表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破壊の御子  作者: 無銘工房
龍驤の章
227/548

第93話 カリレヤ会戦1-戦神

 ホルメア国軍とロマニア国軍が対峙(たいじ)したのは、カリレヤ平野である。

 このカリレヤ平野はホルメア国東部の大都市ガッツェンから公街道をまっすぐに王都へ向かう途中にある平野だ。おおよそ、そこがホルメア国の東部と中央部と呼ばれる地域の境となる場所である。

 ここをロマニア国軍に抜けられれば、ホルメア国は国の中央地帯にまでロマニアの侵略を許したという拭いがたい汚名をかぶってしまう。そのため、何としてでも、ここでロマニア国軍を食い止めたかった。また、一刻も早く侵略者を撃退して王家の威信を取り戻し、国に安寧をもたらしたいという理由もあり、平野での兵力に劣る不利を承知しながらも、ここでロマニア国軍を迎え撃たんとしたのである。

 そして、街や村々を劫掠(ごうりゃく)しているとはいえ、敵地で兵站(へいたん)に不安を抱えるロマニア国軍としても、早期決着に否やはない。

 こうしてカリレヤ平野が戦場となったのである。

 まず、対峙する両軍から前に出てきたのは少人数の供回りだけをつけたホルメア国王ワリウスと、今や正統ホルメア国王を名乗るヴリタスであった。

 開戦前の舌戦である。

 この時代、互いに自らの正当性を主張して自軍の奮起を促し、相手の非を鳴らすことで敵軍の士気を落とさせるために戦いを前に行われる儀式のようなものだ。

 まず、先に口を開いたのはワリウス王である。 

「我が弟――いや、もはや弟とは呼ぶまい。祖国と己が魂をロマニアの鬼畜どもに売り渡した卑しい豚ヴリタスよ! 欠片ほどの恥という言葉を知っているのならば、今すぐに地面に額を押しつけて父祖に謝罪した後に、速やかに自害せよ!」

 これに対してヴリタスも応じる。

「父祖に謝罪せねばならないのは、兄上――いやさ、ワリウス! おまえの方だ! おまえの無能さと横暴ぶりは許しがたし。それが故にホルメア国はかくも乱れ、私がドルデア王のご助力を得て立たねばならないのだ!」

 そうして互いの主張をぶつけ合わせていたのは、最初だけだった。しだいに興奮してきたふたりは主張をぶつけ合わせるよりも相手を罵り、貶める罵詈雑言の応酬を始めたのである。

「醜く太った豚と思っていたが、性根まで豚だったのだな! ドルデアより残飯を与えられてブヒブヒと喜ぶ豚め! 余、自らがハムにしてくれる!」

「私が豚なら、兄上は猿ではないか! 歯を剥き出して、キーキーと騒ぎ立てる王冠をかぶった猿め! 猿は、猿らしく山へ帰れ!」

 ついにはふたりは互いに奇声を上げて幼稚な罵倒合戦を始めたのである。

 この醜態に、わざわざ後方の本陣より舌戦を鑑賞に出てきていたドルデア王は、その口許に盛大に冷笑を浮かべて見せた。

「はて。これはどうしたことだ。余は舌戦を観に来たのだが、動物が吠え合っているようだが?」

 それに同じように冷笑を浮かべて舌戦を鑑賞していたセサル王が応じる。

「ホルメア国滅亡の幕引きには、良き余興でしょう」

 それにドルデア王は、確かにと笑って答えた。

 今この場にセサル王の姿があるのは、異例なことである。

 これから国同士が軍勢ぶつける一大会戦が行われるようとしているときに、総大将でもある自国の王の隣に、同じ王とはいえ他国の者をこれほどそばには近寄らせないものだ。もし、戦いの混乱に乗じてドルデア王を暗殺されでもしたら、一大事である。

 ところが、ヴリタスへの仲介に続き、ラップレーでの見事な架橋を披露したセサル王に、ドルデア王のみならずロマニア国の将校たちまでもが一目を置き、この異例の待遇も当然のものと受け止めていたのである。

