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慟哭の歌  作者: 紫貴
7/8

7


 二つの奇怪な断末魔が轟く。

 海蛇の鱗を体中に生やした男が二人、内側から押し広げられたようにして大穴を開けて、黒い肉片を海へと落とす。

 外見よりも醜悪な内蔵は荒波に浚われてすぐに姿を消した。

「よしっ、残り二人!」

 残酷な倒し方とも取れる結果を残したラディツアは肩を上下に揺らして自動小銃に新たな弾倉を叩き込む。

 次の瞬間、空中に浮かぶ彼女の真下から自然に起こる波とは違う水飛沫が襲う。

 それは念動力によって起こされた目晦ましだ。同じく念動力で弾いてもいいが、相手の念動力が込められたままでは鍔迫り合いなって無駄に消耗する可能性がある。

 だからラディツアは海水の壁を避けるが、それを見計らって今度はグルガが放つサイコエネルギーの波が襲ってきた。

 それも予測していたラディツアは踊るようにして体を回し、遠心力を付加した勢いでそれさえも避け、左手に持った銃を乱射する。

『……ラディ』

「なによ! こっちは戦闘中!」

 背中からの声に言葉を荒げる。だからバルザは手短に言う。

『ヤトが危険だ。二重の意味で』

「はぁっ!?」

 攻撃は牽制程度に、動きを回避に重視したものに切り替える。

「どういうこと!?」

『身の危険という意味が一つ、想像以上に危うい精神をしていたという意味が一つだ。後者は前者の一因になっているようだがな』

「意味が分からないわよ! 一体何が起きてるの!?」

 戦闘中の為か、ラディツアの声は必要以上に大きい。怒鳴りながら、彼女は弥都のいる山の方に視線を向けた。

 風の音が邪魔して音は届かないが、銀狐の咆哮によって山の崖が崩れているのが見えた。

「大変じゃない!」

『待て。ここを離れてはグルガが自由になる。それに、ヤトは自ら死のうとしている。少女に、復讐を果たさせようとな』

「なっ!? ――邪魔よ!」

 驚く暇も無く、近づいてきた敵に向けて右手から放たれる光弾を放ち、二匹の怪物の姿を照らす。

 避けると同時にその内の一匹、首の長い蜥蜴のような生き物がラディツアに襲いかかる。

 噛みつこうと言うのか、両顎を大きく開いて鋸の刃のような牙を向けてくる。

 ラディツアは噛みつきを右脇の下へと通過させる形で回避する。そして相手の長い首に肘打ちを当て、怯んだ蜥蜴人間の腹に蹴りを放つ。

 念動力によって威力を上げた打撃は敵を吹っ飛ばすには十分だった。

 続いてラディツアに向かって直線を描く光が襲ってくる。両腕を失い、とうとう鱗の占める割合が多くなったグルガの目先から放たれるサイコエネルギーだ。

「シ、ハハッ、あの少年はとんだ自殺志望者だったようだな」

 無人偵察機からの映像で事態を把握していたバルザとは別に、向かわせた仲間からのテレパシーで山の状況を知ったグルガが皺枯れた声を発する。

 両腕を無くし、体が長くなりつつある彼は大蛇に足を生やさせて人間の服を着せたような奇妙な外見になりつつあった。

「いや、潔いよいと言うべきか? 少女の怒りに真摯となって殺されようとしているのだから、男らしいじゃないか」

「あんたが原因でしょうがッ!」

「――シ、ハハッ」

 歯の隙間から空気を漏らすように、グルガが笑う。

「変異を促すには強い感情が必要だった。だから手っとり早く怒りを与える事にした。貴様ではなくあの少年が殺してしまったのは多少予想外ではあったがな」

 際限なく連射される光弾は飛び回るラディツアの後ろを通過して当たらない。だが、誘導する事には成功する。

 蹴り飛ばされたはずの蜥蜴男がテレポートによってラディツアの背後に移動し、両手から光弾を発射する。

「きゃあっ!」

 予測しバリアで防ぐも、衝撃で海にたたき落とされてしまう。

 そのまま荒波に呑まれ、ラディツアの姿が消える。

「今は少女の怒りが強く完全にサイコボムに支配されたわけではないが、少年を殺せばそれも終わりだ」

 グルガとその仲間である蜥蜴男は海面を見下ろし、警戒する。

 先程の攻撃で倒せたとは思っていない。必ず反撃が来るだろう。

「復讐を果たし怒りの矛を血に濡らしたが最後、少女の精神は完全に崩壊し完全な変異を遂げる。その時が我ら女王の復活だ!」

 挑発するように声を発しながら、グルガは変異で上昇したテレパシーを併用した感知能力でラディツアの居場所を探る。

 その時、海中からいくつもの光弾が発射されてグルガと蜥蜴男を襲う。

 避けるかバリアを張る事で防ぎながら、グルガは同時にテレポートする前兆を感じ取った。

 テレポートは座標地点を強く意識する必要がある為に、ESP能力者同士だとテレパシーによって先読みされる可能性が高い。

 海中からの光弾によって意識を逸らさせてテレポート先を読ませないつもりだったのだろうが、グルガはそれを感知し、背後に向かって振り返りながらテレポート先の地点へ光の波を放った。

