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ヴァンパイア・イン・ザ・スクール  作者: 青牙 ゆうひ
ヴァンパイア・イン・ザ・スクール
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第二十三話:赤く染められた廊下で

「パパ!!」

 地下の階段を下りると、そこは蛍光灯に照らされた真っ白な空間。

 周りから反射する光に眼がくらみそうになりながらも、二葉は数メートル先に倒れている父親の姿を確認した。

 床一面に溢れた源二の血液は、今もなおその白いリノリウムを赤く染め上げていく。

 源二の出血量は素人目から見ても、もう助からないだろうと予想するのは難しくない。

 目が完全に明るさになれる頃にはすでに父親の前にしゃがみ込んでいた。

 彼の肌の色は全身が蒼白、血液が足りていないのは目に見えて分かる。急いで自分のハンカチをばっくりと開いた首筋の傷に当てるが、桃色のハンカチはすぐに深紅に染まり、赤い液体が染み出してくる。

「ふた……ば、か……」

 ふと源二が声を出した。なんとか引き絞ったような声。発声を発するために必要な空気を肺に送り込むい事も困難な状態なのだろう。

 かすかに聞こえた声だったが二葉には自分の名前を呼んだことに気付いた。

「やっぱり……駄目…………だった。母……さ、んを生、き返らせたかっ……たんだ、が」

「喋らないでよ。もういいから!」

 もはや目はどこを見ているのか分からない。完全に視力を失っているのだろう。

 それでも源二は言葉を続けようとする。

「最……近は、研究、ばか……りで、飯も一緒に食べ、る事が減っ……」

 いよいよ言葉さえも出せなくなる。

 喉からは空気がすれる音しか聞こえない。

 しかしその後に言おうとした言葉を二葉は理解出来た。

『一葉お姉ちゃんを救ってやってくれ』

 口の動きと空気の吐き出される音でかすかに読みとれた。

 そして源二は目を閉じる。

「ぱ……ぱ!?」

 名前を呼んでも返事がない。

 それがわかると目の中に溜めた涙が息に溢れだした。

 こんな事が起こるはずがない。今まで元気だった父親がこんな簡単に死ぬはずがない。

 そうだ、父は医者なんだからこれぐらいの傷は自分で治療できるはずだ。これはただ自分を驚かせるために行っているのだ。

 自分で考えても理解が出来ないような理論で現実を拒絶する。

 しかしどれだけ考えで否定しても目の前の現実は変わらない。父親はもう目を空けない。

 そしてパニックが最高潮に達し、目の前が蛍光灯の光とは違った白いものに浸食され、意識が遠くなり始める。


「あー、あー、感動的な話をありがとう。前嶌二葉君」

 

 しかし二葉の意識はこの場にそぐわない冷めた言葉によって引き戻された。視界の白い浸食も一気に無くなり、涙でゆがんだ白い廊下が再度戻ってくる。

 振り返るとそこには声の主、清水出魅が携帯を操作しながら立っていた。しかも二葉や源二の方を見ようともせずに携帯電話のディスプレイを見ながらキーを押している。

「あんた、何言ってるの?」

 涙があふれ出る目を見開き、怒りと驚きが入り混じる表情でその吸血鬼を見る。

 人が一人、しかも自分の肉親が今死にそうになっているのだ。目の前でそんな態度を取られれば怒らない方がおかしい。

 しかし目の前の女は何事もないように、まるでただ信号待ちをしているように携帯をいじっている。

 そして二つ折りの携帯電話を折りたたみ、声を発する。

「何をそんなに怒っている、前嶌二葉君? そんなに腹立たしい事があったのかね?」

「あんたが何言ってるのよ! 人の親が死にかけてるのよ!? そんな態度を取られたら当然怒るに決まってるでしょ!! それとも吸血鬼からしたら人間が死ぬのは気にならないわけ?」

