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破壊の御子  作者: 無銘工房
龍驤の章
188/533

第54話 一夜城

 ホルメア兵を率いる隊長は、自分が目にしているものが理解できなかった。

「なぜ……なぜ、あのようなものがあるのだ?!」

 茫然と声を洩らす隊長が見つめていたもの。

 それは、砦であった。

 昇ったばかりの朝日を浴びてそそり立つのは、人の背丈の倍はあろうかという丸太の壁。ひとつひとつ先端を削って鋭く尖らせた丸太の壁は、たやすくは乗り越えさせないぞと無言でこちらを威圧しているようであった。

 そして、その丸太の壁の中にそびえ立つのは、どこからか切り出して持ってきた石を積み上げて造られた建物である。(のこぎり)型の矢狭間(やはざま)がついた胸壁と、矢が飛び込みにくい小さな窓を見れば、それが戦いを想定した砦であることに間違いはない。

「なぜ、砦が? いったいあのようなものをいつ? あんなものを作っていたのか……?」

 誰にともなく投げかけられた問いに、昨日まで目の前の駐屯所にいた中隊長が、同じく茫然とした声で答える。

「昨日は――昨日まではあのようなもの影も形もありませんでした」

 それに隊長は八つ当たりのように怒鳴り散らす。

「では、たった一晩であのような砦を作ったというのか?! それとも、どこからか足でも生やして歩いてきたのか?!」

 隊長が混乱するのも無理はない。

 いくら土木作業に秀でたドワーフといえど魔法使いではない。あのような石でできた砦をたった一晩で建てられるわけがないのだ。

 隊長ですらこの有様なのだから、それに率いられていた兵たちの困惑はより大きいものだった。

 周囲に群がるゾアンたちを蹴散らして橋を焼くだけだと聞いていたのに、実際に来て見れば、そこにあったのは強固な砦である。当然ながら、あのような砦を落とすための攻城兵器などは持って来ていない。軽装の騎兵や歩兵しかいない現状では、あのような砦を攻め落とすのは不可能である。下手に攻めようものならば、こちらが全滅してしまう。

 ましてや昨日までは何もなかったところに、あのような強固な砦が忽然(こつぜん)と出現した事実が、兵士らを激しく動揺させた。

 いまだ神などが存在し、その力が信じられている時代である。これもまた何か人知の及ばない恐ろしい力によるものではないかと兵士らは恐れおののいたのだ。

 そこに、渡し場の方から打ち鳴らされるゾアンの太鼓の音が聞こえてきた。それにともない、渡し場ではゾアンたちが動き出す姿が見えた。

 これではまともな戦いにすらならない。

 そう判断した隊長は、すぐさま決断する。

「撤退だ! 砦まで撤退するぞ!」

 そう言うや否や隊長自らも馬首をひるがえして、ガラフ砦へと取って返す。率いられた兵士たちもどこかホッとした表情で、隊長の後に続いて逃げたのである。

 そうして撤退するホルメア兵の後ろ姿を眺めながら、ズーグは手を打って笑った。

「おお! 見ろ、ガラム。あいつら、泡を食って逃げていくわ」

 愉快でたまらぬと笑い転げるズーグの姿に、ガラムもまた口許に笑みが浮かぶのを(こら)えられない様子で言う。

「昨日まで何もなかったところに、石でできた砦が出現したと思えば、ああなるのも無理はあるまい」

「まったくだ。だが、その砦の正体を知れば、奴らはどんな顔をするのやら……」

 ズーグは再び大きな笑い声を上げ、ガラムも小さく肩を震わせた。

「まったく。おぬしらは気楽で良いわい」

 ホルメア兵の醜態(しゅうたい)を笑うゾアンの両雄に、そうぼやいたのはドヴァーリンであった。

「わしらは夜通し働かされた上に、まだまだ作業が残っておるというのに……」

「それはすまない。――だが、文句はソーマに言ってくれ」

 何しろすべての策を考え出したのは蒼馬なのだ。そうガラムが言うと、ドヴァーリンはムスッと顔をしかめる。

「もう、わしはソーマ殿に何か言うのは(あきら)めたわい。――おまえら、これからもどんどん河から材料が届くぞ! 急いで作業に取り掛かれっ!」

 ドヴァーリンの言葉の後半は、砦の中にいる同胞たちに向けられたものだった。念のために敵を迎え撃つ用意をしていたドワーフたちだったが、このドヴァーリンの指示により、再び作業に取り掛かる。

