第七話:前嶌二葉
午後七時十五分と少しを過ぎた頃、清秋は夜の公園のベンチに腰かけていた。
公園の名前は白桃公園。昨日清秋が襲われた公園である。「君が囮になって吸血鬼を捕まえてきてくれ」と言って出魅は清秋を一人、夜の街へと繰り出させた。
出魅によると、一度殺し損ねているのだからもう一度現れるだろうということらしい。
命令されるがままにうろうろと街を徘徊してはいたのだが、三十分以上あてもなく歩き続けるというのは想像以上に厳しいものだった。せめて自転車でもあったら楽だったのかもしれないが、あいにく清秋の愛車は家のガレージで修理もされないまま眠っている。
そんな訳で疲れた足を休息させるため公園のベンチに腰掛けているのだが、思い返すと家に帰って自転車を修理に出していればよかったと思う。その方が十分暇つぶしにはなるし生産的だ。囮という本来の役目を果たしてい上に、自分の自転車が直る。
こんな時間の有効活用をなぜ今まで気づかなかったのかと改めて思う。この調子だと週末まで徒歩通学ということになりそうだ。
「あ~~」
後悔の気持と明日からの早朝起床の事を考え、頭を痛くしながら夜空を振り仰ぐ。街灯の明るい光によって星はほとんど見えず、黒い天球には三日月だけがぽつんと輝いていた。
「ん?」
右手に何かひんやりとした感触が伝わった。見ると、鞄の外ポケットからはみ出した銀色の物が突き刺さっている。部室から出る際に出魅から渡された空気銃だ。
受け取った時は特に気にしなかったがかなり重量感がある。全体が金属でできているようで、銃身は銀色グリップは黒くなっている。弾倉には金属製の丸い弾が入っていた。
見た感じではエアソフトガンのようだが、弾丸が金属製ということは改造銃だろうか。ということはもしかすると銃刀法に抵触する可能性がある。威力にもよるのだろうが、武器として持たせたところを考えるとやはり少なくとも人を負傷させるくらいの威力はあるのだろう。
試しに正面にある木に向かって撃ってみることにした。片手で構えると重みのためか少し安定しないので両手でグリップを握り、狙いを定めて前方にある木の幹の中心に向かって引き金を引いた。
ヒュンッ、という空気を切る音が聞こえた。よく外国映画などで聞く効果音だ。
「きゃあ!!」
もしかすると本物のように銃声が響き渡るのではないのかとビクビクしたが、その心配はなかったようだ。どうやら火薬は使用していないらいい。
威力はあまり分からないが、そこまで強いというわけではないらしい。清秋は黒服の男たちと宇宙人が出てくる映画で主人公が最初に渡された銃のように一本の木ぐらい簡単に吹き飛ばすようなものを少しだけ気体していたのだが、どうやら期待はずれのようだ。
「ちょっと、完全無視ですか! さすがにそこまで綺麗にスルーされると傷つくんですけど!!」
「木の後ろに隠れてた怪しい人がいたもんだから」
「エアガンを人に向けて撃たないって常識ですよね、普通」
本当は動物か何かだと思ったのだが、まさか人だとは思っていなかった。叫び声も何かの聞き間違いだと思ったのだがどうやら人が本当にいたようだ。
「にしても何してたの君」
「いや~、別に怪しいことはしてまセンヨ!」
「語尾があからさまに怪しくなってるよ」
数回のやり取りをしながら、木の後ろに隠れていた人影は清秋の目の前まで来ていた。
街灯に照らされ、清秋の視界に映ったのは一人の少女だった。近所の私立中学校の制服を着た彼女は、それだけ見るとただのよくいる女子中学生だ。しかし他の中学生いや、道を歩いているどの人と比べても分かるほどの圧倒的な違いがあった。
「金髪」
「え?」
つい口をついて出てしまう。そう、彼女が他人とは違うもの。それは髪の色だった。さらに眼は青色の瞳、それだけで外国の血を持っていることがわかる。
「その通り! 私は母さんがイギリス国籍のハーフなの。育ちは日本だからこの通り日本語はぺらぺらだけどね」
ていうか英語はできない、と小さく呟きながら清秋の横に座る。
「それで、君は何してたの?」
「はっ、もしやこれは属に言うナンパというやつですね。これからの予定を聞いて時間があればどこかに連れていく作戦ですか」
「状況から言って確実にあり得ないからね。むしろそっちから話しかけてきたし」
「ダメダメ、ダメですよ。まだ私達初対面ですし、お互いの名前も……。あ、名前を聞いてませんでした」
人の話を全く効かない上に超マイペースでハイペースな子のようだ。
