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ヴァンパイア・イン・ザ・スクール  作者: 青牙 ゆうひ
ヴァンパイア・イン・ザ・スクール
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第十二話:化け物

 腹部に風穴をあけられた出美は、痛みとショックとで完全に気を失い、かろうじて一葉に首を掴まれて立っている状態だ。

 いくら一葉の手が細くても人の腕が体を貫通したのである。もちろん内臓も潰されただろうし、もしも急所が免れていたとしても放っておけば失血死で死んでしまうだろう。

 それぐらい出美の腹からは赤い液体が大雨時の雨樋から溢れる水のように流れ落ちている。

「あーら、これぐらいで気を失うなんてつ、つまんない。もうちょっと楽しめると思ったのに」

 一葉はそう言うと掴んでいた出美の首を放す。

 もちろん意識が無い出美はそのまま糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちる――

「――――っぐ――っ」

 ことはなかった。

 そのまま土の上に倒れると思われた出美は一瞬ぐらりと体が揺れたものの、二つの足で踏ん張り、体勢を少し低くした状態で止まった。

 そしてそのまま両の手をだらんと垂らして顔は指先を見るように俯いている。

「出美さん、大丈夫ですか」

 もちろん大丈夫なはずはないだろう。

 なにせ腹を貫かれているのだから常人なら普通立っている事も出来ないはずだ。

 しかし出美は崩れた体勢を戻し、普通に背筋を伸ばして立つ。

 腹部から流れている血がまるでただの飾りで「ケチャップを入れていた」と言われても信じてしまうほど痛みを感じている様子はない。

 そのまま頭を垂れた状態で出美は一歩一歩ゆっくりと清秋に歩み寄ってくる。まるで近所を散歩するような軽い足取り。今にも「さあ帰りましょう」とでも言いだしそうだ。


 いや、おかしいだろう。


 この場の誰もが、原因となっている一葉でさえこの異質な空気に気付いた。

 腹を貫かれた人間がこうも悠然と歩いていられるだろうか。

 『常人なら普通立っている事も出来ないはずだ』

 もちろん出美は夜になれば出魅となり超能力を使えるようになる。

 しかし、仮にそう言った力が使えるようになったとして激痛を感じずにいられるだろうか。

 アドレナリンの過剰分泌によって痛みを抑えられると言った事もあるが、先ほど出美は気を失っていたではないか。そんな状態ですぐに意識を取り戻す事などあるはずがない。

 考えている間も出美は清秋に向かってゆっくりと歩いて来る。

 清秋は出美に悪いと思いつつもその光景が不気味だと思った。

 何も声を発する事なくゆっくりと、まるで何か幽霊にでも憑かれたようにゆらゆらと歩を進める。

「出美さん?」

 名前を呼んでもても声で答える事はせずに、ゆっくりと顔を上げた。

 その顔を見て清秋はこれが異常な事だと確信する。

 出美の顔、正確にいうなら眼がおかしかった。

 まるで獣のように感情が消えうせ、瞳が縦に割れている。

 そして圧倒的に先ほどと違っているもの。

 瞳の色がまるで流血しているのではないかというほど真っ赤に染まっているのだ。

 眼球の白色とのコントラストで少し美しいと感じてしまうほどの深紅。

 その二つの眼に見つめられて清秋は身動きがとれなくなる。

 化け物。

 そう思わざるをえない出美の変容に清秋は恐怖を覚えた。

 その恐怖から逃げだそうとしても体を動かす事が出来ず、化け物が距離を詰めてくる。

 そしてそのまま吐息がかかる距離まで近づいた後、

 ブスリ

 という音が清秋の耳に聞こえた。

「痛ぅ……」

 そしてその音が自分の首筋に痛みを与えているものだと気付くのに時間はかからなかった。

 それもそのはず、目の前の出美は清秋の首を上下の顎で挟みこみ、その口内にある針のようなもので噛みついた首の皮膚に穴をあけているのだ。

 痛みは一瞬で無くなり、一瞬刺された部分が熱を持ったようにジワリと熱くなったように感じたが、直ぐにその感覚は無くなり、それは痺れを経て電気信号を完全に遮断したのか全く何も感じなくなった。

