50話記念アンケート第2位『町民Cと勇者様のほのぼの』
「勇者様は、海馬さんって見たことあるんですか?」
それはいつもの休憩時間だった。私はクッキーを頬張りつつ勇者様に問いかける。今日もクッキー美味しいです。あと四枚かあ。大事に食べよう。割れないようにちゃんとしまっておかなくちゃね! 私の疑問に、近くで腰を下ろしながらも警戒していた勇者様は振り返って、
「ある」
と言った。
なんですと! すごいっ! 私は思わず身を乗り出すよ。
「どんななんですかっ、もふもふ? それともわさわさ? まさか、つるつるなんですか? いろいろ想像しているんですが、イマイチ分からなくてっ! どんななんですかっ!」
ずるずると座ったまま詰め寄ります。私の勢いに勇者様が逆に引き気味です。失礼な、噛み付きませんよっ。
「びちゃびちゃだと聞きました」
あっさり横からネタばらしするのは神官様だ。私は心にダメージを負いました! なんですと。びちゃびちゃ!
……って、つまりどんな?
「びちゃびちゃって、毛がですか?」
それはなんか……可愛くはない生物なのか? ちょっとショックですね。てっきりもふもふかと。
「常に海際で生活する、半水棲動物ですよ。だいたい水の中か岩場に棲息しています。馬類に分けられていますが、本当のところはどうなんでしょうね」
珍しく適当な返事だ。いつもならびっくり詳細解説なのにな。
「神官様は動物にはあまり興味がないのですか?」
多分なんでもとことん突き詰めるタイプだと思うよ! 勝手になんでも深くご存知だと思っていました。
「そっち系統の資料は、あまり神殿にはないんです。興味をそそるところではありますが」
「あー、もふもふはあまりあそこにいそうにないですしね」
もふもふどころか人間以外の生物がいませんよね、あそこ。
星原樹を囲んでいた白いでかい壁が頭を過ぎる。といっても私が知っているのは神殿と王城だけ。せっかく星都にいったのに、おのぼりさん気分を堪能していませんよ! 今度行ったら是非観光したい。
ともかく、神殿に動物がいないのは分かった。先に好奇心をみたすことを優先して、私は勇者様に詰め寄る。
「可愛かったですか? どんなのなんですか?」
唯一の目撃者は離さないよ! ふふふ。あの言い方だと、神官様は実際を知らないようだから、勇者様しか情報源がありません。
勇者様が私の迫力に目を逸らしました。なんですか、その見てはいけないものを見たような雰囲気は! 顔が変わってないけどなんとなく察したよ! ピンと来た!
私は地面にしゃがみこみ、ガリガリと陸馬さんを描く。もふもふ具合が我ながらよく描けました。誉めれるレベルです。
「これが陸馬さんだとすると、海馬さんはどんな感じなんですか?」
勇者様が少し考えた後、私の横にしゃがみこんで石を手に取った。その手元をじーっとみる。
「足は四本で、首は一本だった」
地面に描かれた物を見て、私は沈黙した。これが、ゲー術ってやつですか。確かに爆発しそうです、私の頭が。四角に棒が刺さっている状態の何かが出現しました。ヘタとかいうレベルじゃない。伝えたいことが一切伝わらない、恐るべきものが出現しました。
絵を挟んで沈黙する私と勇者様。
沈黙が、重い。
陸馬さんがもっしゃもっしゃと餌を食べながら私達をつぶらな瞳で見つめています。私は助けを求めるように陸馬さんを見詰めましたが、速攻で反らされました。ひどい。
これはいろいろつっこむべきなのか。それとも私が頼んだから曖昧に流すべきなのか。選択のときが迫ります!
私は意を決し、口を開きました。
「……足の数は、陸馬さんと同じなんですね……」
大きな流れには呑まれる。それが私の生き方です。逝き方じゃないよ! 権力に迎合する一般庶民です。ちょっと難しい言葉を使ってみた。
「……すまない」
勇者様がボソッと謝罪の言葉を落とされました。いやああ! やめてください! 私が…私がッいたたまれなくなるううう!
「いえ……よく分かりました」
勇者様の画力が。
神官様は静観する方向にしたようです。でもここで口を出さないのは、神官様も絵が下手疑惑が浮上しますが、よろしいのでしょうか? 私はじっと神官様を見詰めましたが、にっこり笑ってスルーされました。笑えばいいってもんじゃないよ! たしかにドキッとするけど! 勇者様の笑顔仮面具合には別の意味でドキッとするけど。いや、あれはビクッとするのか。
「いつか、」
勇者様が不意に口を開きました。私は神官様とのアイコンタクトをやめて、絵を見ながら口を開く勇者様へ視線を戻しました。
「海際に行ったら、みることもあるだろう」
おお! それはナイスアイデアですよ! それであれば、誰の学力も必要とせず、海馬さんが見ることが出来る。素晴らしいですねっ。
「そうですね! その時は海の水なめてしょっぱいとかしたいです!」
海かあ、本で読んだことしかないけど、どんなだろう。
想像する私の後ろで、陸馬さんがポーと鳴きました。休憩は終わりのようです。また私は荷物をまとめて陸馬さんによじ登ります。
しばらく陸馬さんに乗りながら海のことを考えて、またさっきの謎の絵を思い出したのは、私だけの秘密です。