「僕の名前は葛葉清秋。そこの高校の一年だよ」
「清秋さんですか。私は前嶌二葉って言います。高校一年ということは私より三つ上ですね」
三つ下、ということは妹の柚花と同じで中学一年生ということになる。といっても学校が違うので知り合いではないだろう。
「ところで清秋さんはこんなところで何をされていたんですか?」
こちらがもう一度質問する前に先手を打たれた。
しかし質問されたからには答えないといけないだろう。囮になっていたというのはさすがに言えない。
「夜空の星を見に来ていたんだよ」
適当にふざけてみた。
「クサッ!! そんな言葉漫画の中でしか聞いたことないですよ」
隣で爆笑された。自分でもなぜそんな事を言ったのか分からない。隣の金髪少女のテンションに影響されたのだろうか。
「でもそんなものを持っているってことは何か訳ありですか?」
「そんなもの?」
二葉の視線を追うと、どうやら自分の手に握られたままのエアガンの事を言っているようだ。
「そんなものってただのエアガンじゃないか。殺傷能力はないよ」
すると、二葉はとんでもないというような顔をする。
「もしかして気づいてないんですか?」
「何が?」
「本当に気づいてないみたいですね。わかりました、とりあえずあなたの撃ったあの木を見てください」
ベンチの正面にある、先ほど二葉が隠れていた木を指差す。
「特に変わりないけど」
「もっと近くでです」
そう言うと清秋を無理やり立たせて背中を押しながら、木の正面まで連れてくる。そして二葉は自分の背丈より少し高いところを指す。
幹の指で示された部分を良く観察してみる。すると、遠くからは見えないが小さな穴が開いていた。一センチにも満たない、ちょうどエアガンで発射する弾の直径と同じぐらいの大きさの穴である。
しかもその穴はベンチ側から反対側に向かって完全に貫通していた。逆から携帯電話のライトを当ててみると確かに奥まで見通せた。
「どうやらとんでもなく危険なものらしいね」
「そうですよ。私の背がもう少し高ければ脳みそぐちゃぐちゃでした」
「そうだね。でも女子中学生が脳みそぐちゃぐちゃとか言うのやめなさい」
「はい」
それにしてもすごい威力だ。幹に当たった時にほとんど音が無かったところを聞くと、どうやらかなりの高速で貫通したのだろう。人間の頭がい骨は木の幹より固いとは思うが、これほどの威力があれば当たり所によって即死させることも出来るだろう。
もしも引き金を引いたときに銃口が一センチ低かったらと考えると恐ろしくなり、先ほどよりも重くなったように感じるその金属の塊を鞄の中に収める。
「ところで、二葉ちゃんは何をしていたんだい?」
清秋はごまかすように質問をする。
「ちょっと公園で考え事です。今後どうするかについて」
「今後って、まるで家の無い人みたいだね」
「ええ、家出をしてきましたから」
なんでもない風に二葉は言う。
「ちょっと家庭内で色々ありまして、ムカついたので飛び出してきちゃいました」
「そんな無茶な。これからどうする気なんだい?」
家出してきたという割には二葉の荷物は学校指定であろう鞄一つである。
「だからそれを考えていたんじゃないですか。財布と通帳はもっているので少しの間なら大丈夫だと思いますが」
「て言っても泊まるところとか無いんじゃない? まさかここで野宿とか考えてないよね」
「お、それグッドアイデアですね。漫画喫茶にでも泊まろうと思ってましたがそっちの方が経済的にも負担が少ないです」
目の前の少女はかなり図太い神経をお持ちのようだ。まあそれでなければ拳銃を持った男に話しかけてきたりはしないだろう。
というか友達の家に泊まるとか考えなかったのだろうか。
「でも野宿はさすがに危ないんじゃない。こんなところで女の子が一人なんて」
「いえ、家にいるより数倍マシです」
二葉は俯きがちに言う。
「でも君がいないことに気づいたら親御さんも警察とかに連絡するんじゃ」
「多分そんな事はしないと思いますけどね。この前も一晩帰らなかった事があるんですが、その時は警察どころか気づいてすらいないみたいでしたし」
どうやら以前も家出をしたことがあるらしい。かなり頻繁に行っているという口ぶりだ。
「警察ということなら清秋さんの方が帰るべきなのでは。こんな時間に公園でうろついている高校生なんて怪しいですよ。万が一補導でもされたら」
