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破壊の御子  作者: 無銘工房
胎動の章
115/550

第34話 けじめ

 活動報告にも書かせてもらいましたが、死にかけて入院しておりました。

 いまだに再発に怯えたり、後遺症に悩まされたりしておりますが執筆活動を再開いたします。

 これからもよろしくお願いいたします。

 天幕が立ち並ぶ宿営地から少し離れた場所に、シェムルはひとりたたずんでいた。彼女は、昨日からずっと蒼馬の無事の帰還を祈りながらマハ・ゲノバンデラの方を見つめ続けているのである。

「御子様も、ずいぶんといじらしいじゃないか」

 そんなシェムルに声をかけたのは、こっそりと宿営地に戻ってきた巫女頭であった。

 そうとは知らず、一晩中蒼馬の安全祈願の儀式をやってくれたと思い込んでいたシェムルは、巫女頭へ感謝の気持ちを込めて軽く頭を下げる。

「そんなに心配しなさんな。あの坊やは、御子だよ。それも恐ろしい死と破壊の女神様のね」

 その巫女頭の口振りに、シェムルは訝(いぶか)しげに眉根を寄せる。

 恩寵(おんちょう)という例外を除けば、神は御子だからといって特別に力を貸したり、守ったりはしない。それを祭祀の氏族の長である巫女頭が知らないはずがない。

「ちゃんとわかっているのかい、御子様。あんたの『臍下(さいか)の君(きみ)』は、死と破壊の女神の御子なんだよ」

 たとえ蒼馬自身が聖人君子であろうとも、彼に目を付けたのは死と破壊の女神アウラだ。あの恐ろしい女神が、単なる好奇心やお遊びで御子を選ぶとは思えない。そこには何か恐ろしい女神の思惑が隠されているはずだ。

 そうしたことを承知した上で、おまえは彼を「臍下の君」に選んでいるのか?

 巫女頭は言外に、シェムルをそう問い質しているのだ。

 それにシェムルはわずかに躊躇(ちゅうちょ)してから、答えた。

「もちろん、それは承知している」

 わずかに目を見張る巫女頭に、シェムルは言葉を続けた。

「でも、本当のソーマは、争い事が嫌いな奴なんだ。それこそ、他人を傷つけるぐらいなら自分が我慢をした方が良いって思うぐらい、やさしくて気が弱い奴なんだ」

 そこでシェムルは少し口ごもった。

「だから、ソーマはいつだって無理をしている。そして、それをさせてしまっているのは、私たちなんだ」

 シェムルは悔しげに歯を食いしばる。

「あいつは言葉にはしないが、時々私の顔色をうかがうんだ。これで大丈夫か? これで良いのか? って」

 それはどういうことだと訝(いぶか)る巫女頭に、シェムルは悲しげに微笑んで見せた。

「たぶん、ソーマはとても不安なんだと思う」

 巫女頭は、驚いた。あの「黒い獣」すら打ち破り、平原の開拓を断行し、数々の改革を推し進めていると噂に聞く「破壊の御子」が、何を不安に思うというのか。巫女頭には見当すらつかなかった。

「でも、それも当然だと思う。あいつは、何もかもが異なる世界に落とされたんだ。それこそ右も左もわからないというのに、いきなり私たちゾアンを助けるために同じ人間と戦わなくてはいけなくなったんだ。だからソーマは、本当に人間の行いが悪くて、本当に私たちゾアンを助けるのが正しいのかすら、不安を覚えているんだ。

 それだけじゃない。自分のやろうとしていることは間違ってないのか? もしかしたら、自分が教えたことで、もっとひどいことになるんじゃないか? 自分のやることで多くの人を不幸にしてしまうんじゃないか? そればかりか、ここに自分がいても良いのかすらもわからずに、迷っている。悩んでいる。苦しんでいる! それでもソーマは、私たちのために前に進もうとしているんだ」

 そう言い切ると、シェムルは口を閉ざした。しばしの沈黙の後に、シェムルは固い決意を込めて言った。

「だから、他の誰が否定しようとも、私だけはソーマを認めていてやる。おまえは、間違ってない。おまえは、良い奴なんだ。おまえは、ここにいても良いんだって」

 そこまで言ってシェムルは照れ臭くなったのか、頭を掻いて「でも、馬鹿な私でもわかるぐらい間違ったことをやったなら、その時は殴ってでも止めるけどな」と続けた。

 そんなシェムルに、巫女頭は昨夜観た未来の幻視を告げようか迷った。

 しかし、予知は絶対のものではない。あくまで、現時点でもっとも可能性が高い未来を神の力によって観られるだけのものにすぎないのだ。

 実際に、蒼馬がこの世界に落ちてくる以前、巫女頭が何度となく獣の神の力によってゾアンの未来を予知した時は、ゾアンは人間によって滅ぼされるか、わずかに山岳奥深くに息をひそめるようにして生活する子孫たちの姿しか見えなかった。

