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破壊の御子  作者: 無銘工房
胎動の章
117/550

第36話 第二角-偏屈者

 三顧(さんこ)の礼。

 賢者を迎えるには、礼を尽くさねばならないという故事成語のひとつ。

 破壊の御子ソーマ・キサキが、大賢(だいけん)ソロンを迎え入れる時、当時はまだ無名だったソロンの家をソーマ自らが三度も訪れた故事に由来する。(故事ことわざ辞典より)


 ソーマが初めてソロンの家を訪ねると、寝台で横になって昼寝をしているソロンの姿が開け放たれた家の入口から見えた。シェムルは声を掛けてソロンを起こそうとしたが、それをソーマがたしなめた。

「ソロン先生はお休み中です。約束もなく訪れたのに、失礼があってはなりません。ここで起きられるのを待ちましょう」

 そう言って、家の入口でソロンが起きるのをずっと待ち続けた。

 シェムルは敬愛する主君が家にも上がれず待たされるのは不満だったが、ソーマがそう言うのだからジッと我慢するしかなかった。

 しかし、ソロンはなかなか目を覚まさない。それでもソーマが待ち続けると、太陽が西に沈もうかという時分になって、ようやくソロンは目を覚ました。

 起きたソロンは、寝ている間に勝手に家に入ることもなく、眠りを妨げることもなかったソーマの行いに深く感じ入ったが、間もなく日も暮れるためソーマにお引き取りを願った。

「今日は、もう日が暮れる。出直しなさい」

 その言い分にシェムルは憤慨(ふんがい)したが、ソーマは怒りもせずに言った。

「では、またお伺(うかが)いいたします」

 そして、後日改めてソーマはソロンの家を訪ねた。

 すると、ソロンは不在であった。やむなく帰ろうとしたソーマだったが、ちょうどそこに外出していたソロンが戻ってきた。

 さっそく挨拶しようとしたソーマだったが、彼に気づいたソロンは何も言わずにその場で踵(きびす)を返すと、街の市場へと向かって歩き出した。

「なんたる無礼な奴め!」

 先日のこともあり、シェムルは激昂(げっこう)してソロンに飛び掛かろうとした。

「待ちなさい、シェムル」

 しかし、ソーマはそれを押しとどめると、何も言わずにソロンの後を追った。

 すると、ソロンは無言のまま街の至る所へソーマを案内した。特にそれは貧民街などの街の裏の部分であり、これまでソーマが目にすることがなかった場所である。

 そうして一通り街を巡り終える頃には、すでに日も暮れようとする時分になっていた。それにソロンはソーマに言った。

「今日は、もう日が暮れる。また出直しなさい」

 これにシェムルは激怒したが、またもやソーマは怒りもせずに言った。

「では、また後日お伺いいたします」

 そして後日、ソーマはソロンの家を訪れた。

 すると、ソロンは訪れたソーマを見るなり、こう言った。

「人の上に立つ者は金銭欲に囚われてはいけない」

 すると、ソーマはすぐさま持っていた金銭をすべて地面に放り捨てた。

 それにソロンは深い感銘を受け、ソーマの足元に額(ぬか)づくと、これまでの非礼を詫(わ)びて、こう言った。

「我、ここに終生の主君を見出したり」と。

                   大陸西域史 第二十三巻より抜粋


               ◆◇◆◇◆


 大祭ボロロもつつがなく終え、ボルニスの街に戻ってきた蒼馬は、その日、街の名士の老人と昼食を共にしていた。

 街の統治には、街の名士や顔役たちの協力が不可欠の時代である。自分の意思を街に広めたり、逆に住民の陳情を汲んだりするために、それらの人と友好な関係を保つのも統治者としての責務であった。

 そのため、蒼馬はこうして街の名士らをしばしば昼食に招いていたのである。

 そして、幸いなことに蒼馬が食べている多様な香辛料を使ったゾアン風の味つけの料理は、街の名士たちからも好評を得ていて、それが蒼馬へのさらなる好感へとつながっていた。

