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破壊の御子  作者: 無銘工房
燎原の章
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第15話 決断

「アウラ? アウラだと……?」

「聞いたことないぞ、そんな神は」

「だが、あれは間違いなく刻印だぞ」

 その場にいるゾアンたちは、困惑した。

 蒼馬の額に淡く輝いているのは、間違いなく御子を示す刻印である。しかし、その刻印の形は誰もが知る七柱神のものではないのだ。

 そして、蒼馬が口にした死と破壊の女神アウラというのも聞いたことがない。

 たわごとか作り話かとも思ったが、あれほどシェムルが激しく動揺しているのに、ただごとではないということだけは、その場にいるゾアンすべてが感じていた。

「アウラは、七柱神より古い大神じゃよ」

 そう言って出てきたのは、お婆様だった。

 その場にいるすべてのゾアンたちの注目を集めながら、お婆様は杖をつきながら、ひょっこひょっこと蒼馬の方に歩いていく。

「生きとし生けるすべての者の最期を看取る女神。ありとあらゆるものの最期の時に立ち会う女神。七柱神が唯一恐れ敬う姉にして母たる女神。かの創造神を殺し、七柱神を生み出した女神じゃ」

 初めて聞く女神の存在に、ゾアンたちは驚愕した。

 これまで彼らにとって神とは、自分らが崇める獣の神を含めた七柱神とそれを生んだ今はいない創造神だけである。そんな常識をひっくり返し、あまつさえ創造神を殺した女神というのだから、その驚きは計り知れない。

「それは本当か、お婆様……?」

 ガラムが愕然と言った様子で尋ねた。

 ガラムとて、そんな神の話は聞いたことはない。しかし、それを語っているのは氏族の語り部にして祭祀の巫女であるお婆様なのだ。部族の誰も知らない知識を持っていても不思議ではないが、あまりにこれまでの常識とはかけ離れた内容に、さすがに確認せずにはいられなかった。 

 お婆様は蒼馬の元まで来ると、その手にした杖の先で蒼馬の額を示した。

「先代の語り部より、わしはこう教えられておる。『二匹の蛇が身体を絡ませ、互いの尻尾に食らいつき、のたうつようにも見えるその紋章。それは女神アウラの紋章なり。アウラを讃えてはならぬ。アウラを(おとし)めてはならぬ。アウラを語ってはならぬ。アウラに触れてはならぬ。アウラを知ってはならぬ。なぜなら、彼の女神こそが死と破壊を司るのだから』と」

 お婆様は氏族の者たちへ振り返ると、人の悪い笑みを浮かべ、まるで怪談でも話すように言った。

「終末に死を振りまき、あまたの(むくろ)の上で踊り、廃墟の中で歌う女神。それが、死と破壊の女神アウラじゃよ。この子は、そのアウラの御子じゃ」

 現代日本と違い、現実に神と言う存在がいる上に、まだ科学文明が発達していないため様々な迷信までもが信じられている世界である。

 それに加え、年老いてしわくちゃになったお婆様は猿のミイラにも見え、そんなお婆様の迫真の演技もあって、気の弱い女子供たちは悲鳴をあげた。

「こ、こいつのせいだ! こいつが俺たちに滅びをもたらしたんだ!」

 ひとりが恐慌状態のように叫んだ。

 それを聞いたゾアンたちが、音を立てて身を引く。誰もが初めて知る女神アウラとその御子である蒼馬に恐怖の表情を浮かべた。

 しかし、恐怖は拒絶に、拒絶は怒りに変わる。

 今、〈牙の氏族〉に降りかかるすべての災いの原因が蒼馬にあると思い込んでしまった。どうにもならない現状に、解決する手段も見つからず、どこに向けたらいいのかわからなかった怒りの矛先を見つけた戦士たちは山刀を抜き放つと、素早く互いに目配せをし、いっせいに襲いかかろうとした。

「やめい! 言ったじゃろう。こやつは死と破壊の女神の御子じゃ。こやつを殺せば、いかなる災いが降りかかるやもしれぬぞ」

 そのお婆様の言葉で、戦士たちは怯えた表情で下がった。

 お婆様は蒼馬に振り返ると、ニカッと笑った。そして、蒼馬とその近くにいるシェムルにだけ聞こえる声でささやいた。

「ひゃっひゃっひゃっ。ちと、怖がらせすぎたかのう」

「……お婆様」

 悪戯を悪びれない子供のようなお婆様に、シェムルは呆れ返った。

 しかし、おかげで蒼馬のことを過大評価するような雰囲気がゾアンの間に生まれたのも確かである。

 何だかよくわからないが、とてつもない女神の御子だから、すごいのではないだろうか、というわけだ。

 具体的なものはなく、まったく要領を得ない考えだったが、そんなあやふやな部分がよけいにみんなの想像を掻き立て、彼らの中では蒼馬はとてつもない怪物になってしまっていた。

「小僧。おまえは、本当に死と破壊の女神……その御子なのか?」

 ガラムの問いかけに、蒼馬は力強くうなずく。

「俺たちは勝つことができるのか?」

「あなたたちがシェムルの言う本当の誇り高き戦士たちならば」

「本当に、貴様の言うことに従えば、俺たちは勝てるのか……?」

「勝てる!」

 蒼馬は断言した。

 それはただの偶然だったのか、それとも女神が御子に送ったささやかな祝福だったのかはわからない。その時、突如として強い北風が吹き荒れ、たき火が一気に燃え盛り、炎の柱となって噴き上がる。

 それに、蒼馬の足元から伸びる影が、まるで踊り狂う巨大な化け物のように揺らめいた。

「アウラ……アウラ!」

「死と破壊の女神アウラ!」

 迷信深い老人たちは、恐怖のあまり神へ祈り出した。戦士たちも我知らず、蒼馬から遠ざかるように一歩下がる。

 ガラムは目を閉じて天を仰いだ。

 偉大なる獣の神よ! これはあなたのご意志なのか?

