第二十話:嵐の後
辺りは引きはがされたレンガや、花壇の植物、建物から落ちてきた窓ガラスなどが散乱している。
まるで天変地異でも起きたのかと思わせるほど悲惨な風景の中に立っている人影はない。
「―――――。」
と、地面から籠ったような声がかすかに聞こえる。もともと花壇があり色とりどりの花が植えられていた場所。
今から作物でも植えるのかと思わせる程耕されたそこから声は聞こえているようだ。
「ぶはぁ! なんですかこれは!!」
ゾンビのように土の中から出てきたのは小柄な金髪少女、前嶌二葉だ。
そしてそれに続くように今度はブロック塀やレンガの残骸が突然爆発し、無防備な二葉に直撃する。
瓦礫の中から現れたのは長身長髪の女性、清水出魅。
「ああ、大丈夫かい前嶌二葉君」
「あんたが静かに出てきてくれれば大丈夫で済ませられましたよ!!」
瓦礫が見事額に直撃したらしく、二葉の顔は怒りと血で真っ赤になっている。
「いやあすまない。少し力を暴走させすぎたようだ」
「だからさっきのは関係なくて――」
「いや、私の心配は大丈夫。瓦礫で出来た傷は一瞬で再生するのでね。先ほどまで肋骨が数本折れて、切り傷もあったのだがほらこの通り、完全に回復しているよ」
「完全無視か!!」
「そこまで騒がなくても大丈夫だろう。君も食屍鬼、生命力は常人以上だ。ところで」
腕を組みながら出魅は辺りを見回す。
そこにはよく見ると瓦礫のほかに多くの死体が倒れていた。それらは先ほどまで操られていた死体。傷や致命傷でも動きを止める事はないゾンビだ。
普通ならこれぐらいの怪我で彼らが完全に機能を停止することはない。
しかし辺りに倒れた者達は指の先すら動く気配がない。
「予定通り全員処理ができたようだね」
「はい、言われた通りに全員分の血液を一滴の凝らず飲み干しました。おかげで今にも吐きそうなぐらい気分が悪いですが」
「君達はそれをすべてエネルギーに変えることができるのだろう? 吸血鬼の血が混ざった血液だ。何か技を見せてみてくれ」
「言っときますけど、食屍鬼ってただ何でも食べて栄養に出来るってだけで、胃に入れた物の能力を得たりするわけじゃないですからね」
ジト目で睨むと出魅は冗談だよと言いながら笑う。
冗談というか、からかっているだけだろうと思いながら二葉はふと浮かんだ疑問を投げかけた。
「ところで、私の方は仕事を片づけましたがそちらはどうなったんですか?」
「ああ、やはりお姉さんの体が心配かね。といっても、彼女は肉体だけが前嶌一葉で中身は別物だけどね。おっとそんなに睨まないでくれ。気を悪くしたのなら謝るよ」
気持ち程度の会釈をいして謝罪の態度を示した後に話を続ける。
「心配しなくても彼女は死んじゃいないよ。そしてここにもいない。殺さないように少し加減したおかげで逃げられたようだね」
二葉は小さく溜め息を吐く。
「やはり気になるかい? 精神は乗っ取られているがーものの、肉体は前嶌一葉のものなのだからね」
「でも、もう元のお姉ちゃんには戻らないんですよね?」
「いや、そうでもないさ」
「え?」
出魅の予想外の言葉に二葉は疑問を示す。
姉は一度死んでおり、そこに別の意思を混入させているのだから完全には元に戻らないだろう。
それは型の同じロボットに別のプログラムを書き込んだようなものだ。削除されたプログラムはもうもどらない。
「前嶌二葉君、人間の精神はどこから来ていると思う? 脳、魂、色々な答えがあるだろうしそれは未だに証明されていない。しかしただひとつ言えることは、私たち吸血鬼の意思はその大部分が血液にある。つまり私たちが必要なものは血液のみで、脳はその補助機能にすぎないのだよ。そうだね。パソコンで例えるなら血液がハードディスクで脳がCPUと言えば解りやすいかな。よって脳に宿る意思には何ら影響を与えないということだ」
