アナタが信じる選択を
日が傾き、段々と夜が近づいてくる気配をみせる夕焼けを、ゆったりと箒を飛ばしながら見とれている一人の魔女がいます。
少し大きいローブを身にまとい、三角帽子には魔石のアクセサリーが取り付けられている。白い髪を風でなびかせながら瓶に入った水を一口含んだこの魔女は一体誰なんでしょう?
言わずもがな、それは『聖障の魔女』:クルシェ・カルマ。旅人です。
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集落を離れてから、もう8時間近く空を飛んでいます。昼食も箒の上で取りました。横を通り過ぎた鳶にパンを持っていかれましたが。
許すまじ鳶。今晩は鳥料理にするとしましょう。
私が今向かっているのは風の街と呼ばれる海沿いの国、アンデルセン海岸国です。潮風が常に街を駆け巡り、何年経っても変わらない……御伽噺の世界に来たような気分にさせてくれる。そんな場所です。
しばらく水平線に沿って飛んでいると、小さな光がポツポツと見え始めてきました。崖に面するようにたくさんの家々が集合し、幻想的な港街が姿を現しました。
「かなり時間がかかりましたが……ようやく着きましたね。」
船着き場で箒を降り、石階段を登って歩道に出ると、煌びやかな街明かりとたくさんの現地民が私を迎えてくれます。
流行りのファッションを取り入れた服屋やレストランの電気、そして今時めずらしい昔ながらのガス灯が残っていました。
なんの問題も無いように見えましたが、私はなぜか違和感を覚えました。初めて訪れる国のはずですが……。
「なんというか……息苦しいですね。空気が悪いとでも言うんでしょうか。」
魔力の混じった風が充満しているような、何とも言い難い嫌な感じです。
景色は綺麗なのに息苦しいとは…少し残念ですね。まぁ私が少し我慢すれば済む程度なのであまり気にしないようにしましょうか。
空はすっかり暗くなり時刻もそろそろ夕食時ということで、私は飲食店を探すことにしました。
地図を頼りに街を歩いていると、皆さんも夕食のためか人通りが増えてきました。街に活気が生まれ、どこからかお洒落なジャズが流れてくるのが聞こえます。
この際酒場で夕食というのも手ですね。久々にお酒が飲みたいと思っていましたし、酒場を探すとしましょう。
進む方向を変え、先ほどの市場に戻ろうとしたとき、ふと路地裏に人影が見えた気がしました。気になったので足を止めて見てみると……それは一人の少女でした。
ショートボブの黒髪に灰色のワンピースに身を包んだ可愛らしい姿。私が大体170cmくらいなのでおそらく130cmと言ったところでしょう。
「こんばんは、お嬢さん。路地に一人でいると危ないですよ?」
魔法で光の玉を作り路地を照らしてみると、その少女はニコニコと笑顔を浮かべていました。
「こんばんは、お姉さん。見ない顔だけど……旅人さん?」
「えぇ、そんなところです。貴女はここでなにを?」
すると少女は一瞬暗い顔を浮かべた後、すぐに表情を戻しこちらに向き直りました。
「私は家に帰りたくないの。」
「それはなぜでしょうか?もう暗いですし、夕飯時だと思うのですが」
「んー、なんて言うんだろ…帰っても仕方ないんだよね。」
「仕方ない…とは一体?」
なにを思い返したのか、少女は小さくため息を溢し、私に言いました。
「私には居場所がないの。この街のどこにも、ね」
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「あ、すみません。鯛のアクアパッツァを二つ、あとシチューもください。」
「あいよぉ!!」
活きのいい店員さんに夕飯を二人前オーダーし、水を一口ほど喉に流し込みました。あの後私は元気な腹減りムシの少女を連れて酒場……に行きたいところだったんですけどねぇ…。未成年を酒場に連れて行くと社会的に干されかねないので渋々レストランに入りました。お酒はまた今度の機会ですね。トホホ……。
「居場所がないということについてですが……どういう意味でしょうか。」
少女は少し考える素振りを見せ、やがて答えました。
「私、魔術師に嫁がないといけないってお母さんから言われてるんだ。」
「急ですね~。」
ジャブ感覚で出す話題ではない……と、そんな言葉口から出そうになりましたがグッと堪えます。
「ですが、なぜ魔術師なのですか?それ以外にもいい殿方は沢山居ると思いますけど。」
私は御免ですが先ほどの活きのいい店員さんも中々良さそうに見えましたけどもね。
「うーん……旅人さんはこの国の人じゃないからわからないよ。」
「なら教えてください。そう突き放されてはこっちも気になるじゃないですか。」
声のトーンからして複雑な事情がこの国にはあるのでしょう。お酒が飲めなかった分、面白そうな情報を貰っておかないと釣り合いませんし。
「そんなことよりさ、旅人さんのお話聞きたいな」
そんなこと?
