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第17話:抱えてきたもの

翌日。


綾子はいつものように出社する。


タイムカードの所で、岡本を、今度は綾子が見つける。


足音で岡本が振り向く。


昨日の公園での出来事。

昔の私なら想像も付かないだろう。

あの、岡本と、岡本の息子と遊んだなんて…


昔の私が知ったら何て思うんだろ…?



「おはよう。昨日はありがとう。」


今度は岡本から声をかけられた。


「あっ、いえいえ。」


少し岡本は笑顔になってるように感じた。


その笑顔が優しそうにすら感じた。



事務所で今日もパソコンと睨み合いをする。


もう…背中に嫌な気配は感じない。


悪い奴はもういない。


背後にいるのは、友喜くんの優しいお父さん。



綾子の仕事も順調に進んだ。


−−−−−−−−−−−

それから数週間後の昼休み。


いつもは食堂を使っているが、今日は天気も良いし、朝用のサンドイッチを買いすぎていたので屋上のベンチで一人で過ごす事にした。



風は無いが空気は冷たい。日差しは暖かい。


あ〜もうすぐ春かぁ…


式まであともう1カ月ぐらい。


招待状作りに追われる日々だったせいか、月日が流れるのが本当早い。


もうすぐ…英雄と夫婦になるんだなぁ…


子供かぁ…


友喜くんみたいな良い子がいいなぁ…


私と英雄の子なら、きっとそそっかしい子になっちゃうな…


綾子がぼんやり空を眺めていると、足音が聞こえてくる。


あーあ…折角の一人の時間を誰かに台無しにされる…。


英雄は…寒がりだし、来る訳ないか…


じゃあ…

誰だろう?



足音は入口のドアの所で止まる。


「町田…」


岡本だった。


綾子は本当に意外な人物の登場にびっくりする。


「あれ?…どうしたの?」


岡本は以前より顔色が良くなったように感じる。


「ごめん。今、下で上っていったの見たから…あまり話す機会ないし…」


岡本はちょっと緊張しているようだった。


つられて綾子も緊張する。


岡本は綾子と少し距離を置いてベンチに座る。


「この前は…ありがとう。あれから友喜、俺の顔見るなり『おねーちゃんは?』『えいゆうさんは?』って…俺に毎日チェック入れてるよ。」


あの友喜君を思い出す。

それを言ってる様子が想像できて、クスクス笑いながら綾子は岡本に、


「私の事、覚えててくれたんだね…」


岡本も頭をかいていた。

そして、ちょっと寂しそうな顔をする。


「岡本君…?」


岡本は顔を上げて、


「実は…高橋主任には話したんだけど…黙っててくれてたみたいだから…聞いてないみたいだね。」


確かに、何も聞いてない。


綾子は岡本を見る。



「どうかしたの…?」



岡本は、

「…高橋主任に話したかったんだ。それで…聞いてもらった…」


といい、姿勢を正して、


「この前の公園で…町田が友喜をウサギ小屋に連れてってくれてた時。…俺、相談してたんだ。…家庭の事…ウチは…いや、友喜は…母親がいない。」


ドキリとする。

石渡マネージャーの言ってた事を思い出す。


父子家庭…



綾子は息を飲む。


多分これから自分には想像も出来ない事情を聞くことになる。


軽い気持ちでは聞けないだろう。


綾子は覚悟を決めたように切り出す。



「…家族…二人だけ…?」


「そう。…俺の妻…友喜の母親は……」


岡本の表情が固まる。


覚悟を決めたように吐きだす。







「…2年前に亡くなった。」



体中に衝撃みたいなものが走る…



綾子の声と言葉は完全に喉の奥に引っ込んでしまった…。



…えっ!?



亡くなった…!?