 しばらくして、砦のいたるところから(つち)を振るう音が聞こえ始めた。


                    ◆◇◆◇◆


「この臆病者めがっ!」

 王都ホルメニアの王宮に、ワリウス王の怒声が響き渡った。

「橋を奪われたばかりか、その橋を焼こうとしておきながら、その手前で引き返しただと?! なんたる惰弱。なんたる臆病! それでも貴様は誇り高きホルメアの兵かっ?!」

 唾を飛ばして怒鳴り散らすワリウス王の前に平伏しているのは、自ら急使としてガラフ砦から馬を飛ばしてやってきた隊長であった。

 まるで虫のように()いつくばってワリウス王の怒りに耐えながら、隊長は弁解する。

「しかし、陛下。渡し場の守りも強固にて、また兵たちの動揺も激しく、あのまま突撃しても橋を焼き落とすどころか、こちらが全滅する恐れもあり――」

「たかが三百程度のゾアンを相手にか?! それとも万の敵でもおったのか?!」

 隊長が弁解を言い終わるのも待てずに、ワリウス王は怒鳴った。もはや、いつ斬首を言い渡されてもおかしくないワリウス王の怒りぶりに、それでも必死に隊長は言い募る。

「私も誇り高きホルメアの兵士にございます。たとえ万の敵だろうと恐れはしません。ですが、あのような魔物の所業(しょぎょう)ともいうべき、奇怪な事態を前にしては……」

「魔物の所業?! 奇怪な事態?! 何だ、それは?!」

 ワリウス王の怒声に、隊長は小さく悲鳴を洩らす。それから、ぼそぼそと口の中で呟くような声で何かを言った。しかし、それがワリウス王の神経を逆なでする。

「はっきり申せっ! それとも死罪を申しつけられたいかっ?!」

 自らが見た光景だというのに、いまだに半信半疑であった隊長だったが、こうなれば包み隠さず言うしかなくなった。

「砦でございます!」

 やけくそになった隊長は謁見の間に響くような声を張り上げた。

「反乱奴隷どもは、たった一晩で強固な石の砦を橋の手前に築き上げたのです!」

 それにワリウス王は、しばし目を見張って口を閉ざしていたが、すぐに嘲笑を浮かべる。これは見間違いか勘違いと言われるだろうと察した隊長は、慌てて言葉を継ぎ足す。

「見間違いでも勘違いでもございません、陛下! 私のみならず、部下の兵も見たのです。渡し場の手前に、昨日までなかった強固な石の砦が朝日を浴びてそそり立つ姿を!」

 こうまで必死に訴えるのだから、嘘ではなさそうだ。

 そう思ったワリウス王は怒りの矛先を納めると、どかりと玉座に腰を下ろした。それから謁見の間に居並ぶ重臣や諸侯らの顔を見回す。

「にわかには信じがたい話ではあるが、皆の者はどう思う?」

 ワリウス王の問いに、しばらく重臣や諸侯らは声をひそめて話し合ったが、石造りの砦をたった一晩で築き上げたなどという話は聞いたことがない。また、それができるかと問われれば不可能だとしか言えず、誰もが首をかしげるばかりであった。

 その中にあって、ひとりの重臣が「恐れながら」と前に進み出る。

「陛下に申し上げます。反乱奴隷を率いる『破壊の御子』と申す(やから)は、真偽のほどは定かではございませぬが、神に選ばれし御子だと聞き及んでおります。それならば、何らかの力を恩寵として授かっているのではないでしょうか?」

