第38話 工房
ソルビアント平原の中央地帯。ゾアンたちの聖地ロロに程近い場所に、草も生えない荒野が広がっていた。そこは雨季でもめったに雨が降らない土地だ。いたるところで、乾き切った赤土が風の中を舞い踊る姿が見受けられる。
「ここがそうか?」
そんな土地で、手でまびさしを作って周囲を見回しながら尋ねたのは、ドワーフの戦士にして名工たるドヴァーリンである。
彼に尋ねられたのは、若いドワーフだ。若いといってもドワーフの風習として、彼もまた顔を黒い髭で覆っており、人間からは外見でその年齢を推し量るのは難しい。
「はい。親父たちの話では、この辺りにあるそうです」
若いドワーフの答えに、ドヴァーリンは満足げにひとつうなずいた。
「よし。――みな、手分けして探すんじゃ!」
その号令とともにドワーフたちは散り散りになると、そこいらにある石や岩などをひっくり返し始めた。そして、しばらくしてそのうちひとりが大声を上げる。
「おい! あったぞ!」
そう叫んだドワーフの足元には、ひっくり返された大きな石が、それまで地面に向けていた腹を上にさらしていた。駆けつけたドヴァーリンが素手で石の腹を払って土を落とすと、そこに刻まれた図形があらわになる。
「間違いない。ドワーフの工匠が使う暗号じゃ」
ドヴァーリンは、仲間たちに石があった場所を掘らせた。手際よく穴が掘られていき、瞬く間にドワーフの背丈ほどの深さになる。すると、鋤を振るっていたドワーフの手におかしな手ごたえが伝わってきた。鋤を放り出して慎重に手で土を退けていくと、土の下からは木の板が顔を覗かせる。ドワーフたちは固唾を飲みながらそれも退かすと、下からはぽっかりと口を開けた穴が姿を現した。
「おお! あったぞ。採掘跡じゃ」
ドワーフのひとりが火のついた松明を片手に、その穴の中に入っていった。しばらくして土まみれになって戻ってきたドワーフは、待ちわびていたドヴァーリンに向けて固く握りしめた右手を差し出した。
「ドヴァーリン殿。こいつを見てくれ」
そのドワーフの手に握りしめられたていたのは、土まみれの淡黄白色の石であった。ドヴァーリンは、それをしげしげと見つめてから、何を思ったのか口の中に、ひょいと投げ込む。そして、しばらく口の中で味わうように転がしてから、それをペッと吐き出した。
「間違いない。しかも、これはなかなか質も良いぞ」
ドヴァーリンの言葉に、周囲にいたドワーフたちが喜びの声を上げる。
「よし。さっそく掘り出すんじゃ! 掘り出したものは良く砕いてから一度焼き、鍋で煮詰めろ!」
ドヴァーリンの指示に従い、鋤やツルハシを持ったドワーフたちが慌ただしく動き始めた。
◆◇◆◇◆
蒼馬がその連絡を受けたのは、孤児院でソロンと今後の相談をしていた時である。
最近、孤児院の運営は好調であった。それは、ソロンに負うところが大きい。
そうなったきっかけは、ソロンが孤児院の教師となってまだ間もないある日のことである。酒精ばかりではなく怒りで顔を真っ赤にしたソロンが領主官邸に怒鳴り込んできたのだ。
「小僧! 言っておることとやっておることが違うではないか!」
いったい何事かと目を白黒させた蒼馬だったが、ソロンの話を聞くなり、唖然としてしまう。
何と、孤児院で雇い入れていた女性たちが、蒼馬の知らないうちに孤児たちを勝手に働かせていたのだ。しかも、そればかりか世話代の名目で孤児たちから給金を巻き上げ、自分らの懐に納めていたという。
そうなってしまったのは、この世界ではいまだに児童福祉という概念がなく、また小さな子供も貴重な働き手だったためである。
街の人々にとって、孤児たちは街の厄介者に他ならない。そんな孤児たちを集める孤児院は、そうした厄介者を収容する場所と勘違いされていたのだ。その上、雇われている女性から見れば、領主である蒼馬から衣食住の世話をしてもらいながら、孤児たちがやっているのは「アラビア数字」とかいうわけのわからないものを落書きしているだけ。
十歳にも満たない子供でも商家の奉公や職人の見習いに出されるのが、当たり前の世界なのだ。そんな世界の人からすれば、さすがに賃金を巻き上げるのはやりすぎでも、孤児たちを働かせるのはごく当然のことだったのである。
それを知った蒼馬は慌ててすべての女性らを解雇し、改めて他の女性らを雇い直すと、今度こそ孤児たちの世話を厳しく言い渡したのだ。
しかし、それだけではソロンの怒りは収まらなかった。
「お偉い領主様は、下々のことなど気づかないと見える。この老いぼれがやった方がマシじゃわい」
そう悪態をついたばかりか、ソロンは何と孤児院の経営権を寄越せと蒼馬に言い出したのだ。
それはとうてい一介の学士の言い分ではなかったが、実際に失敗をしたばかりの蒼馬は押し切られる形で経営権を与えるしかなかった。