 次の瞬間、何もない空間に影が現れると同時にそれが光の波に包まれる。

 けれども波に包まれたのはラディツアではなく、丸い円の装飾のついた白いアタッシェケースだった。

「しまっ――」

「遅い!」

 海中からラディツアが飛び出し、拳大程の光弾をグルガの背にぶつける。

「がっ!」

 起こる爆発に吹っ飛ぶ。

「グォオオオーーッ!」

 それを見た蜥蜴男が獣の方向を上げて飛びかかる。

 振り下ろされる肉食獣の爪。

 彼女は臆することなく、むしろ自ら懐に飛び込んで四本の爪を回避する。その過程で体を回転させて背中からの突進を男の胸に当てた。

 蜥蜴男は胸に受けた衝撃で体が後ろへ移動する。それを、ラディツアは振り下ろされた相手の腕を右手で掴んで引き留め、後ろ向きのまま左手に持った銃を男の顎に当てる。

 躊躇なく引き金が引かれ、銃口から火と共に鉛が吐き出された。

 火薬による推進力だけでなく、念動力によって更なる加速と回転を得た銃弾は蜥蜴男の顎から頭を貫通する。

「グ、あ……」

 蜥蜴男は頭を貫通されたにも関わらず、まだ生きていた。

 恐ろしい生命力であるがさすがにその損傷は大きいらしく、大きくよろける。

 ラディツアは男の腹に回し蹴りで蹴り飛ばすと、男から背を向ける。もう用が無いと言わんばかりの態度であった。

 直後、銃弾で貫かれた穴が触れてもいないのに広がり始めた。

 中から太い柱が膨らむように内側から外へ押し出される蜥蜴男の頭部は最初が平べったく、そして最終的に破裂した。

 体から力が失い、頭部を無くした蜥蜴男の死体が黒い海に落ちていく。

「よし、片づいた。それで、復讐を果たさせるって、つまりは殺されようとしてるって事?」

 囮にしたバルザを念動力で引き寄せながら、何事も無かったかのように問い返す。

『さっきからそう言っている』

「助けるわよ!」

 ラディツアが山に向こうへ飛行する。だが、その直前に横手から光の波が発射されて彼女の進路を遮る。

「健気にも、幼い少女が親の敵を取ろうとしているんだ。少年もそれを受け入れようとしている。邪魔するのはよくないなァ」

「グルガ……」

 背中から煙を昇らせるグルガが海面の上に立っていた。

 彼は腹の中にサイコボムを収めている。常に精神汚染の波動を受け、内部から変異していた彼は他の者達よりも強靱な肉体を持っていた。

 それで言葉を交わすほどの理性を未だ保っているのは、元来の精神力の高さであろうか。

「しぶといわね」

 たった一人で戦っていたラディツアは海水と雨水に混じった額の汗を拭い取りながら、グルガを睨む。

 早く弥都を助けに行きたいが、三つ目のサイコボムを持つグルガを放置する訳にもいかず、相手の方も立ちはだかるようにして正面に移動してきたところから行かせる気はないようだ。

