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第6話 不穏の種




 広い食堂の中には、壁に沿うようにして一直線に、見たこともないような料理が数え切れないほど並んでいる。その手前には仕切りのついた皿が取りやすいように低く何列にも積み上げられていて、料理の入った大皿にはそれぞれに取り分けばさみが置かれていた。

 食堂の中には沢山の生徒が学年関係なく入り混じっていて、各々が好みの料理を皿によそって楽しんでいる。

 そんな光景を前にして、ノエは両手を合わせて「きゃ……!」と歓喜の声を上げた。


「ちょっと。あまりはしゃぐとみっともないわよ」

「あ。そうか。ごめん……」


 気分が高揚しすぎて声が出てしまった。けれどそれをユズリに注意され、我に返ったノエは胸に手を当て自身を落ち着ける。

 数度深呼吸をして、ノエはそれからユズリへと目を向けた。彼女は仕切り皿を手に持って、もう既に疲弊したような顔で辺りを見回している。


「にしても、凄い量の人ね……」

「やっぱり人気なのね」

「そりゃそうよ。うちの食堂は有名だもの」


 ディオラム学園の食堂と言えば、宮廷出身の料理人が多数在籍していることで広く知られている。この学園自体が王国の管轄下にあるのだから、それも当然のこと。料理長は元々王家に使えていた重鎮であり、学園内で提供される食事は王家御用達の饗宴料理と遜色ない味わいだ。

 学園の生徒であれば、そんな至高の食事を好きなだけ楽しむことが出来るのだ。

 ノエからすれば、一生に一度食べられるかどうかも分からないような御馳走。それをいつでも制限なく食べることが出来るのだから、心が弾まないわけがない。


「ずっと来てみたかったんだあ……!」

「どうして今までは行かなかったの?」

「流石に一人じゃ居たたまれなくて……」


 微妙にはにかみながら言うと、ユズリは「この子にもそういう感情があるんだ……」とでも言いたげな目でノエを見つめた。ユズちゃんは一体私を何だと思ってるのか、とノエは何とも言えない気持ちになる。もしやとんでもなく遠慮を知らない未知の生き物だと思われているのではないだろうか。そうだとしたら丁寧に誤解を解く必要がある。


「人間味があっていいなと思っただけよ」

「え? へへぇ?」

「ちょっと、ニヤニヤしない!」

「褒められたからつい……」

「全く……。というか」

「?」

「二人だったとしても居たたまれないのは変わりないわよ……」


 ユズリは雨の日の空のようにどんよりとしたため息をついた。両手が皿で塞がっていなければ、目元を手のひらで覆っていそうな様子だ。

 ノエも彼女につられて辺りを見回す。そしてユズリの耳に顔を近づけて、驚きの色を声に滲ませながら囁いた。


「もしかして私たち、すごく目立ってる?」

「当然でしょ! 逆に何で目立たないと思えるのよ!」


 ノエは衝撃のあまり口元を手で覆った。

 友達が出来たことですっかり学園に馴染み切ったものだと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。ユズリは半ば閉じた瞳でノエを見て、甘辛く煮た肉団子ののった皿に手を伸ばした。


「のけ者とのけ者が集まった所で悪目立ちするだけよ」

「ふむふむ。確かに……あ、このお肉おいしそ~!」

「ホント能天気ね、あなた……」


 ユズリは再びため息をついた。

 正直に言って、見世物のような扱いを受けているこの状況は、ユズリにとってあまり気分のいいものではない。見られること自体得意ではないし、出来れば息を潜めて生きていたい。

 些細な行動さえも物珍しい虫を見るように観察されていると思うと、どれだけ美味しくてもご飯が喉を通らない。


『一度行ってみたいなあ、私も』


『折角こんな凄い所に入学できたんだしさ。楽しまないと勿体ないと思うのね』


 けれど、目を輝かせるノエを思い浮かべて、胸の底に溜まっていた黒いものがさっと透明になって消えて行った。ユズリは目をしばたたかせて、自然と顔を綻ばせる。


「……まあいいか……」

「? どうしたの、ユズちゃん」

「何でもない。ほら、さっさと取っちゃいなさい」


 好みの料理を皿に盛りつけて、二人は空いている席に座った。そこは窓から光が丁度よく差し込む暖かい場所で、ノエは目を細めて窓の外を眺めた。

 そうして「いい席に座れて良かったね」と、ユズリに喋りかけようとした時のこと。


 カツ、カツ、と硬質な靴の音が鳴り響いた。

 ユズリはふと顔を上げ、そして突然唇を震わせ始める。


「──あら、ごきげんよう?」


 目を刺すような濃い金色の髪を複雑に編み込んだ令嬢が、羽のついた金の扇子で口を隠しながら微笑む。

 見覚えのない令嬢に声をかけられ、ノエは目を丸くして食器に伸ばしかけていた手を引っ込めた。一方ユズリは途轍もない量の汗を額に浮かべ、首を絞められたように切羽詰まった声で呟く。


