第二十八話:裏の人物
源二と二葉を救急車に乗せ、崩壊前の地下であらかじめ雀に手配しておいたタクシーに乗る事三十分、出魅はオカルト部部室に帰ってきていた。
時刻は午前五時半。
すでに日は上り、部室にあは朝の光が差し込んでいる。
担いできた清秋はいまだに意識はなく、彼を部室の中央に並べられたソファーへ乱暴に投げ降ろした後、自分は向かいのソファーに深く腰を下ろしながら雀の入れた紅茶を飲む。
「うん、やはり仕事終わりの紅茶は格別に美味しいな。ただやはり少し腹が減った」
隣に座っていた雀が立ちあがろうとするが、それを左手で制止して、そのまま手のひらを顔の横で回す。
すると、給湯室からスコーンが五つ入った皿が飛び出し、出魅の目の前に着地する。
そして少し遅れてジャムの入った瓶と銀色のフォークが飛来し、音も立てずにテーブルの上に乗った。
「佐々木雀君、君も一晩待っていて空腹だろう? 一つだけなら食べてもいいが」
ありがとうございますと礼を言って雀はスコーンを一つ、フォークで切り分けて上品に食べる。
それに対して出魅は別の一つを手に取り、ジャムを塗ってそのままかぶりついた。
「やはり紅茶にはスコーンが合うね」
いいながら、紅茶を口に含む。
そしてカップをゆっくりとテーブルに戻しながら、さて、と話を切り出した。
「一つ確認したいんだが佐々木雀君、葛葉清秋君の血液比率をみてくれないかな」
「はい? わかりました」
突然の依頼に対して疑問の表情を浮かべながら、雀は片眼鏡の横に供えられたダイアルを調節して、目の前のソファーに横になっている少年を見る。
清秋の頭から足先までをスキャンするように目線を左から右に動かした後、驚いたように目を見開いた。
「どうかしたかい? 佐々木雀君」
「いえ、出魅さん、この人に何かしましたか?」
質問を質問で返された。
だが、出魅にはその質問の理由がすでにわかっている。
「やはり葛葉清秋君を浸食していた吸血鬼の血液が無くなっているんだね。言っておくが私は何もしていないよ」
「正確に言うと数パーセントだけ残っています。でもこんな事があるはずがない……。ただの人間が自然治癒で吸血鬼の血液を消滅させる事なんかあり得ないはずですが」
「ああ、そうだね。君の言う通り普通の人間が吸血鬼の血液による浸食を抑える事、ましてや今の彼のように消滅させる事などあるはずがない」
言って、清秋の方を一瞥する。
「と言う事は彼が普通の人間じゃないと言う事だよ」
「いえ、でも確認できる限り飛び抜けたところもなく、人間以外の種族でもないようですが」
「まあ説明するよりも本人に聞いてみるといいだろう」
出魅は立ち上がり、腕を組んで目の前の少年を見下ろしながら
「話は聞いていただろう? そろそろ起きたまえよ、葛葉清秋君。いや、信太の白狐、葛の葉と言った方がいいかな」
「やっぱり気付いてたみたいじゃな」
声を発したのは、視線の先に寝ていた清秋の口だ。
だが彼の姿はすでに無い。
聞こえたのは出魅の背後、しかも吐息がかかるぐらいの耳元に彼の口があった。
「やっぱあんたは隙だらけじゃな」
突然の事で内心で驚きながら返答する。
「八百年ぶりに会ったというのにその態度とは。やはり性格は変わっていないようだな、葛の葉」
「そんなお前も全然変わっておらぬな。五百歳年上の者を呼び捨てにするとは」
一連のやり取りが終わると、清秋の体で葛の葉と呼ばれた者は元のソファーに戻る。
背後を取られていたため、そこで初めてその者の姿を確認する。
もちろん、現れたのは清秋その人だった。が、一つだけ違う場所がある。
「人間に憑依するとそうなるのか」
出魅が目線を送る先は葛の葉の頭上、その髪の毛だ。
もともと黒だった髪は銀色ともいえる輝くような白色に染まっていた。
「そうみたいじゃの。あ、あと憑依じゃなくて転生な」
似たようなものだろうといいながら出魅は再び椅子に座り直す。
「一体、この人は誰ですか?」
呆然としていた雀が当然と言える質問を誰とでもなく放つ。
「彼女は葛の葉と言ってね。千年以上前に生きていた化け狐だよ」
「おいおい、そんな紹介はあんまりじゃろう。儂が自ら自己紹介してやろう」
自ら自己紹介という日本語はおかしいと言った出魅を殴り飛ばし、葛の葉は立ち上がる。
「儂は葛の葉と言って、千百年ほど前に生きていた白狐じゃ。今でも信太の白狐と言われれば知っている者もいると思うが……。ああ、安倍晴明は知っておるか?」
「はい、陰陽師で有名な人ですよね」
「儂はその母親じゃ。やはり息子が有名になると鼻が高いのう」
「どういうこと?」
突然の告白に理解が追い付かないのか、雀は疑問を飛ばす。
「あー、知らんのか? 信太の白狐の話。大阪で安倍保名という男が助けた狐と子供を作る話なんじゃが」
細かいところを大幅に省く事で、本来の話と少しずれているような気も出魅はしたが、雀は一応納得したようだ。
「じゃあ安倍晴明が狐の子って言うのは本当だったの?」
ふふんと自慢げな顔をする葛の葉に対して出魅が話を戻した。