『さて、どうする? ヤトを殺せばイナホが最後の一線を越えて女王化。そしてヤトはヤトで死ぬ気だ。死ぬつもりの者を守りながら敵を排除するのは難しいぞ』

 右手のアタッシェケースから発せられる声にラディツアは内心苛立ちを隠せない。

「じゃあ、どうしろってのよ!」

『それを相談している。私としても、責任を感じているのだ』

「どの口が……」

 最早呆れる事もできないと、ラディツアは苦虫を噛み潰したかのような表情をとる。

「子供ながら責任を取ろうというのだ。好きにさせてやるのが大人だろう」

 その顔から一人と一機が何の会話をしているのか察しがついたのだろう。裂けた口に嘲りの笑みを浮かべる。

「どいつもこいつも、好き勝手言って……」

 ラディツアは奥歯を強く噛むと、バルザの取っ手の裏にあるボタンを押す。すると、ケース型から杖型へとバルザのボディが強制的に変形した。

『ラディ、何をするつもりだ?』

 彼女はバルザをあくまで盾かサポートAIとして扱っている為、自分の意志でバルザを杖型にする機会は滅多にない。

 過去にあった時は、他に武器が無く、何かしら切断する必要に迫られた位のものだ。

「どうもこうも――」

 杖と変形したバルザの先端、円形の出力孔から光の刃が発生する。真ん中と左右から長く鋭い三つの刃が伸びて三つ矛の槍となる。

「責任感じてるなら――」

 ラディツアは肩の上で槍を構え、

「あんたが説得してこおおォォい!」

 グルガ向かって投げた。

 念動力によって弾丸の如く三つ矛の槍がグルガの眼前にまで迫る。

「チィッ!」

 バリアで防いでも、あの光刃はそれをたやすく貫く。だからグルガは両腕のない体を蛇のようにくねらせて回避する。

 目標を見失った槍はそのまま勢いを失って落下――するかと思われた。

 だが、槍は落下するどころかむしろその飛距離を伸ばしていく。

 勢いそのものは変わっていないというのに、そのまま山の方角へと消えていった。

「………………」

 その不自然な光景をグルガは右目だけで見、左目で槍を投げた少女を見る。

 彼女は疲労困憊と言った様子で息を乱し、大粒の汗をかいていた。

「ヘリをぶつけてきた時と同じく山までの空間を空け、距離を実距離よりも縮めたか。相当消耗する能力のようだな」

「ぜぇ、ぜぇ、うるさいわね……キモい避け方してくれてさ……すぅ――ふぅ」

 数秒で呼吸を整え、呼吸を整えたラディツアは背筋を伸ばして改めてグルガに鋭い視線を向ける。それでも疲労は目に見てとれた。

「たかがサポートAIを向かわせたぐらいで、アレをなんとか出来るとでも?」

「バルザはボディ以上に中身年喰ってるから、交渉人の真似事だって出来るわ」

 額から流れる汗も拭き取らず、ラディツアは弾倉を交換する。

 グルガは右目も前に向け、空気が抜けるような威嚇の声を出し、その大きな口を開いて喉の奥から光を漏らす。

「休憩してる間に攻撃しなかったなんて、馬鹿じゃない?」

 顔色を悪くしながらも、軽口を叩く。

「最後だからな。理性ある内に長く楽しみたいのだよ」

 言うやいなや、グルガの喉からの発光が強くなって彼の腹が風船のように膨らむ。

 膨れた腹部からも肌を透けて同様の光が見える。そして太鼓のように轟く音が聞こえてきた。

 それは雷鳴の如く轟音を周囲に放ち、波引く海に波紋を作る。

「ぐ、■ぁ、おお、グルゥオオオオォォーーッ」

 腹から轟く音に呼応するかのように、グルガが叫ぶ。

 次の瞬間、荒れ狂う海の上に光の津波が溢れた。


 海の上で竜の息吹が包み込んだ時、山の方でも異常が起きていた。

 向こうが光ならこちらは音。空から見下ろす化け物から発せられる怪音によって崖が崩れ、土砂となって海へと流れていた。

 稲穂の姿は鱗を生やした銀の狐から、更なる変異を遂げて奇怪な姿になっていた。

 大小様々な蛇の尾をいくつも生やし、鱗の隙間から銀の体毛を覗かせる。四肢も不揃いで肥大化しており、皮膚が裂けて桃色の筋肉繊維を外に晒している。

 首筋には肥大化した肉体に取り込まれるように音叉型のサイコボムが融合して、稲穂の慟哭と絶えず共鳴している。

 サイコボムの精神汚染によって稲穂は変異しながら魔声を発し、魔声に打たれて音叉がより震えて汚染を強くする。

 それの繰り返しによって稲穂の変異は止まらない。

「■■■■ぁるあああぁぁおおおお、こおぉんぐるらああああああ!!」

 切り立った崖を崩して土砂崩れを起こした声は未だに眼下に向けられた放たれていた。

 徐々に崩れていく山の土砂の上に弥都が一人立っている。

 一度土砂に巻き込まれたのか、少年の体中に泥が付着し、痣と擦り傷だらけだった。

「………………」

 弥都は何もせずにただ土砂の上に立ち尽くし、変わり果てた少女の姿を見上げているだけで、無抵抗のままであった。

「しぶといガキだな、オイ」

 未だ無事な木の上で、隻腕の男が不快そうに弥都を見下ろしている。

 稲穂からの精神汚染の影響を受けているせいか、最初に現れた時と比べて肌の鱗部分が大半を占めており、腕の筋肉が体格とは不釣り合いに膨張していた。

「お前が死ねば、嬢ちゃんの精神はイッちまう。その空白がサイコボムとの境目を無くすんだが……」

 より裂け始めた口から鋭い歯を剥き出しにした男は丸太のように太い腕を前に伸ばす。

 変異した己の腕を見ても何の疑問を持たず、力を入れる。掌に人の頭ほどの大きさを持つ光球が現れた。

 稲穂自身にトドメを刺させるのが理想的であったが、これ以上時間をかけるのは好ましくなく、女王復活に逸る気持ちもあった。

 依代となっている稲穂は既に狂っており正気ではない。ならばここで男が弥都を殺そうとも結果は変わらないのだ。

「じゃあな」

 言って、左手の光球を弥都に向けて投げる予備動作として腕を後ろに振り上げる。

 その時、隻腕の男は背中から軽い衝撃を受けた。

「――――あ?」

 視界には三枚の薄い刃があった。

「あぁ?」

 目を下に向けると、喉と胸から刃が生えていた。更に視線を上げれば、額からも三枚目の刃が伸びていた。

「は、はぁ?」

 それが最後の言葉となり、隻腕の男の体が崩れ落ちた。

 木の上から前のめりとなって落下する彼の背中にはバルザが突き刺さっていた。

 倒れ、落ちる瞬間にバルザが光の刃を消してボディを杖からケースへと変形させる。

 変形による反動を利用して男の背中から跳ね、地面に落下。もう一度大きくバウンドして弥都の傍に転がっていく。

 ――さて、どうしたものか。

 ラディツアの投擲によって敵一体を排除し、上手い具合に弥都の傍まで来ることに成功したが、この先どうするかバルザ本人は非常に困った。

 弥都は死のうとしている自殺志願者と同じだ。ならば説得して止めさせるか、その場凌ぎながらも力付くで止めるかだ。

 後者は手足が無いので論外。前者はと言うと、人工知能はこのような交渉には壊滅的に向いていない。感情が籠もっていないとかで、失敗するのだ。

 バルザはプログラム、二つの数字による羅列の固まりだ。人と同じような突発的な発想や複雑な思考はできても感情があるわけでは無く、どこまで言ってもプログラム上の判断でしかない。

