第113話 ホルメニア攻防戦6-熱気(後)
ゾアンたちを籠城戦ではなく野戦で用いてロマニア国軍を討つ。
その蒼馬の考えに、自分らゾアンの得手不得手を理解するガラムとズーグは、そろって納得したようにうなずいた。
しかし、そこにドヴァーリンは自分の髭をしごきながら疑問を呈する。
「ゾアンたちが後背を突くまでロマニア国の連中に王都を落とされてはかなわん。そのため、王都の守りにわしらが力を貸さねばならんのはわかる」
いかに王都の強固な城壁があろうとも、カリレヤ会戦にほとんどの兵を引き連れていってしまったホルメニアには戦える者が少ない。それでは勢いに乗るロマニア国軍の猛攻を受け止めきれるかどうかが問題だ。そこで籠城戦の強さに定評があるドワーフたちを王都に入れて守りを強化するというのには、ドヴァーリンにも異論はない。
「じゃが、ソーマ殿まで入る必要はなかろう?」
それもそうだと、みんなが自分へ目を向けるのに、蒼馬はややひるみながら説明する。
「僕が王都に入るのは、ロマニア国軍の目を王都だけに向けるためです」
ロマニア国軍が自分らにまったく注意を払っていないとは考えられない。ロマニア国軍は王都を攻囲しながらも、必ずや後背からの襲撃に備えるはずだ。また、王都の守りにドワーフが加わっているのがわかれば、自分らの関与は明白となり、よりいっそうゾアンの襲撃を警戒されてしまうだろう。
それでは、せっかくのゾアンの襲撃も効果が薄くなる。
「でも、僕の姿が王都の中にあれば、どうでしょう?」
誰だって先日まで敵地だったところへわずかな手勢だけで乗り込むとは考えない。蒼馬が姿を現せば、必ずやそこに主力であるゾアンもいると考えるのが普通である。
「それに、ロマニア国軍は二万を超える大軍です。いくらゾアンが強くても、五千にも満たない人数では、まともにやっては勝てません。僕が王都に乗り込むことで城外のゾアンの存在を隠蔽し、なおかつドルデア王を徹底的に挑発して、その目を王都だけに向けることで完全な奇襲とする。これぐらいの無茶をやらないといけないと、僕は考えます」
そう蒼馬は断言した。
ところが、それに皆は顔を見合わせる。
確かに蒼馬が言う理由は、一々もっともな話だ。
しかし、一癖も二癖もある者たちが、こうして一堂に会して力を合わせているのは、蒼馬があればこそである。それを承知していればこそ、蒼馬がわずかな手勢だけで王都に乗り込むのを承服しかねていたのだ。
そこにシェムルが声を上げる。
「なあ、ソーマ。本当に、そういう理由なんだろうな?」
「どういうこと?」
シェムルの言葉の意味を測りかね、蒼馬は首をかしげた。そんな蒼馬へシェムルは目を据えて言う。
「まさか、みんなに無理させて戦うんだから、自分も敵地に乗り込むぐらいの危険を冒さないと申し訳ない、とかいうふざけた理由じゃないだろうな? もし、そうなら――」
そこでシェムルはいったん言葉を切ってから、強い口調で言う。
「――私は怒るぞ」
蒼馬は、びくっと身体を震わせた。
それからシェムルから一歩遠ざかると、視線をさまよわせ、何か言おうとしてそれをやめるのを繰り返すように口をパクパクとさせる。
そのあからさまに動揺する姿に、皆は一様に「ああ、そういうことか」と納得してしまう。
そんなみんなの前で、その怒りの大きさを表すかのように、シェムルの全身の毛がぶわりと逆立った。
「おまえは、いつもいつも……」
顔を青くした蒼馬は、怒り狂うシェムルを必死になだめようとする。
「ちょ、ちょっと落ち着いて、シェムル! そういうのもチラッと考えたけど、本当に僕が王都に入らなくっちゃいけない理由が他にもあるんだって!」
「それは本当だろうな?」
そのたくましい腕を伸ばして、今にも蒼馬へ飛びかからんとしていたシェムルの前を遮ったのはガラムである。