 唯一の例外は、ダライオス大将軍であった。

 ダライオスはさりげなく背後に回り、もしセサル王が何か不穏な動きを少しでも見せようものならば、この不気味な王を問答無用で斬り殺す気でいたのである。

 ところが、それすらもセサル王は承知しているようだった。

 時折、セサル王は自らの後ろに立つダライオスに振り返り、あの爬虫類じみた笑みを向けるのだ。

 斬り殺されるのも、また一興。

 そう言わんばかりである。

 これにはダライオスもたった一本の腕に(あわ)が立つのを止められなかった。

 そうこうしているうちに罵詈雑言のネタもつきたワリウス王とヴリタスは「兵馬にて決着をつける」と舌戦ではおきまりの締め文句を残して、自軍へと戻った。

 戻ってきたヴリタスに「見事な舌戦であった」と心にもない労いの言葉をかけるドルデア王とともに後方に下がりながら、セサル王はひそかに侍従を呼びつける。

「ダリウスは、どこにいる?」

 主君の問いに、すでに密偵からの報告を受けていた侍従は、即答する。

「ワリウスの本陣の後方にございます」

 どうやら、ここに至ってもまだワリウス王はダリウスをのけ者にしようとしているらしい。

 これではダリウスも(むく)われぬな、とセサル王が冷笑を浮かべていると、まるで申し合わせたように双方の軍から大太鼓の音が鳴り響いてきた。

 いよいよ開戦である。 

 お互いの音の大きさ競い合うかのように打ち鳴らされる大太鼓が唱和し、カリレヤ平野全体に響き渡る。

 それとともに、両軍が進軍を開始した。

 真っ先に動き出したのは、両軍とも最前面に置いた弓兵を中心とした軽装歩兵の部隊である。

 彼らは素早い動きで前に出ると、敵兵が矢の届く距離に入ったところで立ち止まった。そして、従兵が持つ盾で防御壁を形成させると、そこに隠れながら弓兵たちは敵へ向けて矢を放ち始める。

 空を埋め尽くさんばかりの大量の矢が飛び交い、その矢羽根が空気を引き裂く騒がしい音が戦場にあふれかえった。

 弓兵の数ではホルメア国は圧倒されていたものの、互いに盾の防御壁によっての矢の応酬である。防御壁から顔を出したところに運悪く当たるか、防御壁の隙間に矢が飛び込んでもしないかぎりは、そうそう死傷者が出るものではない。多少の損害は出しつつも、どちらも決定打を得られないまま矢の応酬が続けられた。

 その間に、後続の主力部隊が追いついてくる。

「弓兵隊は後退! 重装歩兵を前へ!」

 互いの前線指揮官の号令とともに、矢を射る手を止めた弓兵たちは後退した。代わって前に出てきたのは、重装歩兵たちである。彼らは一様に長い槍と大きな盾を持ち、密集陣形を組んでいた。

「進め、進め! 敵を粉砕せよ!」

 両軍の重装歩兵は密集陣形のまま、激しく衝突した。必死の形相を浮かべた兵士が、狂ったように槍を前へと突き出し、盾をぶつけ合わせる。一瞬ごとに血飛沫が上がり、断末魔と悲鳴が飛び交った。

 当初、両軍の力は拮抗(きっこう)していた。

 数では劣るもののホルメア国側の兵たちにとっては、これは自分らの故国を守るための戦いである。ここで侵略者であるロマニア国軍を撃退できなければ、自分らの故郷が蹂躙(じゅうりん)されてしまう。土地や金品を奪われるだけではない。老いた父や母は殺され、妻や娘たちは犯され、息子は奴隷として売り払われてしまうのだ。

 そのようなことを許してなるものかというホルメア国の兵たちの気迫が、その数の多寡を埋めていたのである。

 しかし、その奮戦を後方の本陣で眺めていたドルデア王は嘲笑う。

「ゴミをあさる虫ほどしぶといと言うが、まさにそれよ」

 今は奮戦しているホルメア兵といえど、その体力は無限ではない。いつかは気持ちよりも先に肉体が音を上げるであろう。

「今は守りに徹せよ。勢いのある敵にぶつかるは愚の骨頂。しばらくすれば、奴らもなけなしの体力を使い果たし、必ずや勢いが衰える。それまで待つのだ」

 しかし、そのドルデア王の命が伝達される前に、ロマニア軍の中から新たに動き出す軍勢があった。

 それは、遠目でもはっきりと見える装備を青一色に染めた部隊である。

 それにドルデア王は命令を撤回すると告げると、ひとつため息をついてから、こうぼやいた。

「やれやれ。我が大将軍は、相変わらずせっかちな」


                    ◆◇◆◇◆


 ホルメア国側の最前線中央で奮戦していたのは、ホルメア諸侯の中でも勇猛で知られるガットス子爵であった。ガットス子爵はその武勇のみならず、父と祖父をロマニア国との戦いで失っており、根っからのロマニア嫌いでも知られている男である。