…予想外だった。

今決めていた覚悟じゃとても受け切れない。



空気が張り詰める。



岡本はちょっと俯きながら続ける。



「それから…家族は2人になった。…子供の世話なんて全く経験がないから、毎日が戦いだった…泣いたらどうしていいか解んなくて、泣きやむまで必死にあやしてたし……どうしていいか解らなくなって途方にくれてたりしてたりしながらも、とにかく一生懸命だった。…命って…とんでもなく重いものだって、毎日痛感してたよ。」



「…そっか……。」


綾子は精一杯のフォローの言葉を探す。



簡単に見つかる訳が無い。


やっと…絞りだすように、


「でも…何て言えば良いんだろ…今、友喜君が笑ってるのは、お父さんが頑張ったおかげだから………だから…」


奥さんだって安心してるよ。

と、言いそうになって、慌てて言葉を止めた。



今、奥さんの話に触れてはいけない!と何故か直感で感じたからだ。



その直感は後に当たるのだが。



岡本は少しうなだれながら、手を組む。


「高橋主任もそう言ってくれたよ…ありがとう。本当にありがたいよ。そう言ってくれる人がいるって…。」


岡本は組んだ手をまた組み直す。


「でも…友喜は良い子になろうとしすぎてる。俺が必死になってて、周りから助けられてるのを見てるから…幼いなりに思い詰めたんだろう…。友喜の為に…相手も居ないのに再婚も考えた。母親がいたら…あの子は幸せになれるだろう。けど…俺の存在ははきっと…薄れてしまうだろう…とか…。置いて行かれるのが結局怖いんだ…。そんな事思う俺は父親失格だよね…」


「そんな…こと……」


岡本は綾子の言葉を遮るように首を横にゆっくり振る。


そして、




「あのさ…。石渡マネージャーから聞いてるかもしれないけど…マネージャーの奥さんは…俺の奥さんの血の繋がってる姉なんだ。俺にとっては義姉に当たる人なんだ。保育所の先生をやってる。その先生の紹介で俺はここに入社してきた。…いろいろ助けてもらってる…。生活も…友喜の事も…。保育所で母親代わりに接してくれてる。


…妹を…死なせてしまったのは俺なのに…」


……!?



ちょっとまって!!!




今…何て…!?




綾子は完全に固まる。


ピシッと空気が張り詰める。


寒いからとかそういうのじゃない。



今までに経験したような物ではなかった。



張り詰める空気を割るように岡本は握り締めた手を強く握りながら、



「この件は…友香…いや、妻の事は…実は主任にもこれは打ち明けてないし…先生にも話してない…。俺と…亡くなった妻しか知らない話なんだ…。きっと…耳を塞ぎたくなるような話だけど……」



岡本は眉間にしわをよせる。

泣き出しそうな表情。



きっと本人も話すのが辛いのだろうか…



それを…今。

何か思う事があって、私に切り出そうと必死で戦っている…。



岡本の様子からそう取れた。



「うん。」


…決して軽い気持ちではない。


…私に精一杯できる事…


彼の話を…


いや、



彼を理解しようとすること。




岡本は一呼吸し、気持ちを落ち着かせようとしていた。



「俺が町田と再会した何日か後…。食堂でマネージャーと町田と俺の3人で話してた事あったよね?」



―あの時―


綾子の脳裏に石渡マネージャーと岡本の前で、強気な態度で

「同級生!」

と言い張った時がサッと浮かぶ。



今思えば…恥ずかしい。



岡本は続けて、

「…あの時……町田は多分気付いて無かったと思うんだけど…俺、中学は本当に最初しかいなかったんだ。」



綾子は岡本の写っていない中学の卒業アルバムを思い出す。



「…!!そっか…やっぱり転校…してたんだ…」


岡本は頷く。


「中学1年の6月。…中学でクラスが離れたし…気付いてなかったとは思ってたけど…。」



岡本は綾子を真正面で見る。


「そこが…俺の人生の転機だったのかもしれない…」



ここからは…

綾子の知らない世界で生きて来て…

様子の変わってしまった彼の話が始まる…



彼にとっては重大な告白…


綾子は岡本の目を見て深く頷いた。



岡本は既に覚悟を決めたような表情で…

やがて静かに話し始めた…。



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