「め、メイティ、侯爵令嬢様」


 ユズリは息を詰まらせながら、金髪の彼女の名を呼んだ。それを聞いて、ノエは彼女がユズリの言っていた件の令嬢なのだと理解する。

 リラ・メイティは大勢の取り巻きたちを引き連れてノエたちの前に立ち、空気を切り裂くような音を立てて扇子を閉じた。

 一目見ただけで分かる。

 彼女の目は全く笑っていなかった。彼女の瞳の奥では、歪な色をした炎が地を震わすような音を立てながら燃えていた。


 その場に居る誰もが彼女たちから目を逸らした。

 皆彼女がユズリのような身分の低い生徒に酷いいじめを行っていることを知っていた。けれど見ないふりをしているのだ。

 メイティ家は代々続く名門貴族であり、彼女の意に反する行いをすれば何をされるか分からない。いじめを庇えば次は自分が標的にされる。だから皆一様に俯いて、彼女の言動を視界に入れないようにしているのだった。


「これは、一体どういうおつもり?」

「そ、それは……」

「わたくし、あなたに〝お友達ごっこ〟をするように言いつけた覚えはないのですけれど……」


 そう言われ、ノエはむっとして眉間に皺を寄せた。〝ごっこ〟などではないからだ。ユズリと自分は正真正銘の友人である。そうだと良いなと思う。

 するとリラは頬を膨らせまるノエに視線を向け、不愉快そうに眉を動かす。


「何ですの? その目は」

「め、メイティ様……! その、この子は……!」

「黙りなさい! この愚図!」


 ユズリがノエを庇うように前に飛び出せば、リラはそれを叩き落すように激しく彼女を罵った。

 リラは抑えきれない苛立ちに駆られていた。

 愚図のユズリに〝名無し〟を学園から追い出すようにと命じたというのに、彼女が全く役に立たなかったからだ。しかも彼女は名無しを追い詰めるどころか、かえって名無しに懐柔されてお茶まで楽しんでいる始末だ。

 愚図だとは思っていたが、ここまで使えないとは思わなかった。全く、とんだ不良品だ。こんな女、居ない方がましなくらいだ。


「そう……あなた馬鹿だものね。自分の立場をすっかりお忘れになったよう」

「ちょっと……」


 言いたい放題言ってくれるじゃないか、と、ノエの胸に苦い光が駆け走る。自分が陰口を叩かれるのは、まあいい。好きにすればいい。だが友人が悪く言われるのは見逃せない。

 公然と嘲笑を浮かべてユズリを罵る彼女らに怒りを抑えきれなくなったノエは、両手を机に叩きつけて立ち上がった。

 しかし、ノエが口を開くよりも先に、ユズリが「そ、その!」と声を張り上げる。


「の……ノエの、ことは。放っておいて、あげて、ください」


 ユズリは途切れ途切れに、しかしはっきりと周囲の耳に届くような声量で言った。


「こ、この子、は。その、悪い子じゃ、なくて……」


 おどおどと辺りを見回しながらも、ユズリは勇気を振り絞って自分の意見を口に出した。

 ノエは驚いた。

 初めてユズリに名前を呼ばれたからだ。


「……はあ?」


 しかしリラにとっては、彼女の言動は不快以外の何物でもなかった。

 彼女は今まで従順にリラに従ってきた。リラの命令に逆らったことなどなかった。それなのに突然人が変わったように立ち上がって、あまつさえリラを真正面から睨みつけてきたのだから、腸が煮えくり返らないわけがない。頭に大量の血が昇るあまり、一周回って呆気に取られてしまう。


「……あなた。わたくしに逆らえばどうなるか、本当に忘れたの?」

「い、いえ。分かってます」


 ユズリは俯き、制服の端を震える手で握りしめた。


「で、でも。それと同じくらい、ノエのことも大事、なので……」


 ノエは感動のあまり言葉を失い、喉の奥から声にならない悲鳴を上げた。すると顔を真っ赤に染めたユズリに「あ、あなたは黙ってなさい!」と軽い叱責を飛ばされる。ノエは口を両手で塞ぎ、何度も首を縦に振った。

 手の甲に血管が浮き上がるほど拳を固くして、ユズリは自身のありのままの思いを口に出した。


「つ、つまりは。その。メイティ様の言うような、酷いことは、出来ません……」

「──は?」


 リラの唇は色を失った。

 あまりに強い憤怒に駆られたせいで、彼女の瞼はまるで何かの生き物がそこに住んでいるかのように断続的に動いていた。

 彼女は怒りのあまり普段は規則正しく伸びていた背筋を曲げ、走り回ったあとのように肩を揺らし、そして足を大きく振り上げてユズリへと近寄った。彼女の金髪が乱れて揺れて、靴の底で地を踏み抜いたような音が響く。


