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第5話 西谷くんじゃなきゃ、嫌だ

「何もない。琴葉が大好きな本も、人も全部……」


 俺は部屋の中を見て驚いた。

 あまりにも無機質で、殺風景な部屋。


「ここには人の笑顔が溢れていて、西谷が優しく琴葉の話を聞きながら、窓際で幸せな時間をすごしていたはずの場所だろ」


 そして、部屋の中央。

 カウンター席に、一人の少女がうずくまっていた。


「……うそつき」


 文野森琴葉だった。

 俺が徹夜で魂を削って書いた、このクソゲーで唯一の良心。


「小道具描かせると、追加代金がかかるからって、シンプルな造形にされちゃったんだよな」


 艶やかな黒髪と、華奢な体型。絹のようにといえば、彼女の黒髪と白肌を表す。


 日本人形とはまた違うが、血色の良い赤い唇が印象的な、『身長161cm』の女子。


(趣味は映画鑑賞。実はアイドルに推しがいる)


「せめてものギャップをってことで、CG増やさなくても、親しんでもらえるようにって考えたんだが」


 だが、今の琴葉は、俺の知っている『静謐な文学少女』ではなかった。


「……約束したのに。西谷くんは、私を助けてくれるって……」


 琴葉の輪郭が、ノイズのように乱れている。

 まるで、存在そのものが不安定になっているかのように。


「……なんで? せめて無視されるだけなら、まだ良かったのに」


「『あんな陰気でダサい女、俺の好みじゃないから』って、あれは誰の声……」


「考えてることが分かりにくくて、ごめんなさい。喋るのが遅いのもごめんなさい。『図書室の地縛霊』みたいなら、もっとお洒落にしますから……」


 壊れたように、何度も謝罪する。

 その度に、琴葉の頬を涙が伝っていった。


「違う……私の知っている西谷くんは、もっと優しくて、強くて……」


 琴葉は、分厚い本を胸に抱きしめながら、ひたすら同じ言葉を繰り返している。


「西谷くんって、優し……いんだね。西谷くんって、優しいんだ……よ……」


(クソが。俺は琴葉が不幸になるシナリオなんて、書いてなかったはずなのに)


 どこにも存在していない幸福を求めて、ここで涙を流しながら、震えている琴葉の様子を見ていると、胸の奥が冷たくなった。


『優しさなんて、外側からじゃ分からないよ』

『そんなことはない。たとえ分からなくても、きっと誠意は伝わるはずだから』


 俺は知っている。

 それは、『図書室イベントⅣ』で、西谷が琴葉と交わす会話だったはず。


『君と僕も本と似てる。時には読み違えたり、でも、それ以上のことを見つけられたりもするから』


『だから、明日もここで待っててよ。僕たちだけの物語を一緒に読み合いたいんだ』


 俺が書いた、自称最高の殺し文句。

 琴葉はそれを信じて、ずっとここで待っていたんだ。


(均、この野郎……)


 だが、現実の西谷はどうだ。

 メインライターの悪意によって、弱い者を踏みにじり、女をアクセサリーとしか思わないクズに成り下がっている。


「お前も本当は優しい男だったはずだろ」


 俺の呟きが、静かな図書室に消えていった。あいつが琴葉を助けに来ることは、絶対にない。


 未来永劫、そのイベントは発生しないんだ。


「……そんな優しい西谷を作ったのは、俺じゃないのか」


 理解して、愕然とした。

 琴葉を苦しめているのは、メインライターの悪意だけじゃない。


「……ねぇ、優しい西谷くんはどこ。私はここで、いつまで貴方を待ち続ければ良いの?」


 きっと、俺だ。

 俺が書いた『優しすぎる西谷』という理想像が、現実の残酷さと矛盾し、琴葉の心を内側から引き裂こうとしてるんだ。


【警告:キャラクターID『Kotoha』に致命的な論理エラーが発生しています】


【原因:メインルートとの不一致】


【このままでは5分以内に、分岐ルートが自動削除されます】


 視界に赤いウィンドウが点滅する。


 ふざけんな。俺の書いたシナリオが、琴葉への呪いになっているだと?


 そんなこと、あってたまるかよ。


「……琴葉!」


 俺は琴葉の元へ駆け寄る。

 琴葉が虚ろな瞳で、ゆっくりと顔を上げた。


「……あ、西谷……く、ん?」


 焦点が合っていない。琴葉の目には、俺が西谷に見えているのか、それともどこにも存在しない『理想』を求めているのか。


「遅いよ……ずっと、待ってたんだから……」

「すまん、琴葉。俺は西谷じゃない」


 俺は琴葉の肩を掴んだ。


 指先から伝わる温もりにすら、ノイズが混じって、実感が希薄になっている。


「い、や……嫌だ……!」

 琴葉が悲鳴を上げ、俺の手を振り払った。


「西谷くんじゃなきゃ、嫌だ! だって、彼だけが私を理解してくれるって……この世界の苦しさから、救い出してくれるって、そう書いてあったの!」


「ダメだ、琴葉。それじゃダメなんだよ!」


 俺は叫んだ。


「西谷は来ない! あいつは、お前が待っているような男じゃないんだ!」


「……うそ……嘘だ……っ!」


 バチバチッ! と、琴葉の周囲に稲妻のようなエフェクトが走る。


 拒絶反応。琴葉のルートが、『西谷はクズであるという設定』を受け入れられず、バッドエンドに向かおうとしている。


(このままだと、琴葉が自壊してしまう)


 どうする。どうすればいい。

 琴葉の設定を書き換えるか?


 どうやってやるんだよ、そんなの!


 じゃあ、『最初から西谷なんて好きじゃなかった』ことにするか?


 いや、駄目だ。それでは、琴葉がこれまで信じてきた『救い』そのものを否定することになる。琴葉の心は完全に壊れてしまう。

(思い出せ。俺は何を書いた?)


 琴葉を救うために。琴葉を幸せにするために。


 俺は、西谷均という『主人公』を通して、何を伝えたかったんだ?


 ──違うだろ。そうじゃなかっただろ。


 俺は『西谷』をカッコよく見せたかったわけじゃない。


 読まれなくなった本のように、図書室の片隅に佇む琴葉に。


 『君は価値がある存在なんだ』と、伝えたかっただけだ。


 しかも、その言葉を紡いだのは、『主人公 西谷均』じゃなくて、『クソライター』と馬鹿にされてきた、俺のはずだろ。

読んでいただき、ありがとうございます!


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