第十話:捜査開始
ホームルームが終わり、早々に家へ帰ろうとした清秋が教室のドアに向かうと、そこにはすでに清水出美が待ち構えていた。
「帰しませんよ清秋くん」
人差し指を立てて、まるで本格ミステリにでも登場する探偵のような口調。それが何となく出魅と重なるところがあったが、その悪戯っぽい笑みは夜の勝ち誇ったような顔とは違った。
先に帰れば諦めてくれるだろうかと思ったのだが先手を打たれたようだ。といっても本人にそんな気はないのかもしれないが。
「それで、今から何をしようって言うんですか」
ドアの前で突っ立っていると教室から出てくるクラスメイトが邪魔そうな視線を向けてきたので階段前の少し開けたところに移動しながら出美に聞く。
「そんなの調査に決まってるでしょ」
「って言ってもその事件……というか人が消えた公園を全部回るんですか?」
「本当ならそうしたいんだけど、そんなに時間もないしね。とりあえず回れるだけ回りましょう」
鞄の外ポケットから昼休み食堂で出した地図を取り出す出美。
そう言えば飛び出して行った後どうなったのだろう。屋上で未確認飛行物体との遭遇には成功したのだろうか。いや、そんな未知との遭遇を成し遂げていたらこんなところに平然と存在していないだろうが。
「ここから一番近いのは……、やっぱり白桃公園ね。ここなら歩いてもいける距離だし」
「やっぱり行くんですね」
「何よ。あまり行きたくないような言い方ね。確かに一昨日に変死体が見つかったって聞いたらちょっと怖いかもしれないけど」
「実はその変死体の目撃者なんです」とも言えない。一応雀から出美にはそう言った事に関わらないように言われているので不用意に情報を与えない方が良いだろう。
それに彼女からの質問攻めに遭うのは目に見えている。
「まあとりあえず行ってみましょう。ところで……」
階段に向かって歩き出した出美は清秋を一瞥する。その視線の温度が少し低いような気がしたので、自分が隠し事をしているのがばれてしまったのかと少しひやりとした。
「今日の昼休みの食堂で私が出て行った時に一瞬見えたんだけど、スズちゃんと何の話してたの?」
「え?」
あまりに唐突な質問だったので清秋は一瞬何の事かわからなかった。
「ほら、あの片眼鏡の女の子よ。私が出ていく時にちょうどあなたの前に座った」
と言われると雀の事を言っているのは明白だ。どうやら『すずめ』の頭二文字を取って『スズちゃん』らしい。
あの時は脇目もふらずに出て行ったのだと思ったが、きっちりと確認されていたようだ。テンションが上がっているだけで周りが見えなくなる程ではないらしい。
「ああ、たまたま座ったので一緒に食べてただけです」
「あなた達知り合いだったのね。仲良さそうだったし」
「良さそうでしたか? 会話という会話をしたのは今日が初めてみたいなものなんですけど。ていうか出美さんはそのまま出て行きましたよね」
「い、いえ。たまたま帰ってきたら二人で楽しそうに話してたから。あ、私の靴箱こっちだわ」
いつの間にか下足に到着していた。一年生と二年生の靴箱は別の列になっているので一旦出美と別れる。
それにしても雀との関係をどう説明したものか。
もちろん正直にありのままを話すのはNGだ。
クラスメート? いや、彼女とは違うクラスだしここで嘘をついてもいつかぼろが出たに面倒だ。
幼なじみ? 彼女と出美は友人同士らしいからその説明もすぐばれるだろう。というか話した事はあまりないと言ってしまったところだ。
朝の登校時間にたまたまぶつかって……。ベタ過ぎる。
考えながらも靴箱から自分のスニーカーを出して上履き用のスリッパと履き換える。そしてそのまま靴箱の列を抜けると出美も同じように出てくるところだった。
「雀と出美さんって友達なんですか?」
上手い言い訳を思いつけなかった清秋は、出美が話しだす前に質問した。意表を突くような質問に出美は少し硬直したが、「呼び捨てで呼ぶような仲なんだ」とぼそぼそ言った後に、
「スズちゃんとはあまり喋らないんだけどあの子のお姉さん、って言っても双子なんだけど。あの子の姉さんと私の仲が良いからその繋がりでね」
「双子っていうとやっぱりそっくりなんですか?」
「見た目だけで言えばまったく同じね。ただ雰囲気とか性格は正反対な双子だから会ったらすぐわかるわ。今日も遠目に見て分かったぐらいだしね」
あの無表情少女と同じ顔で表情豊かに話す様など想像できないなと思いながら校門までやてくる。
下校時間だけあって生徒も多く、今から遊びに行くであろう者たちがわいわいと通り過ぎる。
そんな中自分は上級生の女性に連れられて近くの公園へ。
それだけ聞くと一般的な男子高校生なら胸をときめかせるような青春シチュエーションだが、生憎相手はオカルトマニアな二重人格である。さらに公園へ行く目的は失踪事件の捜査という全く青春色のない素敵イベントなのだから、楽しそうな日常を過ごす生徒達に恨みの視線の一つや二つぶつけたくなる。
しかしどうやら出美には違うように取られたようだ。
