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ヴァンパイア・イン・ザ・スクール  作者: 青牙 ゆうひ
ヴァンパイア・イン・ザ・スクール
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第二話:紅の雨、白い部屋

 清秋の目に飛び込んできたのは一人の男の死体であった。

 グレーのズボンを履き、少し大きめの上着を着ている。

 ただ、来ている服はすべて裾が擦り切れており、元の色が分からなくなるほど汚れていた。ほぼ間違いなくホームレスだと考えられる。

 禿げかけの頭は少ない髪の毛が伸び放題になっており、顔はところどころしわが目立つ。

 土などで薄汚れているのを差し引いても、歳は四十から五十代であろう。

 しかしこれだけだと、ただの汚らしい男性が草むらで寝ているだけである。清秋がこの死体を死体であると断定したのは明らかな理由があったからだ。

 まず、目が完全に見開かれていた。

 昔、清秋はテレビで前を開けたまま寝る男というものを見たことがあるが、普通あんな状態で寝ることができる者などそうそういないだろう。

 そして何よりも男の死を確信させたのは、首元にある大きな傷である。

 傷口は布が裂けたように大きく口を広げており、白い筋のようなものが見えている。

 周りの地面や木が真っ赤に染まっているところを見ると、血液は勢いよく噴き出したのだろう。

 胃の方から苦い液体がこみ上げてくるのを感じる。

 あまりにも衝撃的な光景を目の当たりにしたためか、意識はあるものの頭が完全に機能を停止しているような気分だった。

 やばい、遅刻だ。でも今から急げば一限には間に合う。早くこの場から離れなければ。でも目の前に死体が。今からでも救急車を呼べば間に合うかも。しかし今の状況だと警察の方がいいのか?

 清秋の頭の中に色々な考えが交錯する。全身が震えているのが分かった。

やはり警察を呼ぼうと携帯を取り出し、一一〇を押す。

 腕の震えを抑えるように携帯を耳に力強く押しつける。1コールも鳴らずに電話が取られた。

『一一〇番です。どうしましたか?」

 落ち着いた男の声だった。

「め、目の前に、人が……、血だらけで」

 上手く言葉がでてこない。

『落ち着いてください。あなたは今どこにいますか?」

「白桃公園で……」

 そこで清秋は言葉を失った。

 死体の頭がピクリと動いたのだ。手から携帯電話が滑り落ち、地面に落ちる。

「おい、生きてるのか? 意識があるのか!?」

 駆け寄って問いかけるが返事はなく、かわりに頭がビクンと痙攣した。

 頭だけではない。肩、腕、胴、足と脈を打つようにビクンビクンと痙攣し始めた。

 男の体が跳ねるたびに周りに血しぶきが飛ぶ。体内にはまだ血液が多く残っていたようだ。

 数十秒ほどで痙攣はおさまり始め、男の体は完全に静寂を取り戻した。

 気づくと、清秋の体にも大量の血液が飛び散っている。

 べっとりとした血液と先ほど走ったために流した汗とが混ざりあい、体中が虫に這われている様に気持ち悪い。

 やがて喉の奥からこみ上げてくる物を抑えられなくなり、その場で吐き出した。吐瀉物が地面に出来た血だまりと混じり合う。

 呆然と座りこんでいると、さらに何かが動いているのが目に入った。

 男は完全に息絶えたらしく、動いていない。動いているのは目の前の血液である。

 気づくと、手や顔に付いた血液が消えていた。地面を見ると、地面の上をナメクジのように血の塊が動いている。

 周りに飛び散ったものも同様に一つの場所に集まろうとしている様だった。

 目の前の吐瀉物と混じった血液も分離し、段々と大きくなっている。どうやら他の血液はここに集まっているようだった。清秋はただ見つめるしかできなかった。

 やがて目の前にある血液は上方に膨らみ、球状になった。球状といっても底面は平べったくなっており、紅い饅頭のような形だ。形は丸いものの血液は流動しているらしく、ドクンドクンと脈打っている。