「単におまえが王都にいるように見せるだけならば、俺も気が進まぬがおまえの偽物を仕立てれば良いだろう。それなのに、危険を承知してまで王都に入らねばならん理由とは何だ?」
もし、くだらない理由ならば妹をけしかけるぞ、と言わんばかりの口調である。シェムルもそれに同調し、蒼馬に向けて牙をガチガチと鳴らして見せた。
それに慌てて蒼馬は自分がホルメニアに入らねばならない、ある理由を説明した。
それを聞いたガラムたちは難しい顔になり、シェムルもまた牙を引っ込める。
「……確かに、それはおまえにしかできないことだな」
そう言ってからガラムはシェムルへと目を向ける。
「《気高き牙》よ。たとえ我らが無事でも、ソーマが死ねば、それは我らの敗北だ。我らが死んでも代えはいるが、ソーマの代えはいない。それを覚悟して、ソーマを守れるか?」
兄の言葉に、シェムルは自信たっぷりに自分の胸を叩く。
「当然だ! この《気高き牙》は、一族と父の名誉に誓い、この身体! この命! この魂! 私のすべてをもって我が『臍下の君』を守ってみせよう!」
それにひとつうなずいてからガラムは蒼馬へ目を転じる。
「だ、そうだ。もしおまえが無茶をして死ぬときは、その前に《気高き牙》が死ぬのだと覚悟してもらおう」
自分のせいで他人に迷惑をかけるのを極度に嫌う蒼馬の気質を見越した上で、大きな釘を刺したガラムの言葉であった。しかも、その釘とされたのは、ガラムにとってはこの世界でたったひとりの妹の命である。その言葉は決して軽いものではない。
それに応えるためにも蒼馬はゾアン風に左胸に手を当てて「わかりました」と言った。
「まったく、しょうがないわ」
すると、それまで片隅で黙って酒をちびりちびりとやっていたソロンが、そうぼやきながら腰を上げる。
「おい、小僧。ドルデア王を挑発し、その目を王都だけに向けさせればよいのじゃな?」
その問いに、蒼馬が「そうだ」と答えると、ソロンはむっつりとした顔のまま言う。
「それならば、わしに任せよ。小僧より、わしの方が適任じゃろう」
しかし、蒼馬は「そうなんですか?」と首をかしげた。
ソロンの機転の良さと博識ぶりは、蒼馬も高く評価している。だが、相手が大国の王ドルデアでは、どこの誰ともわからぬソロンでは相手にされないのではという不安があった。
それを言うとソロンは、「平気よ、平気」と軽く答える。
「それに、わしもちょいと腹に据えかねておってな。文句のひとつでも言ってやらねば気がすまんのでな」
◆◇◆◇◆
そうした自らを囮とした蒼馬とソロンの挑発によって、ガラムとズーグが率いるゾアンの戦士たちの襲撃は、ロマニア国軍にとって完全な虚を突くものとなった。
この時代の軍隊は、兵たちに隊伍を組ませ、号令によって動かしてこそ最大の力を発揮するものである。
そうしなければ、無線機などないのだ。大軍を動かすこともままならないばかりか、槍の穂先の向きすら揃えられはしない。
そして、そのような軍隊が思いもかけなかった襲撃を受けようものならば、それは大変な事態となる。
兵たちは、何が起きたかもわからず恐慌状態に陥るだろう。それを抑えようと部隊長や指揮官らが叱咤しても、その声が届く距離は限られている。また、そうした部隊長や指揮官らですら、何が起きたかを知りようがない。それでは恐慌状態に陥った兵士たちを抑えられるはずもなかった。
そうして恐慌状態が広まれば、もはや兵の統制など取れるものではない。
そんなロマニア国軍へ左右から斬り込んだガラムとズーグは、互いに討ち取る敵の数を競うかのように山刀を振るう。その猛威の前には、ロマニア国軍の兵たちはほとんど抵抗らしい抵抗もできずに斬り倒されていくしかなかった。
そうしてひたすら前へと敵を切り開くガラムとズーグによって、ロマニア国軍はあたかも獣に肉を囓り取られたが如く、王都ホルメニア前にいた重装歩兵を含む数千の兵が本隊から分断され、拘束されてしまう。
