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破壊の御子  作者: 無銘工房
燎原の章
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第23話 爪

 ズーグが協議の間と呼ばれる部屋に入ると、すでに氏族の主だった者たちが集まっていた。

 いっせいに(こうべ)を垂れる同胞たちの前を悠然と歩き、一番奥にいる老人たちの間に腰を下ろす。

「では、報告を聞こう!」

 ズーグの言葉を受け、ひとりの戦士が間の中央に進み出る。

「ご報告いたします。去る四日前、人間が言う大隊と呼ばれる規模の軍勢が〈牙の氏族〉の領域に攻め入りました」

 〈牙の氏族〉から人間の軍勢と戦うため、戦えない者を預かってほしいという打診を受けていたことは、この場にいる全員がすでに知っていた。さらに、四日前に〈牙の氏族〉がいるあたりの山で、大規模な火災があったのは、ここからも見えていた。

 それらを合わせれば、〈牙の氏族〉と人間が戦ったことは誰もが容易に想像できるものだった。それでも、攻め入ってきたのが彼らの予想を超える規模の軍勢だったのに、老人たちはうなる。

「大隊というと、かなりの数ではないか」

「人間どもめ。よほど我らを滅ぼしたいと見える」

「確か〈牙の氏族〉は冬越えのために、同胞たちを各地に分けておらなんだか?」

 〈爪の氏族〉も、今までただ傍観していたわけではない。

 今、この場にいて報告をした戦士だけではなく、何人もの腕達者たちを偵察に出して、〈牙の氏族〉の動向を逐一報告させていたのだ。そのため、彼らは驚くほど〈牙の氏族〉の情勢を知っていた。

「はい。私が見る限りでは、戦士と呼べる者は両手と両足の指より少し余る程度しかおりませんでした。しかし、その結果は……」

 そこで、その戦士は言いよどんだ。

 それをズーグたちは、無理もないと思った。

 おそらくは〈牙の氏族〉はすべて虐殺されたうえに、山に火を放たれたのを目撃したのだろう。

 いくら氏族は違うとはいえ、同じゾアンである。その虐殺を目の当たりにすれば、いくら戦士と言えども動揺のひとつもするだろう。

「言わずとも、よい!」

 ズーグは言葉を続けようとした戦士を制した。

「皆の者。氏族が違えど、祖をたどれば血は同じくする者たち。その冥福を祈ろう」

 すべての同胞たちが黙とうをささげる。

 その中でズーグは、ひとり苛立っていた。

 ガラムの大たわけが! いらぬ意地を張りおって! 素直に俺に膝を屈すれば、いつでも助けに行ったものを!

 ガラム本人が聞けば、激怒しそうなことをズーグは本気で思っていた。

 ズーグ自身はガラムのことは嫌いではなかった。むしろ、その戦士としての力量は高く評価している。

 ただし、そこから生まれる感情は尊敬や友愛ではなく、対抗心だ。

 いつかは一対一で雌雄を決したいとひそかに思っていたのに、その機会が永遠に失われてしまったことに、身勝手な怒りを覚えていた。

 また、〈牙の氏族〉が滅ぼされたことを利用して危機感をあおり、残った氏族たちをまとめあげるのがズーグの計画だが、その旗頭として立つ資格があった御子のシェムルを失ってしまったのは、やはり惜しい。