 事実を突きつける事は出来ても、相手の死にたいという意志を変えさせる事の出来る説得などできる筈がない。

 何より普通に説得しても、果たして弥都という少年が早々と意思を変えるだろうか。

 製造年から早数十年、ここまで困惑した事態は滅多に無かった。

『困ったな』

 だからと言って、このまま本当に死なれても困るのは事実。依然、稲穂からの攻撃は続いているのだ。

『……ん?』

 兎に角、何でもいいから声をかけるべきだと判断したバルザはある事に気がついた。

『まさか……いや、むしろ当然のことか』

 盲点ではあったが、もしかすると彼を生かす事ができるかもしれなかった。


 精神汚染による精神への負荷、念動力によって発生していると思われる衝撃波という二重の苦しみを得ながらも、弥都は稲穂を見据えたまま一歩も退かずに立ち続けていた。

 一度は土砂崩れに巻き込まれて埋まりかけた。その時に肋骨を折ったかもしれず、脇腹から鈍い痛みがしきりに襲ってくる。鼓膜も破れて、目の毛細血管も切れて視界が真っ赤に染まっている。

 変異を盛んに続ける稲穂の前に晒されても、弥都は逃げない。何故なら――

「……復讐は、正当な行為」

 心からそう思い、それ受け入れている。

 復讐を果たしたところで何も生みはしない。

 何かあるとすれば、別の恨みが生まれるだけかもしれない。社会的にもそのような事は認められない。何よりも、大切な人は帰ってこない。

 だけど弥都は復讐を肯定する。復讐者の子として、誰にも内の憤怒を語らずに仇をとった男の息子として報復は正しいのだと。

 稲穂からの殺気がのし掛かるような重圧から刃のように鋭いものに変わる。

 昨夜の神社で、最初に弥都を鳥居まで吹っ飛ばした攻撃だと、弥都はなんとなくだが気づいた。

 ESP能力を手にしてから感覚が鋭くなり、前まで分からなかった事まで解るようになっていた。

 拡散していた力が圧縮されるのを感じる。

 本能で、あれを受ければ自分は確実に死ぬと理解できた。

「■■■■ッ!」

 少女の慟哭と共に、殺意がそのまま刃となって空から地上へと落ちた。

「………………」

 死を眼前にして、弥都は怯まない。そのまま死を受け入れる。

 目に見えない不可視の刃が山の斜面に深い切れ込みを入れた。

 切断による衝撃で、轟音と共に土砂が飛び散り土柱が立つ。山よりも高く舞いあがった土や砂が最高点に達すると、僅かの間滞空、そして雨と風に流されながら落下。

 水を含んだ土が雨のように山へと降り戻る。木々の枝を下に向けさせ、崩れた地面を覆う。

 そして弥都もまた土砂を頭から被る事となった。

「…………?」

 頭と肩にのし掛かる土砂を払おうともせず、弥都は疑問を浮かべた。

 右手を向くと、切断された地面がすぐ傍にある。土砂が降っても埋まらないほど深い。

 だが、そんな事よりもなぜ自分はまだ生きているのだろうか。

 右肩の先が削ぎ落とされ、傷口から大量の血を流して熱いと思う程の痛みを感じているがそれだけだ。

 死んでいない。それが問題だった。

「外した?」

 稲穂の狙いが甘かったのかと考えている間にも、彼女は二発目を放とうとしていた。

 今度こそは当たる。そう思った瞬間、二度目の刃が振り下ろされた。

 先ほどと同じ現象が起きて大きな音が轟く。再び降る土砂の雨。

「何が…………?」

 口の中に湿った土の味を感じながら、弥都は呆然とする。

 また外れた。

 左の肘に右肩と同じような傷が出来ているが、それだけで弥都はまだ生きている。

「■■■■ッ!」

 二発も外したことに憤慨しているのか、稲穂が何度か雄叫びを上げる。

 どういう事だと、疑問が大きくなる。

 その時、脳に直接声が届いた。

(……ヤト、ヤト、聞こえているか?)

「バルザ?」

 テレパシーによって聞こえてくる声に、弥都は周囲を見回す。

 少し離れた場所に、土の雨によって白いボディの半分が埋まった状態のバルザを見つけた。

(ようやく見つけてくれたか。ヤト、耳が聞こえなくなっているのか?)

「……そういえば、そうですね」

 稲穂の声は直接脳に聞こえてくるので気づかなかったが、鼓膜が破れてしまったらしく音が聞こえてこなかった。

「それよりもそんな所で何をしているんですか?」

(色々あってな。それよりもヤト、君は死ぬつもりなのか?)

