第16話:父親失格
※引き続き岡本が主人公の話です。
今日も、いつも通り仕事が終わり、いつものように保育所に友喜を迎えに行く。
そういえば…高橋主任と廊下で擦れ違った時。
「よっ!岡ちゃん!」
と何故かピースしていた。
岡ちゃん…?
なぜピース…?
本当…面白い人だな…
その時はそれだけだったが、俺は少し会社に行くのが楽しみになってきた。
町田とはまだあまり話してないが、この前の外出の事で、かなり謝ってきた。いや、あれは俺も悪かったって言ったけど…気にしてたかな…?
とにかく、少しずつ環境が変わり始めている。
不安にもなるが…期待もしたい…
明日は休み。
明日は一日中友喜に付き合おう。
軽い足取りで保育所の前に着いた時、友喜は泣きべそをかいていた。
俺は驚いて友喜に駆け寄る。
「ともくん…?」
友喜は俺に気付き、慌てて垂れた鼻水を拭う
「…おかえり!パパ!」
と、無理やり笑顔をつくる。
「なんかあったの?」
友喜は首を横に振る。
「ううん!」
あぁ…誰かさんと一緒。
嘘は下手みたいだ…
「岡本さん。」
振り向くと石渡先生が立っていた。
「ちょっと…お話が…」
「はい…。」
―――――――――――
友喜は他の先生に遊んでもらっている。
話…。
大体予想はつく。
石渡先生は悲しそうな顔をしながら、
「すみません。お仕事で疲れていらっしゃるのに…」
「いえ…あの…友喜、今日、何かあったんですか?」
石渡先生は悲しそうな複雑な表情をこっちに向ける。
「ええ。岡本さんの事情も知ってますし…言いにくいんですが…」
俺は息が詰まりそうになる。
先生は続ける。
「今日、他のお友達に、母親がいない事でいろいろ言われちゃったんです…」
「友喜くん、最初はパパがいるからいいって言い返してたんですけど…その子にあんまりにも言われるから、ついに泣いちゃって…」
胸の奥がズキリと痛くなる。
「…そうですか…」
「ええ…。」
先生は気遣ってくれてるのか、
「確かに良い子です。でも、良い子になろうと幼心に必死に言い聞かせようとしてるようで…」
「……」
友喜…。
ごめんね…。
「余計な事かも知れませんが…再婚というのも、あの子にとっては良い事かもしれないと思うんです…気を悪くされたらごめんなさい…。」
再婚…か…。
「先生、どうもすみませんでした…やっぱり俺だけだと、良くないとは思ってはいるのですが…」
先生は
「ごめんなさい。あまり深く考えないで下さいね。一応、こんな事があったという事で、お父さんにはお話ししておいた方がいいかなって思って…」
保育所を後にする。
あぁ…。
わかった。
いつも友喜は俺の手で握力測定をする理由が…。
「ともくん、今日何食べたい?」
「んっ?なんでもいいよ!」
…友喜…。
友喜は目を腫らしながら笑顔になる。
しかし、急に表情が曇る。
「パパ…」
「んっ?」
友喜は立ち止まり俯く。
「ぼくは…パパとけーくんだけでいいよ…」
…!!
友喜を抱き締める。
ごめん!!!ごめんね!!!