 ゆっくりと渦を巻き始め、角のようなものが生えてくる。そして一瞬震えたかと思うと。

 清秋に向かって真っすぐと跳んできた。

「危ない!!」

 後ろから誰かの叫び声が聞こえ、同時に頭に重い衝撃がはしる。

 清秋は頭から地面に突っ込んだ。目の前を星が舞っている。

 かなり強く打ちつけたらしく視界が段々かすんでくる。

 そこで頭の鈍痛とは別に首筋に鋭い痛みがあるのに気付いた。まるで刃物で切り付けられたような痛みだ。

 段々と視界の端から暗くなっていき、完全に清秋は昏倒した。






 目が覚めて始めに飛び込んできたのは、真っ白な天井であった。

 真っ白な壁紙の部屋で、布団も白。首を横にひねると小さなテレビがあり、下部にデジタル表示の時計が見えた。

 時間は十八時時一七分を表示している。

 どうやら半日以上意識を失っていたらしい。

 状態を起こし、周りを見回すと案の定病院の個室である。

「っ痛ぅ……」

 体を起こすと頭に痛みがはしった。どうやらあの出来事は夢ではなかったらしい。

「目が覚めたかね?」

 ふと気がつくとテレビがある方とは逆の方に初老の男性が座っていた。

 グレーの背広を着て上から白衣を羽織っており、白髪交じりの髪を無造作に後ろへ流している。

 顔の骨格は四角く口元や眼がしらにはくっきりとしわが刻まれており少し恐くみえるが、たれ気味の目はどこか安心させるようなものがある。

 座っているので背丈はわからないが、おそらく一六〇~一七〇センチぐらいであろう。

「いやぁ、すまないね。本来ならここにいるべきなのは君の親御さんなんだろうが、少し急ぎで聞きたいことがあってね。おっと、忘れてた。私は前嶌(まえしま)といってこの病院で医者をしている」

 前嶌と名乗った男は白衣の胸ポケットにある顔写真つきの名札のようなものをつまんで清秋に見せた。

「葛葉清秋です」

 ああ知っているよ、というように前嶌はこくりとうなずく。

「君に聞きたいことなんだが……、君があの男性の死体を見た時はまだ血だらけだったんだね? いや、無理に思い出さなくてもいいんだが」

「血だらけでした。首に大きな傷があって、僕が見た時もそこから大量に血が出ていたのを覚えてます」

 草むらの中に倒れている男性の首筋にあった生々しい傷跡を思い出し、軽く吐き気をおぼえる。

「そのあとは……」

「その後。その後何があったんだい?」

「誰かに頭を殴られたみたいでそのまま気を失いました」

 清秋はその後起こった不可解な現象を話さなかった。

 あのまま気を失ったため、夢と現実が混同していた可能性もあり、たとえ話したとしても信じるわけがないと思ったからだ。

 むしろ自分でも信じがたい出来事だし、夢であってほしいと思った。

「そうか。まあもし何か思い出したことがあれば言ってくれ。どんなことでも力になるよ。たとえ信じられないようなことでもね」

「……はい」

 心を見透かされたような気がして清秋は一瞬ひやっとした。

 しかし前嶌の微笑を見る限りそこまで裏はないように思える。大方頭が混乱している患者に対して優しい言葉をかけただけだろう。

「あ、あとさっき警察の人が来ていたよ。君がまだ気を失っていたから帰ってもらったんだが、一応渡しといてくれと言われたよ」

 席を立とうとした前嶌はポケットから小さな紙を取り出す。どうやら名刺らしい。

 名前は『山口悟』と書かれていおり、裏を見ると携帯の電話番号が書かれている。

「事件について聞きたいことがあるらしい。まあ無理をすることはないさ。夕方ぐらいまではここでゆっくりしていきなさい」

 そう言って前嶌は席を立ちドアの方に歩いていく。顔は少し恐いが頼りになる先生だと清秋は感じた。

 もしかしたらあの後起こったことを話しても信じてくれるかもしれない。出て行こうとする前嶌に声をかけようとする。

「あの……」

 言い出したところで病室のドアが開けられた。前嶌が開けたわけではなく、ドアが外側から開けられたのだ。出しかけた言葉ををのみこむ。

「ここが葛葉清秋君の部屋であっているかな?」

 入ってきた声を聞くとどうやら女性らしい。

 前嶌の陰になって見えないが長い髪がドアの向こうで揺れるのが見えた。

「あってるが、君たちはだれだい? 葛葉君のお友達かね」

「そうです。葛葉君が倒れたと聞いてお見舞いに来ました」

 もう一人別の声が聞こえる。こちらも女性で自分の友達を名乗っている。

 しかしこのような声の女性の知り合いなどいただろうか。

 そんなことを考えているうちに病室のドアが閉まった。前島は出ていき、代わりに立っていたのは二人の女性であった。二人とも清秋と同じ高校らしく、紀近高校のブレザーを着ている。