しかし、本当に任せてしまって大丈夫かと蒼馬は心配だった。だが、その不安は良い意味で裏切られることになる。
しばらくすると、孤児院の状況は目を見張るほど改善されたのだ。そればかりか、当初は労働力としてこき使うか、奴隷として売り払うために子供を集めていると思われていた孤児院の誤解もいつしか消え去り、今では自ら孤児院にやってくる孤児たちまで現れるようになっていたのである。
これには蒼馬も驚いた。いったいどのような方法を用いたのか問い質すと、ソロンは勿体つけるどころか、その日の昼食を尋ねられたかのように、あっさりと答えた。
「子供は周囲の大人を見て学ぶもの。ならば、まずは周囲の大人を模範とさせるべし」
ソロンは孤児たちよりも先に、新しく雇い入れた女性たちに規則の遵守を徹底的に叩き込んだのである。そうした大人たちの姿を見て、孤児たちも自ずと規則を学んでいったのだ。
それを聞いて、蒼馬もなるほどと感心した。しかし、そこで終わらないのがソロンである。
「高い木の梢ばかり見上げている阿呆には、その根元に生える雑草こそがその木を支えていることをご存じないとみえる」
蒼馬が目指す新しい知識の普及や異種族への偏見払拭などは、まだ柔軟な思考を持つ子供たちを対象としたものだった。しかし、そればかりに気を取られ、その周りにいる大人たちへの対処を怠ったことをソロンは当てこすったのである。
この言い草にはシェムルも激怒したが、そのとおりと思ってしまった蒼馬は苦笑いするしかなかった。
それ以来、蒼馬は何くれとなくソロンに相談を持ちかけるようになったのである。
蒼馬は、自分の知識が偏っていることに気づいていた。何しろ蒼馬の知識の多くは漫画やライトノベルから仕入れたものだ。そうした作品の中では登場人物らがどんな知識を用いて、どんな結果を得られたかは書かれているが、その過程の描写が欠落している場合が多い。
また、いまだこちらの世界の常識に疎いため、蒼馬から問題を引き起こしてしまったこともある。
ところが、今回の孤児院の一件で、ソロンはそうした蒼馬の知識の偏りや常識の欠落を補って見せたのだ。
自分の欠点を自覚していた蒼馬は、それだけにソロンに大きな期待を寄せたのは無理もない。
ところが、どういうわけかソロンは孤児院の相談には乗るのだが、それ以外のこととなるとのらりくらりと言い逃れたり、話を逸らしたり、酷くなれば露骨に拒絶したのだ。
本来ならば街の統治などについても意見を聞かせて欲しかった蒼馬だが、根は押しの弱い少年である。ソロンの機嫌を損ねないように、持ちかける相談はもっぱら孤児と孤児院のことに限られてしまっていた。
そして、この時蒼馬がソロンと話していたことも、孤児たちが急増したことで、そろそろ今の孤児院の建物だけでは手狭になっているという話だった。
「建物は増築。孤児たちを世話をする人は街のご婦人たちを雇えば良いんですが、問題は教師ですね……」
「わしのような孤児に教えようという酔狂な奴は、めったにおらんからな」
難しい顔をする蒼馬に、ソロンは何がおかしいのかケラケラと笑ってから言葉を続けた。
「まあ、孤児たちの中には驚くほど飲み込みが早い奴もおる。ゆくゆくは、そうした奴らを教師代わりとして育てるしかあるまい」
「引き続き教師探しはやりますから、ソロンさんはそちらも進めておいてください」
孤児たちの教師探しは、ソロンの時でさんざん苦労したばかりである。とうてい一朝一夕には見つかりはしない。ソロンが言うように、教師探しと並行して今から教師の代わりを務められる素質がある者を選び出し、教育していくしかないだろう。
それ以外にも今後の孤児院の運営について様々なことをソロンと打ち合わせしていた蒼馬だったが、そこにエルフの美女エラディアがやってきた。
「ソーマ様。お話し中、失礼いたします」
不意の来客に備えて領主官邸にいるはずのエラディアがわざわざ孤児院まで足を運ぶとは珍しい。蒼馬は、何があったのかとエラディアに尋ねた。
「ドヴァーリン殿が、例のものが完成したので工房まで見に来て欲しいとのことでございます」
それを聞いたとたん、蒼馬は飛び上がって喜んだ。
「ホントッ?! ついにできたんだ! わかった! すぐに行くよ」
蒼馬の喜びように、ソロンは興味を覚える。
「おお、なんじゃ? 何か面白いことでもあったのか?」
「うるさい。おまえには関係ないことだ!」
好奇心を剥き出しにして尋ねるソロンに、先日の事のせいでソロンを毛嫌いしているシェムルはすげなく言い捨てた。それに、しつこく食い下がって来るかと警戒していたが、「老いぼれを除け者にして」とソロンがいじけてしまったのに、シェムルは拍子抜けしてしまう。
いじけるソロンに慌てて辞去の言葉を告げた蒼馬は、エラディアが乗って来た馬車に飛び乗ると、急ぎドヴァーリンが待つ工房へ向かった。