「あら、こんなに綺麗な先輩がとなりにいるのに他の子が気になる?」
「いえ、そんなことは」
「ふふ、冗談よ。さあ行きましょうか」
やはり目的は違えど他の女の子を見ていた事に少し怒っているのだろうか、出美はそう言うとさっさと先に歩きだしてしまった。
◆ ◆ ◆
「やっぱりダメみたいですね」
白桃公園に到着した清秋と出美の前には『立入禁止』の札がかけられたロープが張り巡らされていた。
とりあえず遺体が発見された場所まで行こうという出美の提案により雑木林の中に来たのだが、捜査開始にして早くも出鼻を挫かれた――
「どうしたの清秋くん。早く来なさいよ」
ということにもならず、すでに出美は遠慮なく禁止区域に侵入していた。
「一応言っておきますけど、ここ立入禁止ですからね」
「そんなの分かってるわよ。でも禁止って言われることほどしたくなるのが学生時代じゃない?」
「少なくとも僕にはまだそんな時代が来てないです」
どうやら目の前の出美という人物の時代には永遠に追いつけそうにないなと考えながら清秋はロープをまたいで禁止区域に入っていく。
周りに生えている草木は一昨日来た時と同じ、というかどこに行っても同じような光景が広がっているので同じとしか言いようがない。
一昨日は気付かなかったがなるほど、ちらほらとビニールシートや段ボールといった『家』らしきものが点在しているのが確認できた。あの時見た死体もこの中のどこかに住んでいた一人なのだろうか。
「草と木しかないわね。これじゃあ手がかりがあっても見つけにくいわ」
「手がかりって……。先輩は何を求めてるんですか」
「そりゃあ宇宙人の足跡とかミステリーサークルとか、あとはオーパーツなんかがあれば万々歳ね」
「でもそれを探すならもっとゆっくり歩いた方がよくないですか?」
どんどんと木々の中に入っていく出美。彼女が探しているものからして草むらをかき分けながら探す類のものだろう。
といってもそんなものが見つからないのは知っているのでわざわざそんな疲れる仕事をしたいわけではないのだが。
「この奥に死体が見つかったところがあるらしいのよ。とりあえずそこまで行ってからさがすわ」
「あるらしいって、誰に聞いたんですか?」
「知り合いの――」
「刑事さんですね」
「そうよ」と言ってさらに奥に進んでいく。
どうやらその刑事のおかげで清秋はこんな草むらに入って宇宙人の痕跡を探すという重労働を強いられることになったようだ。しかも見つからないと分かっている物を探すものだから余計に気分が落ち込む。
こんな事になった原因の顔も知らない刑事に心の中で呪いの言葉を呟きながら出美の後を追った。
少し行ったところで出美が立ち止まる。どうやら目的地に着いたようだ。
「ここよ」
と、本人の確認も取れたところで清秋は改めて周りを見回す。
確かに一昨日清秋が遺体を見たところのようだ。伸び放題の雑草と周りに生えた木々、確か出美のとなりにある木の陰に例の遺体があったはずだ。
もちろん今はそんなものがあるはずもなく、周りに飛び散った血の痕さえも無くなっていた。
「それにしても何もないわね。死体があったっていうからドラマみたいに白い線で人型に書かれたアレがあるのかと思ったんだけど」
「事件が起こったっぽいものは立入禁止の札だけでしたね」
「つまんないわね。もっとこう、秘密組織が調査してるとこを思い浮かべたのに」
この人の想像力は無限大らしい。
しかし、言われてみれば本当に何もない。一昨日の事だといっても札一つしか置いていないし、見張りの一人もいない。まるでどうぞ入ってきてくださいとでも言っているようだ。
「まあ警察はそんなに重要な事件だと思ってないんじゃ……」
「どうしたの?」
突然言葉を切った清秋にキョトンとしてする。
「今、何か聞こえませんでしたか?」
「え? 何も聞こえないけど」
ザザザッ、という草をかき分けるような音。それも遠くからこちらに近づいてくる。
「まさか……、チュパカブラ!!」
「ちょっと黙っていてください!!」
本人は本気なのだろうが清秋からしたらふざけているとしか思えないような彼女の発言に正直イラっとしたのでつい怒鳴りつけてしまう。
一旦出美の事は放っておいて、そのまま耳をそばだてる。確かに何かがいるようだ。それもかなり速い速度で。
眼を閉じて、聞き耳を立てながらその音がする方向へ近づいて行く。そして一本の大きな木の陰を過ぎて枝を避けるために少しかがんだところで……
ゴツンッ、と頭に衝撃が走る。
「ぐあっ!!」
「ギャーー」
前者は清秋、後者は謎の生命体である。
頭に受けた衝撃から、恐らく相手も頭をぶつけたのだろう。向かいに転がっていたのはもちろん宇宙人でもチュパカブラでもなく、まごう事なき人間であった。
それもツインテールの金髪で青い眼。見た目からして外国人の小さな少女……
「って二葉ちゃんじゃないか!」
「清秋さんじゃないですか!!」
予想外の遭遇に二人とも驚きを隠せず、立ち上がることもせずに叫んだ二人の声は雑木林の中に響いた。




