護れなかったもの
西暦2225年、聖戦終結からおよそ200年後。世界的に損害が大きく、復興も思うように進まなかった人々は徐々に士気が下がっていきました。
私は当時120歳でした。まだ魔女になりたてで、旅人としても未熟——そんな状態です。
今回お話するのは、私がとある国を訪れたときに巻き込まれた戦争のお話です。
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太陽を雲が覆い隠し、史上最高記録をたたき出すほどの寒波が世界に広がった、ある冬の事でした。魔法で箒を飛ばしながら旅をしていた私は、しばらく羽を休ませるためにある国に訪れます。
名前はラインズ王国。鉱石採掘工業が盛んであり、鉄鉱石や石炭、銅鉱石の輸出量が多いことで頼られる国です。
貿易は問題なく行われ、将来的にも安泰かに思われましたが、200年前起きた聖戦の影響により全世界の国の機能がストップし、震災に見舞われ建物の倒壊が勃発したせいで国に壊滅的な損害が出ました。
そこで手を差し伸べたのが魔術師です。元々住んでいた魔術師や鉱石を入手しようと訪れていた魔術師が復興を手伝うことになったそうです。
「もっと瓦礫が多いと覚悟していましたが……予想より復旧が進んでいますね。」
既に街には商店街や服屋、質屋やホームセンターなどが並び、生活水準は戻りつつあるようです。沢山の重機が忙しなく稼働し、瓦礫の撤去作業が行われています。その中には魔術師も混じっていました。
物理操作魔法を使い瓦礫を宙に浮かせたり、時間反転魔法という高精度の魔術で破片を繋ぎ合わせ、建物の修復をしています。一応、私も時間反転魔法を使えますが……あれほど大きな物に使えるほどの力はまだ持ち合わせていません。
しばらく広間を歩いていると、一人の警備兵に声をかけられました。
「もし、そこのお方。見慣れない顔ですが、旅人でしょうか」
「はい、旅人です。何か御用でも?」
「いえ、そうではなくてですね。この国に滞在するのでしたら少し気を付けておくことがあるのです。特に貴女のような魔術師ならばなおさら…」
「気を付けておくこと…ですか」
なぜ魔術師に限定されているのか些か疑問ではありますが、私は警備兵さんの話に耳を傾けることにしました。
「最近発生が活発な禁域について、様々な見解が出される中、最有力情報として魔術が上がっているんです。この国では数十年前から魔術師が復旧に助力してくれていますが、その情報が出始めた辺りから魔術師が危険視されるようになっているんですよ。」
「ですが、あそこで一緒に作業している魔術師さんもいらっしゃいますが……」
すると警備兵さんは苦笑交じりに言います。
「実のところ、作業を手伝っている魔術師にも疑いの目が向けられているんです。ただ、手を貸してもらっている以上突き放すわけにも行かないので黙認している。そんな感じなんです。」
警備兵さんとの会話を終え、噴水広場のベンチに腰かけてパンに噛り付きます。時刻は午後14時。雲が開け始め、太陽光が出たからか少しずつ気温が高くなり始めたような感覚がしました。
出店で買ったスープを飲みながら、警備兵さんが言っていた言葉を思い返します。
『手を貸してもらっている以上突き放すわけにはいかない』、この言葉に少し引っ掛かりのようなものを覚えました。『手を貸してもらっている以上』、ならば、魔術師たちが助力をやめたらこの国の人たちはどうするのでしょうか。もしかしたら追放……とまでは流石に行かないかもしれません。なにせ魔術を扱える人間は労力として申し分ないですし、そうやすやすと手放すメリットがありません。ならば彼らはどうするか。
「隔離して労働力として使われる…。」
ありえない…とは言い切れません。現在この世界に魔術師という存在が表に出始め、禁域が魔術によるものだという噂が流れれば、魔術の使えない人間が魔術師を危険視するのは必然と言っていいからです。
「……なかなかまずい兆しかもしれませんね」少しの胸騒ぎに不安を感じつつ、一面に広がる青空を見上げながらため息をつくのでした。
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食堂で夕食を済ませた後、滞在期間中に使用する宿を確保するべく探し回るのですが、困ったことにここでトラブルが発生してしまいました。
一番最初に目についた宿屋に入り、チェックインしようとすると