「身の程を知りなさいッ! このッ……!」

「っ!」


 彼女の腕が扇子を持ち上げる。頬をぶたれるのだと思って、反射的にユズリは硬く目を閉じる。

 しかしいつまで経っても彼女に衝撃は訪れず、代わりに辺りには「ガキン!」という軽快な音が鳴り渡った。


「はっ?」


 リラは口を大きく開けたまま固まった。

 ユズリの頬を目がけて振り抜いたはずの扇子が、中央から真っ二つに折れてしまったからだ。

 ユズリもその光景に仰天し、それから慌てて顔を後ろに向けた。彼女と目を合わせたノエは、顎を引いて微笑みながら、勢いよく親指を立ててみせる。


 こんなこともあろうかと、リラが食堂に入ってきた時点でユズリに防衛魔術をかけておいたのが功を奏した。おかげで彼女の顔には傷一つない。代わりにリラ嬢の高価そうな扇子が折れてしまったが、それは手を上げようとした彼女にこそ責があるだろう。こちらは正当防衛だ。

 リラはしばらく魂が抜けたように呆然として、それから我に返ってユズリを激しく睨み付けた。


「な、何のつもり!?」

「いや、私は何も……」

「あ、あなたのせいで! わたくしのお気に入りの扇子がッ!」


 気が動転したらしい彼女は、血相を変えてユズリに詰め寄った。


「まさかこのわたくし相手に魔術を!?」

「い、いえ……」

「言い逃れなさるつもり!? あなたッ、一体わたくしを誰だと……!」


 きっと彼女が、もしくは後ろの名無しが、魔術でつまらない小細工を仕掛けたに違いない。それは何と卑劣な罠だろうか。リラは自身の行いを棚に上げて、彼女たちを糾弾しようとした。

 しかしその時、リラの耳に周囲のざわめきが届く。


「……なあ、今のって……」

「ええ。詠唱なしの古代魔術ですわ……」

「あんな古い形式の魔術を? なんでわざわざ?」

「古代形式の方が燃費は悪いが、代わりに魔術の質が良いんだ。効果が長く続くし、破られにくい」

「でも発動が難しいんだろ? それをあの一瞬で……!?」


 辺りを妙な声色が覆っている。

 それはリラではなく、取るに足らない身分の彼女たちに向けられた、一種の感嘆にも似た空気だった。

 リラは唖然として、それから事の次第を理解した。

 彼女たちが魔術を使ったことを認めれば、それは彼女らの技量を周囲に示すことになる。リラよりも彼女たちが賞賛される。リラよりも彼女たちが目立つ。そんなことは決してあってはならないのに。


 けれど当然、自分より低い身分の者が優れた魔術を扱える事実を認められない者は、リラ以外にも多く居た。

 そんな者たちは密かに、しかし辺りの声を上塗りするかのように囁く。


「ですけど、ねえ? そんなことがあり得ますの?」

「ええ。わたくし、とても信じられませんわ」

「そうね。むしろ……」


 そのため、都合良く弱った餌を俊敏に探し出す鷹のような視線は。


「彼女の持っていらした扇子が、古びて傷んでいたのではなくって?」


 静かにリラへと向けられた。


「──ッ!」


 リラの顔が燃やされたように赤く染まる。無遠慮な眼差しが彼女の高いプライドを深く傷つけて、彼女は立っていられないほどの羞恥心に苛まれた。


「っ、このことは、お父様に言いつけますからね……!」


 きつく唇を噛みしめて、彼女は取り巻きたちを連れてその場から去って行った。きっともう一秒でも長くこの場に居ることに耐えられなかったのだろう。

 彼女が去ってから、ユズリは突然身体の中にある太い糸が切れたかのように椅子に座り込む。息を短く何度も吐く彼女に、ノエは「大丈夫だった!?」と声をかけた。


「だ、大丈夫よ……。けど、寿命が縮むかと思った……」

「平気? なら良かった」

「良く、はないでしょ……」


 ユズリは天を仰ぎ、額に手を当てた。彼女の三つ編みが椅子の背もたれに力なく寄り掛かる。


「どう、するのよ。これから……。アレ絶対根に持ってるわよ。何かやってくるわよ……」


 不安の杭が大量に打ち込まれた未来を直視して、ユズリはげんなりとした様子でため息をつく。

 ノエはそんな彼女に身体を寄せ、脈略なくピト……と頬をくっつけた。


「……何よ」

「ユズちゃんが名前で呼んでくれたな~って思って」

「そ、そんなこと今言ってる場合じゃないでしょ」

「私にとっては一番大事なことだから」

「能天気め……」


 彼女は唇を小刻みに震わせながらノエを睨みつけ、それから「あ、暑苦しいのよ。離れなさいよ」と言って、ノエの顔を右手でおざなりに押しのけたのだった。







 部屋の中には無作為に壊された小物が散乱している。カーテンやシーツなどの布は痛々しく引き千切られていて、小型の時計は床に強くぶつけられたことで針の動きを止めていた。