 それだけに、この戦いにかける意気込みは並々ならぬものがあった。

 この最前列中央という配置も、自らワリウス王に直訴してのものである。また、率いる兵たちの多くは、ロマニア国によって東部から追われた男たちをガットス子爵が私財をなげうって兵として雇い入れた者たちだ。そのため、その一兵卒に至るまで怨敵ロマニアを皆殺しにしてくれんという意気込みにあふれていた。

 そんな勇猛果敢なガットス子爵の部隊が最前列中央というもっとも過酷な場所で奮戦してくれたことによって、ホルメア国軍は兵力に劣りながらも戦線を維持できていたのである。

 しかし、そんなガットス子爵の部隊を目指して、ロマニア国軍の重装槍歩兵の密集陣形の間から、歩兵を引き連れた騎馬隊が姿を現した。

 それは遠目にも鮮やかな青色の鎧兜に身を包んだ、いずれも屈強な兵士である。そして、その先陣に立つのは、その隻腕(せきわん)ひとつで長大な斧槍を抱えた偉丈夫だ。

 部隊の後ろについてきた従兵たちが、太鼓をダンダンッと打ち鳴らして声を張り上げた。

「聞こえる者は耳の穴をかっぽじって聞け! 見える者は目ん玉をひん剥いて見よ! 口ある者は声を上げよ! ここにおわすは偉大なるロマニア国の大英雄! ダライオス大将軍、その人なるぞ!」

 ダライオスが馬上で斧槍を掲げると、大きな歓声がロマニア国軍から巻き起こった。

 いまだ無線機などの通信機器がなく、兵たちに命令を伝達する手段が限られている時代においては、部隊の指揮官が前線に出るのも珍しいことではない。いちいち伝令兵を介していては、せっかくの好機を見送ってしまうばかりか、自分が意図した方へ矛先を揃えさせるのも難しいからだ。

 それよりも指揮官自らが先陣に立った方が、せっかくの好機を見送らず、自らの意図したところへ兵を差し向けられる。また、そうしなければ労役として無理矢理に戦場へ駆り出された練度と士気が低い農民兵たちは動かないのだ。

 しかし、それにも限度がある。

 先陣に立てば、当然それだけ敵兵から狙われる。それで指揮官が討ち取られようものならば、その部隊は崩壊してしまう。

 ましてやダライオスは王よりロマニア国全軍を預かる大将軍だ。そのダライオスの首が取られれば、その影響はロマニア全軍に及ぶ。たとえホルメア国軍より数で勝っていようとも、その瞬間にロマニア国軍が敗北しかねないのだ

 しかし、それでもあえて前線に出る。

 それは、ダライオスの自らの武勇に対する絶対の自負と、それを周囲に認めさせてしまう実績があればこそだ。

「ここがホルメア最前列の要よ! 粉砕せい!」

 ダライオスの号令とともに、重装歩兵たちと騎馬から下りた重装騎士たちがいっせいに抜剣し、ホルメア国軍へと斬り込んでいく。

 敵を寄せつけぬためにロマニアのものより長く作られたホルメア国重装槍歩兵たちの槍も、その内側に入られてしまえば、その長さもかえって仇となる。

 瞬く間にガットス子爵が率いる重装槍歩兵の列がいくつも食い破られた。そして、その勇姿に奮起した他のロマニア国軍たちも、我らも続けとばかりにホルメア国軍への攻撃の手をさらに激しいものとする。

 これに対し、ガットス子爵は迷った。

 もともと数の劣勢は否めない。何とか士気の高さで戦線を維持していたが、それもいつまで保たせられるかわからなかった。そこにきて、敵の大将軍の登場である。退いていたロマニア国軍の兵士たちは奮起し、こちらを押し返し始めていた。これはまずい流れである。