一方で人間は記憶など人格を形成するほとんどが脳に依存しており、血液は体全体に栄養や酸素を運ぶための運搬の役割を持っているだけ。
つまり現在の一葉の体は人間の意識である脳と吸血鬼の意識である血液が混在している状態だ。
「じゃあ……」
「前嶌一葉の意思は生きている。と言っても間違いではないだろうね。少なくとも脳が残っているから生前の記憶は残っているだろう」
しかしそれはつまり記憶を残しているにも拘らず二葉を拒絶しているということだ。
吸血鬼の意思が介入しているためか、それとも生前から二葉を嫌っていたのか。それは本人に聞いてみないとわからないことだろう。
聞いてみたい反面で聞くのを恐れる気持ちもある。だがそれは本人がいないこの場では無駄な考えだろう。
心の中にわだかまりを残したまま二葉は強引に別の話題を出す。
「ところで、清秋さんは大丈夫でしょうか」
「なんとも言えないね」
言いながら出魅は病院の玄関に向かって歩き出す。
もちろん彼女の視力は完全に回復していないので、先ほどドアが破壊された入口から建物内に吹き込む風の流れを感じ取り、それに沿って進む。
院内はあれだけの事が起こったにもかかわらず騒ぎにもなっていない。院長である源二があらかじめこういった事態を予測していたのかは分からないが、人がいないのは出魅にとっても好都合だ。
そのまま迷いなく進んでいく出魅に二葉は怪訝な顔でついて行く。
出魅は恐らく清秋のところに向かっているはずなのだが上階へと上る階段は反対方向のはずだ。
しかし出魅は迷いなく逆方向へ足を進める。
カーテンの閉じられた受付を通りすぎ、学校の教室のように一部屋ずつ合成樹脂の札を取りつけられた部屋を通りすぎる。それぞれが病気の症状別の診療室になっているのだろう。
そして左に一度、右に一度曲がり鈎型になった通路を過ぎたあたりで出魅は唐突に口を開いた。
「ああ、葛葉清秋君は無事だろう」
いきなりの発言に対して二葉はその言葉を理解できなかったが、先ほどの話の続きであることに気付く。
「? どうしてそんな事が……」
発した言葉は立ち止った出魅の背中にぶつかることで止められ、くぐもった音になった。
出魅が立ち止ったのは目的の物を見つけたからだ。
「わかるんだよ、前嶌二葉君。嗅覚に神経を集中させてみたまえ。食屍鬼である君なら分かるだろう」
言われるがままに二葉は小刻みに鼻へ空気を送り込む。
流れ込んできた鼻腔内の粘膜に張り付くようなねっとりとした鉄の臭い。
「血の臭い」
「そうだ。ちなみに言っておくが葛葉清秋君の物でも杉山浩太君のものでもない。血液は人によって多少の違いがある。私達吸血鬼は血に対して敏感だからね、それぞれの血液をかぎ分ける事ができるのだよ」
「でも杉山さんでも清秋さんでもなければ一体だれの?」
「おや、君は何をしにここに来たんだい? 人に会うためだろう。ちなみに先ほど会った君の姉は違うとして、もう一人この病院にいるはずの者がいるね?」
ここに来たのは誰かが病気になったとか怪我をしたわけでもない。そして二葉の姉、前嶌一葉と戦うためでもゾンビとなった死体を処理するためでもない。
目的は、ある人物に会うため。それはこの事件の犯人だと思われる人物だ。
出魅はゆっくりと足を踏み出し、前方にある見つけた物に近づく。
そしてそれを指差しながら淡々と述べた。
「前嶌源二。君の父親に会いにきたのだろう?」
出魅の人差し指が差すのは階段。それも地下へと続く下り階段だった。