「葛の葉、生憎あんたの子供自慢に付き合っている時間はないんだが。私が人間になるまであと三十分もないのだよ」
「面倒な体になったのう。だがまあ聞け、有名になった方の子供も話しておかないと可哀そうじゃろう」
含みのある笑みで、勿体ぶったように言う。
「晴明の方は有名になったが、実は儂は別の子供もおっての。保名のところから去った後に別の所で名もない者と子供を作っだのじゃ。結論から言うと、その子孫がこの体の持ち主である清秋」
「つまり葛の葉という名前を名字に替えて葛葉というわけか」
「おのれ、一番言いたかった所を持っていきおって」
「うん、まあそれで大体納得したよ。清秋君の中にある巨大な魔力も、吸血鬼の血液による浸食を抑えたのも、全てあなたが中にいたからなのだね。だが、それなら始めから出てきていればよかっただろう」
始清秋が公園で襲われた時に葛の葉が吸血鬼化を抑えていれば、わざわざ危険な事に巻き込まれないですんだだろう。
「始めはそう思っておったんじゃがの。千年も子孫の中でいると退屈でのう。このまま少し傍観してみるのもいいかと思っていると懐かしい旧友と合ったもんじゃからついでに活躍を見て行こうかと。それにしてもこのまま儂が出てこなければ吸血鬼化はどうするつもりだったんじゃ?」
出魅は黙る。
実際のところ清秋のことは今回の事件を解決するための便利な道具のように扱っていた。
どうするつもりだったかというのは、どうやって吸血鬼化を止めたのかということだろう。
それに、吸血鬼化を止める方法に関しては知らないし見つけられなかったので、その質問に関する答えを出魅は持っていなかった。
「やはりそう言う事じゃろうと思ったわ。いまだに人間を見下しておるのだろう」
人間は吸血鬼より弱い生き物だ。だから自分より劣っていると思って何が悪い。人間だって猿の事を見下した見方をしているだろう。
出魅は内心でそう思うが、目の前の相手には通じない。
相手は狐だ。それでも人間を自分より劣っているとも自分の方が劣っているとも思っていない。
八百年前も同じような問答をしたし、人間との子供を儲けている時点で、自分を人間と平等だと思っている証拠だろう。
「ま、人間と共生しようとしているところを見ると、昔よりかは成長しているのかも知れんがの」
「そういうことだよ。私を褒めてくれたまえ」
「馬鹿が、八百年生きていて成長しなければ生きている価値などないわ」
立っていた葛の葉はようやくソファーに腰を下ろす。
「というわけで、今後の事なんじゃが」
「なにかあるのかい?」
あるはずないだろう。
今回の事件もすでに解決したし、何より清秋の吸血鬼化という問題を解消したのは目の前の葛の葉だ。
事後処理として病院崩壊をどうするかということだろうか。
でもそんな事は葛の葉の関係の無い事だろう。
「何かって、今後この少年の事についてじゃよ」
「放っておけばいいだろう」
すると葛の葉は眉間に指を当てる。
「一度こちらに足を踏み入れた時点でもう戻る事は出来ん。普通に生活していてもついそういう現象に目が行ってしまう」
「じゃあどうすればいいと言うんだい?」
目の前の狐が言う事だ。
何となく先に続く言葉は予想できる。
「お前が面倒を見ればいいじゃろう」
予想通りの言葉が来た。
「一応聞いておくが、そう判断した理由を教えてもらおうか」
「第一にお前なら強さという面で信頼できる。第二に人間の友人が少ないお前のために話相手を作る。見たところお前が人間と交流があるのは、そこのお嬢さんぐらいだろう。そして最後」
言いながら指を立てて行き、人差し指と中指に続けて薬指も立てる。
「儂が面白いからじゃ」
まったく、この女狐は自分の事しか考えていないのだろうか。
出魅は心の中で悪態をつく。
前を見ると、新しいおもちゃを見つけたような笑顔の葛の葉がいる。
「わかった、葛葉清秋君の面倒は私が見よう。ただし、あなたも分かっているともうが夜だけだ」
「その点は心得ているよ。それに、この集まりはお前だけでもないのじゃろ?」
葛の葉の目線は雀の方へ。
恐らくオカルト部に入れてしまえということなのだろう。
「うむ、これで話す事も終わった。そろそろ戻るとするかの。お前もそろそろ人間になる時間じゃろう」
時計を確認すると、あと数分で六時になる。
「久しぶりに会ったと言うのに慌ただしいね」
「お前に呼ばれたから出てきただけじゃよ」
「まあたまには紅茶でも飲みに来てくれたまえよ」
カップを片手に言うと、葛の葉はふざけるなと言い
「儂をもてなすなら緑茶と油揚げを用意しろ」
という一言と共に葛の葉の髪が、先から黒く染まっていく。
「あと、この少年はしばらく目を覚まさないからよろしく」
白、灰色、黒と、まるでグラデーションの様に色が変化し、黒髪に戻った時には目を閉じて寝息を立てていた。
よろしくと言われても、六時まで一分を切っている。
自分は彼を送り届けたりできないのだが。まあ、雀がなんとかしてくれるだろう。
と思いながら、出魅も意識が遠のいて行く。