俺の顔は歪んでいた。
「パパ…?」
友喜も、そんな俺を見て複雑な表情をしていた。
ごめんね、ともくん。
俺は君のパパ失格だよね…
―――――――――――
翌日。
友喜に今日はどこに行きたいかリクエストを聞いてみた。
南の島とかアニメに出て来る場所とか無茶な事を言われたが、池とボートのある公園を提案したらすぐ賛成してくれた。
その公園にはウサギ小屋やインコの小屋もある。
池にはいろんな鳥がいる。
しかも無料。
友喜もお気に入りの場所でもある。
友喜は嬉しそうに、けーくんに
「いってきまーす!」
と挨拶していた。
俺と友喜の手作り塩むすびと麦茶の入った水筒を持って家を出る。
駅へ向かい、モノレールに乗る。
友喜はモノレールが大好きだ。
靴を脱がせて景色を見せてやると、食いつくように窓の外を眺めている。
わずか一駅だが、それだけで満足してるみたいで良かった。
てゆうか…本当は車に乗せてやりたいし、遊園地にも連れてってあげたい。
随分リーズナブルな子にしちゃったなぁ…と、我ながら反省している。
公園には休日だからか、散歩に来ている人も多い。
ちょうどお昼時。
ベンチに座り朝2人で作った塩むすびを食べる。
空は雲一つない快晴。
横には自分で作った、ちょっとグチャグチャな塩むすびを食べる友喜…
幸せだなぁ…
「うぇ〜塩のでっかいの入ってた〜」
と、エヘヘと笑いながら友喜はおにぎりを食べる。
ずっと…こういうのが続くといいなぁ…
友喜も俺も年を取る。
いつか…今幸せを感じている事が、いろんな事を覚えていくに従って、当たり前の事と書き替えられて、幸せを感じなくなる…
それが怖い。
昨日の先生の言葉を思い出す。
いつか…友喜に母親という存在が必要になってしまう時がきてしまうのだろうか…
友喜が離れてしまうのが…想像するだけで、心が痛む。
友喜が後ろを向いてるのに気付くのにあまり時間はかからなかった。
同時に、あの声がしたからだ。
「あれっ?岡ちゃん?」
友喜は俺とその声の主を交互に見ている。
まさか本当にご対面するとは…
後ろには、手を振るやたら厚着の高橋主任と町田が居た。
「何食ってんの〜?」
高橋主任は俺のおにぎりを覗きこむ。
そして、
「おっ?息子?」
と友喜に
「よっ!」
とジェスチャーする。
友喜が俺に似なかった所は人見知りをしない事だ。
「よっ!」
と高橋主任にピースをする。
町田もそのやり取りを見ていて、
「風邪、治って良かったね」
と友喜にニコニコしていた。
こら、照れるな。
友喜はモジモジしながらエヘヘ〜と笑ってた。
―――――――――――
少し離れた芝生の広場で町田が友喜と遊んでくれている。
高橋主任はタバコに火をつけて、
「いや〜、イイ天気だなぁ〜」
とプカプカ煙を吐く。
「なんか…すみません。今日は遊びに来てたんですか?」
「ああ。綾子と式場行って打ち合わせしてきて、気分転換に来てたんだ。」
そっか…!
春に挙式って確か石渡さんから聞いていたな…
「おめでとうございます」
「どもっ!…まぁ、いろいろ面倒だけどさぁ。岡ちゃん、来てくれるよな?」
俺は高橋主任の意外なセリフに驚く。
「!呼んでいただけるんですか?」
「おぅ!息子も連れてこいや〜!」
高橋主任はタバコを加えながらニコニコする。
遠くで友喜が町田の服を引っ張りながら何か言ってる。
「あっ…おいっ…」
俺は慌てて止めに入ろうとするが、
「気にすんなって。綾子、子供好きだから。」
と、高橋主任に止められる。
「えっ…でも…ワガママ言っちゃってたら…」
俺はオロオロしている。
そして2人は俺達の所に戻って来て、
「岡本君、友喜くんウサギ見に行きたいって。行って来てもいい?」
町田の手をちゃっかり繋いでる友喜。
あらら…懐いちゃった。
「うん。ごめんね、折角2人で来てたのに…」
「ううん、全然構わないよ。」
友喜は町田の手をグイグイ引っ張りながら、
「いこっ!いこっ!パパ、お留守番ね!」
…はいはい。
高橋主任は
「父ちゃんとここにいるからなっ。」
と友喜にピースしている。
「うん!オッチャン!」
「こら、オッチャンは失礼だろ?ほら。えいゆうさん!」
高橋主任は合点がいったように
「えいゆうさん!」
と自分を指差している。
友喜はまた嬉しそうに
「えいゆうのオッチャン!」
とはしゃいでいる。
一言余計!
ま、何故か主任も嬉しそうだし、町田なんかお腹抱えて笑ってたし…笑ってごまかそう。
2人はウサギ小屋のある方へ歩いて行った。
あの友喜の嬉しそうにしてる姿…
俺はやっぱり…
「岡ちゃん?どうした?」
高橋主任が心配そうに声をかけてくる。
「…あの…」
友香。
俺…もう一度、人に頼りたい。
高橋主任に
「実は…あの子の母親の事なんですが…」
と切り出せた。
ずっと出たがってた言葉。それを塞いでたものから開放させるように…