「ちと、欲張りすぎたかな」

 戦えない者を預かってほしいと頼まれたとき、その代償に御子を要求したのだが、少し欲を掻きすぎたかと自嘲する。

「それで、御子も死んだか?」

「いえ。ご存命ですが」

 これは面白いことになったと、ズーグは思った。

 御子が生きているならば、その身を保護し、各地に散っていた〈牙の氏族〉の生き残りたちを取り込めば、〈爪の氏族〉は押しも押されぬ一大氏族になる。

 そうすれば御子という旗頭と氏族の力のふたつをもって、すべての氏族を〈爪の氏族〉の下に統合することもたやすい。

「御子の居場所は掴めているのか?」

「は? 〈牙の氏族〉の隠れ家か、村にいると思いますが?」

 問われた戦士は、訝しげな顔で答える。

「ふむ。人間どもめ。御子を殺さずにその場に留めているとは、それをエサに我らをおびき寄せるつもりか……?」

 その独り言で、戦士はズーグが思い違いしていることに気づいた。

「いや、族長。違うのです!」

「ああ、なんだ?」

「〈牙の氏族〉は滅ぼされておりません。人間の軍勢を打ち破っております!」

 予想だにしなかった言葉に、その場にいたゾアンたちがいっせいにざわめいた。

 冬越えのために、ただでさえ少ない戦力を分散してしまっていた〈牙の氏族〉では、大隊規模の軍勢が相手では、勝ち目などありはしない。

 彼らの中では〈牙の氏族〉は人間に根絶やしにされたか、少なくとも大きな被害を出して逃げたかと思い込まれていたのだから、その驚きは大きかった。

「そんなことは、あり得ぬわ!」

「馬鹿な! いったい、どうやってそれだけの軍勢を追い払えるというのだ?!」

「〈たてがみの氏族〉か〈目の氏族〉が援軍に来たのか?」

 ズーグは騒ぎ出す老人たちを制して、まずは戦士にすべてを説明させた。

 しかし、後に「ホグナレア丘陵の戦い」と呼ばれることになるあの戦いは、その戦士の中にあったゾアンの(いくさ)の常識から大きくかけ離れたものだった。そのため、彼自身も目にした光景に理解が及んでおらず、何度も言葉に詰まりながら語られたのである。

 だが、それがよけいに聞いている側に真実味をもたらせた。

「信じられぬ……!」

「まさか、そのような戦い方があるとは?!」

 老人たちは口々にそう言った。

「私もこの目で見てなお信じられませんが、事実でございます。神話にある火の神の怒りを買い、一夜にして焼き尽くされた背徳の都の再現ともいうべき光景に、私は恐怖すら感じました」

 戦士はそのときの光景を思い出したのか、身体をひとつ大きく震わせる。

 ひとつとして聞き逃すまいとでもいうように、腕組みをして目をつぶって耳を傾けていたズーグが、ため息を洩らすと目を開いた。

「ガラムめ。あやつに、何が起きた……?」

 ガラムとは数度顔を合わせただけで、お互いを深く知る機会はなかった。それでも、このあたりでは若いうちから〈牙の氏族〉最強の戦士としての呼び声高く、彼の噂を何度か聞いている。

 そこから推測できるガラムの像と、今回の戦の様子とには、あまりに大きな(へだ)たりが感じられるのだ。

 今回の戦いは、ガラムや〈牙の氏族〉の戦士たちによるものと言うより、何者かが彼らに策を授けて行わせたものと考えるのが自然だろうと、ズーグは分析していた。

 しかし、そうなると気になるのが、誰がガラムに策を授けたかである。

 ズーグが知る限りでは、〈牙の氏族〉をはじめとした平原にいるゾアンの中に、そのような常識はずれなことを思いつくような人物はいない。

「……ゾアンでは、ないな」

 火をもって大軍を混乱させて、それを叩くという戦い方には、ゾアンらしさは感じられない。

 ゾアン以外の何者かが、ガラムと〈牙の氏族〉を指揮した。

 そうズーグの直観は訴えていた。

「〈牙の氏族〉の中で、何か変わった様子はなかったか?」

「はっ! 言われてみれば、ひとつ気になることが……」

「なんだ、申してみよ!」

 〈牙の氏族〉を指揮した謎の人物の手がかりやもしれぬと、ズーグは身を乗り出した。

「遠目で見ただけなので、確かではございませんが、御子が怪しい者を連れて歩く姿を何度か見かけました」

「怪しいとはなんだ? もっと正確に言え!」

「はっ! それが……どうも人間の子供のようでした」

 それはズーグが想定していた人物像とは、かけ離れたものだった。

 ズーグが想定していた人物像とは、火の扱いに熟知したドワーフか、ずる賢い戦い方を得意とする人間で、しかも数えきれないほどの戦いを経験した歴戦の戦士か将軍の姿である。

