序 創世の神話
魔法なし、スキルなし、ジョブなし、ステータスなし、ハーレムなし
俺TUEEEなし。というか、むしろ主人公最弱。
ただの高校生だった主人公が、いきなり召喚された異世界で、涙を流し、ゲロを吐き、それでも歯を食いしばって仲間を率いて戦い、その結果史上最悪の破壊者と呼ばれるようになる話です。
*主人公が戦いを決意するのが第13話
*主人公最初の戦いは第17話から19話あたりとなっております。
一、創造神の死と神々の誕生
千を千倍したよりも古く、万を万倍したよりも昔。
まず、はじめに原初の創造神がいた。
世界はいまだ形作られていなかったときである。
彼以外には誰もおらず、彼以外のものは何もなかった。
彼は孤独だった。
彼はいつか自分と同じ存在が現れるのではないかと期待し、じっとその時を待ち続けた。しかし、百を百倍したよりも長い年月を経ても、彼以外のものは何も生まれなかった。
ついに孤独に耐えきれなくなった創造神は、自らの命を絶ってしまった。
すると、命を失った彼の身体から、七柱の神が誕生した。
流れた血からは火の神が生まれた。
流れた涙からは水の女神が生まれた。
その肉からは大地の女神が生まれた。
最後の吐息からは風の神が生まれた。
その陰部から獣の神が生まれた。
その体毛からは鳥の神が生まれた。
そして最後に、頭から人間の神が生まれた。
二、世界と人の誕生
最初に生まれた火の神は、世界があまりに暗いので、創造神の燃える心臓を空にかかげて太陽を作った。これによって世界は光り満ち、燃えるような暑さに覆われた。
すると創造神の肉体からトカゲや蛇などが生まれ、火の神を讃えた。
火の神はそのうち一部のものに力を与えると、それはディノサウリアンとなった。
太陽によって世界が燃えそうになったため、水の女神が雲を作って光を遮り、雨を降らして暑さを鎮めた。
すると、創造神の肉体から魚が生まれ、水の女神を讃えた。
水の女神はそのうち一部のものに力を与えると、それはマーマンになった。
世界が水に覆われそうになったため、大地の女神が創造神の肉体を大陸や山として沈まないようにした。
すると、創造神の肉体から蟲が生まれ、大地の女神を讃えた。
大地の女神はその一部のものに力を与えると、それはドワーフになった。
世界があまりに険しく堅くなりすぎたため、風の神が息を吹きかけ、大地をならした。
すると、創造神の肉体から樹や草が芽生え、風の神を讃えた。
風の神はその一部のものに力を与えると、それはエルフになった。
植物が世界を覆い尽くそうとしたので、獣の神が増えすぎた草木をちぎった。
すると、創造神の肉体から、獣が生まれ、獣の神を讃えた。
獣の神はそのうち一部のものに力を与えると、ゾアンになった。
増えすぎた獣たちの死骸が世界を埋め尽くそうとしたので、鳥の神がそれを片づけた。
すると、創造神の肉体から鳥が生まれ、鳥の神を讃えた。
鳥の神はそのうち一部のものに力を与えると、ハーピュアンになった。
世界にあふれる生き物たちが、それぞれの神を崇める声を聴いた人間の神は、こういった。
「私もまた、兄弟神たちのように私を崇める者たちを作ろう」
そう言うと、創造神の肉体から人間が生まれた。
しかし、生まれた人間は爪もなく、牙もなく、羽も鱗も持っていなかった。そのままではすぐに死んでしまうほど弱い存在だった。
「ああ! なぜ、こんなに弱い生き物ができてしまったのだろう」
人間の神は大いに嘆き悲しんだ。
それを見かねた火の神は、人間に火を使う知恵を授けた。
しかし、人間の神はそれでも嘆き悲しむのをやめなかった。
次に水の神が、水を使う知恵を授け、魚を獲ること教えた。
しかし、人間の神はそれでも嘆き悲しむのをやめなかった。