 今日もそうした名士のひとりである老人と会食をしていたのだが、その途中で蒼馬の表情が冴えないのに気づいた老人が尋ねる。

「ソーマ様。何かお悩みごとがあるのではないでしょうか?」

 老人が推測したとおり、蒼馬には悩みがあった。せっかくの会食の場でそれを顔に出してしまったのを恥じた蒼馬は、その謝罪とできれば何か良い知恵が聞ければという期待を込めて、その悩みを打ち明けた。

「失礼しました。――孤児院のことで、ちょっと困っていまして……」

 蒼馬は、街での改革のひとつとして孤児院の建設と運営を行っていた。

 この時代、疫病や戦争で両親を失ったり、貧困からの口減らしのために捨てられたりして孤児となる子供が多かった。その中には里親と巡り合える者もいたが、そうした幸運な孤児はごくまれである。ほとんどの孤児たちは、物乞いやゴミ拾いでわずかな食物を得て命をつないでいるような状況であった。

 そうした苦しい状況から孤児たちの中には、スリやかっぱらいなどの悪事に手を染める者も多かった。中には徒党を組んで強盗や押し込みを働く者さえいて、街では厄介者の代名詞ともなっていたのである。

 そうした孤児たちの現状を知った蒼馬が、孤児院を作ろうと思ったのも当然だった。

 もちろん蒼馬が孤児院を作ろうと思ったのには、孤児たちへの憐憫(れんびん)の気持ちがあったのは否定しない。

 だが、それだけではなかった。

 かつて蒼馬がホルメア国軍の中隊長補佐であったマルクロニスと初めて対話した時、異種族を亜人類と差別するよう教えている軍隊の中で、なぜ彼が異種族に対して偏見がないのか尋ねたことがある。それに対するマルクロニスの答えは、幼い時は異種族とともに育ったからだ、というものだった。

 その答えを聞いた蒼馬は、孤児たちへ同じことをやろうと考えたのである。

 孤児院は、ただ孤児を保護するだけではない。孤児院を出てからの生活に困らないように、職業的技能の習得――すなわち職業訓練もやるつもりでいた。そして、その中でドワーフの製作技術などを代表とする異種族の優れた技術や知識を彼らから直接学ばせることで、聖教が唱えるように異種族が劣った種族ではないと、孤児たちに実体験させようという狙いがあったのだ。

 こうして蒼馬は、この世界では初となる孤児院を作ったのである。

 しかし、そこで蒼馬は思わぬ問題にぶち当たってしまった。

「実は、孤児たちを教えてくれる先生が見つからないんです」

 蒼馬は異種族への偏見を払拭する以外にも、基礎教育――つまりは「読み書き計算」を普及させることで、自分の勢力の基盤を強化したいという思惑もあった。

 そこで蒼馬は、暇を見つけては自身でアラビア数字と簡単な計算を孤児たちに教えていたのだが、いつまでも街の統治者と孤児の教師という二足のわらじのままでいるわけにはいかない。

 それに蒼馬は算数や理科程度の知識は教えられても、こちらの世界の文字がわからないのだ。どうしても、文字を教えられる教師が必要である。

 街には学問を他人に教えることで生計を立てている学士と呼ばれる人がおり、当初はそうした人たちを教師として雇用しようと蒼馬は考えていた。

 ところが、蒼馬に雇用されると聞くと最初は喜んで引き受けてくれた人も、教える相手が孤児だとわかったとたんに一様に断りを入れてくるのだ。

 それを聞いた老人は、さもありなんという風にうなずいて見せた。

「無理もありますまい。学士の方々は、総じて気位の高い方ばかりですからな」

 いまだ印刷技術などがないこの世界において、本はすべて人の手で書かれたものである。そのため大変希少であり、その価値は庶民の数か月分の生活費に相当するなどざらであった。

 当然、そのような本を手に入れて勉学に打ち込むのには、それ相応の資産が必要となってくる。そうした理由から、学士と呼ばれる人間はたいていが裕福な貴族や豪商の二男坊や三男坊たちだった。

