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破壊の御子  作者: 無銘工房
胎動の章
109/550

第28話 荒ぶるたてがみ(後)

「平原最強の戦士と呼ばれていた《荒ぶるたてがみ》メヌイン・ヌルガ・マンバハと初めて会ったのは、もう五年も前になるだろうか……」

 ガラムは、当時を振り返りつつ語り始めた。

 その頃、ホルメア国軍の執拗な討伐によって丘陵地帯へ追いやられていたゾアンたちは、それでも時折、平原に戻っては砦やそこへ向かう部隊を襲撃するなど、抵抗を続けていた。

 そして、ガラムとマンバハが出会ったのは、〈牙の氏族〉と〈たてがみの氏族〉が共闘して砦へ物資を運ぶホルメア国軍の輜重隊を襲撃したときのことである。

「襲撃は成功し、俺たちは多くの人間の兵士を討ち取った。一部の人間たちは荷馬車などを盾にして抵抗したが、すでに誰の目から見ても勝敗は明らかだった」

 そして、敗北を悟った輜重隊の隊長は、ゾアンへ降伏を申し入れたのである。

 しかし、両氏族の族長らは、それを拒絶した。

 これまで多くのゾアンらの村を襲撃したホルメア国軍は、たとえゾアンが降伏を申し入れても、それを無視して老人女子供を問わずに虐殺をしてきたのだ。それなのに自分らの番になれば、降伏して命を長らえようと言うのは、あまりに虫が良い話だったからである。

 ところが、そこに差し出口を挟んだのが、マンバハだった。

「奴は族長らを差し置いて、人間の隊長に『自分で首を斬り落として見せれば、他の奴らは助けてやる』と言ったのだ」

 そのときの敗者をなぶるマンバハの口調を思い出したガラムは鼻にしわを寄せた。

 人の首は丈夫な頚骨があるため、なかなか切り落とせるものではない。ましてや自分でそれを切り落とすなど至難の業である。マンバハには人間を助ける気など毛頭なく、人間たちをなぶる目的で言ったのは明白だった。

 ところが、マンバハの言葉を聞いた人間の隊長は、うなじに剣を押し当てて後ろに倒れると、自らの体重と倒れる勢いを利用して、見事に自分の首を落としたのである。

 これには、さすがにゾアンの戦士たちも感嘆せずにはいられなかった。

 しかし、マンバハは隊長の首を前にしながらも、戦士たちに生き残った人間を皆殺しにしろと命じたのである。

 それに反発したのが、まだ戦士を名乗る資格を得たばかりのガラムであった。

「そのとき俺はまだ戦士になったばかりで、毛も生えそろっておらぬガキだった」

 一度助命を約したというのに、その舌の根も乾かぬうちにそれを反故(ほご)にするなど戦士の風上にも置けないと、両氏族の戦士たちが居並ぶ中でマンバハを罵倒したのである。

 その言い分には〈牙の氏族〉の戦士のみならず〈たてがみの戦士〉の中にも口には出さないが同意見の者も多かった。

 ところがマンバハは、それすらも「誇り高いゾアンの戦士は、牛のクソと誓いはせん!」と鼻で笑い飛ばしたのである。

「それに、ついカッとなってな。その場で、《荒ぶるたてがみ》に決闘を申し込んでしまった」

 ガラムは、青臭い子供だった自分を自嘲するように唇の片端を上げた。

 しかし、それはあまりに無謀な決闘だった。

 戦士として類(たぐい)まれな素質を秘めていたガラムであっても、当時は実戦経験も少なく、戦士としてはまだまだ未熟であった。それに対してマンバハは数多(あまた)の戦を戦い抜き、数々の決闘を制してきた歴戦の戦士である。平原最強という呼び名に偽りはなく、とうていガラムが相手になるような敵ではなかったのだ。

 両氏族の族長や戦士たちを前に始まった決闘であったが、マンバハの猛攻によって、あっという間にガラムは劣勢に追いやられてしまう。マンバハの重く鋭い山刀の攻撃をガラムは二刀でさばくのがやっとという状態であった。

 そして、ついにマンバハの一撃が、ガラムの眉間から頬までを切り裂いたのである。

「それが、この傷だ」

 そう言ってガラムは自分の顔の傷を指でなぞった。

「だが、俺は運が良かった。顔の傷は、派手に血が出る。あの時も見た目はひどかったが、俺に尻尾を巻かせるほどの深手ではなかった。そして、何よりも幸運だったのは、《荒ぶるたてがみ》は、平原最強と呼ばれる自分の力に驕(おご)り、俺を完全に見くびっていたことだ」