「私は貴方の話に興味がありますよ?複雑な事情を抜きにした、貴女のお話がね」
「……いじわる」
「逸らされましたしね。お返しです」
私がクスっと笑うと、少女はやや不満そうな顔をしながらも話してくれる雰囲気を出していました。
程なくして注文していた料理が届き、私は食事をしながら少女の話に耳を傾けます。
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「この国では女性は魔術師と結婚するのが当たり前で、それを名誉だと言ってるけど………私はどうにもそう思えないんだ。」
「魔術師と結婚…ですか。私はあまりお勧めしませんけどねぇ」
ホロホロになった鯛の身をフォークに刺して口に運びながら私は答えました。
「旅人さんの住んでるところにはそういう風習とか無いの?」
「ありませんよ~。というか、そんなものがあったら私が旅人になるのなんて夢のまた夢ですよ。」
「そんなに嫌なの?」
「いやです」
結婚に縛りがあるなんて、つまらない以外の言葉が見つかりません。人生とは自分自身の選択で決めるもの。結婚もそうです。相手を知り、己を知り、互いが互いを求め合い、自分自身で選択して初めて婚約は成立するもの。
一生に一度あるかないかという大事なことは国が決めてよいものではないと、私は思うわけです。
「魔術師と結婚することが当たり前……そう思えないということは少なからず、貴女はまだマトモだということです。」
「マトモ?」
そう、マトモ。それでいて
「普通の事なんですよ、貴女の『そう思えない』という感情は」
夕食を食べ終え、席を立ちながら私はそう言いました。
「少し、場所を変えましょうか」
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お店を出た私たちは、そう遠くない海岸に来ています。草木のある林を抜け、少し開けた場所にある崖に腰かけると、目の間には素敵な光景が広がっていました。
街の光を水面が反射してキラキラと輝き、空を見上げれば綺麗な満月が私たちとこの国を見下ろしています。
少女もやがて私の隣に腰かけ、景色を見ると小さく感嘆の声を漏らしました。
「ねぇ、さっき言ってた『普通』ってなんなの?」
私はその純粋な質問に、わかりやすく答えます。
「そうですね……普通、貴女はそれをどう捉えますか?」
「え……?」
突然の問いに驚いたのか、少女は少しフリーズした後答え始めます。
「私がいて、お父さんやお母さんもいて……毎日一緒にご飯を食べる。その日あった事とか、私の好きな事とか……そんななんでもないお話を三人で一緒に話す……とかかな」
「では、その世界の貴女はなにか悩んでいますか?」
「……どうだろう。わからない。」
困ったように眉間にしわを寄せながら、彼女は私の方を見ました。その瞳には、まだどこか曇り掛かったような、晴れない目。
「人生というのは選択の連続です。その時の自分が何を思い、何をしたいのか……それ一つで、意外とどうにかなってしまうものですよ。」
私は杖を取り出し、真上に向けて粒子魔法を放ちました。きめ細かい光の粒子が私たち二人の周りに散布し、杖を動かすとそれは地面に落ちることなく辺りを浮遊します。
「わぁ……綺麗。これは魔法?」
「そうですよ。魔法です。」
指で粒子を操作し、少女の周りを淡く照らしながら私は続けました。
「私が魔術を勉強し始めたのは単なる気まぐれでした。ただじっとしているだけの自分に嫌気がさしたんでしょうね……自分を変えるために必死で勉強に励んだものです。」
「好きで始めたわけじゃないの?」
「はい。自分を変えたいから、私は魔術を勉強する『選択』をしたんです。」
その時少女はなにかハッとしたような表情を浮かべながら私を見ました。
「些細な動機でもいいんです。一歩踏み出せたかどうか、そこが肝心なんですよ。貴女は魔術師との婚約が当たり前だとは思わなかった。それでもお母さんに話を切り出せなかったのは、貴女の中の自制心がその感情を我慢しようとしたからだと思います。」
光の粒子はやがて蝶の姿へと変わり、少女から離れていく。
「嫌なら嫌だとはっきり言う。そういう風に、自分で『選択』してみたらどうでしょうか。」
「でも……」
一歩勇気が出ないのか、少女はすこし曇った声を出す。彼女の年齢なら無理もありません。まだまだ若くて、これから幾千もの選択をしていくわけですから。ここで足踏みしてしまってもなんら不思議ではないのです。
「人生の半分は選択で出来ています。そこから先に進んだ未来はおまけみたいなものなのです。大事なのは、自分が何をしたいかですよ。」
私は立ち上がり、お尻についた草を掃いながら向き直ります。
「選ばない。一見否定的に聞こえるかもしれませんが、これも『選択』です。貴女には選ぶ権利があります。心のままにしてみて下さい。」
箒を取り出し、私はそれに乗ります。風で飛ばされないように帽子を片手で押さながら、少女に向かって柔らかく微笑みました。
「……ありがとう、旅人さん。今私が何をするべきか、何となくわかった気がするよ。」
「それは良かったです。」
少女の目は、もう先ほどのような曇った眼ではなく、これから前に進もうとする真っ直ぐな眼に変わっていました。
私はそれを見て、心の中で少し安心します。
「旅人さんは魔法使いだね。ずっと迷っていた私の心の内を、こうも簡単に見透かしちゃうなんて。」
「これは魔法ではありませんよ。長年生きている年の功というものです。」
箒で宿屋に帰ろうとした刹那、背後から少女が私を呼び留めました。
「旅人さん、明日にはもうここを出るんでしょう?せめて名前聞かせてよ」
旅とは出会い別れの場。すべて旅の一ページでしかない。ですが、私はこれからも知らない誰かが助けを求めるなら手を貸すことでしょう。昔会った魔女がそうしたように。
故に、私は一つでも多く思い出が残るように、旅人の魔女であり続けるでしょう。これから出会う誰かの記憶にも残るように、これからも名乗り続けるその名前。
「聖障の魔女、クルシェです。」
そう言い残し、私は颯爽とその場を離れていきました。
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旅人にとって出会いとは一期一会。この国を出るとき、昨夜の少女と会うことはありませんでした。
彼女はこれからも自分の道を行く。自分にとって輝かしい未来、より良い自由のために選択し続けることでしょう。
私も負けてはいられませんね。さぁ、次の出会いに出発する『選択』を取るとしましょう。
今日の出会いは吉か凶か。明日の天気は晴れるかな。
私は『聖障の魔女』:クルシェ。自分で選択した道を信じて旅をする一人の魔女です。
二話目も読んでくださり、ありがとうございます。
選択は時に、人生を左右する重いモノになります。
皆さんの選択が、より良い未来となりますように。