 ところが最近では、いくら予知をしてもゾアンの未来が見通せなくなっているのだ。

 それは、獣の神と同等かそれ以上の力を持つ死と破壊の女神の力によって、蒼馬というそれまでになかった未知の因子が投げ込まれたため、未来が混沌としてしまったためだろう。それこそ今回のように六柱の神の力でもなければ見通せないほどに。

 それと同じように、予知した時点では考えてもいなかった予知の内容をシェムルに明かすという事実を作ることで、あの破壊と虐殺の未来を未然に防げるかもしれない。

 そう思った巫女頭が口を開きかけたが、そこで思い止まった。

 予知の結果を告げるのは、同時にそうした未来の可能性があると彼らに意識させ、かえってその未来へと運命を追いやってしまう可能性もある。

 ゾアンの伝説の中にも、預言者によって「恋人である女によって身を滅ぼす」と予言された勇者が、その恋人を冷たく突き放したところ、かえってその恋人の怨みを買ってしまい、背中から刺されて予言が成就してしまったという結末の物語もあるのだ。

 だから、巫女頭は言葉を変えた。

「もし、あの坊やが『ランカカの過ち』をしでかしたら、どうするつもりだい?」

 ランカカとは、かつて平原にいたゾアンの族長の名前である。

 若い頃より聡明だと言われていたランカカは族長となったとき、自分の氏族を豊かにするために同胞たちにあることを命じた。

 それは自分の氏族の領域にいる狼を一匹残らず追い出すことだった。狼がいなくなれば、それを天敵としていた牛や兎がたくさん増える。そうすれば氏族の者たちが豊かになるとランカカは考えたのだ。

 当初はランカカの思惑どおり、牛や兎などが増えて氏族の者たちも大喜びした。ところが、しばらくすると増えすぎた牛たちによって草が食い尽くされ、かえって氏族の領域から牛たちが姿を消してしまったのである。

 そのため、ランカカの氏族はその日に食べるものにも困窮する有様で、他の氏族が援助しなければならなくなってしまった。

 こうして自分の氏族ばかりか、平原の他の氏族にまで迷惑をかけたランカカは、縄で縛り上げられると平原に放置され、生きたまま狼に食われるという罰を受けたという。

 このことから当人は善意で行ったことが、かえって多くの人々に悪い結果をもたらすことを平原のゾアンたちは「ランカカの過ち」と呼ぶのである。

 その巫女頭の問いに、シェムルは何の曇りもない笑顔で答えた。

「その時は、ソーマと一緒に笑って狼に食われてやる」

 その笑顔に気圧されたように息を呑んだ巫女頭だったが、しばらくしてホッとため息を洩らした。

「御子様。あんたは、間違いなく《気高き牙》だよ……」

 巫女頭は、もはや何も言うまいと思った。たとえ何を言ったところで、シェムルの意志は変わることはないと感じたからだ。

 しかし、それでもひとつだけ言わずにはいられないことがあった。

 あの予知の中では、シェムルかどうかはわからないが御子と呼ばれる者がいなくなったと言っていた。もし、それが言葉どおり彼女が蒼馬から離れたことを意味するのならば、それを防ぐことであの未来を変えられるかもしれない。

 巫女頭はあえて、いなくなったという別の意味でのことは考えないようにしていた。

「でも、それだけの覚悟をしたんだ。決して、あんたの『臍下の君』から離れるんじゃないよ」

 すると、シェムルはドンッと自分の胸をひとつ叩いて見せた。

「当然ではないか!」

 そう言って自信たっぷりの顔で胸を張っていたシェムルだったが、その顔がパッと明るく輝いた。どうかしたのかと巫女頭がシェムルの視線を追うと、そこにはちょうど山から下りてくる蒼馬の姿があった。