 マンバハから見れば、ガラムなどまだ毛も生えそろわぬガキ。それが浅いとは言え顔面を割られれば尻尾を丸めるだろうと思い、これで決着がついたと気を緩めたのである。

 その油断をガラムは見逃さなかった。

 ガラムはそれまで溜めこんでいた力を爆発させるようにし、二刀による渾身の一撃を放ったのだ。しかし、マンバハもさすがは平原最強と呼ばれた戦士である。とっさに後ろに跳んだため、ガラムの右の山刀はマンバハの左頬を浅く斬るにとどまった。

「だが、それと同時に、《荒ぶるたてがみ》の山刀を牽制するために振るった俺の左の山刀が、奴の右腕に手傷を負わしていたのだ」

 そのときの感触を思い出すように、ガラムは自分の左手を見下ろして言った。

 ガラムが与えた傷そのものは、さほど深手ではなかったらしい。ところが、頬を斬られた動揺もあってか、マンバハは自分の山刀を落としてしまったのだ。

 父祖より引き継いだ戦士の魂でもある山刀を敵の手によって落とされるというのは、ゾアンの戦士にとっては恥辱である。

 ましてや決闘においては、それは完全な敗北を意味していた。

 これには、いくらマンバハがまだ戦えると抗弁しようとも、両氏族の族長も居合わせたその場で行われた決闘の結果は覆らず、決闘はガラムの勝利で終わり、人間たちも無事に解放されたのである。

「これが、俺と《荒ぶるたてがみ》との因縁だ」

 ガラムから一通りの話を聞き終えた蒼馬は、当人から語られた武勇伝に感嘆の吐息を洩らした。

「そんなことがあったんですか。――それで、それを根に持たれているんですね」

「ああ、それもあるが。だが……」

 言いよどんだガラムの代わりに、ニヤニヤと笑ったズーグが引き継いだ。

「それを境に、マンバハの奴は落ち目になったのよ」

「なんで、いきなり?」

 話を聞いた限りでは、ガラムが勝利したのは彼の幸運とマンバハの過信によるものだ。そんな敗北ひとつで、平原最強と呼ばれた戦士が、いきなり落ち目になるとは思えなかった蒼馬は、その理由を尋ねた。

「ありていに言ってしまえば、マンバハは嫌われていたのよ」

 ズーグが言うには、以前からマンバハの強さを鼻にかけた横暴ぶりには眉をひそめる者が多かったという。それでもマンバハが大きな顔ができたのは、人間と戦うためにも平原最強と呼ばれるマンバハの力が必要だったからだ。

 ところが、まだ無名の少年だったガラムに敗北したのをきっかけに、たまりにたまっていた不満がついに噴出したのである。

「ガラムに負けたとたん、周囲の連中も手のひらを返し、マンバハはあっという間に孤立してしまったというわけだ。俺の死んだ親父も、ざまーみろと言っていたわ」

 当時のことを思い出し、ズーグはカカッと笑った。

 それとは逆に、マンバハへの当てこすりもあってガラムは一躍時の人となり、未来の平原最強の戦士と祭り上げられてしまったという。それがなおさら、マンバハのガラムへの怨みを深いものにしてしまったのだ。

 ガラムは苦り切った口調で言う。

「正直に言うが、あの時の俺はとうてい平原最強の戦士と呼べるような力はなかった。それなのに祭り上げられたおかげで、やっかむ奴もいれば、突っかかってくる奴もいて、さんざんだったぞ」

「ほう。それは気の毒だな」

 突っかかってきた奴の代表格ともいうべきズーグが空々しい顔で言うのに、ガラムは「おまえが言うな」とばかりにギロリッと睨みつける。しかし、ズーグの厚い面の皮の前には、それも通じないようだった。