 ゴクリと、耳元で出美の喉がなる音が聞こえる。

 首はまるで自分の身体の一部ではないような気分だが、何が起きているのかは理解できる。

 出美が自分の血を吸っている。これではまるで彼女が……

「吸血鬼」

 清秋の言葉を二葉が代弁した。

「フ、フフ。ようやく眼を覚ましたようね、清水出魅。『呪われし血族(ブラッドオブツェペシュ)』の末裔にして『傍若無人(アンコントローラブル)』と恐れられた怪物」

「ああ、そんな名前を名乗った時代もあったかな。いや、前者はまだ使われているのだったか。少なくとも後者は数十年前の呼び名だよ」

 一葉の言葉に聞き覚えのある声が答える。

 もちろんこの声は先ほどまで聞いていた出美の声と同じだが、英国紳士のような堅苦しい口調はもちろん出美ではない。

 清水出美の夜の顔。清水出魅が清秋の横に腕を組んで立っていた。

 先ほどまでの豹変した出魅がただの白昼夢であったのではないかと思えるほどの自然な態度で、威風堂々とした態度である。

 腹部に空いた穴は完全に再生したのか、敗れた服からは白い肌が一滴の血で汚れることなく夕日を映してほんのり赤く染まっている。

 先ほどの出来事が夢でないと判断できるのは自分の首筋に空いた二つの穴、出魅が噛みついた後である。

 しかしその傷跡からも流血する事はなく、すでに治癒し始めているのか瘡蓋(かさぶた)が出来あがっている。

「いやぁ、すまなかったね葛葉清秋君。さっきは清水出美の体が持ちそうになかったので、私が出てこざるをえなかったのだよ。ただ、緊急時だった事を踏まえても直接噛みついたことは謝罪するよ。すまなかったね」

「いえ、ちょっとびっくりしただけですから。それより一体あなたは何なんですか?」

「何、とはなかなか酷い言い言い方じゃないか。ふむ、しかし犬猫を物として扱う人間からしたら化け物も物とするのが妥当なところかな」

 出魅は腕を組んだままシニカルな笑みを浮かべる。

「まあ難しい話は後にしてとりあえずこの状況をどうにかしようじゃないか。なあそうだろう、あーー」

「前嶋一葉よ」

「前嶋一葉君。どうやら君も私と同じ化け物に分類される物らしいが、どこの種族だね?」

「はんっ。私があなたにそんな事を言う義理は無いでしょう」

「ははは、そりゃあそうだ。社交パーティーじゃあるまいし、誕生日や年齢を聞くこともないな。さてさて、ではどうしたものか。私としてはここで一戦交えるのは少し控えたいと思っているのだよ。もうすぐ暗くなるとはいえ私の本領を発揮できるのは昔から文献や映画で言われているように夜なのでね。もちろんそれ相応には戦えると思うのだが、君を満足させられるかは保証できないのだよ」

「フフ、日本ですむとそこまで奥ゆかしくなるのかしら。まあ私もあなたと戦うなんて願い下げよ。太陽の出てる時にあなたと戦って負ける気はしないけど、無傷で帰れる程簡単な相手ではないって事は理解してるしね」

 お互い負け惜しみでもなんでもない。お互いの損得を考慮したただの交渉。

「そうね……、じゃあ今回はお互いのためにも停戦協定でも結んでおきましょうか」

「そうと決まれば早々に立ち去らせてもらおうかな。葛葉清秋君にも少し説明しないといけない事があるのでね」

 そう言うと出魅は清秋について来るように言って颯爽と歩きだす。と、数歩歩いたところで足が止まった。

「そこのツインテールの可愛いお嬢さんもついてきて貰えるかな。君には私から聞きたい事がある」

「は、はい!」

 まさか自分に話しかけてくるとは思っていなかったのか、二葉は髪の毛をぴょこんと揺らして驚いた表情を作る。

 今度こそ出魅は後ろを振り返ることなく、颯爽と公園の出口に向かって歩き出した。

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