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破壊の御子  作者: 無銘工房
龍驤の章
178/535

第44話 ラビアンの渡し場の戦い

 凄まじい衝撃音が、ラビアン河に轟いた。

 皆がいっせいにラビアン河を振り返れば、ちょうど河の中程に巨大な水柱が立っていた。そして、その水柱の上には、遠目でも真っ二つにへし折れたとわかる船の残骸が乗っている。

 水柱が崩れて元の水へと変わると、その上に乗っていた二十人からの人が乗れる船だったものは、まるで木端(こっぱ)のようにクルクルと宙を舞いながら川面に落ち、激しい水しぶきを上げる。

 その光景に、ドルデア王は見覚えがあった。

「まさか、まさか……!」

 それは三十数年前に、初めて行った征西である。

 友人の反対を押し切って行った征西において、あのダリウス将軍が建造したばかりのロイロップスの砦の投石機が初めてその力を発揮した、あの日の光景だ。

 ドルデア王が追憶に心を奪われている間にも、空からは空気を引き裂く音を上げて、何かが次々と落ちてくる。

 それは真っ赤に焼かれた大きな石であった。

 最初に直撃した船は運が悪かったらしく、石の大半は河に落ちて焚き火に水をかけたような音を上げるだけである。しかし、その衝撃で起こる波だけでも、喫水の浅い小舟を激しく揺らし、乗っている人たちを振り落とさせるには十分だった。

 そして、いくつかの石は渡河中の船に命中する。

 小舟などは、それだけで粉砕され、乗っていた人ともども船だった残骸を辺りにまき散らす。さすがに大船ともなれば喫水線あたりを直撃されでもしない限りは沈みはしない。しかし、焼かれて(もろ)くなった石は甲板や横っ腹に大穴を空けた後、爆砕するように破片となって辺りに飛び散る。その破片の直撃を受ければ、鎧を着けていた兵士たちであろうとひとたまりもない。多くの将兵が焼けた石の破片で傷つき、命を落とした。さらに熱く焼ける石の破片は落ちたところにあった木の板や布などの可燃物を燃やし、船のいたるところで火を上げていく。

「あ、あれは、何だ……?!」

 諸侯や諸将らが指差すのは、ロイロップスの砦から空高く打ち上げられた大きな火の塊であった。

 それは布きれを口に詰め込んで封をした油の入った小さな壺――いわゆる火炎瓶のようなものをいくつも紐で縛り上げて塊状にしたものであった。火をつけられて投石機から打ち上げられたそれは、縛っていた紐が焼き切れて空中で分解すると、広範囲に火炎瓶をまき散らした。

 その下にいたロマニアの船は悲惨である。甲板や帆柱、はては兵士の頭に落ちた火炎瓶が砕けると、周囲に油をまき散らして燃え上がった。

 ほんの少し前まで威容をもってラビアン河を押し渡ろうとしていたロマニア国の船団。それが今や、粉砕され、転覆し、そして燃え落ちようとしていた。

「余の、余の船団が……!」

 茫然と呟くドルデア王とは異なり、ロイロップスからの攻撃だと理解したダライオスの決断は早かった。

「撤退の太鼓を叩け! 渡河は中止だ! 即刻、船を呼び戻せ!」

「しかし、大将軍閣下! すでに数千の兵が向こう岸に渡っているのですぞ」

 撤退に異を唱えた将軍をダライオスは一喝する。

「たわけがっ! その数千を救うために、万の犠牲を出すつもりか?! 即刻、撤退の太鼓を叩けっ!!」

「ぎょ、御意!」

 将軍のひとりがこけつまろびつ撤退の太鼓を叩きに行く後ろでは、崩れつつある船団を前にいまだドルデア王が茫然と立ちすくんでいた。

「な、なぜ? いったいどうしてこうなったのだ……?!」


                    ◆◇◆◇◆


 ドルデア王の疑問に答えるには、話は少し(さかのぼ)る。

「ロブナス様、ホルメアの兵がこちらに向かって来ております!」

 ロイロップスの砦にある物見の塔から南を見れば、岬への一本道をホルメア国の兵が隊列を成して、こちらに向かってくる姿が望めた。

 しかし、その数はおよそ一千あまり。それに対して、こちらもわずか四百名ほどしか兵はいないが、砦の強固な壁による守りと、何よりもホルメア国自慢の巨大投石機が十機もあるのだ。ここを守りきるなどわけもないことだった。