「はい。彼女にはその権利があります」

(そうか。だが、それならば何故避ける)

「――え?」

 テレパシーで話している間に、三度目の刃が落ちてくる。しかし、それもまた弥都の体を掠めるものの致命傷にはならない。

「まさか……これは……」

 空から降ってくる土の雨の中、弥都は地面に目を向ける。

 降り積もる土砂に隠れつつあったが、地面には弥都の足跡が残っていた。その場所は切断された地面のすぐ傍にある。あのまま足跡の残る場所にいれば弥都の体は真っ二つになっていた筈だ。

 無意識の内に動いたから当たらなかったと、少年はようやく気づく。

「どうして…………」

 そもそもどうして無意識とはいえ自分は避けたのかだろうか。

 軽い混乱に包まれながら、自分の両手を見下ろす。傷や火傷、土埃だらけになった手が微かに震えていた。

(怖いのか?)

「怖い?」

(死ぬのが怖いのだろう。生物ならば当然だ)

「い、いや、そんなはずは――っ!?」

 稲穂から不可視の刃が放たれた。今度は一つではなく、連続してだ。

 死を迫る刃を、弥都は避けて見せる。今度は無自覚ではなく、意識的に、自分は避けると意識した上での回避行動だった。

 バルザに言われなければ気づかなかった。

 この刃に身を晒して死ぬべきだという使命感に似た義務感と、それよりも強い気持ちで死にたくないという想いがある。

 そもそも死ぬというのなら、衝撃波や土砂崩れに巻き込まれてとっくに死んでいる筈なのだ。それが今まで傷を負いながらも今まで生きていた。

 それは、死にたくないと心の奥底で思っていたからではないのか。

「オレは……」

 連射が止み、地面と崩れた斜面に幾つもの切断痕が残る中、弥都は大きく息を吐き出して両手を膝の上に置く。上半身を支えて俯く姿勢だ。

「…………あの子の両親を殺した」

(結果的にな。気休めにもならないが、しょうがなかった事だ)

「殺されても文句なんて、言えない。そう、だ……。残された人の怒りは、正しい……」

(そうだな。怒り自体は正しいものだ)

「だから、オレは」

(だが、お前は生きていたいのだろ?)

「――っ!?」

 垂れて表情を隠していた髪の奥から、息を呑む音が聞こえた。

(生きたいのなら生きればいい。それが生物として普通のことだ)

「だ、だからって……」

(言いたい事は分かるし、その歳で自らこんな所に踏み入ってくるほどだ。その覚悟も分かる。だが、それらを無視してでも、生きたいと思ったから今もまだ生きているんじゃないのか)

 バルザの言葉に弥都は返事を返さない。肩で息をし、荒い息を吐いているだけだ。

(……なら、理由を与えようか)

「り、ゆう?」

(ああ、そうだ。正直言うと君に死んでもらうと私が困る。この状況、ラディ一人だけでは荷が重い。万が一、彼女が倒され君まで死ぬと誰も精神汚染を止められなくなる。その前に政府が戦略兵器を使うかもしれないが、それはそれで被害が大きくなる可能性もある)

 まるで畳みかけるようにしてバルザが一気に言葉を紡ぐ。

(なにより、イナホという名の少女は仇をとったとしてもあの姿のまま、今度は他種族を奴隷としか見ていない種族の女王となって生きる事となる。責任を感じているなら、そのようにイナホを放逐してもいいのか?)

「………………」

 バルザの言葉を聞く弥都は大きく荒い呼吸を繰り返す。

(なに、死ぬのは何時だって出来る。ならばやるべき事をやった後に殺されるというのが正しい責任の取り方だろう)

「それは――」

「■■■■ッ!」

 弥都の言葉よりも早く、空にいるイナホからもう一度不可視の刃が連続して放たれる。今度はより多く、より広い範囲を狙い、網目模様にして避けれるような隙間を無くしている。