 そうした気位の高い人間が、孤児に教えるのをよしとするはずがなかったのだ。

 学士が駄目なら貴族や豪商の子弟らに学問を教える知識奴隷を買い入れようかとも考えたが、自身で奴隷の解放をうたっておきながら奴隷を金で売買するわけにもいかず、蒼馬はほとほと困り果てていたのである。

 そんな蒼馬に老人は苦笑して見せた。

「よほどの変わり者でもなければ、孤児たちに学問を教えようとは……」

 そこで老人が、不意に言いよどむ。

「どうかされましたか?」

 それに不思議そうに蒼馬が尋ねると、老人は苦笑を浮かべて見せた。

「いや。変わり者といえば、ある者を思い出しまして」

 老人の口ぶりに、蒼馬は興味をそそられた。

「どのような方ですか?」

 はたして言って良いものかどうか、しばらく悩んでから老人は口を開いた。

「名前は、確かソロン。もう十数年も前ですが、この街にふらりと現れ、小さな家を一軒借りて暮らしているご老人です。日銭を稼ぐため手紙の代筆をするなど、それなりの教養がある方です。そればかりか、話を聞けば驚くほど見識にも優れたご老人なのです。――そうそう、このような話がございます……」

 そう言って老人が語ったのは、次のような話だった。


               ◆◇◆◇◆


 ボルニスの街に、近所では強欲と評判の男がいた。

 その男は、とにかく強欲だった。たとえ藁一本ですら他人のものは欲しがり、自分のものなら髪の毛一本ですら他人の手に渡るのを嫌がるというぐらいなのだから、その強欲さも知れるだろう。

 さて、その強欲な男の家の隣には、気のいい若夫婦が住んでいた。決して裕福ではなかったが、若い夫は良く働き、そして若い妻も夫を良く支える仲の良い夫婦である。最近になって若い妻の胎の中に新しい命が宿っているのを知った若い夫は、以前にもまして妻をいたわり、一生懸命働くようになっていた。

 そんなある日、若い夫は妻に精をつけてやろうと、市場で一羽の鶏を買ってきた。若い夫は家に帰ると、さっそく料理しようと庭で鶏の首を鎌で切り落とした。

 ところが、首を切られた鶏が大暴れ。若い夫の手から飛び出すと、垣根を飛び越えて隣の家の庭に飛び込んだ。そして、その庭の真ん中で、ぱたりと死んでしまったのである。

 若い夫は、これはしまったと思ったが、ちょうど家から出てきた強欲な男にこう言った。

「すみません。私の鶏が、そちらの庭に入って死んでしまいました。こちらに渡していただけないでしょうか?」

 すると強欲な男は自分の庭で死んでいる鶏を手に取ると、こう言った。

「ここは私の庭だ。私の庭に落ちているものは、私のものだ」

 当然、若い夫は納得できない。

「それはひどい話だ。その鶏は間違いなく私が買ってきたものです。どうか返してください」

 しかし、強欲な男は、それを鼻で笑い飛ばした。

「こいつのどこに、あんたのものだって書いてある? こいつは私の庭に落ちていたものだから、私のものだ」

 せっかく身ごもった妻のために、苦しい家計をやりくりして買い求めた鶏である。簡単には引き下がるわけにはいかない若い夫と、何と言われても返そうとはしない強欲な男は、返せ、返さぬの押し問答を始めた。