 しかし、同時にこれは千載(せんざい)一遇(いちぐう)の好機でもあった。

 敵の大将軍が、すぐそこにいるのである。ここでダライオスを討ち取れば、ロマニア国に勝利できるかも知れなかった。

 もちろん、それは言うほどに簡単ではない。ダライオスの剛勇はホルメア国にも鳴り響いているほどだ。これを討ち取るのは至難の業であろう。

 しかし、ここは危険を冒してでもダライオスを討つべきだ。

 それにガットス子爵もまた、我こそが最強と信じる武人である。

 ガットス子爵は騎馬から下りると、槍を引っさげてダライオスへと向かう。

「私は、ラージェン子爵領の領主ガットス・ラージェン! ダライオス大将軍に、一騎打ちを所望する!」

 ガットス子爵の叫びに、馬上からギロリッと睨みつけたダライオスは、斧槍を手にしたままひらりと馬から下りた。すると、周囲にいた青い鎧の親衛隊たちも心得たもので、すぐさま左右にホルメア国兵たちを切り分け、主人のために一騎打ちの場を設ける。

 そうしてできた空間をずんずんと足音を立ててこちらに向かってくるダライオスがその手にした斧槍をガットス子爵は注視した。

 斧槍は、その重さと長さを利した武器である。それだけにそれを扱うには、並々ならぬ腕力が必要だ。

 しかし、ダライオスは隻腕である。それではとうていあの長大な斧槍は扱い切れないだろう。たとえ振れたとしても、その重さに振り回されて二撃三撃と攻撃を続けられるはずがない。

 まずはダライオスの一撃をいなして隙が生じたところを槍で一突きにしてくれん!

 そう意気込んでいたガットス子爵であったが、その目をギョッと剥いた。

 でかい?!

 もともとダライオスは巨漢で知られている。だが、どういうわけかこちらに足を一歩前に進めるごとに、その巨体がさらに大きくなるのだ。ダライオスの身体は見る見るうちに大きくなり、ガットス子爵の前に来たときには、まさに天を覆うほど大きくなっていた。

「若造がっ! 身の程を知れっ!!」

 まるで雷鳴のごとく轟いたダライオスの叱責に、ガットス子爵は震え上がる。ダライオスは斧槍を高々と振り上げると、そんなガットス子爵に向けて振り下ろした。

 天そのものが落ちてきたように巨大な斧槍が降ってくるのに、ガットス子爵はそれでも反射的に槍を横にして斧槍を受け止めようとする。だが、ダライオスの斧槍は、受け止めた槍の柄ごとガットス子爵を脳天から股間まで断ち割った。

 戦場が、一瞬静寂に包まれる。

 そして、次の瞬間、ロマニア国の兵士たちから爆発するような歓声が上がった。

 それと反比例するかのように、ホルメア国の兵士はいまだ呆然としている。彼らの目には、無造作に歩み寄ったダライオスがただ振り下ろした斧槍の一撃で自分らの指揮官を両断したようにしか見えなかったのだ。

 そのあまりに呆気なさ過ぎる一騎打ちの結末に、あれほどあったロマニア国への恨みも吹き消され、戦意すらも根こそぎ吹き飛ばされてしまった。

 そんなホルメア国の兵士に向けて、ダライオスは斧槍を突きつける。

「蹴散らせ!」

 ダライオスの号令とともに兵たちは、ホルメア国の兵へと斬りかかっていった。


                    ◆◇◆◇◆


「いかがかな? あれが、余の大将軍ダライオスよ」

 ロマニア国軍の後方でそれを見ていたドルデア王は、とっておきの宝物を自慢するように、セサル王に言った。

「戦場であやつの前に立つ者は皆、その武威に打たれて己の矮小(わいしょう)さを知るという。それが本当かは、余も知らぬ。だが、少なくとも余はここ十年来でダライオスが戦場で同じ相手に二撃目を振るうのを見ておらぬ」

 ダリウスがホルメア最高の将軍ならば、ダライオスこそロマニア最強の将軍である。

 しかし、単に武勇だけの男ではない。ガットス子爵がホルメア前線の要であると見抜く洞察力。そして、それを即座に排除し、ホルメア前線を早くも崩しつつある決断力と行動力。

 さすがは、さしものダリウスも真正面からの対決を避けたと言わしめさせた将軍である。

 これには、セサル王も感嘆の声を上げた。

「なるほど。あれが、ロマニアの戦神(いくさがみ)ですか」

 それがホルメア国の守護神と呼ばれたダリウスと並び称せられるダライオスにつけられた呼び名である。


挿絵(By みてみん)

今週は執筆時間が取れなかったので連続更新できなかった(´・ω・`)


今回はダライオスさん無双。次回は、ピアータ無双の百狼隊の予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ダリウスとダライオスって、もしかして読み方が違うだけで同じ綴りだったり……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