「射程内に入り次第、奴らに石を喰らわせてやれ!」

 すでに投石機は台座を反転させてラビアン河からホルメア兵が今やってきている道のある方へと向けられていた。すでに試射も済ませ、あとはホルメア兵が射程に入るのを待つばかりの状態である。

 ところが、ホルメア側も自分らの投石機の威力を承知しているのか、ロブナスが試射した石が転がる手前で軍を止めた。そして、こちらを威嚇でもしているのか、そこで太鼓を叩き始めたのである。

「あいつらは、何をしているのだ?」

 ロブナスはホルメア兵の動きに不審を覚えた。

 ロマニアの船団が次々と渡河を始めるこの時、このロイロップスの砦の奪還は急務なはずである。それをああして遠くで規則的に太鼓を打ち鳴らすだけというホルメア軍の行動は腑に落ちない。

 それに威嚇というのならば、もっと激しく太鼓を乱れ打ちさせ、兵士らにも声を上げさせた方がより効果的だろう。それだというのに、ああしてただ太鼓を規則的に打ち鳴らすだけというのもおかしな話だ。

 これではまるで、とロブナスが思った時である。

 突如、ホルメア軍の行動を見つめていたロブナスの背後で絶叫と剣戟の音が起きた。

「な、何が起きた?!」

 慌てて振り向いたロブナスが物見の塔からロイロップスの砦を見下ろせば、そこではいたるところで兵士らが争う姿が見て取れた。一瞬、同士討ちが始まったのかと思ったロブナスであったが、すぐにそうではないと気づく。なぜならば、自分の兵と切り結んでいるのは、ホルメアの鎧兜を身に着けた兵士だったからだ。

「馬鹿な?! いつ侵入を許したのだ? いったいどこから?!」

 その疑問の答えるように、負傷した右手から血を垂れ流した決死隊の隊長がロブナスのところへ報告にやってくる。

「ロブナス閣下、お逃げください! 我らは罠にはまりました!」

「罠だと?! いったい何がどうしたというのだ?!」

「砦の地下食料庫、武器庫、果ては(うまや)の壁の中に、多数のホルメア兵が潜んでいたのです! そいつらがいっせいに現れ、不意打ちを食らった兵らが多数討ち取られました!」

「何だと?!」

 あの規則的に鳴らしていた太鼓は、もしや砦に隠れていた兵士への合図だったのではと思い至ったロブナスの背後で、今度はホルンの音が響き渡った。

 それとともに、それまで足を止めていたホルメア軍が軍靴の音も高らかに砦に向けて前進してくる。

「と、投石機だ! 投石機で攻撃……いや、燃やせ! 奴らが来る前に投石機を何としてでも破壊するのだ!」

 ロブナスの命令に、しかし隊長は力なく首を横に振る。

「手遅れです、閣下。奴らは真っ先に投石機の周囲にいた味方を襲撃したのです。すでに投石機は、奴らに掌握されています」

 その言葉にロブナスが投石機がある方へと目を向ければ、そこでは投石機がゆっくりとラビアン河へと向きを変えようとしているところだった。

「そんな……我々は、まんまと敵の術中に陥ってしまったというのか……?」

 茫然と呟くロブナスの眼下では、砦の正門の手前にある広場へ剣と槍を振りかざしたホルメア兵が門を開こうと斬り込んでくる姿が見えた。門を守っていたロブナスの兵は奮戦もむなしく斬り伏せられ、程なくしてホルメア兵は積み上げられていた土嚢を撤去し、門を内側に開いてしまう。すると、そこからは外から攻め寄せてきていたホルメア兵が次々と雪崩れ込んできた。