 それほどの経歴であれば、その人物が年若いはずがない。また、いくら(きゅう)しようとも他種族の若輩ごときに誇り高いゾアンが従うはずがないという理由もある。

「くだらん! どうせ、あの変わり者の御子のことだ。おおかた人間の軍勢に紛れていた子供を気まぐれで助けたのだろう」

 ズーグは戦士の報告を一笑に付した。

 シェムルの型破りな言動は、有名な話である。

 そんな彼女が人間の子供を連れまわすぐらい驚くに値しないとズーグは思ったのだが、その人間の子供こそがズーグが最も知りたかった〈牙の氏族〉に勝利をもたらした人物であるとは、このときは夢にも思わなかった。

「族長ーっ!」

 そこに戦士のひとりが駆けこんできた。ズーグの前にくると、片膝をついて頭を下げる。

「どうした?! 何事があった?!」

「はっ! 〈牙の氏族〉からの使者がやってまいりました!」

 渡りに船とは、このことである。

 今後〈牙の氏族〉と共闘するにしろ、敵対するにしろ、彼らに策を授けた謎の人物の正体を知らなくてはいけない。ちょうどいいところに来た〈牙の氏族〉の使者から、その人物の正体とまでは行かなくても、手がかりなりを上手いこと聞き出せれば儲けものだと、ズーグは素早く考えをめぐらせた。

「よし。すぐに、ここに通せ!」

「いえ、それが、族長に伝言を残し、すでに帰りました」

 族長に挨拶もせず、伝言だけ残して帰るなど、とんでもない無礼な行為だ。それに、居合わせた同胞たちが怒りの声をあげる。

 しかし、その中にあってズーグは怒りもせず、くっくっくっと笑いを洩らした。

「これはずいぶんと嫌われたものだ」

 弱みにつけ込んで御子を要求したことで、〈牙の氏族〉からかなりの怒りを買ったようだ。

 だが、それを責められてもズーグは、それがどうした? と、笑い飛ばしただろう。

 ゾアンの戦士は二言目には誇りだのなんだのと口にするが、しょせんは自己満足のたわごとだ。勝たなければ、何も得られない。敗者には何も言う権利はないのだ。

 弱みにつけ込まれたくなければ、弱みを見せなければいいのだ。

 そうズーグは考えていた。

 誇り高いゾアンの戦士の中にあって、このズーグは異端と言ってもいい考えの持ち主だった。

「で、〈牙の氏族〉は何と言ってきた?」

「はっ! それが、にわかに信じられぬことなのですが、『平原を取り戻したければ、力を貸せ』と」

 平原の奪還は、〈爪の氏族〉のみならずこのあたりにいたゾアンすべての悲願である。

 口では簡単に言えるが、それを実現することは並大抵のことではない。

 それをやってのけると公言するとは、〈牙の氏族〉に加担する謎の人物は、よほどの馬鹿か、とんでもない大人物に違いないとズーグは血が沸き立つような興奮を覚えた。

「面白いぞ、ガラムめ! 平原を取り戻すと言うのか!」

 ひとしきり笑ったズーグは、すっくと立ち上がった。

「俺が直接出向いて話を聞こう! 手土産を用意しろ! 戦勝祝いだ! 腹を空かせた〈牙の氏族〉の胃袋を仰天させるぐらいの食い物を用意しろ! 主だった戦士たちを集めよ。今や我ら〈爪の氏族〉こそが最強の氏族であることを見せつけてやろう」


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