 その騒ぎを聞きつけ、近所の者たちも集まってきた。当然、近所の者たちは若い夫の肩を持つが、それがよけいに強欲な男を意固地にさせてしまい、頑として返さないと言う。

 ついには若い夫と強欲な男は、垣根越しに互いの胸倉を掴み合い、殴り合いになるかと思われた。

 そこに、たまたま通りすがったのがソロンである。

 ソロンは集まっていた近所の者たちから事の次第を聞くと、近くにあった荒縄を引っ掴み、若い夫と強欲な男が掴み合うところにひょこひょこと近づいて行った。

 何をするのかと皆が注目する中で、なんとソロンは垣根越しに強欲な男の服を掴むと、一気に引きずり落としたのである。

 突然のことに仰天(ぎょうてん)する若い夫に向けてソロンは言った。

「ほれ! 何をぼさっとしている。こいつを縛り上げろ」

 ソロンに一喝された若い夫は目を白黒とさせながらも強欲な男を縛り上げた。

 当然、強欲な男は激怒した。

「おまえたち、何の権利があって俺を縛り上げるんだ!」

 それに、ソロンは飄々(ひょうひょう)と答えたという。

「おまえは言ったではないか。自分の庭に落ちているものは、自分のものだと。ならば、この若い者の庭に落ちたものは、この若い者のものだろう。それとも、おまえの身体のどこかに、おまえのものだと書かれておるのか?」

 自分の言った言葉をそのまま返された強欲な男は、びっくり仰天。それでも必死に反論する。

「俺が俺のものだと言っているんだ!」

 それにソロンは、しかつめらしい表情を作ると、こう答えた。

「ふむ。それなら、そう言っている首だけをおまえに返そうではないか。ちょうど鶏は首はこちら、胴体がそちら。おまえは首がそちら、胴体はこちら。これで帳尻が合うというものだ」

 そう言うとソロンは落ちていた鎌を拾い上げると、強欲な男の咽喉元に突きつけた。これにはさすがの強欲な男も、たまらないとばかりに降参し、すぐさま若い夫に鶏を返して謝罪したと言う。


               ◆◇◆◇◆


 老人は、この他にもソロンが街の住民らの問題を解決した話をいくつか語ってくれた。

 それらを最後まで聞いた蒼馬は、感嘆の吐息を洩らした。

「面白い話ですね」

 蒼馬が関心を持った様子に、しかし老人は首を横に振った。

「ですが、ソロンをお雇いなされようと考えているのならば、やめられた方がよいでしょう」

「それは、なぜですか?」

「このような話がございます。ソロンの噂を聞いた豪商の方が、ソロンを邸宅に招いたときのことです……」

 その豪商は、酒宴を開いてソロンをもてなした。その席で豪商は、ソロンに次のように尋ねたという。

「あなたの特技はなんでしょうか?」

 するとソロンは酒精で顔を赤くしながら、こう答えた。

「人を怒らせることと不愉快にさせること」

 これにびっくりした豪商は、さらに「では、あなたは何をなせますか?」

と尋ねた。それにソロンは悪びれることなく、こう答えた。

「酒を飲むことと昼寝をすること」

 これには豪商も呆れ果て、早々にソロンを追い返してしまったと言う。

「とにかく、ひどく偏屈でひねくれた老人なのです。あのような者が、孤児たちに勉学を教えるのを良しとするとは、とても思いません」

 老人は蒼馬に向けて小さく首を横に振って見せた。


               ◆◇◆◇◆


 老人との会食を終えた蒼馬は、いつものように執務室で政務に励んでいた。

 そんな蒼馬に、シェムルが訝しげな声をかける。

「気が抜けているぞ。どうかしたのか、ソーマ?」

 シェムルの言うように、先程から蒼馬はどこか気が散漫になっているようだった。先程まで財務長官であるミシェナに街の状況を口頭で報告させていたのだが、その時も蒼馬は集中できていない様子であった。

「うん。ちょっとね……」

 蒼馬はそれだけ言うと、わずかにうつむいて腕組みをすると何か考え込む。

 いったい何をそんなに悩んでいるのかとシェムルが心配し始めた頃、ようやく蒼馬は顔を上げた。

「よし、決めた!」

「何を決めたと言うのだ?」

 小さく首をかしげるシェムルに、蒼馬は言った。

「ソロンって人に会いに行こうと思うんだ」

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― 新着の感想 ―
[一言] この話のサロンを迎えようとした豪商がうつけの父親のメナヘムだったりするのかな⁇
[一言] 「ソーマ様。何かお悩みごとがあるのではないしょうか?」 ☓あるのではないしょうか ○あるのではないでしょうか
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