第二十五話:死と復活
清秋が七階にある院長室へ辿り着いたとバートリが確認したのは出魅との戦闘中だった。
自分の血液を混ぜた相手は操作する事が出来る。
さらに、遠隔で操作する事もあるため多少の位置は把握できる。
バートリはすぐに清秋を利用しようと思った。
操る時に多少労力を割かねばならないが、それなりの見返りはあると判断し、院長室の本棚裏にある隠しエレベーターで地下まで下りてくるように命令したのだ。
それのためにわずかな隙が生じ、ダメージをくらうことになったが、無事に清秋をこのフロアまで連れてくる事に成功した。
予定よりも浸食が遅いが、七割は吸血鬼の血液が浸食している。魅了の力で操るには十分と言えるだろう。
「いくらそなたでも吸血鬼二人を相手にするのは難しいだろう」
「うむ、まさか葛葉清秋君が操られる事になるとはね、私も予想外だったよ。吸血鬼化の進行も遅らせたけどそろそろ限界だったかな」
目の前、出魅の顔にはさすがに焦りの表情が見える。
焦り、そして無様に死んでいけばいい、とバートリは心の中でほくそ笑む。
もはやこれだけの戦力をそろえれば勝ったも同然。
先ほど二葉にけしかけた死体達もまだ耐えてるようだし、ゆっくりと、この憎らしい吸血鬼を殺す事ができる。
「では仕切り直し、二回戦を始めるとするか、ヴラド・ツェペシュ」
「お手柔らかに頼むよ」
同時に両者の間で打撃音が響く。
警棒とナイフがぶつかり合い、毎秒数十回、数百回の金属による衝突音は、まるで廊下中で防犯ベルが鳴り響いたような音を作る。
先ほどと同じ、両者ともに力が拮抗し、全身も後退もしない。
しかし先ほどと大きく違う点。それはバートリは便利な道具がある事だ。
目の前の出魅に攻撃を送る手を休めずに、清秋へ命令を送る。
それは「出魅を攻撃しろ」という単純なものだ。
もちろん武器は何を使って、どこを攻撃しろと言った詳細も命令できるのだが、それをすると目の前の拮抗状態が破られ、その力が出魅に傾いてしまう。
残念ながら一対一の戦闘能力では出魅の方が勝っているため、一度相手に攻撃を許してしまうと、そのまま押し切られてしまうのは目に見えているのだ。
だから単純な命令で済ます。
命令を受けた清秋は、五階で渡した警棒をとりだし、それを出魅に振り下ろす。
基本的に単純な命令を受けた相手は自らの脳を頼りに行動を起こす。
つまり現在「戦え」という命令を受けた清秋は、自らの過去の戦闘経験や戦闘に関する知識を利用してオートで戦う。
恐らく、清秋は戦闘経験豊富とは言えないだろう。
しかし五階でのアドバイスや吸血鬼の能力で、出魅の邪魔をする程度には戦える。
案の定、振り下ろした警棒は出魅の左足によってはじかれ、そのまま本人も壁に叩きつけられた。
それも計算通り。
出魅が清秋の相手をした一瞬の隙をついて、バートリは左手の警棒を思い切り上方から叩きつける。
それを受け止めた相手は衝撃をナイフで受け止め、全身を通して脚から地面に逃がす。
だが、清秋を蹴り飛ばしたおかげで、地についている脚は一本だけで、非常に不安定な状態だ。
そこへ、バートリは自らの足を使い、相手の支えとなっている右足を思い切り右側から払った。
下へ向かう力が身体に残ったまま、出魅は地面へ引きずられるように倒れる。
地面に横向きに倒れた出魅の身体は隙だらけだ、そこへ今度はバートリが警棒で攻撃する。
狙う横胸。肺、心臓を破壊する。
気の幹が折れるような音と湿った音が混ざりあい、出魅の胸部が破壊されるが、鈍器で破壊されたために血液は飛び散らない。
代わりに出魅の口から大量の血液が吐き出された。
だが、そんなものに構っている暇はない。
目の前の女はすぐに回復し、何事もなかったように、再度自分に襲いかかってくるだろう。
それを阻止するためにはまず四肢を破壊、次いで身動きを失った状態で頭部破壊だろうか。
考え、まずこちらに向けられた、一番近い距離にある左腕を狙おう。幸いその手にはナイフがない。
ナイフがない? いや、無くなっている。
気付いた時には遅かった。
出魅の手から放たれたナイフはバートリの左肩を射抜き、深々と突き刺さったその銀色の刃物は衝撃をあたえ、被弾した自分の身体を回転させようとする。
その勢いを利用して、バートリは更に数歩バックステップを踏んで出魅から距離を取った。
そして代わりに清秋へ命令を送った。
命令を受け、清秋は動く。
彼は手にした警棒で出魅を攻撃し、更に懐から銀色の銃を取り出す。
弾丸は銀製。
打ち抜けばダメージが残る。
「まさか君に渡した武器で攻撃されるとはね」
出魅は警棒を片手で受け止め、放たれる弾丸を最小限の動きで避け、苦笑を浮かべながら言葉の通じぬ相手に言った。