「ソーマッ!」

 そう叫ぶなり、シェムルは四つ足となって駆け出した。その後ろ姿を見ながら、巫女頭はため息交じりにぼやく。

「やれやれ、しょうがない御子様だよ。――さて、みんなを呼んでおいで」

 言葉の後ろ半分は、巫女頭を護衛するために近くの茂みの中で息を殺していた陰供に向けられたものだ。陰供は、かすかに草を掻き分ける音を立てて宿営地へと駆け戻る。

 しばらくすると、陰供によって蒼馬の帰還を知らされたガラムたちが集まってきた。それから間もなくして、「怪我はないか? 体調は悪くないか?」と心配そうにまとわりつくシェムルを連れた蒼馬が巫女頭の前に立つ。

「ただいま戻りました」

 ほがらかな笑みで帰還を告げる蒼馬に、巫女頭は鷹揚(おうよう)にうなずいて見せる。

「さあ、坊やがマハ・ゲノバンデラに登った証を見せてもらおうか」

 それに蒼馬は背負っていた甕を地面に下ろし、差し出した。巫女頭は、甕の中にあるのが本当に「火の水」であるのかを確かめる。

「間違いない。これは『火の水』だ。この坊やがマハ・ゲノバンデラに登り、そこで一夜を明かしたことをこのあたしが認めようじゃないか」

 そう巫女頭が厳かに告げる声を聞きながら、その場にいたマンバハは唖然としてしまった。

 マハ・ゲノバンデラは、豪胆な戦士と自負する自分ですら臆する悪霊の山である。そこで一夜を明かすなど無理難題も良いところだ。せいぜい怖くなって闇夜にまぎれて逃げ出すか、悪霊に取り殺されるのが関の山と思っていた。ところが、戦えもしない人間のガキがマハ・ゲノバンデラで一夜を明かして無事に生還したのである。こうして目の前にしても信じられないことだった。

 だが、いくら疑おうにも、「火の水」という明らかな証拠に加え、神や祭祀に関して強い権限を有する巫女頭がその偉業を認めると明言している以上はケチもつけられない。悔しげに歯ぎしりをしてうなるマンバハに、シェムルは得意げな顔になって胸を張って見せる。

「どうだ! 見たか、我が『臍下の君』の勇気と胆力を!」

 それに、なおさら悔しげな顔をするマンバハに、シェムルは得意の絶頂となる。

 そんなシェムルの大人げない態度に呆れ返っていた巫女頭に、蒼馬が声をかけた。

「マハ・ゲノバンデラは、普段は登ってはいけないとか、そういう決まりごとはあるんですか?」

「いや。そんなものはないよ。勝手に登って勝手に死んでも、あたしらは関知しないってだけさね」

 巫女頭の答えに、蒼馬は「それはよかった」と笑顔になる。それに、ずいぶんとおかしなことを訊くものだと首をかしげたシェムルが理由を尋ねると、蒼馬は答えた。

「この『火の水』もそうだけど、いろいろ山で面白いものを見つけたんだ。できれば、また登ってみたいと思ってね」

 ゾアンたちにとってみれば、マハ・ゲノバンデラにまた登りたいとは狂気の沙汰である。あっけらかんと答える蒼馬に、一同唖然としてしまった。

「今度はシェムルも一緒に登る? すごいんだよ。硫黄が青く燃えていて、夜なんてすごくきれいなんだ」

 いきなり話を振られたシェムルは、ぎょっと目を剥く。

「え……いや、その……我が『臍下の君』が言うのならば、私に否やはない……ぞ?」

 さすがのシェムルも引きつった笑いを浮かべるしかなかった。


               ◆◇◆◇◆


「どこに行くつもりだ、《荒ぶるたてがみ》よ」

 蒼馬たちがマハ・ゲノバンデラから聖地ロロに戻ってきた、その日の夜。

 わずかな取り巻きだけを従えて、夜逃げするように聖地ロロを後にしようとしたマンバハを待ち構えていたのは、ガラムであった。しかも、その後ろにはズーグばかりか、何と陰供を引き連れた巫女頭の姿まである。

「貴様はマハ・ゲノバンデラで一夜を明かせば認めると口にしたのに、ソーマが族王となる儀式を前に、どこに行こうというのだ?」

 取り巻きたちが動揺するのを背後に感じながら、マンバハはガラムに向けて吠える。

「ふざけるな! 誰がゲノバンダのようなクソを族王と仰ぐか!」

 マンバハが試練を認めたのは、とうてい達成できはしないと、タカをくくっていたからである。そもそも貧弱な人間のガキごときを自分の上だと認めることなど、死んでも我慢ならないことだ。

