第8話:静寂
チッ…チッ…チッ…チッ…
目が冴えてしまった。
時計の秒針の音がいつもより大きく感じる。
罵声も、馬鹿にした笑い声も聞こえてこない
この静けさは綾子に、いろいろな記憶を思い出させる。
傷だらけのランドセル
折られた鉛筆
隠され、ついに見つからなかった靴
「お前のせいでこうなったんだぞ!!」
それらが魂を持ったら…私に…こう言いにくるのだろうか…
思えば…無力な子供だった。
解決しようとする事を知らなかった。
ただ。
耐えるだけしか出来なかった。
だが、死ぬ事を考えた事はたくさんあった。
死んだら…どうなるのかな?
次の人生は幸せになれるかな?
両親はどう思うんだろ?
あいつらはどう思うんだろ?
やっぱり…嘲笑うのかな…?
普通11歳の子供が真剣に考える事じゃない。
私は…あの時からどう変わったんだろう?
大人になって何が変わったんだろう?
チッ…チッ…チッ…チッ…
秒針は確実に地獄のような過去を遠ざけていく
記憶は生々しく鮮明に残っているが。
綾子は目を閉じる。
チッ…チッ…チッ…チッ…チッ…
明日。公休で良かった。
チッ…チッ…チッ…チッ…チッ…チッ………
眠れなさそう。
あ、そうだ。
そういや…英雄と式場に打ち合わせ行くんだっけ…
いよいよ、3か月前になった。
早いな…。
昔の私は、まさか自分が結婚出来るなんて思ってなかっただろう。
気持ち悪いとか、ブスとかずっと言われ続けてたからなぁ…
確かに今も、あんまり可愛くはない。
よく英雄は私なんかに結婚して欲しいなんて言ってくれたなぁ…
頭が英雄の事に切り替わってきた。
少しずつウトウトしてきた。
やっと昼間の疲れが体に出てきた。
綾子はいつの間にか寝てしまった。
…目覚ましをセットせずに。
11時頃。家のチャイムが鳴る。
母が小走りで玄関に出ると、寒がりの為、かなり厚着の英雄がガチガチ震えながら、
「おはようございま〜す!」
と白い息を吐きながら笑顔で母に挨拶する。
「あら、おはよう!英雄くん。まぁ、寒いから入りなさいよ、もしかして綾子と何か約束してた?」
母も笑顔で英雄を家に入れる。
「はい。…あれ、まさか寝てます?珍しいなぁ〜」
英雄は吹き出すように笑う。
母は
「もうっ!あの子ったらだらしないんだから!起こしてやってくれる?全く…」
英雄は笑いながら綾子の部屋に入る。
何度も来た事もある部屋。
いつもより散らかっていた。
綾子は熟睡していた。
「おうおう。よう寝とる。」
段ボール箱に躓く。
「うおっ?…なんだこれ…ノート?」
夜中、綾子が勢いよく閉じた日記。
あの日記。
英雄は綾子の様子をそーっと伺う。
ちょっとだけ。
2時間も遅刻した罰だっ。
英雄は含み笑いをしながら綾子を時々チラチラ見ながらあの日記を読んでしまうのだった…
最初の方は笑顔で読んでいたが…
7月4日
そこから英雄の顔色が急激に変わった。
凍り付いたように…