そう言いながら二葉は清秋の鞄を見る。そこには先ほど入れた銃が入っている。確かにこれを見られたらかなりマズイ状態だ。まさか「吸血鬼を探してました」とも言えまい。
しかし中学生の女の子、しかもどうやら今晩は帰らないらしい彼女をこの場において行っても大丈夫だろうか。
「君は今からどうするんだい」
「心配ご無用! 私こう見えても強いですから。プロの殺し屋でも来ない限り私には勝てません!!」
「感嘆符を点けて堂々ということで信憑性がここまで下がるものだと思わなかったよ」
しかも手を腰に当てている動作が逆に華奢な体を強調しているようで、余計に心配になる。
「まあそれは冗談として、護身術や格闘技はちょこっとかじってますから清秋さんよりかは強い自身があります」
頭の後ろを掻きながら照れたような笑いをする二葉。それもあまり信用できないが、家出自体は慣れているようだ。
まあこの辺は治安が悪いわけでもないし周りにあるのは住宅ばかりなので、そこまで危ないということはないだろう。万が一危なくなっても近くの家に飛び込めばいいのだ。
というかよく考えると現在は清秋の方が危険な状態にある。つい先ほど会ったばかりの人の心配などしている暇は本当は無かったはずだ。
「じゃあ僕は帰ろうかな。もし危なくなったら大声で叫ぶんだよ」
「わかりました。声の大きさだけは自身があります!! 清秋さんこそ襲われないようにしてくださいね。まあもし襲われても私がお嫁にもらってあげます。心配しないでください!!」
その考えに至るのは中学生にしてはどうかと思う。清秋はこの少女の将来の方が心配になった。
◆ ◆ ◆
「まあプロの殺し屋でも私に勝てるか分かりませんが」
清秋を見送った後、二葉はため息交じりに言った。
「そろそろ出てきたらどうですか。ここにはもう私しかいませんよ」
その言葉を合図にしたように数個の影が現れた。
ある者は街灯の陰から、ある者は草むらの中から、まるで今までそこに存在していたかのように立っている。
暗さの所為か彼とも彼女ともつかないそれは五人、二葉を取り囲むように立っている。
「ち、ちを」
ふいにそのうちの一人が呟いた。ちょうど二葉の正面、木の陰から現れた一人である。
「毎度毎度面倒ですね。少しはその脳を使って考える事はしないんですか。ただ本能の赴くままに血を求める」
じりじりと近寄ってくる影に対して逃げるでもなくむしろ挑発する。
といっても挑発などしても意味がない。彼らは脳で考えるのではなく体が、より正確に言うと血が体を動かしている。そのため、通常の人間が脳で考え電気信号として筋肉に命令を出すというわずかなタイムロスをなくす事が出来る。
二葉にはよくわからないがこの生物はそういう仕組みになっているらしい。
「血をよこせ!」
次は明確な声で叫び、直後に五方向から全員が飛びかかってくる。
「まあ普通じゃないのはあなたたちだけではないのですよ」
そう言うと前方から突き出された手を掴む。飛び込んできた勢いに少しの力を加えることで運動方向を調節し、右後ろから来た者に向かって投げる。
さらにしゃがみ込んで左の二人の足を払い、右から来た者の胸に向かって肘を突き出す。胸骨の隙間に肘が食い込んだのを感じ、直ぐに嫌な音を聞いたがすでにこれも慣れてしまった。
数秒後には完全に足の骨を折られた状態でその五人は二葉の周りに倒れていた。
「御苦労さまでした。それでは私は後処理をして帰りますかね。どうせその傷もすぐに治ってしまうんでしょう?」
「その必要はないわ」
突然声が聞こえた。
もちろん倒れている者が喋ったわけではなく先ほどまでここにいなかった別の者の声である。その声はちょうど二葉の真後ろからであった。
「一人で五人も処理するのはたいへんでしょ? 私がやっといてあげるからあなたは帰りなさい」
言葉はだけ聞くと親切なセリフだが何とも言えない気持ち悪さがある。たまたまそう聞こえてしまっただけでもっと酷い言葉を放ったのではないかと思えるほどの不快感があった。
二葉は急いで振り向きその女の顔を確認する。
体が触れ合うほど近くにいたせいもあって、二葉はひと回り背が高いその女の顔を見るために嫌でも斜め上を見ることになった。
そこにいたのは金髪、青い眼の女。髪は腰まであるストレート、口元の左端を上げニヤニヤしながら二葉を見降ろしている。
その顔に二葉は見覚えがあった。忘れられない顔。生まれた時からずっと見ていたその彼女の顔を見て二葉は一言つぶやいた。
「お姉……ちゃん?」