清秋はバートリから数メートルの位置を保ちながら、相手が近寄れば警棒で、離れれば銃で攻撃する。
こうなってしまったら出魅はこちらに攻撃をしかけに来れないだろう。
そう思った瞬間、出魅は自分に向かって全力で突進してきた。
風よりも早く、衝撃波を作りながら距離を詰めてくる。
成る程、確かにこれなら弾丸よりも早く、勢いが止まらない限り被弾することもない。
「だが甘いな」
自分に向かってきた時の対処ぐらい考えてある。
バートリは命令を送った。
それは清秋にではない。命令を送ったのは自分の右前方にある部屋の中。
ドアが勢いよく開けられ、中から死体が勢いよく飛び出してきた。
バートリと出魅の間に障害物が現れる。
突如として現れた障害物に対処しきれずに、出魅はその死体にぶつかり、勢いを緩めた。
さらに勢いが緩んだところへ、清秋が発射させた銀の弾丸が出魅の背中に突き刺さる。
病院の外で一葉にナイフを差された傷跡に弾丸が直撃し、傷を抉った。
「まだ終わらぬわ」
障害物として使った死体を、そのまま出魅の身体をホールドさせるために使う。
腕、足の動きを封じることで、出魅は空中で姿勢制御を出来ず、無防備のままバートリへと距離を詰める。
その近づいて来る出魅に対し、左足を軸足として、回し蹴り。右足の踵が出魅の脇腹へ食い込み、壁に叩きつけた。
背中から壁に叩きつけられた出魅は一瞬そのまま壁に張り付いた状態になる。
手に持った武器を付きの形に持ち、バートリは目の前の死体ごと出魅に攻撃する。
杭を打ち込むように放った警棒による突きは、出魅を封じていた死体ごと出魅を攻撃する。
それは打撃のために放った攻撃ではない。
相手を射抜くための攻撃。
警棒の先端と壁によって挟まれた死体と出魅の肉体は、その圧力に耐え切れず、攻撃の直撃点を押しつぶされる。
先端が尖っていないため、その金属棒は周りの皮や肉を引きずり込みながら、突き進んでいく。
そして出魅の身体を射抜き終わった後にそのまま壁まで砕き、突き刺さる。
更にバートリは同じように二本、三本と、次々に出魅の身体へ金属棒を突き刺して合計六本の警棒で完全に出魅を壁に固定した。
「磔の刑とはまた懐かしいね。現役時代にトルコ軍を磔にして串刺した時を思い出すね」
「余裕があるような演技はよせ。心中では焦っておるのだろう? 安心しろ、直ぐに殺しはしない」
「なかなかやさしいのだねバートリ・エルジェーベト君。むしろひと思いに殺してくれた方が安心するのだが」
出魅は苦痛の表情を浮かべながら冗談を言う。
彼女の有する無欠と言う能力は、受けたダメージは再生するが、身体に異物がある状態では完全に傷を癒す事ができない。
突き刺さった六本の金属棒による血は、能力のおかげでほとんど出ていないが、一方でその再生力が刺さった棒をがっちりと固定して余計に動けなくしている。
「ではとりあえず一回殺しておこうか」
取り出した警棒を伸ばし、逆手に持つ。
そしてその先端を目の前の女に突き刺す。
まずその先端が直撃したのは出魅の眼球、そして嫌な音を立てながら進行し、脳髄を破壊し、頭がい骨を砕いた。
あまりにもあっけない死。
だが、この棒を抜けば再度能力が発動し、潰された顔面は再構成されるだろう。
さらにこの顔を破壊し、辱めを受けさせるかとバートリは少し思案する。
「意識の無い相手を弄っても仕方ないか」
意識を失って無言の相手にそう語りかけながら、突き立てた警棒を抜こうと手を伸ばした。
「!?」
左肩に激痛が走った。
それは先ほど突き刺さった出魅のナイフによるものではない。
その痛みに上書きされるように与えられた痛み。何かが突き刺さり、肉を抉った痛みだった。
「一体誰が」
バートリは勢いよくその攻撃が放たれたであろう左方、廊下の先を見る。
もちろん、そこに突然敵が現れた訳ではなかった。
立っているのは一人の少年。先ほど自分が操っていた葛葉清秋だ。
だが、自分が操っていたはずの少年は銃をこちらに構え、引き金を引ききっている。
つまりそれは彼が自分に対して攻撃したという意味で、つまり左肩の痛みは彼の持つ銃から放たれた弾丸によるものである事がわかった。
「いやー、甘かったね、バートリ。エルジェーべト君」
その声は清秋の者だったが、その妙に芝居がかった、上から見下ろされているような口調は聞き覚えのあるものだ。
しかし、その話し方の主は現在顔面に金属棒を突き刺されて意識さえない状態だろう。
「一体どういう」
「うん、君が不思議に思うのも無理はないよ、バートリ・エルジェーべト君。これは私自身も予想外だったんだが……。まあ細かい事は気にせず、先ほどの続きと行こうじゃないか」
目の前の少年は赤い目でこちらを見て、シニカルな笑いを浮かべながら、手に持った警棒と銃で攻撃を仕掛けてきた。




