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破壊の御子  作者: 無銘工房
龍驤の章
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第17話 疑惑

 島からジェボアに戻った蒼馬は翌日に、さっそくヨアシュにマーマンの子供たちをかどわかしていると思われる人に心当たりがないかと尋ねた。

「それを私に()きますか?」

 最初、ヨアシュは驚きに目を丸くしてから、次いで呆れ返ったように言った。

「マーマンの子供たちをかどわかしていると疑われているのは、ジェボアの商人なのですよ。それを私に尋ねるなんて」

 ヨアシュがなじるような口調になるのも無理はない。蒼馬の問いは、身内の恥部をさらけ出せと言っているようなものだ。

 それは蒼馬も理解している。だが、このジェボアで頼れる人はシャピロ商会の親子をおいて他にはいない。一刻も早くマーマンと友好を結ぶためには、無理だとは承知していてもヨアシュにすがるしかなかった。

 ヨアシュは「やれやれ」とでもいうように、肩をすくめて首を小さく左右に振る。

「まあ、街の噂を聞けばすぐ知れることなのでお教えします」

 ヨアシュはそう前置きしてから告げた。

「おそらくは、ジューダ殿でしょう」

 その名前には蒼馬も聞き覚えがあった。自分との友好に反対を示していた十人委員のひとりだ。しかし、同じ反対派のヤコブやコルネリウスより、一歩下がったところで消極的な反対を示していた印象がある。もしかしたら、それは演技で、実は裏で巧妙に立ち回っていたのだろうか。

 それを率直に告げると、ヨアシュは苦笑で返した。

「演技などとは、とんでもない! ジューダ殿は、見たとおりの方ですよ」

 ヨアシュが言うには、もともとジューダは才覚ある商人ではないそうだ。そんな彼が十人委員のひとりに名を連ねているのは、父親のおかげであるという。

 ジューダの父親は、まさに傑物というべき大人物だった。父親から受け継いだ小さな酒屋を今日(こんにち)のジェボア屈指の豪商に築き上げた立志伝中の人物である。

 しかし、その後を継いだ三代目のジューダは気が弱く、決断力にも欠ける男だった。商売には、時には攻めに出なければならない場合もある。だが、ジューダは今の商売を守るばかりで、攻めに出ようとしなかった。大きな失敗こそなかったものの、少しずつ商売が小さくなり、ついには店を傾きかけさせてしまったという。

「私どもは、遠からずジューダ殿は破産すると見ておりました。――ところが、ジューダ殿はどこからか莫大な資金を調達してきて傾きかけた店を立て直したばかりか、ホルメア国の王宮にまで酒を納めるようになり、以前にも増して商売を大きくしたのです。当然ながら、私たちも興味を覚えました」

 同じジェボア商人とは言っても、しょせんは商売敵である。商売敵がどこからか資金を調達してくれば、その出資先を調べぬはずがなかった。ジューダも資金の出資先をひた隠しにしてはいたが、海千山千の豪商たちの目からは隠し切れるものではない。

「奴隷商人ピレモン」

 勿体(もったい)つけるように間を置いてからヨアシュが告げたのは、資金援助を得るようになってからジューダが頻繁に接触するようになった男の名である。

「ピレモンは、ホルメア国王宮御用達の奴隷商人です。あまり評判の良い方ではありません。貸した金が返せないなら、金の代わりにその人の肉を切り取るとまで噂された強欲な方です。そのような方が何の目的もなくお金を貸すわけがございません」

 ヨアシュは、そこで声をひそめる。

「おそらくはマーマンの密輸に協力する見返りではないかと私たちは考えております」

「そこまでわかっているのならば、そのジューダとか言う奴の隊商を調べればわかるだろう?」

 横から口を挟んだのはシェムルに、ヨアシュは苦笑いとともに返す。

「実は、そう思った方がいらっしゃったのですが……」

 それは、かねてより十人委員の座を狙っていたジェボアの豪商のひとりだった。その豪商はジューダを十人委員の座から蹴り落とすために、いろいろと難癖をつけてジューダの隊商の荷を徹底的に(あらた)めさせたのである。

「それでもまだジューダさんが十人委員のままってことは、つまり……」

 蒼馬の問いに、ヨアシュはこくりとうなずいた。

「ええ。隊商の中からは、マーマンは見つかりませんでした」

 ジェボアを実質的に支配する十人委員のひとりに疑惑をかけ、その隊商を足止めしてまで荷を検めたのだ。その豪商はそれこそ血眼でマーマンの子供を探したという。ところが、マーマンの子供の姿は見つからなかったのである。

 十人委員になるのを目論んでいた豪商だったが、かえって荷を止めた謝罪とその賠償金をジューダに要求された挙げ句、半ば追放という形でジェボアを出て行かねばならなくなったという。

「そうしたことがあり、ジェボア商人の間ではジューダ殿への疑いを口にするのは、はばかられているのです」

 疑わしいが、確たる証拠が見つからない。下手に手を出せば、追放された豪商の二の舞になるのではないかと誰もが二の足を踏んでいると、ヨアシュは最後に付け加えた。

「ヨアシュさん自身は、ジューダさんがマーマンの子供を密輸しているという疑惑は本当だと思いますか?」

 最後に蒼馬はヨアシュの意見を求めた。

「あくまで私見ではありますが――」

 そう前置きしてから、ヨアシュは断言する。

「――限りなく真っ黒に近い黒ですね」

 陸上では自分の力では移動もままならないマーマンを運ぶとなれば、それだけの人手や荷車などの輸送手段が必要となる。わざわざマーマン輸送のためだけにそれだけのものを用意すれば、自らマーマン密輸を周囲に喧伝するようなものだ。

