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療中記

作者: ロッッカ

 とあるもりのなかで、おとこは、たおれているひとをみつけました。

「おや」

 たおれていたひとは、いたるところにきずがあり、だらだらとちをながしています。

 おとこは、そのひとのからだをおこすと、まだいきていることをかくにんしました。

 おとこは、そのひとをかかえあげます。ふしぎなことに、おとこのうではにほんだけではなく、もうあとよんほんものこっていました。

 たおれていたひとは、しずかにねむっています。

「ふむ」

 やがて、とおくからあわただしいえんじんおんがきこえてきました。





 じわじわと襲ってくる頭の痛みに、男は目を覚ました。

 布団も柔らかくはなく、決して寝心地がいいとは言えない場所に自分が寝かされていたと知った時、男はすぐさま飛び起きる。見開かれたマリンブルーの目が辺りを見回す。

 病室のような、手術室のような場所だった。部屋の真ん中には手術台が、その周辺には手術に使うであろう器具の数々が置かれている。そのくせ、部屋の端には金属製であろう机があったり、ベッド――男が今、寝ていたものである――があったりする辺り、どこか胡散臭い雰囲気がある。

 と、いう事にも男は気付く事なく、それより前に見つけたのは机に向かうもう一人の男の姿だった。長い黒髪を垂らし、最早椅子の背もたれは見えなくなってしまっている。全身黒ずくめ、といった服装である。目覚めた男がせわしなくあっちこっちを見ている間に、黒髪の男はそちらに気付いてしまった。黒髪の男がマリンブルーの目の男に視線を合わせると、彼は肩を震わせ、少しだけ後ずさりをした。だが、その後ろは壁だ。

「目覚めたか。どこか痛いところは?」

 黒髪の男が問いかけても、マリンブルーの目の男は冷や汗をかいて首を振るばかり。次第に手まで震え始める。黒髪の男は彼にいくつか問いかけをするが、彼の耳には全く届いていない。諦めたように首を振ると、黒髪の男は彼に向き直って言う。

「私はルルッテ。此処で医者を――」

 彼が言い始めた直後。

 マリンブルーの目の男はすぐさま飛び上がり、手術台の脇のメスを取り、手術台を飛び越え、ルルッテのもとへ飛び付く。飛び付く、というよりも蹴りをかます程の勢いで彼の腹を蹴った。ルルッテが椅子ごと倒れる。直後マリンブルーの目の男はメスを振り上げ、彼にしっかりと狙いを定めて振り下ろす。ルルッテの身体を支える二本の腕は動かなかった。彼は黒いポンチョの中からもう二本腕を出して男の腕を押さえる。片腕を二本腕で押さえているというのに、ルルッテの腕は震えていた。男のもう片方の手は、彼の胸倉を掴んでいる。男の髪が乱れ、色素の薄い髪の隙間から、尖った形の耳が見えた。

「君、名前はなんて言うんだ?」

 ルルッテが質問をするも、メスを振りおろす手の力は弱まらない。こんな状態の男に「落ち着け」なんて言っても無駄な事を、彼は知っている。息を絞り出すように彼は言った。

「私はルルッテという。此処で医者をしている。君が道端で倒れていたものだから、つい保護してしまった。死にたいなら言ってくれ、今すぐにでも此処を出そう。私は止めない」

 男の、汗なのか涙なのか分からぬ液体が服に零れた。

「君がどういう経緯であの状態に至ったのかは知らない。そもそもが、君が誰なんだか知らないんだよ。だから、私に教えてくれないか。……いや、教えなくてもいい。何か要求があれば言えばいい」

 ルルッテの力は次第に弱まっていく。メスの距離が徐々に近くなった。このまま手を離せば、黒い目に向かい一直線に降りていくだろう。男の口がぶるぶると震え、小さく動いたが声は出ていない。怒っているのではなく、怯えていたのだ。

 ルルッテは目を細めて、言う。

「その目、綺麗な色をしているね」

 男の動きが止まった。 男の手は下ろされ、メスが音を立てて落ちる。ルルッテに馬乗りになりながら彼は、顔をくしゃくしゃに歪めはじめる。汗よりも涙の量が多くなる。マリンブルーの目の輪郭がぼやけていく。ルルッテの服にまでもぼたぼたと涙を零しながら、男はうめき声をあげた。ルルッテはそっと、落ちたメスを拾って服の中に隠す。「……フィオ」

 男は震える声で言った。それからも嗚咽に混ざってかぼそい声が漏れるが、何を言っているのかは聞き取ることができない。

「それが君の名前か」

 ルルッテの問いかけに、泣きながら男は頷いた。彼の震えも小刻みなものに変わり、ルルッテの襟刳りを掴んでいた手もゆっくり離される。

「早く寝たほうがいい。限りある時間を有効に使うべきだ」

 ルルッテはフィオをどかして、倒れた椅子を立て直した。何もできず座り込んでいるフィオに一瞬だけ視線を向ける。手入れを怠っているであろう髪を執拗にかまいながら、フィオはまた視線を左右に動かす。涙も拭かず、せわしなく手を自分で引っ掻いたり、服の裾を掴んだり。挙げ句自分の首に手をかけた彼を、ルルッテは制止した。

「腹が減っているだろう? 何か食べるか」

 フィオはぱっと顔を明るくさせ、頷いた。

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