さらに大地の神が土を耕して食べ物を得る知恵を、風の神が植物から実りを得る知恵を、獣の神が獣と戦う知恵を、鳥の神が鳥を落とす知恵を授けた。
それにようやく満足した人間の神は嘆き悲しむのをやめると、人間たちにこう言った。
「おまえたちは、火を使い、魚を獲り、大地を耕し、植物を採り、獣を狩り、鳥を落とす。この世界のものすべてを手に入れ、大いに栄えるがいい」
こうして人間は、この世界のありとあらゆるものを奪う強欲さを人間の神に与えられたのだった。
セルデアス大陸に伝わる創世の神話より抜粋
◆◇◆◇◆
びゅうびゅうと風が吹き荒れていた。
その風にあおられ、騒々しいぐらい森がざわめいている。荒れ狂う風によって、ときには高く、ときには低く音程を変える葉擦れの音は、まるで潮騒のようだ。
それを背中で聞きながら、ひとりの男が崖の上にたたずんでいた。
その黒髪を吹き荒れる風になぶらせる男が見つめているのは、眼下の谷間である。間もなく夜が明けようとする、一日でもっとも深い闇がわだかまる谷間には、いくつもの篝火と、身を寄せ合うようにして建てられた無数の天幕の影が見て取れた。
それは、辺境諸侯軍だ。
王都急変の報を受けて兵を挙げた辺境の領主たちが、王都奪還と囚われた王族の救出を旗印に集結した軍勢である。彼らは辺境諸侯の中でも人望に厚く、戦歴も優れたアッピウス侯爵を総大将とし、王都へと進撃していた。
これを迎え撃つため、敵もまた王都より進軍を開始。
そして、いよいよ両軍が衝突するかと思いきや、辺境諸侯軍の勢いに恐れをなしたか、一度として矛を交えることなく敵軍が撤退を始めたのである。この敵軍の醜態に、さらに勢いに乗った辺境諸侯軍はそれを追撃する形で、この地までやってきたのだった。
「準備は整った。いつでも良いぞ、ソーマ」
崖に立つ男の背中に、森の暗がりからひとりの女が声をかけた。その全幅の信頼が込められた女の声に、ソーマと呼ばれた男の口許に小さく笑みが浮かぶ。
「矢をつがえよ」
ソーマは、ゆっくりと右手を上げる。
すると、その背後で、ぎりりっと音を立てて弓が引き絞られた。その弓を持つのは、口許を黒い布で隠した美しいエルフの女性たちである。
「放てっ!」
振り下ろされる腕とともに、いっせいに矢が放たれ、辺境諸侯軍へと降りそそぐ。
夜明け前の静けさに包まれていた野営地は、この突如の矢の洗礼に悲鳴と怒号が飛び交う混沌の中に叩き落された。
ソーマはそれを見届ける間もなく、矢継ぎ早に命令を飛ばす。
「旗を立てよ! 太鼓を叩け! 銅鑼を鳴らせ! 鬨の声を上げろ!」
屈強なドワーフたちが掛け声とともに、寝かせていた台を起こす。すると、そこに括りつけられていた何本もの旗が風に勢い良くはためき始めた。
さらに、獣や爬虫類と人間を合成したような獣人たちが太鼓や銅鑼を叩きながら、その咽喉をそらし、いまだ夜気の残る大気を引き裂くような遠吠えを上げる。
「僕の旗を掲げよ!」
最後に挙げられたのは、金糸で縁どりされた黒い旗だ。その中央には、銀糸で数字の8と∞を組み合わせたような意匠が施されている。
その旗を背に、ソーマは最後の号令を下す。
「突撃せよ!」
今まで森の中に伏せていた兵が、いっせいに崖を駆け下りて眼下の野営地へ突撃して行った。
この突撃の叫びに、辺境諸侯軍の総大将であるアッピウス侯爵は飛び起きると、すぐさま眠りこけていた従者を叩き起こして鎧を着るのを手伝わす。
「閣下! 敵の夜襲です! 敵の大軍が夜襲を仕掛けてまいりましたぞ!」
鎧姿となったアッピウス侯爵が剣を引っ掴んで天幕から飛び出すと、ちょうどそこへ夜間の警備を任せていた騎士が報告に来た。
アッピウス侯爵が耳を澄ますと、確かに四方八方から敵軍のものと思しき怒号が聞こえて来る。しかし、アッピウス侯爵は騎士を怒鳴りつけた。
「そんな馬鹿なわけがあるか!」