 しばらくガラムやズーグから聞かされた話の内容を頭の中で吟味していた蒼馬は、自分が話の中で感じたマンバハの印象があっているか尋ねる。

「もしかして、マンバハって人は、すごく怒りっぽい?」

 ガラムは大きくうなずいた。

「ああ。そのとおりだ。――誰かに輪をかけて粗暴で怒りっぽい奴と思って間違いではない」

 先程の仕返しとばかりに、ガラムがズーグにあてこすった。

 それにズーグが「いったい誰のことを言っているのだ?」と剣呑な口調で問えば、ガラムも「ほう。誰かは身に覚えがあるようだな」とやり返す。

 そんないがみ合うふたりを横目に、蒼馬は腕組みをして、じっと考えた。

 まず、何とかしなければならない相手は、かつては平原最強と呼ばれていたマンバハというゾアンと、それに率いられた二百名近くものゾアンの戦士たちである。

 しかし、ただ彼らに勝つだけならば、そう難しい問題ではない。

 たとえば、ガラムとズーグに頼んで両氏族の戦士たちを招集させれば、マンバハたちを制圧するだけの戦力をそろえるのも簡単だろう。

 だけど、と蒼馬はチラリッと巫女頭を見やった。

 すると、巫女頭は蒼馬を値踏みするような目で見つめながら、その口許にニヤニヤとした笑いを張りつけている。

 その笑みに、やはりただ制圧すれば良いという話ではないと確信した蒼馬は、どうしたものかと頭を悩ませた。

 そのとき、ふと蒼馬の脳裏に、先程食べた料理のひとつが思い浮かぶ。

「あれがあったってことは……。――そうだ。ここには数万のゾアンの人たちが集まるんだから、当然近くにあるよね」

 蒼馬は思いついたものがあるのかどうか、念のために巫女頭に確認を取る。すると、なぜそのようなものを確認するのか訝しげな顔をしながらも、巫女頭は「あそこにあるよ」と言って眼下の平原の一角を指差して見せた。

「よしよし。ちょうど良い。マンバハって人がいる丘の東にあるのが、さらに良いね」

 それを確認した蒼馬は、満足げに何度もうなずいて見せる。

「どうだい、坊や。何とかできそうかい?」

 何やら良い思案が浮かんだ様子の蒼馬に、巫女頭は面白がるように尋ねた。

 しかし、その巫女頭でも、次の蒼馬の言葉は予想外であった。

「はい。――そうですね。明日の朝にでも片を付けられればと思っています」

「あ、明日の朝、かい?」

 急に聖地ロロに呼び出され、到着早々にこのような無理難題を突きつけられたのだ。それなのに、明日の朝には片づけられると豪語する蒼馬に、巫女頭は驚いた

「ちょっと手荒ですが、それほど怪我人も出さずに、みんなやっつけられると思います」

 すぐに準備をしなければいけないと、その場で巫女頭に辞去する挨拶をした蒼馬は、いそいそと聖地ロロを下りていった。

 再び死ぬような思いをしながら、ようやくロロから地上に下りた蒼馬は、地に足が着くなり、その場にへたり込んでしまう。

 そんな蒼馬にズーグが声をかけた。

「ソーマ殿。〈爪の氏族〉の戦士に急ぎ召集をかけよう。二、三百はすぐに集まるだろう」

 それにガラムもひとつうなずいてから自分も蒼馬に申し出る。

「〈牙の氏族〉の戦士らにも、すぐに声をかけよう」

 しかし、ふたりのせっかくの申し出に、蒼馬は感謝しながらもそれを断った。

「ありがとうございます。――でも、たぶん大丈夫かな?」

「大丈夫とは?」

 眉根を寄せて尋ねるガラムに、蒼馬はさらりと答えた。

「ドヴァーリンさんたちだけで、何とかできると思いますから」

「ドワーフたちの力だけで、マンバハたちをどうにかするつもりなのか?」

 驚きのあまり素っ頓狂な声を上げるガラムに、蒼馬は「うん」と軽く答えてうなずいて見せた。ようやく抜けていた腰がなおった蒼馬は立ち上がると、ドヴァーリンらが待っている場所へと歩き出した。

 その背中にガラムが慌てて声をかける。

「だが、ソーマよ。ドワーフたちは三十人もおらんのだぞ。それだけで、二百人近くいるマンバハたちをどうにかできるというのか?」

 これまで蒼馬の策には何度となく驚かされてきたガラムといえど、やはりわずかなドワーフたちだけでマンバハをどうにかできるというのには半信半疑な様子であった。

 そんなガラムに蒼馬は、ひとつ確認する。

「マンバハって人のところにいるのは、ゾアンだけだよね?」

 無論、こんなところにゾアン以外の種族がいるわけがない。ガラムが、そうだと答えると、蒼馬はあっけらかんとした口調で言った。

「ゾアンが相手なら、たぶん大丈夫だよ。ゾアンをやっつける方法なら、いくらでもあるからね」

 蒼馬の口から飛び出した物騒な言葉に、ガラムばかりかシェムルやズーグまでも、ぎょっとした顔になる。それに気づいていないのか、蒼馬は向かう先に幌馬車とその周りで思い思いの格好で休んでいるドワーフたちの姿を認めると、小走りに駆け出した。