 その重臣の言葉に、ワリウス王は顎に手を当て考え込む。

「ふむ。そちは、その恩寵によって一晩で砦を造ったと申すか?」

「その可能性も捨てきれないかと。もしくは、そのような幻を見せる恩寵やも知れませぬ」

 確かに、たった一晩で砦を築いたというのが本当ならば、何らかの恩寵の力によるものと考えた方が納得できるというものだ。

 すると、そこに見るからに武官という恰好(かっこう)の重臣が声を上げる。

「陛下。もしそれが本当ならば、由々(ゆゆ)しき事態と思われます。次々と砦を建てて侵攻されれば、こちらの戦略に狂いが生じてしまいましょう」

「確かに、そちの申す通りだ」

 ワリウス王は玉座から立ち上がると、謁見の間にいる者たちすべてに向けて言う。

「すぐさま斥候(せっこう)を放つのだ。敵は恐るべき力を持った御子である。決して油断するでないぞ」

 それに重臣や諸侯らは、いっせいに「御意」と声を上げたのである。

 しかし、このとき彼らは知らなかった。

 この数日後に、ワリウス王が顔を真っ赤にして「(だま)されたっ!」と地団太を踏むことになろうとは――。


                    ◆◇◆◇◆


 ホルメア王宮で「破壊の御子」の恐ろしい恩寵について、みんなが真剣に協議し合っている頃、蒼馬が率いる本隊がようやくコンテ河の渡し場に到着していた。

 まず、自分を出迎えたガラム、ズーグ、ドヴァーリンの労をねぎらってから、蒼馬は尋ねる。

「策はうまくいったみたいだね。こちらに被害は出なかった?」

 シェムルが(くつわ)を取る馬に乗った蒼馬を見上げながら、ガラムは答える。

「うむ。ホルメアも、ここを攻め落としたばかりの時に一度だけ来ただけだ」

「それも、すぐに泡を食って逃げたがな。あの姿をソーマ殿にも見せてやりたかったぞ」

 ガラムの隣では、その時の光景を思い出したズーグが腹を抱えて笑いながら言った。

 それとは対照的に、仏頂面なのがドヴァーリンである。

「わしらをさんざん働かせておいて、ずいぶんとゆっくりじゃったわな」

 ここへ先行していた一部のドワーフたちは、今なおも作業に駆り立てられているのだ。さすがに文句ひとつも言ってやりたくなるのも無理はない。

 それに困った顔になる蒼馬の代わりに答えたのは、シェムルである。

「文句なら、あの馬鹿トカゲに言え、あの馬鹿トカゲに。あいつのせいで、遅くなったのだ」

 馬鹿トカゲと呼ばれる人物といえば、思い浮かぶのはジャハーンギルしかいない。

 言われてみれば蒼馬の親衛隊に任じられたのに、ここにジャハーンギルの姿が見えないのはおかしな話である。いったいどうしたのかとジャハーンギルの姿を探して周囲を見回す三人に、シェムルは口をへの字にしてから言った。

「あいつなら巡視といって、あちこちに顔を突っ込んでいる。ここまでくる間にも、ずっとそうやってみんなの作業の邪魔をしてくれたのだ」

 それにガラムたちは納得してしまう。

 おおかた竜将として監軍に任じられたジャハーンギルが張り切りすぎ、行軍中にもかかわらず何度となく巡視だといって見回るため、予想以上に時間がかかってしまったのだろう。

 そして、その想像はおおかた当たっていた。今もまた二男ニユーシャーと三男のパールシャーを連れて「軍規を乱す不届き者は、我が許さんぞ!」と言いながら、のしのしと歩いていたのである。

 ちょっと――かなり張り切り過ぎていて、かえってみんなを萎縮させてしまわないか、蒼馬も少し心配だった。だが、最初に規律を徹底させるのも悪くないだろうと、任せるままにしてある。それに、もしやりすぎそうになったときには、ふたりの息子が制止してくれるだろうとの期待もあった。

 ジャハーンギルのことはさておき、蒼馬はドワーフの副将ノルズリに陣の設営をお願いすると、ガラムたちをともなって砦へと向かった。この砦が今後のホルメアとの戦いにおいて要となるものである。まずはそれを自分の目で確認したかったのだ。

「うわぁ。なかなか立派な砦に見えるね」

 砦を前にして感嘆の声を上げる蒼馬に、ドヴァーリンは当然だとばかりに、ふんっと鼻を鳴す。しかし、そうするだけあって砦は小さいながらも攻めがたい強固なものに見えた。

 ところが、砦の内側に一歩足を踏み入れると、その光景は一変する。

 あれほど乗り越えるのも困難と思われた丸太の壁も、内側に回ってみれば、すべての丸太は芯がくり抜かれた見た目だけのものであった。しかも、丸太は地面に突き立ててあるどころか、根元の部分だけに盛り土をかぶせて、その後ろからつっかえ棒で支えて立たせただけというものだ。これでは衝車(しょうしゃ)にちょっと突かれただけで簡単に突き破られてしまうどころか、少し強い風でも吹けばそれだけで倒れてしまいかねない。