「すみませんお客様。残念ながら当宿は貴女様をお泊めすることはできません。」と、あしらわれ
また別の宿に行っても
「すみません只今受け付けておりませんので…」
またまた違う宿に行っても
「うちでは泊められないね。もっと自分に合ったところに行きな」
など、たらい回しにされた挙句冷たく突き放されてしまいました。それにしても最後に訪れた宿屋の受付人さんのあの態度……なんなんですかあれは。もう少し優しく接してくれてもいいじゃないですか。
やり場のない静かな怒りを土魔法で作った岩弾を飛ばして発散させます。こんなことしても宿屋が開くわけないのですが、やらないでため込むよりはマシです。
生成魔法で作った泥人形をゲシゲシと足で踏んだり捏ねたりしていると、私の背後から枝を踏んだようなパキッとした音が鳴りました。
日が落ちてから体感3時間ほどたったような気がします。辺りは真っ暗で、夜道を歩くには電気スタンドの光のみが頼りなこの状況。一人で外出してるような人物はそう居るものではありません。
「…………」私は杖を握りしめ、音のした方に視線を向けます。
足音がだんだんとこちらに近づき、月明りの下、姿を見せたのは意外な人物でした。
黒い髪を風になびかせ、その紺色のオーバージャケットに魔道具を装備した男性———彼の名前はリライル。私の故郷の宮廷魔術師であり、師匠です。
「師匠?」
「……夜中一人で徘徊している怪しい魔術師がいると聞いて来てみたが…お前だとはな」
「多分人違いですよ。怪しい魔術師ならここには来ていません。」
全く誰なんでしょうか。怪しいというくらいですから奇行に走っていそうですねぇ。見つけたらとっちめてやりましょう。
「情報によれば泥人形を足で捏ねてとても淫靡だと聞いたが」
「足で捏ねるだけで淫靡扱いされるんですか?」
「お前だな??」
無事に不審な魔術師も掴まり、師匠の目の前で私は正座をさせられていました。下は地面、すごく硬くて痛い…。
「お前、この国に来るのは初めてだろう。その様子じゃ来て初日と言ったところか」
「はい……おっしゃる通りで…」
「はぁ……」と、師匠はため息をついた後私に語り始めます。
「今この国では魔術師は危険視され、通常の宿屋では取り扱ってはくれない。我々は少し離れたところに拠点を用意されているんだ。」
「ひどいですねぇ。復興作業に魔術師も関わっていたのでてっきり公共施設も使っていいものと思っていましたが。」
私の読み通り、離れに隔離されていましたね。これでは気軽に買い物して歩くだけで白い目で見られそうです。一体どうしたものか……。
「だが……そんな状況もそろそろ終わるかもしれん。」
「と、言いますと?」私が何の気兼ねなしにそんな質問を投げかけると、
「隔離拠点に偵察班がいてな、そいつによれば政府が魔術師に対して何か行動を起こそうとしているらしい。」
行動……。もしかしたら、中世のような惨劇を目の当たりにするかもしれません。
「………私は信じられませんね。」
立ち上がり、足に着いた砂を手で払いながら師匠に告げました。
「中世のころならまだしも、現代で魔女狩り、魔術師狩りなど起こると思いますか?私はそうは思いません。昔と違って殺人に対する規制が強化されてますし、刑罰も重くなっています。」
それに…と、私は付け加えて話します。
「禁域が魔術で作られたものだと世界政府が公言してません。単なる噂に流されて魔術師を殺害しようなどと考えるわけがない。皆秩序ある現代人ですよ。」
「だが、無いとも言い切れないだろう。その時が訪れた時のため、我々の防衛に当たってくれないか?お前の結界術ならば防壁を作るなど容易いはずだ。」
私は三角帽子を深く被り、隔離拠点の方角に歩き始めます。
「それでも私は人間を信じますよ。話せば分かるはずです……同じ人類ですから。」
師匠はそれ以上言わず、私の背を見つめたまま見送っていました。
大丈夫……復旧作業に頭を悩ませているとは言え、あちら側も話せば分かってくれるはずです。
私はそんな希望的観測を持ったまま、拠点の簡易ベッドで眠りにつきました。
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眠りの奥深くへと入る直前、外の方からけたたましい轟音と同時に焼け焦げるような匂いがしたため、慌てて飛び起きました。
一体何事?火事でしょうか?