 そのマンバハの返答に、ガラムはニィッと牙を剥いて笑った。

「ほう。――では、おまえは戦士ではないな」

 牙を見せるのはゾアンにとっては威嚇(いかく)と取られかねない無礼な行為である。この敵意もあらわなガラムの笑みに、マンバハは激昂(げっこう)した。

「ガキがっ! この俺様が戦士ではないだと?!」

「ああ。そうとも。俺の妹が言っていたぞ。ただ人を殺すだけならば、それはただの人殺しとなんら変わらぬ。戦士とは己を誇りと誓いで律する者だとな。俺の妹は、その誇りを偉大なる獣の神に認められた者だ。その言葉は軽くはないぞ」

 ガラムはマンバハを指差す。

「そして、マハ・ゲノバンデラで一夜を過ごせば族王と認めると口にしておきながら、こうして解放されれば、そそくさと逃げ出す奴のどこに戦士としての誇りがある? 答えよ、マンバハよ!」

 ガラムはあえてマンバハを字(あざな)ではなく、その名で呼び捨てた。

「貴様! 俺を侮辱しに来たか?!」

「おうよ!」

 怒りのあまり全身をブルブルと震わせるマンバハの言葉に、ガラムはそう応じた。

「これでも大族長となる身だ。まさか大族長となる俺が、格下の貴様ごときに決闘を挑むわけにはいくまい? そちらから挑んでくるのを待っているのだがな」

 それについにマンバハが切れた。

「このクソガキがッ! ――よかろう! この《荒ぶるたてがみ》は、《猛き牙》に決闘を挑もう!」

「この《猛き牙》は、《荒ぶるたてがみ》の決闘の申し出を受けよう!」

 ふたりは同時に音を立てて山刀を抜き放った。

「それなら、このあたしが決闘の見届け人をやってあげるよ」

 わずかに距離を空けて対峙(たいじ)するガラムとマンバハの間に立った巫女頭が、厳(おごそ)かに告げた。

「良いかい? この決闘は、ここにいるあたしたちだけの秘密とする。たとえ敗者が死んでも、その死はしばらくの間は秘され、ほとぼりが冷めた後に病死と公表する。――それで文句はないね?」

 ガラムとマンバハは異口同音に「異論なし!」と答える。

「さあ、けじめをつけさせてもらうぞ、マンバハ」

「ほざくな、ガキがっ!!」

 その叫びとともに、マンバハは山刀を振りかぶってガラムへと斬りかかった。

 さすがは、かつては平原最強の戦士と呼ばれた男である。山刀を縦横無尽に振り回して斬りかかる様は、まさに嵐のようだ。すでに戦士としての絶頂期は過ぎ去ったかに思っていたが、巫女頭の目には往時と比べてもいささかの衰えも見受けられなかった。

 ガラムの強い要望もあり、この決闘を認めたのだが、これは早まったかも知れないと巫女頭は悔やむ。この場でガラムに大事があれば、この後に控えている蒼馬の族王襲名がご破算になってしまう。

 いざとなったらズーグに割って入ってもらわねばならない。

 そう思った巫女頭が、あらかじめズーグに言い含めておこうとしたが、それよりも先にズーグが舌打ち交じりにボソッと呟いた。

「まったく。何を躊躇(ためら)っている……」

 ズーグの不機嫌そうな物言いに、巫女頭がその真意を図りかねている間にも、マンバハの猛攻は続いていた。

「どうした、ガラム! 達者なのは口だけか?!」

 マンバハは山刀を振るいながら、防戦一方のガラムを嘲(あざけ)り笑う。しかし、それにもガラムは心を乱すことなく、淡々とマンバハの山刀をさばきながら答える。

「……衰えたな、マンバハ」

 一方的に攻められているくせに冷ややかに返すガラムに、マンバハはさらに怒りを掻き立てられた。

 渾身の一撃を喰らわせてやるとばかりに、マンバハは大きく山刀を振りかぶる。それにガラムの注意が上に向いたのを見計らい、マンバハはガラムの顔めがけて土を蹴り上げた。この思わぬ不意打ちに、ガラムは避ける間もなく顔に土をかぶってしまう。

「もらったっ!」

 その叫びとともに、マンバハは山刀をガラムの脳天に叩き落した。

 ところが、その手が何の手ごたえもないまま空を切る。

 なぜだ? 《猛き牙》は目の前にいるのに、なぜ俺の山刀が空を切る?!

