第15話:懺悔
※引き続き、岡本が主人公の話です。
沈黙が走る
動揺しているのが黙っててもわかる。
冷や汗がにじみ出る。
どうして……?
この人は……?
その時。
高橋主任は慌てて、
「なんか…嫌な事ふれちゃったかな…ごめん…」
「あっ…いえ…」
俺は焦る頭を落ち着かせようとする。
高橋主任は申し訳なさそうに
「あっ…その…さ、ごめん。悪気はないんだ…」
「なんか…ごめん…」
高橋主任は何度も謝っている。
それほど俺が追い詰められたように見えたのか…
いや、実際追い詰められていたが。
とりあえず、この状況は回避できた…
でも…
俺は…
「あっ…いえ…」
取りあえずこの空気を何とかしよう。
体中の血液が顔の方に昇ってくる。
やっと循環してくれた。
高橋主任は、慌ててるのか車の運転がメチャクチャになっている。
あぁ…この人すぐに表に出ちゃうんだな…
というか!!
この住宅街の細い道を物凄いスピードで走る危険運転をノンビリ見てる場合じゃない!!
「主任…もういいんで…落ち着いて下さい!!」
「あっ、おれ?あ、あぁ、へーきへーき!!」
だ…ダメだコリャ…
歩行者とかも…俺も主任も現在生命の危機に瀕しているようだ。
「主任!鼻歌!歌いながら運転してください!!」
あぁ…俺も慌ててる。
落ち着かせようとして、よく解んない事口走ってる。
友喜の顔が浮かんでくる。
…お前を絶対独りぼっちにするもんか!!
「うっ…うたぁ?」
「そーです!さっきまで歌いながら運転してましたよね?」
どーにでもなれっ!
「歌ってねーよ!」
うそつけっ!
そして高橋主任は俺に無理難題を押し付ける
「岡本歌えっ!」
「無理です!!」
その瞬間!
2人が一気に正気に戻る音が鳴り響いた
ガッガガガ…ゴリッ…
ゴゴゴッ…
無線機の音だと出来れば思い込みたかった。
「ぅあああーっ!!?」
さすが行動が早い。
高橋主任はもう既に車を停めて左側に回っている。
残念ながら、この車に無線機なんか積んでいる訳がない。
現実には無線機の音ではなく、ガードレールと車の摩擦音だった。
擦っただけで済んで良かった…
俺は頭を抱えている高橋主任に声をかけようとした。
「…絵の具、ペンキ、修正液…」
高橋主任は証拠隠滅に悩み、ブツブツ呟いているが、あえてハッキリ言ってみた。
「どうせすぐにバレますよ。松本部長に自首しましょう…こすりましたって…」
高橋主任はしばらく震えていたかと思えば、
「…っははははっ!!」
と笑いだす。
「岡本〜っ!仲良く減給されようぜ〜!アハハハハハハ!!…笑えねぇー!!」
俺もそんな高橋主任を見ていて思わず笑ってしまう。
一応?責任の一端は俺にもあるから。
―――――――――――
外出から戻り、松本部長に車を擦った事を自首し、二人で大目玉をくらった。
まるで、子供の頃、悪戯をして先生に怒られているような心境だった。
…まあ、主任の方がこっぴどく絞られてたのは仕方ないとしか言い様がない。
帰り道。
今日一日の事を思い出す。
いつもは友喜の事ばっかり考えてるのに。
今日同行した高橋主任や…町田。
久しぶりに…楽しかった。
楽しいって思った。
また…出来れば話してみたい。
話せる気がしてきている。
友喜を迎えに行って、また握力測定しながら家路につく。
「ともくん、今日は保育園楽しかった?」
「うん!今日はねー給食にカレーがでたよ〜!」
友喜はえっへん!と言わんばかりに、
「ぼく、ニンジンちゃんと食べたよ!」
「おっ!偉いっ!今度パパおいしいハンバーグ作ってあげるから。おっきいニンジンいれちゃうぞっ!」
「ええ〜っ?おっきいニンジンやだ〜」