素早くローブと帽子を身に着け、杖を持って外に飛び出すと———そこは数時間前と打って変わって地獄絵図が広がっていました。
拠点の大半が燃え、沢山の魔術師と重火器を握った市民が争い、空を見上げればヘリが三台ほど上空から魔術師に向けて発砲を続けています。
あまりに現実味がなく、私の思考は止まったまま、その光景を見つめていました。
「——ッ。こんなことしてる場合じゃありません…!」
私は激戦が行われている場所からそう遠くないところに建設されている治療テントに入りました。
「あれは一体何なのですか!?なぜ皆さんが争っているのです!」
「……!?アンタ魔術師か?丁度いい!治療を手伝ってくれ!やりながら説明する!」
どうやら、悠長に話す余裕がないみたいです。私は治癒魔術を使い、怪我人の手当に全力を注ぎます。傷が深かったり、打撲、骨折、火傷。部分損傷など、深刻な症状ばかり。
「教えてください。外で起きているあの戦闘はなんですか?」
治療技師さんは怒りと悲しみを帯びた表情を浮かべ、治療を進めながら重い口を開きました。
「……アンタが来る30分ほど前、我々の食料貯蔵庫に一発のミサイルが撃ち込まれたんだ。当然、食糧庫は吹き飛んだし、近くにあった仮設宿舎にも被害が出て……すでに死人も出ている…!」
歯ぎしりしながら治療に尽力する治療技師さんの目には、煮えたぎった怒りが籠っていました。
「話し合いを持ち出さなかったのですか?不意打ちをしてきたのは相手ですが、すぐに戦闘を始めたりはしな——」
「持ち出したさ!!だがあいつ等はそれに応じず、話し合いを持ち掛けた奴を皆の前で撃ち殺しやがったんだ!」
私の言葉を討ち消すように、怒気を孕んだ声を張り上げました。
「……………」
話し合いが通じない。それはここにいる魔術師との全面戦争をするほかに道はないと、相手方の上層部が下した命令なのでしょう。もしかしたら、話し合いを持ち掛けた人が高圧的な態度を取ったためによる防衛射撃だったのかもしれない。私の頭はそんなことを考えていました。
「………こちらの治療は完了です。私はやるべきことがあるので、ここは任せます。」
「あっ!おい君!」
私は技師さんの静止を振り切ってその場を駆けだしました。銃弾と爆弾の雨が降り注ぐ戦場を、防護結界を身にまとった状態で走り抜けます。
すると突如として上空から兵士が一人落ちてくるのが見えました。あの高さからそのまま落ちては彼の命はないでしょう。
咄嗟に大気操作魔術を使って空気を圧縮し、兵士の着地の手助けをした後、作戦総本部に乗り込みます。
「今すぐ攻撃を中断してください!!私たちはまだ話し合いで解決できるはずです!!」
私がそう叫んだ刹那、横に居た大柄の兵士に腕を掴まれ、先ほど居た戦場のド真ん中へと放り出されました。
凄まじいパワーで投げ出された私の身体は、上空を舞いながら着実に地面へと落ちてきています。
「Ветер, кружи вокруг меня и ослабь эту силу——突風気流!」
風魔法で落下の勢いを殺し、何とか着地に成功すると、すぐ目の前に相手の参謀と思わしき人物が立っていました。
皆パタリと攻撃の手を止め、私と参謀さんのことを取り囲んで観察しています。
「貴様、話し合いをしようと言ったな。どういうつもりだ」
「—ッ!どういうつもりも何も、なぜ戦争にしようとするんですか!攻撃に転じる前に、まずは話し合いで収めるべきです!」
「魔術師は脅威だ。我々には扱えぬ力を使い、やりたいことを魔法でなすことができる。そんな奴らを前に大人しく話し合いで解決などできるものか」
予想より血気盛んなご様子でいらっしゃいます。どう説得したものか…。
「……なぜ相手が魔術を使えるだけで戦闘にならなきゃいけないのですか?こちら側は最初に話し合いを持ち掛けたはずですが」
