒動からソロンから自ら(はん)を示すべしとの教えから蒼馬が狙って引き起こしたものだったのである。

 あえて何も言わずに聖教を保護し、それに勘違いした聖教の人間が何か言ってきたら、「これが信教の自由だ!」とぶち上げて、人々の理解を促そうというのが蒼馬の考えであった。

 ところが、まさかこれほど人間種以外の種族から疑念を抱かれるとは思っておらず、また聖教から改宗を求められるとはさすがに蒼馬の予想の範疇を超えていた。そのため、つい腹が立って演説をぶってしまったが、今思い返せば赤面の至りである。

 しかし、その甲斐(かい)があってか蒼馬への疑念は払拭された。またわずかではあるが法治や信教の自由の考えが浸透したように思える。

 それはというのも、王都の治安維持を頼んでいるマルクロニスが言うには、王都の空気が目に見えて明るくなったそうだ。

 実は、この王都にはいまだ聖教の信者がそれなりの数いたらしい。信者の一部は蒼馬の王都入城とともに逃げてしまったが、大半の信者は逃げることもままならず、ばれれば処刑されてしまうという恐怖に怯えながら息を潜めて生活していた。

 ところが、今回の一件により信教の自由が表明され、またそれに加えて聖教の神官であるミケイロスでさえ罰せられなかったのに、ようやく一般の信者たちも安心し、以前の生活を取り戻したというわけである。

「しかし、あのミケイロスなる聖教の神官もなかなか根性があるようじゃの」

 ソロンの言葉に、蒼馬はうなずいた。

 あの後、ミケイロスが自暴自棄になって騒動でも起こさないように監視を頼んでいたセティウスからの報告では、さすがに数日はおとなしかったミケイロスだったが、今では開き直って「破壊の御子から布教の許可をいただいた」と言って公然と布教活動にいそしんでいるらしい。

 聖教には嫌悪すら覚える蒼馬だが、他種族の人も増えてきたこの王都ホルメニアで堂々と布教を行えるミケイロスの胆力と信仰心には、素直に感心を覚える。

 しかし、当然ながらそうしたミケイロスに反感を抱く人間種以外の種族の者も多い。布教活動をするミケイロスに食ってかかったり、罵声や怒号を浴びせたりする者は後を絶たないという。

 さすがに大事になりそうならば制止させるが、そうでなければミケイロスの自由にさせるように蒼馬はセティウスに命じていた。

 そうした蒼馬の姿勢が、王都の聖教信者たちにより安心をもたらしていたのである。

 それを聞いたシェムルは、またもや蒼馬を大絶賛する。 

「うん! さすが、我が『臍下(さいか)(きみ)』だ! 私は聖教などという馬鹿なものは、すぐに叩き潰すものとばかり思っていた。しかし、それが何と浅はかな考えだったのだろうか! 我が『臍下の君』にとってみれば、聖教など取るに足らなかったのだな! そればかりか聖教すら飲み込む、その度量! さすがは我が『臍下の君』だ!」

 手放しで称賛された蒼馬は頬をわずかに赤らめて、照れくさそうに鼻の頭を掻いた。

 そんな主従の姿を微笑ましく眺めていたソロンであったが、その目を悪戯っぽく輝かせる。

「ところで、偉大なる『臍下の君』様よ」

 皮肉げなソロンの口振りに、蒼馬は何事かと首をかしげた。そんな蒼馬に向けて、ソロンは意地の悪い笑みを浮かべてみせる。

「おまえは今、足がすくわれようとしていることに気づいておるかな?」

 思わぬ言葉に、蒼馬は目を丸くした。少なくとも自分が知る限り、足をすくわれるような大事は起きていないはずだ。

 そう困惑する蒼馬に向けて、ソロンは告げた。

「ミシェナ嬢ちゃんが、ちょいとマズい状況になっておるぞ」

今年最後の更新となります。

皆様良いお年をお迎えください。

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― 新着の感想 ―
[一言] ミケイロスがどのような経緯を経て聖教への信仰を捨てて背教者になるのか楽しみ
[一言] 読み直すとあえて気づきたくなかった描写が目につく。 伏線なんてぽいーしてシュムルと別の大陸に脱出してワンニャン帝国 築いていいのよ? 別の大陸はジャガーの支配するサバンナチホーだったワン!…
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