いつもどおりの会話。
友喜は俺の顔を覗きこむ。
子供はスルドい。
「パパ、会社でいい事あった?」
俺は友喜の勘のスルドさに一瞬ギクリとするが、
「うん。今日はパパ、面白い人とお仕事してきたよ。」
「なんてひと?」
俺はちょっと考えて、
「高橋さん。」
「たかかしさん?」
やっぱりちゃんと言えてない。
「じゃあ…」
『えいゆうって書いて英雄』
「ともくん、えいゆうさん。」
こっちの方が友喜にも覚えやすいだろう。
「えいゆうさん!」
「そう。えいゆうさん。パパは今日えいゆうさんの、お車に乗せてもらったんだ」
「へ〜!いーなー!」
笑顔で俺の顔を覗く友喜。
親バカなのか、友喜の笑顔は本当に可愛い。
「いつ、ぼくん家にくる?」
おいおい。
「えいゆうさんはお家には来ないよ。」
「ええ〜っ?」
…来る訳ないだろ。
友喜にとっては世界中は皆友達。のような考え方になってるみたいだ。
俺にもそういう時期があった。
皆…仲良くしてくれる。皆…優しくしてくれる。
それが当たり前の事だと思っていた。
でも…
岡本敬二という少年は…
ある日突然、冷たい現実を見ざるえなくなる。
その少年が今まで見て来た…いや、現実だと思っていたものは…平和な家族劇にしかすぎなかった…
そして…
少年は、教室という名の地獄での恐怖を味わう事になる…
そして独りぼっちだったという現実を見なきゃいけなくなってしまう…
「パパぁ?」
友喜が心配そうに俺の顔を覗く。
ごめんごめん。
俺は友喜を絶対独りぼっちになんかするもんか。
「ん?なんでもないよ」
世界で一番幸せになってもらいたい。
でないと…
友香に合わせる顔がない…
―――――――――――
帰宅し、一通り家事を済ます。
友喜は大好きなアニメを見ている。
横でそれを眺める。
そして一緒に風呂に入り友喜を寝かせる。
いつもは友喜が寝たのを確認した後、俺も眠りにつく。
今日はそんな気分にはなれないみたいだ。
横で眠る友喜を起こさないように、そっと箪笥の一番上の引き出しを開ける。
これも習慣になっている事だ…
『報告』
この時を俺は『懺悔』とも言うべきなのだろうか…
写真立てを見つめて目を閉じる
―――――――――――
友香。
なんとなく…君には聞いてもらいたい…
前に会社で昔、俺がいじめていた同級生に再会したって言ったよね?
罰が当たったのかなって思ったって話した子…
その子が、今日、俺を許してくれたよ。
許してくれたのか…まだ疑ってる。
それと、その子の彼氏…他部署の上司なんだけど一緒に外出したんだ。
その彼氏に俺は謝ったよ。
その彼氏も俺をもう責めないって…
もしかしたら俺は聞いてもらいたいらしい。
全部話したからって、スッキリ簡単に解決出来る訳ない。
そんな軽い話じゃないんだ。
俺にとっては…
実は…当てられちゃったんだ。
俺が人嫌いって。
図星だったよ。
すごい人だよ。
俺…心のどこかでその人に頼りたいのかもしれない。
…打ち明けていいのかな?
君はきっとそんなの自分で決めなさいって怒るだろうね…
解ってる。
でも…俺、そこまで人間出来てない。
いつまでも頼り無くてごめん。
でも大丈夫。
友喜にはちゃんと幸せになってもらうから…
―――――――――――
俺は缶ビールの蓋を開ける。
今日一日…何かの節目だった気さえしてくる。
ふと見ると、友喜は布団を蹴っ飛ばしお腹を出してスースー寝息をたてている。
ともくん。パパ、情けなくてごめん。
友喜の布団を掛け直し、ビールの残りを一気に飲む。
「おやすみ。」
そう言って俺も目を閉じた。
睡魔はすぐに俺を襲って来た…。