「ドヴァーリンさん、ちょっとお願いがあるんです」

「いきなり、なんじゃい?」

 皮袋に入れたワインを飲みながら仲間たちと談笑をしていたドヴァーリンは、ぎょっとした。戻ってくるなり、いきなりお願いを口にする蒼馬に、嫌な予感を覚える。

 そして、その嫌な予感は的中した。

 身振り手振りを交えて蒼馬が説明するのを聞き終えたドヴァーリンは、難しい顔をして額に手を当てた。

「のお、ソーマ殿。おぬしは、わしらに頼めば何でもできると勘違いしておりゃせんか?」

「……もしかして、無理ですか?」

 落胆をあらわにする蒼馬に、ドヴァーリンはムッと顔をしかめる。それからしばらく、グムムッとうなっていたかと思うと、肺の中の空気をすべて絞り出すような大きなため息をついた。

「そう言われて、できんと言えるかい! やりゃ、ええんじゃろ!」

「ありがとうございます、ドヴァーリンさん」

 ドヴァーリンの了承が得られた蒼馬は満面の笑みになる。

 それに、周囲にいたドワーフたちは申し合わせたように、いっせいにため息をついたのだった。


             ◆◇◆◇◆


 聖地ロロの上に設(もう)けられた祭礼用の天幕の中で、巫女頭とシュヌパは顔を突き合わせていた。

「さて、あの坊やは、どうやってマンバハを叩きのめすんだろうね?」

 この巫女頭の問いに、シュヌパは小さく首をかしげて答える。

「ソーマ様の下には、ガラム坊やとズーグ坊やがいます。〈牙の氏族〉と〈爪の氏族〉の戦士らを使えば、簡単では?」

「まあ、それが一番簡単だろうね」

 マンバハの下にいる戦士たちも、どれだけ本気で大祭ボロロを潰してまで族王と大族長の襲名の儀式を妨害しようと思っているのかわからない。平原にその名を轟かせたガラムとズーグの両雄が戦士を引き連れていけば、それだけで降参する者も多く出るだろう。

 しかし、それを巫女頭は否定した。

「でも、それじゃあ駄目さ」

 おそらくマンバハと一部の彼の取り巻きたちは、それで治まるわけがない。こちらが高圧的に出れば、きっと強硬に反発するはずだ。そうして戦いにでもなれば、多くの戦士たちが傷つき、下手をすれば命を落とす者が出かねない。そんなことになれば、たとえマンバハたちを鎮圧できても、他のゾアンたちから新たな恨みを買ってしまうだろう。

「では、巫女頭様はどうするとお思いになられているのですか?」

 シュヌパの疑問に、巫女頭はしばし思案する。

「そうさね。――あたしなら、決闘を申し込もうかねぇ」

「決闘ですか?」

 シュヌパは、それこそあり得ないという顔をした。マンバハほどの戦士との決闘となれば、蒼馬には万万が一にも勝機はあり得ない。

「あの坊やは、おかしな恩寵を持っているんだろ?」

 巫女頭の問いに、シュヌパはひとつうなずいて見せた。

「ええ。この目で見ても信じられませんが、あの方は誰かを傷つけたり、何かを壊したりすることが一切できませんでした」

 巫女として蒼馬の恩寵に興味があったシュヌパは、蒼馬の許しを得て、その恩寵を確かめさせてもらったことがある。

 パンを小さくちぎって食べたり、干し肉を噛み切ったりはできるくせに、山刀を持たせても一本の髪の毛すら切れず、人を斬りつけても傷どころか痛みすら与えられないのだ。まだ未解明な部分も多い恩寵だが、こと戦いに関しては、蒼馬は赤子にすら勝てはしないだろう。

 それに巫女頭は、「それだからさ」と前置きして言った。

「マンバハが決闘を受け入れた後で、恩寵のことを明かすのさ。そうすりゃ、マンバハだって決闘の代理人を認めるしかないだろ? 後は、ガラム坊やなりズーグ坊やを代理に立てれば良い。これが一番傷つく人が少ないだろうね」

 シュヌパは、なるほどと思った。マンバハを騙すようだが、さすがにあの恩寵を見せられれば、マンバハとて決闘の代理を認めないわけにはいかないだろう。

 しかし、そうなると問題はガラムとズーグが、あのマンバハに勝てるかどうかだ。

 シュヌパも若き頃にマンバハが戦う姿を見たことがあるが、あれはまさに狂戦士と言ってもいい。ズーグの戦う姿も怒り狂う猛獣を思わせるが、マンバハの戦いぶりはさらに残虐非道という表現を付け加えねばならないほど恐ろしいものだった。