しかし、今やロマニア国軍には分断された友軍を救出するだけの統制が失われていた。むしろ多くの兵たちは、分断された友軍が殲滅されているうちに少しでも遠くに逃げようとする始末である。
もはやロマニア国軍は、壊走するしかないように見えた。
だが、前線近くから大きな太鼓が打ち鳴らされたかと思うや否や、背を向けて逃げていた兵士たちの足がピタリと止まる。そればかりか、多くの兵たちが手にした武器を持ち直し、前線の方へと向きなおったのだ。
多くのロマニア国の兵士たちを踏み止まらせた太鼓を打ち鳴らすところから、大きな声が上がる。
「聞こえる者は耳の穴をかっぽじって聞け! 見える者は目ん玉をひん剥いて見よ! 口ある者は声を上げよ!」
そこにいたのは、蒼一色に染められた鎧の騎士たちを率いた隻腕の偉丈夫である。
「ここにおわすは偉大なるロマニア国の大英雄! ダライオス大将軍、その人なるぞ!」
ダライオスがその隻腕に握った斧槍を高々と掲げると、周囲からわあっと歓声が上がる。
これこそが、ダライオス最大の強みであった。
ダライオスは、全軍の総指揮者たる大将軍である。
そして、戦神と呼ばれる最強の英雄だ。
そのダライオスが踏み止まって戦おうとする姿を見せれば、逃げようとしていた兵も奮い立つ。向かう矛先を見失った兵たちも、ダライオスの後へ続こうとする。
また、そうなるようにロマニア国全軍が訓練されていたのだ。
ダライオスを討ち取らぬ限りは、ロマニア国軍は潰えない。
これは、ホルメア最高の将軍ダリウスの言葉である。
崩れたロマニア国軍に追撃をかけようとしても、それによってこちらの指揮が乱れれば、それこそ手痛い反撃を食らってしまう。
かつてダリウスが何度もロマニア国軍を策にはめて敗走に追い込んでも、完全に勝ちきれなかった理由が、ここにある。
自分の背後でロマニア国軍が急速に冷静さを取り戻す気配を感じながら、ダライオスは獰猛な笑みを浮かべた。
左右から挟撃してきたゾアンたちは、恐ろしいほどの突破力を示して、ロマニア国軍を分断し、その一部を包囲拘束している。
だが、しょせんは寡兵に過ぎない。
王都手前にいた友軍を包囲するゾアンたちの壁など、まるで薄皮のようだ。あの程度の包囲など、自分と蒼騎隊をもってすればぶち破るなど造作もない。そうして友軍を解放した後に、包囲を破られて分断された敵を逆にこちらが包み込めば、たかが四、五千しかいないゾアンなど皆殺しにできる。
「我に続けっ!」
そう叫んで腕を振り下ろそうとしたダライオスだった。
だが、その声が出ない。
それは長い戦歴を誇るダライオスをしても、初めての経験である。
何かがダライオスの咽喉を詰まらせ、言葉を発せられないようにしているのだ。
なんだ、これはっ?!
そう驚愕するダライオスだったが、すぐにその原因に気づく。
それは眼前にある王都ホルメニアである。
その王都の中から、これまでダライオスが経験したことがないほどの狂おしいほどの熱気が感じられたのだ。
生死が交差する戦場をくぐり抜けてきた歴戦の戦士の中には、ごくまれに超能力としか思えないような第六感を有する者がいる。
このときのダライオスは、まさにそれだった。
何か、まずい。何か、とてつもなくまずい事態が待ち構えている! このまま戦おうとすれば、何かとてつもなくまずいことになる!
そんな確信めいた予感をダライオスは覚えたのだ。
実際にダライオスが判断を迷っていたのは、一瞬のことであった。
ダライオスは自らの勘を信じて決断する。
「全軍、速やかに後退せよ! 私と蒼騎隊が殿軍となろうぞ!」
-ネタ-
ポンピウス「この熱気。恐ろしい」
ダライオス「何だ、この恐ろしい熱気はっ?!」
ジャハーンギル「きっと我のせいに違いない! ムハー(゜∀゜)=3」
ポンピウス&ダライオス「いや、違うから……」