 それに一度に密輸されるマーマンの子供たちは、多くては見つかりやすくなり、かといってたったひとりかふたりだけでは割が合わない。おそらくは一度に運ぶのは四、五人と考えられる。だが、わずか四、五人の子供といっても、それを隠し切れるだけの場所を確保するには、小さな隊商程度では無理な話だ。

 つまり、マーマンの子供たちを密輸するには、ホルメア国に何度も行くのを怪しまれず、なおかつ子供たちを隠せるだけの場所が確保できるだけの規模がある隊商が必要となる。

「そして、ジューダ殿は、それを持っているのです」

 ヨアシュが言うには、ホルメア王宮や諸侯らに葡萄酒などを納めるために、大きな酒樽を満載にした荷車を大竜に曳かせた隊商を定期的に運用しているという。まさに、マーマンの子供たちを密輸するには格好の隊商なのだ。

「ですが、先程も言ったように、この隊商を調べ尽くしてもマーマンの子供たちは見つかっておりません」

 お手上げとばかりに、ヨアシュは肩をすくめて見せた。

 ジューダへの疑惑を聞き終えた蒼馬は、ふむと腕組みをして考え込む。

 話を聞けば聞くほど、ジューダがマーマン誘拐に一枚噛んでいるとしか思えない。だからこそ、ヨアシュの話に出て来た豪商も身を滅ぼす危険を覚悟でジューダの隊商を調べさせたのだろう。

 しかし、それでもさらわれたマーマンの子供は見つからなかった。

 いったいどこに隠されているのだろう?

 皆が考え込んでしまったところに、ズーグが口を開く。

「隊商の中に見つからぬのならば、隊商に載せる前にマーマンのガキたちを押さえれば良いのではないのか?」

 どのような手を使っているかわからないが、徹底的な臨検を行っても見つからないぐらい巧妙に隠されてしまうのならば、その前に見つけ出してしまえば良い。

 ズーグの発想の転換ともいうべき意見に、皆は感心した目を向ける。

 それはガラムとて例外ではなかった。しかし、そんな自分の視線に気づいたズーグに、「どうだ、すごかろう?」とでも言うように鼻の穴を広げて胸を張られると、(しゃく)(さわ)る。

「……馬鹿もたまには良いことをいうものだな」

「おい、ガラム。貴様は俺に喧嘩を売っているのか?」

 いきなり胸をぶつけて睨み合い始めたふたりを無視して蒼馬は話を進める。

「ズーグさんの意見も、一理あると思います。それに、さらわれた子供たちも、おそらく街の近く――それも海に近いところに隠されているはずです。場所が限定できるのならば、探せないはずがありません」

 マーマンの子供たちをさらったのは、貴重な奴隷として売り払うためだ。そのため、子供たちを下手に傷つけたり、死なせたりしないように、それなりの世話をする必要もある。

 そして、それにはマーマンの身体を濡らす海水や食べさせる魚が欠かせない。海から遠く離れれば離れるほど、そうした海水や魚を運ぶ労力もかかり人の目にも付きやすくなるだろう。それを考えれば、さらわれた子供たちを隠しているのは、海岸か海よりあまり離れていない場所の可能性が高い。

「ジューダさんなら、マーマンの子供たちを隠せるだけ大きな屋敷とか、港の倉庫なんかを所有しているんじゃないですか?」

 蒼馬の考えにうなずきながらも、ヨアシュはそれを否定した。

「海に近い場所という意見には同意いたしますが、所有している屋敷や倉庫には隠さないでしょう」

 マーマンの子供たちは、大事な商品であるのと同時に身を滅ぼす爆弾のようなものだ。そんなものを小心者のジューダが身近に長く置いておくとは考えられないとヨアシュは言う。

「ジェボアの街から少し離れれば、人の目につきにくい岩場の海岸がいくつもあります。私がジューダ殿でしたら、隊商が出る直前までそこに隠しておくでしょう」

 ジェボアの街の近郊からやってきた人ひとりを隠せる程度の小さな馬車なら、ジューダの商会の名を使えば小さな街門ぐらいは素通りさせられる。また、夜警の兵士に金を掴ませて夜中にこっそり運び込むという手もある。もしくは、人目につかない街の外で落ち合って、マーマンの子供たちを隊商に積み込んでいるのだろう、とヨアシュは言った。

「それなら、方針は決まったね」

 そう言ってから蒼馬は皆の顔を見回した。

「みんなで、人目に付きそうもない岩場の海岸をしらみつぶしに探して行こう。子供たちが隊商に載せられる前に、見つけ出すんだ」

 それに皆は承知したとばかりに大きくうなずいて見せた。

 しかし、その時である。

 屋敷の使用人のひとりが慌てた様子でやってきた。使用人は蒼馬たちへ一礼してから、ヨアシュに何事かを耳打ちする。すると、ヨアシュの顔が見るからにこわばった。

「どうかされました……?」

 何か悪い予感を覚えた蒼馬が尋ねると、ヨアシュは内心の動揺を隠すように小さく咳払いしてから答えた。

「街に程近い場所にある岩場の海岸で不審な火事が起き、その焼跡に何者かが潜伏していた形跡がある洞窟が見つかったそうです」

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