ドヴァーリンが待つという工房は、街の外にある。
馬車で街門を抜け、街の中央を流れる河を遡るように北へとしばらく進むと、河に寄り添うようにしてある森が見えて来た。その森の中に見える白い煙を上げる巨大な煉瓦造りの建物が、ドヴァーリンの工房である。
「ついにできたんですか?!」
工房の前に停車するなり馬車を飛び降りた蒼馬は、満面の笑みを浮かべて待っていたドヴァーリンたちドワーフへ挨拶もせずに叫んだ。それにドワーフたちは気を悪くするどころか、さらに得意げに胸を張って見せる。
「おうよ! ソーマ殿の大きな力になるのは間違いない!」
そう言うドヴァーリンの声には、ゆるぎない自負が感じられた。
「さあ、ソーマ殿。案内するので、中に入ってくれ」
ドヴァーリンに促された蒼馬はさっそく工房の中へと入ろうとしたのだが、その後ろで一緒に来ていたエラディアが足を止めた。
「ソーマ様、私はここでお待ちしております」
せっかくここまで来たのだから一緒に来ればいいのにと思った蒼馬に、エラディアは意味ありげに微笑んで見せた。
「これより先はドワーフの秘奥でございましょう。エルフの私が入れば、ドワーフたちも良い気はいたしません」
この世界のエルフとドワーフの確執を知っているものならば、さもありなんと思うだろう。しかし、このエラディアの物言いに、カチンッときたドヴァーリンは険のある口調で返した。
「はっ! エルフごときに工房を見られたからといって、何と言うことはないわ!」
それに周囲のドワーフたちが難色を示すが、ドヴァーリンは「見られただけで盗まれるほど、わしらの秘奥は軽くはない」と一喝して黙らせる。
ここまでドヴァーリンがエラディアを意識するのは、何もドワーフとエルフの確執だけではない。最近、エラディアたちエルフが女官として蒼馬の近辺を固め、その身の回りの世話や来客との対応などで目に見える形で蒼馬の力となっていたからである。
それに比べてドワーフは、これまで数々の道具を製作して貢献してきたとはいえ、それはほとんど蒼馬の発案で作られたものだ。その上、この工房を立ち上げるために莫大な資金を費やさせてしまっている。
そのため、どうしても蒼馬への貢献度ではドワーフはエルフに水をあけられた形となってしまっていた。
そうしたことに危機感を覚えていたドヴァーリンは、ここでドワーフが大きな功績を上げるところをエラディアに見せつけてやりたい気持ちがあったのだ。
鼻息を荒くするドヴァーリンに案内され、工房へと足を踏み入れた蒼馬たちの顔を熱気が叩きつけられる。
そろそろ冬将軍の足音が聞こえ始めた季節だというのに、工房の中には真夏もかくやという熱気が立ち込めていた。
工房の中に入って、まず目を引くのは中央に鎮座した巨大なドーム型の窯だ。窯の下部には火口が開いており、そこからは白熱化した炎が顔を覗かせていた。ドワーフの工匠たちは火口へ大量の薪を投げ込むと、数人がかりでないと動かせないほど巨大な足踏み式フイゴで空気を送り込む。すると、薪と空気を喰らった炎は、さらに勢いを増して燃え盛るのだ。
その窯で焼かれているのは、たくさんのルツボである。窯の側面にはいくつもの窓が設けられ、ドワーフたちは金属製のはさみ――やっとこで真っ赤に熱せられたルツボを出し入れしていた。
ルツボの中にはドロドロに溶けた液体状のものが入っており、ドワーフたちは手早くそれを熱く焼けた板に彫られた溝に垂らす。それをしばらく放置すると、しだいに熱を失って固まり、棒状になった。ドワーフたちは棒状になったそれを再び窯で軽く熱して、柔らかい飴のような状態にすると、今度は用意してあった金属の棒の先端につけられた粘土の塊に、それを手早く巻きつけていく。粘土に隙間なく巻きつけられたそれは、さらに窯で熱せられる。
「あれをゆっくりと冷ました後、中の粘土を掻き出してから磨いたのが、これよ」
ドヴァーリンが蒼馬へ手渡したのは、濃い緑色をした赤子の頭ほどの大きさの壺であった。
期待と興奮に震える手で、蒼馬は壺をためつすがめつ観察する。
普段目にする陶器とは、明らかに異なる滑らかな表面と独特の光沢。そして、何よりも、陽に透かして見るとわずかに光が透けて見えた。
目を輝かせる蒼馬に、ドヴァーリンはニカッと笑って見せた。
「それが、この工房でできたガラスの壺よ」
おまけ――
エルフ女官「ドヴァーリンから、ソーマ様に工房まで来てくれと連絡がありました」
エラディア「……わかりました。ソーマ様は今、孤児院にいらっしゃっています。私がお伝えして来るので、馬車の用意を」
エルフ女官「お伝えするだけでしたなら、わざわざお姉様が行かずとも、私たちで――」
エラディア「かまいません。留守は頼みますよ」
ドヴァーリン「はっ! エルフごときに工房を見られたからといって、何と言うことはないわ!」
エラディア「(ニヤリッ)」