 そんなマンバハに打ち勝つのは、いくらガラムやズーグといえど容易ではないだろう。

「族王となる、あの坊や。それに大族長となる《猛き牙》にとって、大きな試練となるんじゃないのかねぇ」

 しかし、シュヌパは上品に口許に手をやって、クスッと笑いを洩らす。

「巫女頭様は、あのソーマと言う人間の子供をご存じない」

 それは、どういう意味かと巫女頭が問うと、シュヌパは悪戯っぽく笑って答えた。

「ソーマ様は、『みんなやっつけられる』と言っていたではありませんか。あの方は、きっと言葉どおり《荒ぶるたてがみ》たちをやっつけてくれるでしょう」


             ◆◇◆◇◆


 聖地ロロより少し離れた場所にある、小高い丘の上。いくつものゾアンの天幕によって周りを囲って作られた広場で、百名を超えるゾアンの戦士たちが声を張り上げていた。

「「はう! はう! はう!」」

 それは狩りのとき、獲物を追い立てるときの掛け声だ。その掛け声とともに、ゾアンたちは両手を打ち鳴らし、足踏みをする。

 そのゾアンの人垣を割って、数人の戦士たちによって首に縄をつけられた一頭の牛が連れてこられた。それは、たくましい身体に天を突くような角を持つ見事な雄牛である。雄牛は周囲を取り囲むゾアンたちの掛け声と熱気に当てられて激しく興奮し、今にも首につけられた縄を引きちぎらんばかりに暴れていた。

 そして、ゾアンの掛け声が最高潮に達した時、牛をつなぎとめていた縄がいっせいに斬られる。ついに拘束から解き放たれた牛は、ひとつ大きくいななくと、土を蹴立てて駆け出した。

 ゾアンの戦士らの人垣が作る狭い道を駆け抜けるその牛の前方に、ひとりの戦士が立ちはだかる。

 それは黄褐色の毛に、虎かシマハイエナのような黒い縞模様が入ったゾアンである。その鍛え上げた身体を誇示するかのように、上半身裸になったそのゾアンは、たった一振りの山刀だけを手に、暴走する牛と対峙した。

 立ちふさがる敵の姿にさらに猛り狂う牛を前にして、その戦士は刀傷がある左頬を長い舌でべろりと舐める。

 牛の角にかけられるかと思った瞬間、そのゾアンの戦士は紙一重で牛の角をかわした。そればかりか、すれ違いざまに左腕を牛の首に引っ掛けると、牛の突進する勢いを利用して牛の背中に飛び乗ると、手にした山刀で一瞬にして牛の首を掻き切った。

 首の動脈を切り裂かれた牛はたまらず、激しい土埃を上げ、つんのめるようにして地面に倒れてしまう。

 しばらくして、その土埃の中で、牛の背中からゾアンの戦士が立ち上がると、周囲から割れんばかりの歓声が沸き起こった。

 その歓声の中で、そのゾアンの戦士は周囲の人々に向けて声を張り上げて問いかけた。

「平原最強の戦士は、誰だっ?!」

 その問いに、周囲のゾアンたちは答えを唱和する。

「「マンバハ! マンバハッ! マンバハッ!!」」

「真に大族長に相応しいのは、誰だっ?!」

「「マンバハ! マンバハッ! マンバハッ!!」」

 そして、歓声を全身に浴びながら、そのゾアンの戦士は大きく腕を広げて、天を仰ぎながら最後の問いを叫んだ。

「俺様は、いったい誰だっ?!」

「「《荒ぶるたてがみ》! 《荒ぶるたてがみ》ッ! 《荒ぶるたてがみ》ッ!!」」

 かつて平原最強の戦士と呼ばれた男、《荒ぶるたてがみ》メヌイン・ヌルガ・マンバハは、大歓声に応えるように大きな笑い声を上げたのだった。


 族王と大族長の襲名儀式に異を唱えるマンバハ一派。

 そんな彼らを相手に、蒼馬はわずか二十名あまりのドワーフたちを率いて戦いを挑む。


次話「挑発」


蒼馬「ねえ、シェムル。ゾアンの最大の武器って何だと思う?」

シェムル「それは、もちろん足の速さだろう」

蒼馬「じゃあ、ゾアンの弱点は?」

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[一言]  でも、倒したの牛やん。
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