 そればかりかロブナスがいる物見の塔を駆け昇ってくる複数の足音が迫ってくる。

「閣下、もはやこれまで! ご覚悟を!」

 その言葉が終わるや否や、階段を登りきったホルメア兵士が姿を現した。決死隊の隊長は最後の力を振り絞って剣を振りかざして斬りかかるが、しょせんは多勢に無勢。瞬く間に討ち取られてしまう。

 隊長を討ち取ったホルメア兵は、その殺意にぎらついた視線をロブナスへと向ける。

「く、来るな! 俺は、こんなところで終わるはずがない! 終わるはずがないのだ!」

 それがロブナスの最期の言葉となった。


                    ◆◇◆◇◆


 ラビアン河を渡河中の船団が投石機による攻撃を受けた時、すでに渡河を終えていた三千のロマニア兵は激しく動揺した。

 特にその中にいたロブナス将軍麾下(きか)の一千の兵の動揺は激しい。

 何にしろ自分らの直属の将軍が制圧しているはずのロイロップスの砦からの投石である。今なお投石機の攻撃が続けられているところを見れば、決してそれは誤射などではありえない。

 もし、これがロブナス将軍がホルメア側に寝返った上での行動ならば一大事である。

 自分らまで寝返ったと思われれば、今周りにいる味方がすべて敵となるのだ。そればかりか、下手をすれば自分らの帰るべき故郷すら失ってしまう。

 しかし、それは杞憂であるとすぐにわかった。

 ロブナス将軍が裏切ったのではないという証拠が、崖の上から落とされたからだ。

 それは崖から突き出た岩に当たっては(まり)のように弾みながら、ロブナス麾下の一千の兵を率いていた副将軍の男の足元に転がってきた。

「ロ、ロブナス閣下……?!」

 それは苦悶の表情を浮かべたロブナスの首であった。

「いかん! 策は失敗だ。急ぎ船に乗って退却せよ!」

「しかし、副将殿。あの投石の中を戻るのは自殺行為では?!」

「たわけがっ!」

 反駁(はんばく)した兵士を副将軍は怒鳴りつける。

「乗ってきた船が壊されれば、逃げることすらできなくなるのだぞ! 敵地で孤立するつもりか?! 急ぎ船に戻れ!」

「ですが、ロブナス閣下を討ち取られて、おめおめと逃げ帰っては……」

「それも命あっての物種(ものだね)だ! 今は生き延びることを優先しろ!」

 副将軍が逃げるのを渋る兵士の尻を蹴飛ばして撤退を急がせていると、マサルカ関門砦に近い最後尾の兵らがどよめく声が聞こえてきた。

 いったい何が起きたのかと思っていると、すぐに事態は判明する。

「マサルカ関門砦の門が開きますぞ!」

 どうやらホルメア国は、これを機に徹底的にこちらを叩こうとしているようだ。投石機だけでは飽き足らず、直接兵をもってとどめを刺しにくるつもりらしい。

 一瞬、目の前が暗くなりかけた副将軍だったが、すぐさま思考を切り替える。

「いや、これはむしろ好機だ!」

 このままでは自分らはなす術もなく投石機からの攻撃にさらされてしまう。だが、投石機はあまり命中精度が高い兵器ではない。砦から打って出て来た敵兵と乱戦に持ち込んでしまえば、無暗に投石はできなくなるだろう。そして、あわよくば敵兵を蹴散らしてマサルカ関門砦へと攻め込み、そこに立てこもれば、再度のロマニア船団が渡河する芽が残せるかもしれない。

 すぐさま迎撃の態勢を整えようとした副将軍だったが、砦から打って出て来た敵兵の姿を見たとたん、それがどれほど甘い考えだったか思い知らされる。

「あ、あれは――」

 副将軍の口から絶望の声が洩れる。

 砦から打って出て来たのは、わずか千にも満たない敵兵だ。遠目からでもわかるほど一糸乱れぬその動きからは、敵兵の規律と練度の高さがうかがえた。しかし、数からいえば、混乱しているとはいえ五千の兵がいるこちらが有利である。