「君が葛葉清秋君だね?」

「はい、そうですけど」

 ドアの前で始めに話していた女性が話しかけてきた。

 背丈は清秋と同じぐらいだろうか、女性の中では長身に入るだろう。

 少し赤みがかった髪は腰付近まで伸ばされており、まったくと言っていいほどみだれがない。

 鋭い眼はまるで全てを見透かしているようだった。

「私の名前は清水出美(しみずいずみ)。そしてこっちが佐々木雀(ささきすずめ)。私の助手のようなものだ」

「佐々木雀です」 

 出美の横で立っていた女性はぺこりと頭をさげた。髪の毛は茶色でこちらもロングヘアだが、後ろで一つに束ねている。容姿は標準的で少し釣り目。左目の下にはなきぼくろがあり、さらに右目には片眼鏡が付けられている。

「いやー、探すのに苦労したよ。君が倒れたのは授業が始まってからだったからね。連絡を受けたのはいいが、その時は授業が始まっていてね。一限と二限の間に上手く抜け出して……」

「出美部長。話は後にしましょう」

 横で黙って立っていた雀はぺらぺらと話している出美を制止した。

「すでに二十パーセントほど浸食されてます」

 落ち着いた様子で右目の片眼鏡をいじっている。何かダイヤルのようなものがついているらしい。

 清秋は混乱していた。登校中に不思議体験をしたと思ったら突然意識を失い、眼が覚めたら謎の女性二人が病室の中に入ってきてよくわからない会話を繰り広げている。

「ほう、かなりペースが速いな。それならば仕方がない。さあ葛葉清秋君、着替えて退院の準備だ」

「ちょ、ちょっと待ってください。言っている意味が分かりません。もっと分かりやすく説明してください」

「今は話している時間はない。とりあえず一緒に来てもらって、適切な処置をしてからだ」

 胸の前で腕を組みながら出美は答える。初対面なのに有無を言わせないような態度だ。

 しかしいくら高圧的に出られても、突然現れた不審人物についていくわけにも行かず、清秋は答える。

「お断りします。まず理由を話してもらわないと僕は動けません。第一、まったく初対面の人に突然ついてこいなんていわれてもっ……!?」

 そこで清秋の言葉は遮られた。

 突然体が浮き、壁に抑えつけられたのだ。

 言葉が出てこない。まるで首を腕でつかまれたように息が苦しかった。

「あまり手荒にはしたくなかったんだがね。さて、もう一度聞こう。私たちについて来たまえ。理由は後できちんと話す。危害も加えない。まあ、ここで君が断ったとしても無理やりつれていくのだが……。さて君の答えはどうかな?」

 依然腕を組んだままの出美は、清秋に問い返す。声色は優しく諭すようだったが、どこか圧倒的な支配力のようなものを感じた。

「別にあなたの不利益になるようなことはしません。素直についてきてもらわないとあなたも私たちも被害をこうむるだけなんです」

 雀が出美のとなりで淡々と説明するが、少しあわてているように見えた。

 まさか出美がここまでするとは思ってもいなかったのだろう。

 確かに悪い人ではなさそうだし、理由も後で話してくれるらしい。

 なにより、今のこの状態は息苦いし、首に圧力がかかっているせいか意識がもうろうとしてきた気がする。

「わ……かりました。ついて…………行きます」

「そう言ってもらえるとうれしいよ」

 出美はにやりと笑う。清秋の体を壁に押し付けていた圧力は消え、そのままベットに自由落下した。

「それでは外で待っているので、すぐに用意して来てくれ」

 閉められた病室のドアをしばらく見つめた後、清秋はゆっくりと支度を行い出美達の後を追った。


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