敵の本隊は、ここよりはるか数里先に布陣している。そこからここまでの間には、何人もの斥候兵を出しているのだ。その警戒の目を掻い潜り、数千の敵軍が夜襲をしかけるなど不可能である。
それに、冷静になって現状を観察すれば、いくつものおかしな点に気づく。
あちらこちらから聞こえて来る敵の怒号も、良く耳を澄ませば大半がこもったような響きの不明瞭な声が多い。崖の上に無数に立つ旗は風に煽られ、激しく翻っているが、そこから一向に動く気配はなかった。
「良く耳を澄ませよ! 敵軍の叫びが谷にこだましているにすぎん! それに、崖の上に立つ敵の旗をよく見よ! 崖の上にあれほど旗があっても攻め下りて来る敵の数は、ほんのわずか。すべては兵の数を偽る『偽兵の計』に他ならぬ!」
「……! い、言われてみれば」
たかが「偽兵の計」を見破った程度で、ホッと安堵する騎士に、アッピウス侯爵は苛立った。
「急ぎ、兵をまとめよ! 一刻も早くだっ!」
戦わず撤退する敵の本隊を自分らは嘲笑っていたが、それがそもそも陽動だったのだ。撤退する敵軍を追撃しようとすれば、この地を通らねばならない。そして、明日の追撃に備えて兵を休ませようと思えば、こう風が吹き荒れる天候では吹き曝しの平野ではなく、この谷を野営地に選ぶのは自明の理だ。
そして、この吹きすさぶ風と、それに煽られて大きくざわめく周囲の森の音は、夜陰に乗じて忍び寄る兵が立てる音を消し去ってしまう。
そのすべてが、最初から自分らが敵の手のひらの上で踊らされていたことを示している。
つまり、ここは死地に他ならない。
「おのれっ! 私を謀るとはっ!」
この場に集った自分ら辺境諸侯軍の兵は、およそ五千を数える。それに対して、奇襲をかけてきた敵は、アッピウス侯爵の見立てでは千にも満たないだろう。
五千対一千。その差は五倍。数の優位は、こちらにある。
しかし、大半の兵が眠りこけていた夜明け前のこのときに行われた夜襲と「偽兵の計」によって、辺境諸侯軍は完全に浮足立ち、すでに一部の領主や兵にいたっては逃走し始めると言う体たらく。
それに比べて敵は、事前の綿密な計画をもって行動する少数精鋭の兵たち。
このときばかりは数の優位による強弱が逆転した。
混乱し浮足立つ五千もの兵を落ち着かせ、まとめなおすのは時間がかかる。ましてや、辺境諸侯軍とは名乗っていても、その実情は指揮系統もバラバラで、先日までは互いの顔を見たこともない兵士の寄せ集めに過ぎない。
それに対して、少数であるがゆえに互いに見知った敵兵は、同士討ちを恐れることなく、思う存分暴れ回られる。
「アッピウス卿! アッピウス卿! 敵襲ですぞ! 我らはいったいどうすればっ?!」
そこへ押っ取り刀で領主らが集まって来た。彼らはよほど慌てていたようで、兜と鎧の胸当てだけしかつけていない者はまだマシな方で、中には夜着のままで剣の代わりに枕を抱えて来た者までいる。
「落ち着かれよ! これは敵の『偽兵の計』である! 貴卿らは、即刻自分らの兵をまとめ上げ……」
そこまで言ってアッピウス侯爵は、はたと言い澱んだ。
いつの間にか白み始めた東の空。そこより、ついに顔を覗かせた太陽の光が照らしだす崖の上に、ひと際大きく風にはためく漆黒の大旗を背にして、ひとりの人間の姿があった。
「あ、あやつは……!」
噂には聞いている。
いずことも知れぬところから、滅びる寸前だった獣人らの許に現れた謎の少年。瞬く間に獣人らをまとめ上げると、人間に対して反旗を翻し、次々と砦や街を攻め落とした反逆者。そして、今や国すらも脅かす大罪人。
その少年は、この地では珍しい黒い髪と瞳を持っていると言う。
そして、旗を背負って崖に立つ人影は、この距離では風貌まではわからないが、それでもその髪が旗と同じ黒であるのは見て取れる。
そいつが、ふと顔をこちらに向けた。
見つかった?!