 だが、それでもなお副将軍に衝撃を与えたのは、敵兵の装備が黒一色に統一されていたことだった。

「――ホルメアの『黒壁』……!」

 ホルメア国において、黒一色で統一した兵装が許されているのは、ホルメア最強の軍団「黒壁」ただひとつ。

 マサルカ関門砦の前に横陣を組んだ「黒壁」を指揮する隊長が声を張り上げる。

「総員、盾構えっ!」

 ざんっと音を立てて盾が構えられた。構えられた盾は、まるで良くできた彫像のように微動だにしない。最前列などは一分の隙もなく並べられた盾が、まるで一枚の壁となっていた。

「――槍、構えっ!」

 次いで、太陽の光を白く反射する槍の穂先が無数に突き出される。

「――総員、前進っ!!」

 その声とともに前進を意味する太鼓の拍子が叩かれ始めた。

 最初は、ドン、ドン、ドンと断続的に打たれていた太鼓の拍子がしだいに早くなる。それに合わせて「黒壁」の前進する足も速さを増していく。そして、その速度は、ついにはほとんど全力疾走に近いものとなる。

 しかし、それでいて並べられた盾の壁は、一体化したかのように小揺るぎもしない。まさに、壁そのものである。

「隊列を整えよ! 迎撃だ! 敵の突撃に備えるのだ!!」

 ロブナス麾下の副将軍は混乱する兵らに必死に呼びかけ、何とか迎撃の横陣を形成した。

 そこへ「黒壁」が突っ込んでくる。

 槍と槍が、盾と盾が、肉と肉がぶつかり合う激しい衝突音が轟いた。

 しかし、その衝突によって吹き飛ばされたのは、一方的にロマニア側であった。多くの兵士が盾で突き飛ばされ、槍で刺殺され、せっかく形成した横陣は瞬く間に粉砕される。

「一切の容赦は無用! 敵を殲滅せよっ!」

 指揮官の声に応えるように、「黒壁」はさらに前進する。

 たった一度の衝突によって、ロマニア側は崩壊した。兵士らは少しでも押し寄せる「黒壁」から遠ざかろうと味方を押しのけ、掻き分け、後ろへと下がろうとする。渡し場に着けておいた船に一度に乗ろうとしたため、船は片側に重心が傾きすぎ、転覆してしまう。多くのロマニア兵が河へと投げ出され、または自ら身を投げては川面へと消えて行った。

 その光景をマサルカ関門砦から眺めていたホルメア国の王子アレクシウスが感嘆の声を上げる。

「さすがは我がホルメア最強の軍団『黒壁』だ!」

 中には、けなげにも立ち向かおうとするロマニア兵もいたが、それすらも歯牙にもかけず、ただ当然の作業とでもいうかのように彼らを蹴散らし、踏み潰し、叩き壊し、そして追い落としていく。

 その様は、まさに圧巻としか言いようがなかった。

「お言葉ですが、殿下」

 そうアレクシウスに反駁したのは「黒壁」の副将であり、実質的な指揮官でもあるヒュアキスであった。

「このような戦いは、川辺に打ち上げられたゴミを叩き落とすようなもの。その程度の戦いで称賛されては、かえって我が兵らは気を悪くいたします」

 ロマニアの内通者の目をごまかすために、国軍ばかりか「黒壁」もその兵力の大半を西へ移動させていた。今、ロマニア兵を河に突き落としているのは、「黒壁」の中でも比較的若く、経験も少ない部隊でしかない。そんな部隊をもって「黒壁」の実力と思われるのは心外だ。

 王子の称賛に対して、そう不服を申し立てるというのは、本来ならば臣下として許されるはずがない不敬な行為である。

 しかし、それすらも認めざるを得ないほどの力を「黒壁」は持っていた。それは、ダリウス嫌いで知られるアレクシウスですら、その信念を曲げてでも「黒壁」を欲したほどである。