 嵐の風がそのまま刃物と化したかのような斬撃は風の速さで弥都を襲う。

 今度こそと、牙を向けて来る死の刃。喉元に刃を刺されるよりも恐ろしく、ただ単純に怖いと思う。

「――――ッ、あああぁぁっ!!」

 弥都が声を荒げて発して上を向く。

 顔は歯を食いしばった苦悶の表情を浮かべており、奥歯から歯が欠ける音がしていた。

 獣のような形相で、少年は右手を横に伸ばす。すると半分以上が埋もれていたバルザが土を跳ね飛ばして回転しながら弥都へと飛来する。

『やれやれ、一苦労だったがこれでラディに詰られずに済む』

 バルザが愚痴を言いながらアタッシェケースから杖へと変形、弥都の手に捉えられる。

 瞬時に光の刃が発生、同時に飛んできたバルザの勢いをそのまま乗せて大きく横薙ぎに一閃する。

 網目を成していた刃がガラスのように砕けて弥都の背後へと素通りした。

 彼の背後には切り刻まれた木々や岩が転がり、地面には網目模様の切断痕が残る。

「んく、フゥー……」

 大きく唾を飲み込み、長い息を吐く。先程の形相は消えているが、その顔は酷く青ざめて大量の汗をかいていた。

「それは、問題を先延ばしにしただけじゃないんでしょうか?」

 言って、血の混じった赤い唾ごと欠けた歯を地面に吐き捨てる。

『だが、楽にはなっただろ?』

「……寝不足で体調不良な上に嘔吐した後の爽快感に似ています」

 口の中に手を突っ込み、砕けた奥歯を抜いて地面に捨てた。

 鈍い痛みに弥都の顔が歪むが、彼は空への視線は外さない。

『なら問題はないな。死ぬのなら、邪魔な周辺を片づけてから後腐れ無く死ぬといい』

「……はい」

「■■■■ーーッ!?」

 怒りを表す一際大きな雄叫びと精神汚染の波動を発して、稲穂が空から急降下を行う。目標は当然、武器を手にした弥都だ。

 不揃いな歯並びをした、削岩機のような何重もの牙で弥都を擦り潰す気だ。

『来たぞ』

「ええ、来ましたね」

『いつか殺される為に、今は戦え』

 落ちてくる少女の醜い一撃を、弥都は迎え打った。




 ◆


「グルルオオオオォォオオッ!!」

 猛獣どころではない、まさに恐竜の雄叫びが嵐を掻き消す勢いで轟いた。

 同時に獣の口からは光が溢れて一人の少女を襲う。

 避けきれない広さを持つそれを、ラディツアは瞬時に光の密が薄い箇所を見つけて飛び込んでいく。

 当たる直前にバリアを展開、前面に紫電を迸しりながらも耐える。

 過ぎ去った光の波は海面に落ち、多くの海水を蒸発させた。

 直後、光の波を追うようにして恐竜の顎が襲いかかってくる。

 しつこい、そう苛立ちながらもラディツアは右手から光弾を襲いかかる顎に向けて放ち、後ろへと飛び退く。

 眼前で爆発が起き、その衝撃を利用して少女は大きく後退した。

 そのまま空中で姿勢を整え、爆発の煙に向こうにいるであろう敵に向かって小銃の弾丸を撃つ。

 爆煙が振り払われて中から蜥蜴のような頭部が現れる。

 念動力によって加速された銃弾がその皮膚に命中するが、堅い鱗に弾かれてしまった。

「もう、怪獣って言ったほうがいいわね」

 全弾を撃ち尽くし、銃の持ち手の底から空になった弾倉を海へと捨て、新たな弾倉を入れる。

 グルガの姿は稲穂同様に人としての姿を完全に失っていた。

 全身が鱗に覆われ、肥大化した胴体と首は太い。両腕が無い代わりに両足が誰の目から見ても強靭だと分かる筋肉を持っていた。これで尻尾も生えていれば恐竜と変わらない。

 より肉体的な強度と疲れ知らずのESP能力を得て血気盛んなグルガに対して、ラディツアの顔色は悪い。

 元より重傷、ESP能力も薬で誤魔化しているだけなのだ。そう長い事戦えない。

 唯一の救いは先程テレパシーで送られたバルザの、説得完了という言葉だろうか。

 こちらが戦闘中なのを考慮して送られた短い言葉。何をどう説得したのかは不明だし、山からの轟音が未だ続いているものの、あのクソAIが意味のない気休めは言わない事は知っている。