 我らが父祖の霊たちよ! これはあなたたちのお導きなのか?

 そんなガラムの声なき問いに答えるように、シェムルの声がかすかに聞こえた。

「兄さん……」

 公私のけじめをつけるため、同胞たちの前では兄と呼ぶなと言っておいたのに、よほど動揺しているのだろう。そう思うと、ふと口許に笑みが浮かぶ。

 おもしろい、と思った。

 妹があれだけ入れ込んだ男は初めてだ。誰よりも誇り高くあるために、何者も寄せ付けなかった妹が、まさに命をかけてまで助けようとした男。

 見る限りでは男女の情愛ではないのだろうが、あいつは誰もがなしえなかった妹の心を討ち取るという大武勲を上げたのだ。

 それなら、その武運にあずかるのも面白いだろう。

 そう心を決めたガラムは、かっと目を見開いた。

「いいだろう、小僧! このゾアン十二氏族がひとつ〈牙の氏族〉、ガルグズの息子、ガラムの名にかけて、きさまの言うことに従おうではないか!」

 絶叫と言ってもいい声が、ゾアンたちから上がる。

「族長、お考え直しください!」

「そうです、誇り高きゾアンの戦士が人間に従うなど!」

 族長に翻意(ほんい)を促そうと戦士たちが口々に言うのに、ガラムは逆に問いかけた。

「ならば、我が戦士たちよ。おまえらの中に、あの小僧のように村を取り返してやると豪語できる者はいるか?」

 大人の戦士たちはもとより、昨日までは威勢を張っていた若い者たちもばつが悪そうに顔をそむける。

「誰もおるまい。だが、この小僧はそれができると言っているのだ」

 ガラムは族長と言う仮面を脱ぎ捨てると、〈牙の氏族〉最強の戦士《猛き牙》の獰猛な野獣のごとき笑みを浮かべて、蒼馬に言った。

「だが、小僧よ! もし我らが勝てなかった時は、覚悟をしておけ! この俺が自ら貴様の手足を引きちぎり、内臓をぶちまけてくれるわ!」

 それまで向けられてきたゾアンの戦士たちの殺気がそよ風に感じるほどの猛烈な殺気に意識が吹き飛びそうになりながらも、なんとか踏みとどまった蒼馬は力強くうなずいたのだった。


            ◆◇◆◇◆


 ガラムは戦士たちを集めて、たき火を囲んで蒼馬の話を聞くことにした。

 もっとも、蒼馬を恐れる戦士たちは彼に近寄ろうとはせず、逆に戦士から蒼馬を守ろうとするシェムルはぴったりと彼に引っ付いているため、まるで蒼馬とシェムルのふたりとガラムたち戦士が対立している構図のようにも見える。

 ゾアンたちの注目をあびながら、蒼馬はできるだけ言葉を選びながら、自分の考えを伝えた。

 当然のことだが、蒼馬の話に戦士たちは反発した。激怒したと言ってもいい。蒼馬の提案は、彼らの戦士の誇りとは相反するものだったのだ。

 しかし、やはりそれを助けたのはシェムルであった。

「それで勝てると言うのならば、私はやろう」

 もっとも誇り高い《気高き牙》にそう言われてしまえば、戦士たちも反論しにくい。だが、それでもなお渋る者もいた。

「そんな卑怯なまねができるか! 死んだ方がマシだ」

 そう言った若い戦士の顔に、いきなり何かが投げつけられた。

「ぶはっ! な、な、何をする?!」

 顔にへばりついたものを手で払うと、それは真っ黒に染められた布であった。こんな無礼なことをする奴は誰かと、布が投げつけられた方を見ると、そこにいたのはお婆様だった。

「それなら、そいつで口を覆うとよいわ」

 その布は、ゾアンの風習として死者の口を覆うものであった。ゾアンでは、死ぬとその人の魂は口から抜けて獣の神のもとへ召されるとされている。しかし、その魂が抜けた肉体を放置すると、蟲の形をした悪霊が口から入り、死体に悪さをすると言われているのだ。そのため、蟲がいやがる樹液で黒く染めた布で死者の口許を覆うことで、悪霊を遠ざけるというものである。

 日本において古い幽霊の定番イメージと言えば、必ず頭に死者を火葬にするときにつける白い三角巾(額烏帽子(ひたいえぼし)紙冠(かみかぶり)と呼ばれるもの)がある。それと似たようなもので、ゾアンにおいて口を黒い布で覆うのは幽霊や亡霊の定番イメージなのだ。

「なるほど。死んだ方がマシなら、最初から死んで亡霊になればいいわけか」

 お婆様の悪戯に、真っ先に反応したのはシェムルだった。自ら黒い布で口許を覆うと、蒼馬に「似合うか?」と見せている。ゾアンの幽霊の定番イメージを知らない蒼馬は、どう反応していいのか困ってしまうし、その場にいるゾアンたちも御子がやることにケチをつけるわけにもいかず、ガラムにすがるような視線を向けた。

「諦めろ。俺が何か言ったぐらいで、どうにかなるわけがあるまい」

 それを聞きとがめたシェムルが、

「《猛き牙》よ。それでは私がまるで、分からず屋みたいではないか?」

「ああ、《気高き牙》よ。族長としても兄としても、おまえが心配でならぬ。おまえの言葉を聞いた同胞たちが、どんな顔をしたのか確認した方がいいぞ」

 ガラムが真面目くさってそう言うと、その場に居合わせた同胞たちはいっせいにシェムルから顔をそむけたのだった。

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