「言うではないか、ヒュアキスよ。――では、その実力を西の反乱奴隷討伐で、思う存分発揮してもらおうではないか」

 アレクシウスは意地の悪い笑みを浮かべる。

「だが、反乱奴隷どもは、かつておまえらを統率していたダリウスを打ち破った奴らだぞ。そやつら相手に、勝てるか?」

「……老いは獅子すら愚かな猫へと変えると申します。しょせんダリウスは過去の栄光だけの老人――」

 ヒュアキスは、アレクシウスからは見えないところでギュッと拳を握った。

「――必ずや我が『黒壁』によって、反乱奴隷どもを蹴散らしてご覧に入れましょう!」

 ヒュアキスの物言いが気に入ったアレクシウスは、「期待しているぞ」と言うと大きな笑い声を上げた。

 アレクシウスの笑い声が響き渡る、ラビアンの渡し場。

 そこには、すでに生きたロマニア兵はひとりとして残されてはいなかった。

 こうして「ラビアン河の戦い」と呼ばれる戦いは、ホルメア側の圧勝で終わったのである。


                    ◆◇◆◇◆


 まだラビアンの渡し場での戦いが終えて間もない頃、渡し場より少し離れた小さな丘の上に、ひとりの男の姿があった。

 侍従や侍女の格好をした男女が遠巻きにする中で、その男は目の前に立てかけた画板と向き合い、筆の代わりに自分の指に直接顔料を取り、時には爪の先を、時には指の腹を使って、一心不乱に絵を描いていた。

 それを見守る侍従や侍女たちの輪を割って、ロマニア兵の格好をした男が進み出る。

「陛下。ただいま戻りました」

 自分に対して(ひざまず)き、(こうべ)を垂れるロマニア兵に、陛下と呼ばれた男は画板と向き合ったまま言葉をかける。

「して、どうなった?」

「はっ。ホルメアの策により、ドルデア王が率いるロマニア軍は大敗。ロイロップスの投石によって多くの船が沈められ、渡河できた兵も『黒壁』によって河に追い落とされました。いまだロマニア軍はラビアン河の近くに野営しておりますが、遠からず退却すると思われます」

「そうか。ご苦労であったな」

 そう言うと男は小指を使い、画板に最後の色を乗せた。それから男は満足げなため息を洩らすと、音もなく近寄ってき侍女が差し出した手巾で指を拭いながら立ち上がる。

「絵を片付けておいてくれ」

 そう言い残して男が立ち去ってから、ようやく顔を上げたロマニア兵の格好をした男は、ぎょっと目を剥いた。

 そこに残されていた画板には、ラビアン河と(おぼ)しき大河とそこを押し渡ろうとして投石に見舞われて崩壊する船団、そして河岸には黒一色で統一されたホルメア兵に河へと落とされるロマニア兵の姿が描かれていたのだ。

 それはまさに、その男がつい先程目にしたばかりの光景そのものであった。

 驚愕する兵を残し、侍従や侍女を引き連れて丘を下る男は含み笑いを洩らす。

「さて、傷心のドルデア王を(なぐさ)めに参ろうか」

 そう言う男の前には、五十人ばかりの兵の姿があった。その姿は、ホルメアともロマニアとも違う装いである。

 その先頭に立つ将軍らしい姿の男が兵に向かって叫ぶ。

「旗を掲げよ! 陛下の御()ちである!」

 将軍の命に従って兵が旗竿を掲げると、風に大旗が(ひるがえ)る。

 その旗に描かれているのは、酒杯に巻きつく蛇の紋章。

 それは小国バルジボアの旗である。

「すべては、私の描いた絵図のままに……」

 バルジボアの若き国王セサル・バルジボア。

 絵画に没頭して国政をないがしろにする暗君と、もっぱら噂されるこの男。

 しかし、西域の闇に属する者たちからは、こう呼ばれている。

 兄弟すべてを毒殺し、王位を簒奪(さんだつ)した毒使い。

 バルジボアの毒蛇――と。

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