 なら、自分もまずは目の前の障害を片づけよう。

「ガオオォォオオォオッ!」

 咆哮と共に、グルガが再び突進してくる。その喉の奥に光を灯らせながらだ。

 空気を蹴りつけて加速でもしているのか、破裂音を後ろに残して飛行する彼の突進は、変異による巨体もあって凄まじい。

 ラディツアは銃を五発連続して撃つ。それは念動力の軌道補正もあって正確に眉間と両目、口、喉に向かうが、グルガは頭を僅かに逸らして鱗で覆われた頭頂部を弾丸に晒す。

 その動きを確認すると、銃弾が弾かれる結果も見ずしてラディツアは突進から大きく距離を取る形で回避、突進による風圧に煽られかけるが、なんとか光弾をグルガに放つ。

 放たれた三つの光弾はグルガの広い背に命中し、爆発を起こす。しかし、多少体を揺らした程度で堅い鱗に守られた彼に、直接的なダメージを与える事はできなかった。

「鱗一枚剥がせないなんてショックだわ」

 忌々しそうに呟く。だが、負ける気はない。


 さすがにしぶといと、グルガは残った理性でラディツアに対してそんな感想を抱いた。

 腹に収めたサイコボムからの精神汚染でヒトをやめ、怪物となった体と汚染されながらも強化された精神による能力の出力は広大な宇宙を探しても並ぶ者は少ないだろう。

 それでもラディツアという連合の若いエージェントはまだ健在だ。

 避ける攻撃は避け、無理な攻撃は密度の低い部分へ自ら突っ込む事でダメージを抑えながらも反撃の機会を作ってくる。

「シッ――」

 小さく笑いを漏らす。

 精神汚染の影響で戦いに悦を感じるようになったのか分からないが、今の戦いを楽しいと純粋にグルガは感じた。

 同時に頭の奥底で、どこから湧いてくるのか使命感と思われるものがあった。

 ――排除しろ、邪魔するものは殺せ。種族繁栄のため、なにより女王のために殺せ、殺せ、殺せ。

 そんな声が理性を塗り潰すかのように大きくなってくる。女王の脳にあるテレパシー器官をサンプルとしたせいか、まるでサイコ爆弾に滅んだ種族の怨念が宿っているようだ。

 自分の祖先ながら嫌になる声だが、それを抑える事も出来なければ止めようとする気も起きない。

 あと数分もすればグルガという人格は失われ、模造品の新たな女王の先兵と化す。

 彼は唸り声を上げながら空を飛ぶラディツアを見上げ、振り向きざまに口から光を放出する。

 雨雲と海が照らされ、天と海の中間に雷のような電流が連鎖的に起きた。

 ラディツアのバリアがそれを受け止め、その接地面で起きた現象だ。

 口から吐き出される光の波が途切れ、グルガが口を閉じる。

 光が空中に霧散して消えいく中、黒煙の尾を引きながらラディツアが落下していくのが見えた。

 バリアで防御して、耐えきれなかったようだ。

 元より重傷人、しかもESP能力が減衰した状態ではむしろ今までよく戦った方だ。

「……コレデ、終ワリダ!」

 グルガは強靭な顎を再び開く。

 頬は端まで裂けていて、二重になった顎の間接のおかげで上顎と下顎がほぼ直線になる。

 体内のサイコボムは音叉の形をしているというのに、まるで打楽器のようにして腹部で反響、一定の間隔で音を轟かせる。

 サイコボムが心臓と同調して鼓動を早めていく。そのリズムに合わせ、口内の光も強くなる。

 そして幻想の竜が吐き出す吐息にも似た光の波が、発射されようとした。

 だがその時、墜落していたラディツアの腕が動く。

 逆さまの体勢で銃を両手で構え、照準をグルガに向ける。

 銃など、例えバリアが無くとも今のグルガには利かない。

 だが、目や口などは鱗もなく弱い。特に今は口を大きく開いている状態だ。喉の奥からのエネルギーで口に銃弾が入っても、勢いと弾丸そのものを削ぐことができるが、口内での負傷は免れない。