アッピウス侯爵の胸に、確信に近いその想いとともに恐怖が湧き上がる。
それに応える様に、崖に立つソーマの右手がアッピウス侯爵らのいる場所を指差した。
そして、ソーマの背後の森から、木々の葉を蹴散らして少女が空高く舞い上がる。その少女は鳥の翼となった両腕を力強く羽ばたかせて空中を翔けると、アッピウス侯爵らの頭上で円を描くように飛び始めた。
「……! いかんっ! 即刻、この場より離れるのだっ!」
いくら「偽兵の計」で兵数を偽ろうとも、一千足らずで五千もの兵を皆殺しにはできない。それならば考えられる敵の狙いは、ただひとつ。
それは、総大将である自分の首。
いまだ現状が把握できておらず、ポカンッと呆けたような顔をする諸侯らを押しのけて逃げようとしたアッピウス侯爵であったが、時すでに遅かった。
ひと際大きな怒号と悲鳴が前方から上がったかと思うと、そこにいた兵士らが蹴散らされ、獣人たちがアッピウス侯爵らの前に躍り出る。
自分を認めて殺到する無数の敵を前に、それでもアッピウス侯爵は罵声とともに剣を引き抜いた。
「おのれっ! 許さんぞ、下劣な亜人類の頭目めっ! 許さんぞ、地底の糞尿の沼から這い出た、クソ虫め! 許さんぞ――」
アッピウス侯爵は剣を振り上げて、迫り来る獣人たちへと斬り込んで行った。
「――破壊の御子めっ!!」
瞬く間にアッピウス侯爵とその場にいた辺境諸侯らの姿は、獣人らの中に呑み込まれて行った。
そして、程なくして、怒号と悲鳴に代わって、獣人らが上げる勝鬨の声が戦場にこだまする。
それに、戦いの趨勢を崖の上から見守っていたソーマは、ようやくその肩から力を抜き、ホッと安堵のため息を洩らした。そのソーマの肩を後ろから平手で音が出るほど強く叩かれる。
「ぼさっとするな、ソーマ。ほら、皆に手ぐらい振ってやれ」
たったひとり自分の護衛として残っていた女性が、からかいを込めて言う。
それに、ソーマはおずおずと右手を上げた。すると、それに気づいた眼下の兵たちが歓声を上げる。
「「ソーマ! ソーマ! ソーマ!」」
自分の名前が連呼されるのに、ソーマははにかんだ笑みを浮かべて後ろに振り返る。
「やっぱ、ちょっと恥ずかしいね」
「……まったく、おまえは相変わらずだな」
彼女はほとほと呆れたように、腰に手を当てて嘆息した。
「仕方ないじゃないか」
それにソーマは照れくさそうに指で自分の頬を掻きながら、言い訳をする。
「だって、この世界に来るまでは、僕はただの高校生だったんだよ」
2019/6/16 書籍版書下ろしプロローグを追加