「話し合いに応じたとして、討論中に攻撃される可能性がある。そんなことになっては話し合いは意味を成さない。ならば戦争でことを鎮めるほかないだろう」
「なぜそんな勝手に…」
「ならば、討論中絶対に攻撃されないと断言できたのか?」
その問いに、私は沈黙するしかありませんでした。話し合いを持ち掛けたのが私ならまだしも、実際は違う。皆が私同じ思考をしているわけではないし、攻撃しない保証もない。
「そこの魔女……なぜ兵士を助けたりなんかした?お前は魔術師だろう?ならなぜ敵を助けるなんてことをする」
「私は敵だなんて思ってな——」
その時、私は気付きました。目の前にいる兵士たちも、後ろにいる魔術師たちも、私に疑いの目を向けている。今の私は彼らにとって一番危険なのです。兵士と魔術師が戦争を繰り広げている中、魔術師である私が兵士を助けている。
疑われて当然でした。
「お前が味方なのかどうかもわからん。仲間を助けてくれたことには感謝しているが……お前が味方だという確証がないだろう。魔術師側からのスパイという可能性もある!」
「魔術師なんだろう?あいつらを助ける義理なんてねぇのになぜ庇う?お前も民宿で突き放されただろう?」
「そ、それは……」
また、黙り込むしかありませんでした。両側から疑われるような行動をしたのが裏目に出たのでしょう。兵士も魔術師も、同じ目線を私に注ぎます。
「反乱分子は即刻排除すべし。撃て——!」
参謀のその言葉と同時に、甲高い銃声が聞こえました。それは私に向けて放たれた弾丸が発射される音。私は立ち尽くすばかりで、魔術での防御も間に合わない。
でも、銃弾が私に届くことはありませんでした。
「ぐぅ……っ!!」
胸元に空いた傷口から赤い鮮血を吹き出しながら、師であるリライルがその場に倒れました。
「師匠!!」
慌てて駆け寄り、師匠を抱き上げますが……師匠はもう息をしていませんでした。心臓に一発。即死は明らか。
「その男も反乱分子だったか。好都合だ。……次は外さん」
兵士と魔術師たちが、各々私に小銃と杖を向けていました。
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それから、私は無我夢中で逃げました。走って、走って、走りました。飛べばいいじゃないかと思うかもしれませんが、その時の私の精神状態では正しく魔力を練り上げることができず、簡単な飛行魔法でさえ発動させるのが困難でした。
数日は洞窟に隠れるしかありませんでした。外からは私を探す声と、いまだに争っているのかあちこちから銃声と悲鳴が響き渡っています。
私は間違いを犯したのでしょうか。最初から師匠の案に従って手を貸していれば、最初から話し合いで解決できたのでしょうか。
私が、人間を信じなければ。
「………最低ですね、私は」
それから1週間、銃声も止んだころを見計らって私は再び旅路に戻りました。何も得られず、師という大事な人を失って。
これで私は二度も魔術師に命を救われました。本来自分が死んでるはずだった場面で、二度も。
自らそれを手放すことは二人が許さないでしょう。だからこそ、私は生き続けなければなりません。私は………二人がそうしたように、誰かを護らないといけないのだから。
空は晴天が広がり、寒波のせいで気温は低いですが申し分ないほどの旅日和の中、後悔と決意を秘めた目をしている魔女が一人、次の国に向かって箒を飛ばしています。それは一体どんな魔女?
名前はクルシェ・カルマ。喪失の中前を向く、旅人です。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
善意が必ずしも救いにつながるというわけではありません。
…本当の正義とは一体何なのでしょうね。