 それは、危険だった。

 ラディツアが持つ特殊な能力、詳細についてはグルガは知らないが、能力の効果は知っている。

 空間を拓き道を広げる能力。

 彼女の前には物理的な障害など無意味で、その能力の前にグルガが地球に来た時にも宇宙船に大穴を開けられた。

 応用として敵の内部から空間を広げる事で内から破裂させるなどの使い方もできる。

 ただ、万能ではない。

 ESP能力者が無意識で体の周囲に張っているフィールドがある。それは他者からのテレパシーによる精神攻撃や催眠、念動力による操作を受けつけないようにするものだ。

 ラディツアの能力は座標をまず指定し、自分からその直線距離上の空間を拓くものだと今までの戦いで解っている。

 フィールドは座標指定も妨害する為、空間の開拓はせいぜいグルガの傍までしか出来ない。

 けれども、ラディ自身の手によって針程度の穴を開けられれば傷口に座標を指定する事が可能で、そこから空間を広げられ破裂させられる。

 銃を使っているのも物理的な穴を開けて敵内部から破裂させる為だ。つまり銃は武器よりも座標指定を行うポインターの役割が強い。

 ラディツアの引き金にかかる指に力が入り、弾倉に残っていた弾丸が全て発射された。

「ナニッ!?」

 直後に起きた異変に、驚愕する。

 グルガめがけて発射された十発の弾丸が突然軌道を変えたのだ。一つ一つ意志があるかのようにジクザクに、鋭角な軌道変更を連続して行い、グルガを囲んだ。

 そして、多方向から一気に念動力によって動かされる銃弾が、顔面の弱い箇所を狙って複雑な軌道を描きながら飛来する。


「これで決める!」

 いくつもの物質を念動力によって操作しながらラディツアは声を張り上げる。

 小さく軽いとは言え、音速の域で飛ぶ銃弾を動かし正確な位置に当てるのは高い処理能力を必要として脳の負荷が高い。

 頭痛に襲われるが、それだけの意味がある。

 グルガは口からの光を撃とうとして虚をつかれたようなものだ。ただ直進してくるならともかく、様々な角度からこられてはガードが間に合わない。

 少しでも弾丸が食い込めば、そこに出来た穴を広げて致命的な負傷を負わせる事ができる。

「――シッ、シャアアアァァラアアアァァ!!」

 叫ぶようにグルガは口から光のブレスを吐き出す。

 だが、放たれた光の波はラディツアに向かわずに花開くようにして中央から大きく後ろに反れて裏返り、グルガに向かって逆流する。

「グ……オオオォォッ!」

 光に包まれるグルガだが、同時にそれは各方向から襲いかかってきた銃弾も問答無用で包んで消し飛ばした。

「何て奴……」

 ラディツアが呻くように呟いた。

 光が消えて現れたグルガの体からは、僅かに肉の焦げた臭いがする。

 分散されていたとは言え、彼の鱗でも完全に耐えきる事は出来なかった。

 しかし、致命傷では無い。

「くっ、自爆覚悟とはね……」

 呟きを残し、ラディは海へと落ちた。


「ハァ、ハァ…………」

 肉体の強度にものを言わせ、ブレスを自分の体に浴びせて銃弾から身を守ったグルガは、帯びた熱を吐き出すように大きく呼吸を繰り返す。

 無茶苦茶な防御方法だったが、発射直前の状態で出来るのはあれだけであり、ラディツアの手によって傷を付けられそこから破裂するよりかはまだマシだ。

 海面に視線を下ろせば、荒波の中にラディツアが浮いていた。

 もはや浮遊する力もないのか、上向きに胴と顔が海面から出して波に流されるままになっている。

 けれども、グルガに強い視線を向けているのは変わらなかった。

「………………」

 グルガは黙ったまま小さく口を開けると、先ほどとは違い小さな光弾をつくり出す。

 最後の抵抗を考え、先程の二の轍を踏まぬよう威力よりも速さを重視した光弾だ。満身創痍の相手、この一発だけで仕留め切れる。

「終ワリダ」

 グルガが光弾を放とうとしたその時、ラディツアが海の中から腕を上げ、右掌を向けてきた。

 その動きにグルガは警戒の色を強め、彼女の動きを見逃さまいと身構える。

 直後、腹部から強烈な違和感が生まれた。異物を差し込まれ、そこから無理矢理穴を広げられるような感覚だ。

「――マサカ!?」

 慌て、自分の腹部を見下ろす。その拍子に集中力の乱れから光弾が消える。

 グルガの腹、そこには銀色の小さな光が灯っていた。

 輝かないその奇妙な銀光は大きさを徐々に広げていく。その広さに応じ、体の中から無理矢理こじ開けられる不快な感触と激痛がグルガの神経を襲う。

「ガ、ァアッ! コ、コレハ!」

 間違いなく、ラディツアの能力によるものだ。消耗しているのかその効果は遅く、その過程が目に見えるが間違いない。

 いつの間に、どうやって――そんな思いが激痛に苦しむグルガの頭によぎる。ラディツアの能力がグルガを捉えたという事は、マーキングを受けたという事だ。

 だが、そんな攻撃は受けていない。

 銃弾どころか光弾では鱗を貫くことはおろか剥がす事もできず、顔の急所を狙った弾丸もなんとか凌いだ。ラディツアの手による攻撃は受けていない筈だった。

 巡る疑問に答えるように、銀の光で開き始めた穴の中から細い物がこぼれ落ちた。

 銀光と違い光沢のあるそれは、医療で使われる注射器の細く鋭い針管だ。

「イツノ間ニ……」

 針が刺さったのなら痛みがある筈。それに、この鱗の鎧を抜けてくるなど考えにくい。

「筋肉増やしすぎて、痛みに鈍感になったみたいね」

 海面に浮かび、右腕を伸ばしていたラディツアが今度は左手を海の中から出す。

「あんた、口からエネルギー波は撃つとき腹膨らませるでしょう。その時にほんの僅かだけど鱗に隙間が出来るのよね」

 海から出した左手には残り弾数一発の小銃が握られている。

「私が墜落した時、勝ったと思い込んで油断したのを狙って、念動力で撃っていたの。銃弾はオマケ」

「――ク、グッ、ガァ、アアァオオオオォォッ!」

 グルガの喉に力強い光が輝く。ラディツアと相討ちになるつもりか、最後の一撃として全ての力を出しつくそうとする。

 サイコボムからの精神汚染も最高潮となり、狂ったように鳴りながらグルガに力を与える。

「消エロオオォッ!」

「あんたがね!」

 ラディツアがグルガの腹に銃口を向ける。

 銀の光に包まれていたそこは空間が広げられ、元からそうなっていたかのように大きな穴となっていた。そして、その中央にはグルガが放つ光と同様の色の発光を行い、心臓の鼓動のようにして音を轟かせるサイコボムがあった。

 少女は残った力でようやく引き金を引き絞り、最後の銃弾を発射する。

 引き金を引くのと同じく、最後の力を振り絞って込めた念動力によって加速と回転力を得た弾丸は嵐の風や重力、そして距離を無視して一瞬でサイコボムへと命中した。

 小さな鉛弾に込められたエネルギーが、忌まわしく爆弾を粉々に砕く。

 砕けた音叉が燃え尽きる蝋燭のように一際大きな光と音を発し、次の瞬間にグルガの喉からも目が眩むほどの光が瞬き爆発を起こした。

 海面が衝撃波で大きく揺れ、暗闇に包まれた夜の帳が一瞬だけ消えた。

 再び暗闇と戻った時、空にはグルガとサイコボムが影も形も無くなっていた。

 嵐の中でも微かに臭う濃い血の香りだけが、彼がいたことを証明している。

「はぁ……やっとか」

 重々しく溜息を吐くと、ラディツアは休む間もなく身を翻して荒波の中を泳ぎ始めた。

 一つの戦闘を終えても気が休まる暇は無い。まだサイコボムが一つ残っているのだから。

 弥都がいる山の方は未だ戦いが続けられているようで、局地的な台風まで起きている。

 戦いは全て終わったわけではない。

「訓練生時代を思い出すわ、まったく!」

 バルザを送り出した時のような能力やテレパシー、飛行ができないほどラディツアは消耗していたが、泣き言は言ってられない。

 どのみちこのまま波に呑まれてしまえば溺れ死ぬのだ。

 数日前にも同じように根性で何とか泳ぎきった記憶を思い出し、彼女は気力を振り絞って泳いだ。


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