 また、石造りに見えた砦は、さらにひどい有様である。切り出した石を積んで造ったように見えた砦の壁は、薄い木の板の表面に(のり)で解いた砂を塗ったものだ。その板が遠目では、まるで砂岩のように見えたのである。さらに丸太の壁の陰になって外からは見えない部分となると、いまだに壁すらなく、木材で組まれた骨組みが剥き出しで、その中では何人ものドワーフたちが木材を相手に鎚を振るっていた。

「まったく。あらかじめ偽の砦の部材だけを作っておき、河を使って一気に運んで、ここで組み立てるとは、相変わらず面白いことを思いつくわい」

 ドヴァーリンは感心半分呆れ半分といった口調で言ったとおりこの偽の砦は、すべての部材を上流の山で()り出した木材をその場で加工し、それを筏でここまで運んでから組み上げる――現代風に言うならば、プレハブ工法で建てられたものであった。

 これが、わずか一夜にして石造りの砦を出現させた魔法の仕掛けである。

 もちろんこれは、当時は木下藤吉郎と呼ばれた後の豊臣秀吉がやったと言われる有名なある故事から蒼馬が考えついた策だ。

 蒼馬は得意げに胸を張ると、こう言った。

「これが僕の墨俣(すのまた)の一夜城だ」

 後世において、この辺り一帯の地域をスノムタと呼ぶのは、この時の言葉に由来する。


                    ◆◇◆◇◆


 見事にホルメア国を翻弄(ほんろう)した蒼馬。

 だが、彼もまた神ならぬ、ただの人にすぎない。(おの)ずとその力にも限りがあり、またその現代日本から持ち込んだ知識も万能ではなく、この世界すべてを知ることはできないのだ。

 そして、その蒼馬が知り得ぬ西域の闇の中で、今何かがうごめき始めていたのである。

 ホルメア国とラビアン河を挟んだ対岸の地。ロマニア国の国境付近の地に、ロマニア王ドルデアが率いる征西軍の姿があった。ラビアン河の渡し場における大敗により、とっくに解体していると思われた征西軍であったが、しかしその陣地には今なお荷車が列をなして糧食を運び込み、それとともにやってきた増援らしき兵たちの姿まで見受けられるのだ。

 そんな異常ともいうべきロマニア軍の陣地の中を巡視する大将軍ダライオスの胸中には、苦い思いがあふれていた。

 軍隊とは無限の胃袋を持った怪物である。こうしてただ軍を維持しているだけでも、莫大な資金と糧食を消費しているのだ。大敗した以上は、速やかに征西軍を解体――せめて徴兵した者たちだけでも村に帰して、少しでも負担を減らしたいところである。

 ところが、ドルデア王は逆に糧食を運び込むのを命じたばかりか、各地の領主へ檄を飛ばしてさらなる増援の兵を求めたのだ。

 これにはダライオスも、あまりの大敗にドルデア王が乱心なされたかと思い、不敬とは知りつつも征西軍の解体を進言した。ところがドルデア王は乱心どころか、むしろ上機嫌といった顔で「余を信じよ」と言うのである。

 主君にそう言われてしまえば臣下としては、ただ信じる他にない。

 すべての疑念を胸の奥へ押し込めて従うしかなかった。

 それもこれも、すべてはあの者がやってきてからだ。

 ダライオスが苛立ちとともに、ある者の顔を思い浮かべていると、ちょうどその当人が目の前に現れた。

「やあ、大将軍殿」

 まるで親しい友人に対するように軽く手を挙げてダライオスに声をかけたのは、色白と言うより病的なものを思わせる白い肌をした優男(やさおとこ)である。服装も派手ではないが高級な生地に繊細な刺繍を施した趣味が良いものだ。しかし、鎧兜を身に着けた将兵らであふれかえる陣では、異色と言えよう。

 この退廃的な雰囲気を漂わせる男に、ダライオスは内心の不快さを押し隠して一礼する。

「勝手に我が陣内を歩かれては困りますぞ、セサル王よ」

「それはすまなかった」

 謝罪の言葉を述べたバルジボアの若き国王セサル・バルジボアは、ニイッと唇を吊り上げて笑った。

「だが、これよりドルデア王に吉報をお届けするのだ。大目にみてくれ」

 その笑みに、歴戦の勇士であるはずのダライオスは、なぜか背筋がゾクリとした。

 蒼馬の知らぬところで、西域最悪の毒蛇が傷つき老いた狼の足元に()い寄っていたのである。

ばればれだから、速攻で更新してやったぞ

でも、ホルメア戦役の一大決戦「スノムタの屈辱」はこれからだもんヽ(`д´)ノ ウワァァァン

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