 一瞬が驚くほど間延びして感じられる中で、マンバハはありえない事態に愕然とした。しかし、その視界の隅に宙を漂うものをとらえたとき、その理由を悟る。

 マンバハの視界の隅に映ったのは、山刀を握ったままクルクルと回転しながら宙を漂う自分の右手首だった。

 自分の目では捉(とら)えきれない速度で振るわれたガラムの左の一閃が、右手首を切り落としていたのだ。

 そう悟った瞬間、マンバハの時間が元に戻った。そのとたん、今になって右手首から切り落とされた痛みが駆け上る。

「俺の右手がっ?!」

 そう叫ぼうとしたマンバハだったが、その口から出たのは空気の洩れる音と血のしぶきだった。

 マンバハの首は、すでにガラムの右の一閃によって気管を完全に断ち切られるほど切り裂かれていたのである。

 それでもマンバハはガラムに挑もうとするように手首を失った右手を伸ばす。しかし、その手は届くことなく、マンバハは声にならない叫びを上げ、どうっと音を立てて地面にくずおれていった。

 わずかに痙攣していた身体もついには動かなくなり、その命の火が消えたマンバハの骸を見下ろしながら、ガラムはポツリッと言った。

「これで、けじめだ。――だが、おまえの力が衰える前に、決着をつけたかったぞ」

 ガラムの声に、喜びの響きはなかった。

 かつてはマンバハの慢心によって勝ちを拾い、今回はマンバハが老いて衰えてしまったゆえの勝利だ。決闘に勝ったものの、ガラムの心には勝利の喜びはなかった。

 静かにたたずむガラムを刺激しないように、そろそろとその場を逃げようとしていたマンバハの取り巻きたちの背中に、巫女頭の声が飛んだ。

「お待ちっ!」

 ビクッと身体を震わせる取り巻きたちに向かって、巫女頭はマンバハの遺体を指し示す。

「あんたらが担ぎ上げようとした男だよ。ちゃんと連れて帰って弔(とむら)っておやり。――ただし、約定どおりその死は半年は伏せな。もし、それ以前に《荒ぶるたてがみ》の死が洩れるようなことがあれば、あんたらの死後はあたしが保証しないからね」

 巫女頭の脅しに震え上がったマンバハの取り巻きたちは、陰供から渡された大きな毛織物にマンバハの遺体を包むと、それを担いでそそくさとその場を立ち去ったのである。

 その光景にガラムは、悲哀を感じずにはいられなかった。

 マンバハは、かつては平原最強の戦士と呼ばれた男である。本来ならば、その死は多くの人に惜しまれ、盛大に弔われるはずだ。それがたった一度の敗北で道を踏み外したがため、こうしてその死は伏され、ひそかに弔われなければならない。

 せめて自分だけでも、かつての平原最強の戦士のために祈ろうと、取り巻きたちに担がれたマンバハの遺体に向けて黙とうした。

 そんな感傷に浸るガラムの隣に、腕組みをしたズーグが肩を並べる。

「ふん! ガラムごときに敵わぬようでは、俺が戦うまでもなかったな!」

 鼻息も荒く言い放つズーグに、ガラムは感傷も吹き飛び、カチンッとくる。

「そうだな。おまえ程度に勝てぬような奴では、俺の相手にはならなかったぞ」

「あぁんッ! 何が言いたいんだ、おまえはッ?!」

「おまえが先に言い出したのだろう!」

 ガラムとズーグは鼻を突き合わせると、互いに牙を剥いて威嚇し合う。

 いきなりいがみ合い出したふたりを前に、巫女頭は自分の頬に手を当て、やれやれとため息を洩らした。

 ふたりはマンバハを衰えたと思っているようだが、とんでもない話だ。

 決闘の雪辱を晴らすために鍛錬を重ねてきたマンバハは、巫女頭が見たところ衰えるどころか、むしろかつてよりも強いと感じたぐらいである。

 そのマンバハを一蹴できたのは、ガラムの方がはるかに強くなっていただけだ。

 おそらくは、あのジャハーンギルとかいうディノサウリアンなどのように自分よりはるかに強い者を間近にし、いくたの死線を潜り抜け、そして力と技を競い合える友の存在が、ガラムを知らず知らずのうちに戦士としての高みに至らせたのだろう。

「巫女頭様。おふたりを止めなくてよろしいのですか?」

 まだいがみ合いを続けるふたりを横目に進言してきた陰供に、巫女頭は小さく首を横に振る。

「放っておきな。あれは、ガキの喧嘩さね。――あたしらは、先にロロに戻るよ」

 そう言うと陰供たちを引き連れてロロへと踵を返した巫女頭は、今もまだ続くガラムとズーグのいがみ合う声を背中で聞きながら、ほうっと吐息を洩らした。

「さて、これで残すは大祭ボロロだけかね……」

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