「いや、そりゃあ人が死ねば私とて悲しみの感情ぐらいだすよ。しかし目の前のその男、君の父上である前嶌源二はもう死んでいるのかい?」

 死んでいない。しかし出血多量でもはやどうしても死を避ける事が出来ないだろうと予想できる。

「吸血鬼から見ればこれぐらいの傷で死ぬ事はないでしょうよ。でもパパは吸血鬼でも食屍鬼でもない唯の人間なのよ。怪我をすれば血を流すの! 血が無くなれば死ぬの!」

「ああ理解した。つまりは前嶌二葉君、君は父上が死にそうになっているのに私がのんびりと携帯をいじっていた事に対して怒っているのだね」

「そうよ!!」

 この女は馬鹿なのだろうか。そんなもの考えなくてもわかるようなことだろう。

 それとも吸血鬼という生き物は死に対してそれほど深くは考えないのだろうか。

「それは失礼した。一応謝罪を述べよう。しかしその言葉を聞くと君は父上がもう死んでしまうと確信しているようではないかね?」

 何を言っているのだろうかこの女は。これだけの出血で並の人間が生きていられるはずがない。二葉は出魅が言う言葉の意味が理解できず、返答を返せない。

「それならそれでいいのだよ。君が父上の生存を諦めてしまうというのなら私は手を出さないでおこう」

 この言い方ではまるでまだ助かるような言い方ではないか。

 そんな事がほんとうにできるのだろうか。

「しかし諦めないというのならば助けを叫べ! そうすれば私がその男を救ってやろうではないか」

 すでに二葉の頭には怒りはない。

 目の前の女に任せれば父親は助かる。本当にそう信じ込ませてしまうような力が、出魅の声には宿っていた。

 だから二葉は叫ぶ。目の前にいる女に全てを託して。

「助けて。パパを助けて!!」

 声は廊下に反響し、やまびこのように静かな空間に響き渡った。

 そして静寂が再び戻った後、出魅は静かに二葉に近づき、そのまま源二の首筋に当てられた赤く染まったハンカチを左手でそっと離す。

 再び血があふれだす。

 しかし出魅は右手をその傷口に沿うようにゆっくりと撫でた。

 するとあれほど大きく切り開かれていた傷口が、赤い線だけを残して閉じてしまったのだ。

 そこからはもう血が流れ出していない。

「な……にが?」

 あまりにも一瞬の出来事で二葉は目の前で何が起こったのか解らなかった。

「吸血鬼の唾液には治癒効果があるのだよ。伝説では怪物というイメージを作るためか、ただ単に知られていなかっただけなのか、語り継がれていないがね」

「ちょ! そう言う事は先に言ってよ!!」

 あれだけの傷が唾を付けるだけで治るという事実に、二葉は拍子抜けし、もう怒る気も失せた。

「だが傷口を塞いだだけで血液を補充したというわけではないからね。早急に輸血する必要がある」

「じゃあ、どうすれば?」

「幸いここは病院だ。輸血に使う血は用意されているだろう。そしてすでに先ほど携帯で知り合いの医師と連絡をとっておいた。すぐに駆けつけるらしいからなんとか助ける事はできる」

 先ほど携帯電話を操作していたのはそう言う事だったのかと二葉は理解し、その事に憤慨していた自分に少しの恥ずかしさを感じる。

 自分がパニックに陥っていた時に、出魅は冷静に源二を助けるために行動をしてくれていたのだ。

「それにしても困ったことになった」

 出魅は腕を組んで片手を額に当てて考えるポーズをとる。

「何が?」

「考えてみたまえ。私達は何をしにこの病院にきたのだね?」

「それは今回の事件の犯人を捕まえる為……あ!」

 二葉は気付いた。

 そうだ、自分達は今回、二葉の父親である前嶌源二を犯人として、彼を捕まえるためにこの病院に乗り込んだ。

 しかしいざ侵入してみると犯人だと予想していた源二は地下で瀕死の重傷を負った状態で見つかった。

 周りに刃物など落ちていなかったのだから自殺と言う事も考えられないだろう。

「気付いたようだね。そう、今回の犯人は前嶌源二ではない。そしてその犯人はまだこの地下にいるのだよ」

 出魅の言葉と同時。廊下に並んでいたドアが全て開け放たれる。

 その音はいくつも重なり、衝撃波のように鼓膜を震わせた。

「何となく予想は出来ていたよ。死体を病院にある物と公園のホームレス達の分を合わせてもこの人数は多すぎる。となると次に不要な死体を得られそうなところと言えば警察。死体安置所や刑務所の者を使えばさらに多くの死体を得る事が出来るだろう。それに前嶌一葉君は魅了の力を知らないし、その力の元となる吸血鬼の名前も知らなかった。つまり彼女が純潔の吸血鬼な訳がないから、別の者が親として血を分け与えたはずだ。そうだろう? 杉山浩太君」

 廊下の向こうからは、数時間前に会った杉山が、廊下の両側から出てきた死体の軍勢をひきつれて姿を現した。

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