第12話:出口
綾子は中学の卒業アルバムを最初から見直す。
…おかしい。
映ってるはずなのに…
…?
5クラスの全ての生徒をチェックした…
あの夏子ちゃんは金髪・ピアスの…いわゆる不良生徒。肌が真っ黒だ…。なんか彼女と同じクラスのおとなしい女の子に恐喝していたらしくて補導されたって話を聞いた事ある。…関わらなかったけど…彼女はきっと今ごろも弱い人に付け込む事しか出来ない、ひねくれた大人になってしまったのであろう。
杉田君…あぁ…たしか…いつからか学校来なくなっちゃったって聞いた事ある…載ってるのは1年生の…それも生徒手帳の写真だ。学ランの襟に1年生の学年証がついている…なんで来なくなったかなんて知らないけど…。
めくるたびに当時のいじめっ子が出て来るが、運良く同じクラスに当たった事が無い。
だが、綾子の探している人物は5クラスのどこにもいない。
よく考えると…彼も中学から1度も同じクラスになってない。
なんでだろう…?
岡本敬二はどこにもいない。
住所録を見ても…顔写真を見直しても…
もしかして…転校した?
転校…
『あいつ…家の事情グチャグチャでさ…』
綾子は石渡のセリフを思い出す。
家庭の事情で転校…?
グチャグチャでさ…って。
たしか…子供を保育所に預けながら仕事して……営業課の定時は確か18時…
だからか!
無理に不向きな営業課を選んだ理由…!
子供の…為…?
岡本が部長や上司に説教されている場面
俯きながら食堂に一人座って、ひたすら周りとの接触を断ち切るように食事をしている姿
周りの社員達と関わらないように逃げるように退社する姿
私の昔の姿と酷似している気がする…。
綾子はアルバムをめくりながら、考え事をしていた。
同じような境遇
私は…支えている物がなかった。
彼には子供という大切な存在がある。
あの時の私には…なかった。
いや、…あった。
明るい子という虚勢を両親の前で張ってた。
私を支えてたのは…人を信じる事の出来ない下らないプライドだけだった。
子供の為に…岡本は自分を犠牲にできる人だった…
綾子はアルバムを静かに閉じた。
私は何も変わっちゃいない。
大人になっても…何一つ強くなんかなってない。
この前…石渡マネージャーや岡本の前で堂々と話た。…たしかに。
でも…これもまた虚勢を張ってただけだった。
証拠に隠していた手は震えていた。
なぜ虚勢を張る…?
傷つきたくないだけだからだ。
英雄にすぐ告白出来なかったのも…
自分のプライドを優先してただけだった。
結果、英雄に余計に心配かける事になってしまった…
『勝ち負けになぜこだわる?』
英雄の言ってた意味がようやく理解出来た。
って事は…
英雄は更に答えまで出してくれていた。
『悪い事してる訳じゃない。堂々としてろ。』
前向きになれ!
って事…
私はいつの間にか、ひねくれてしまっていた。
岡本の事。
知りたかったのは…
心の底では彼の事を
理解したかったからなのかもしれない。
過去の私と同じような思いをしているだろう彼と話がしてみたかったのかも知れない。
もしかしたら…今の彼は私の気持ちも理解してくれるのかも知れない。
私は彼と友達になりたいのかも知れない。
そこまで到達するのに時間がかかった。
周りから見れば、お人好しとか、変な人間かも知れないけど…
これが今の素直な心境だ。
―――――――――――
英雄にメールを送った。
今の心境そのまんま。
すぐに、メールじゃなくて電話がかかってきた。
「まずはタメ口きいてみな」
って。
そして
「こだわらない素直な子は好きだな」
と…
つけくわえて
英雄は本当驚く話をしてくれた。
「実は俺も今同じような事考えてたんだ。事情持ちなのを支えてやれるかもしんないし。…本当。お前と考える事一緒だよなぁ〜」
良かった。
わかってくれた。
この先、ここまで私を理解してくれる人なんてそう出会えないだろう。
英雄と出会えて良かった…
そう思いながら綾子は解放されたかのように優しい表情で目を閉じた。
悪魔だらけの、恐怖の部屋。執拗に叩き付けられる視線、悪意。
その13年間も閉ざされてた扉が開いた。
扉の向こうは人並みの幸せという眩し過ぎるぐらいの光が見える。
それに手を延ばすのをためらってた。
そこの子供の姿をした悪魔達に押さえ付けられてると思ってたから。
でも1歩進んでみると…悪魔達がもう居ない事に気付いた。
更に1歩1歩進むと部屋が薄れていった。
そして…光は目前に迫って来ている。
そして気付く。
あの部屋も、悪魔達も、私が見ていた幻にしか過ぎなかったのだ。
私は過去に閉じ込められていた。
過去の教室に閉じ込められていた。
翌朝。
タイムカードを押した所に、おそらくほぼ徹夜で子供を看ていたのだろう、目の下にクマができて、より一層顔色が白くなっている岡本が相変わらず俯きながら歩いてくる。
綾子は少し深呼吸をし、前に出る。
そして
「おはよう。」
と岡本に声をかけて事務所に歩いて行った。
もう、昨日の機械的な話し方ではなかった。
自然と優しい表情でここに来て初めて話した。
話した内に入るのかはわからないが。
岡本は一瞬この一言に驚いたような反応をしたが、綾子が通り過ぎた後、ボソッと小さな声で何かを言っていた。
綾子は気付いていなかった。
岡本の表情は確かに変化していた。