序章 俺は誰かを『不幸』にするために、ライターになったわけじゃなかった
「これ、どうやってもヒロイン救えねぇ……」
深夜三時、エナジードリンクの空き缶と、コンビニ弁当の容器が散乱する開発室で、俺の声が虚しく響いた。
画面の中では、社運を賭けた『覇権ヒロイン・姫咲透華』が、屋上から飛び降りるバッドエンドが再生されている。
問題なのは、これが『ハッピーエンド』として実装されたはずの結末だということだ。
「仕様だ、仕様」
充血した目のプロデューサーが、モンブルエナジーを流し込みながら吐き捨てる。
「飛びやがって、あのクソライター。今から直してる時間なんてねえからな。来週にはVtuberコラボとフィギュアの予約が始まるんだぞ! さっさとマスターアップだ、こんなもん動けばいいんだよ、動けば!」
俺は奥歯を噛み締めた。
このプロジェクト『エターナル・ヴィーナス ~君と紡ぐ永遠の約束~』は、地獄だった。
度重なるリテイクと、納期の変更。
資金繰りの悪化による、契約金の未払いにブチ切れた売れっ子メインライターは、納品直前にバックれた。しかもただ消えたんじゃない。
腹いせにこのゲームのシナリオを『脆弱・依存・自壊』に書き換え、全ての選択肢を『破滅』に繋げる筋書きを残していったのだ。
「バカ野郎。あんぱん食って、サブヒロインが食中毒はさすがに無いだろ……」
残されたのは、地獄のデスマーチと、クソコードの山。終わらないデバッグ作業。
そして──
「あ、そうだ。クレジットのメインシナリオ担当、お前にしておいたから」
「……は?」
「御大が逃げたなんて、バレたら信用に関わるだろ。お前、レビューサイトでも『ハピエン信者』とか『ご都合主義ライター』って馬鹿にされてんだろ? 今回で一皮剥けるだろうし、ちょうどいい役じゃないか」
「だったら、最初から俺に全部書かせてくださいよ。この子たちを皆、幸せにして……」
「調子に乗んなよ。お前は使い捨てのクソライターなんだから。こんなにレビューで酷評されてるシナリオライターのゲームを誰が買うんだよ、誰が」
青筋を立てながら、俺に向かって吐き捨てる。
(ふざけやがって、クソが……)
反論は、『経営の都合』という言葉で封殺された。
◇
そして、発売日。
予想通り、いや予想以上の大炎上が起きた。
あまりに不憫なヒロインたちの扱いに、ネット掲示板やSNSは阿鼻叫喚。バグで進行不能になる仕様も相まって、ゲームは『伝説のクソゲー』として祭り上げられた。
『姫咲透華とかいう精神汚染物質』
『これ書いたライター、人の心ないんか?』
『ハピエン厨の成れの果てがこれかよ、サイコパスすぎるwww』
(俺は誰かを不幸にするために、ライターを目指したわけじゃなかったのに……)
違う、俺じゃない。本当に俺じゃないんだ。
俺が書きたかったのは、こんな胸糞悪い話じゃない。
俺はただ、彼女たちが楽しそうに笑い合っている、当たり前の幸せを書きたかっただけなのに。
(どうすれば良かったんだよ、クソが……)
自宅のアパート。モニターに映る『精神崩壊する透華』のシーンを見ながら、俺は安酒を呷った。
心臓が痛い。連日の徹夜とストレスが限界を超えているのがわかる。
「……ふざけんな……」
薄れゆく意識の中で、俺はキーボードに手を伸ばした。
会社には提出できなかった、俺だけのテキストデータ。
このシナリオなら、全員が救われる。ご都合主義だけど、最高にハッピーな真エンドのプロット。
(せめて、俺の中だけでは……お前らは幸せだ……)
エンターキーを押した瞬間、プツン、と視界が暗転した。
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