 そんな荒れた部屋の中央には、金髪を搔き乱して肩を震わせる少女が一人。

 彼女は呼吸を不規則に乱し、今にも目から血を噴き上げそうなほどに尋常でなく表情を強張らせている。


「ふーっ、ふーっ……!」


 リラの心はこれまで味わったことがないほどの屈辱に踏み荒らされていた。

 これまでの人生、上手く行かなかったことなんて何一つなかった。欲しい物は何だって与えられてきたし、自分に跪かない者は居なかった。誰を虐げても許されてきたし、何をしたって頭を撫でられた。自分は何をしても許される存在であり、何においても優先されるべきなのだと信じていた。

 それなのに、公衆の面前で酷い恥辱を味わわされた。

 この自分が、あんな惨めな思いをするなんて。

 ……いや、一度だけ過去にもあった。口にも出せないような侮辱を受けた経験が。


『……あ。あの』

『? 何かしら』

『その。……そこの魔術式、一つ位がずれてますよ』


 もう少し見直しをしていれば簡単に気付けるはずだった取るに足らない間違いを、嬉々として指摘してきた嫌味な女が居た。

 鼻の上に赤いそばかすをのせ、栗毛をお下げにした地味な女だ。

 少し頭が良いくらいで他に取り柄もない癖に、身分不相応にもリラに話しかけてきた。リラに耐え難い汚辱の味を覚えさせた。

 だからいじめてやった。お前の方が下の存在なのだと示した。「お父様に言いつけてやる」と脅せば、簡単に頭を下げて身を縮こまらせた。

 気分が良かった。これが正しいあり方なのだ、と誇らしく思った。この学園の中で自分は絶対的な強者の集団に組み分けられている。そしてそれ以外はどう扱っても構わない。壊れても代えの利く玩具なのだ。


 だと言うのに、反抗された。

 あの眼差しが脳裏にこびりついて離れない。顔を思い出すだけで腹の底に真っ赤な火が点く。喉を搔き毟りたい衝動に駆られる。邪魔だ。目障りだ。


「……目障りよねえ、本当に」


 肩にそっと手が置かれる。

 傷ついた心の隙間をそっと埋めてくれるような、白い花のような可憐な声が聞こえた。


「分かるわ、その気持ち」


 一体誰だろうか。誰が後ろに立っているのだろう。

 いや、そんなことを考える必要はない。この手の主が誰かなんて気にしなくともいい。何故だかそう思える。何の疑いもなく、この名も知らぬ誰かが絶対的な味方だと信じられた。


「目障りよね、あの女。ユズリ・レイハと──ノエ。ノエ・ジェード」

「あなたも、そう思うの?」

「ええ。ええ、そうよ。そう思います。わたしは、あなたの気持ちを真に理解できるわ」


 透き通った声が耳の隙間を縫って、頭の中に入り込んで、身体を内側から優しく撫でる。

 彼女の声色には、自分を完璧に理解してくれるのはこの世でこの人しか居ないのだと思わせるような、そんな魔性の輝きが込められていた。


「あなたの気分を害する物など、この世にあってはならないわ」

「……そうよね」

「それこそが悪。あなたの心を傷つける物に価値などありません」

「そう、よね」

「壊してしまいましょう、そんなもの」


 肩に置かれた手のひらが徐々に肌を撫でながら上り、その手にそっと目を覆われる。

 心を丸ごと取り出され、眺められ、その形を隅々まで確かめられているような、そんな妙な気分に包まれた。


「次の魔術の実習は、召喚術の授業でしょう?」

「ええ……」

「そこでもしも、憎い彼女たちが召喚術に失敗して、良からぬものを呼び寄せてしまったなら……どうなると思う?」

「……無事じゃ、済まないわ」

「そう。その通り」

「でも、どうすれば?」

「簡単よ。呪ってしまえばいい」


 こつん、と側頭部から音が鳴る。彼女に額を軽く打ち付けられた音だ。しかしこれほどまでに近い距離で接触されているのに、不思議と全く不快感がない。むしろ陶酔感すらも覚えるほどだ。


「呪、う?」

「ええ。彼女たちに呪いをかけて、召喚魔術を失敗させるの」

「そうすると、どうなるの?」

「世にも恐ろしい化け物に襲われるわ」


 どんな手を使ってでも彼女たちに報復したいリラにとって、その提案はこの世にあるどんな高価な宝石よりも素晴らしいものに思えた。彼女の言う通りにすれば何もかもが自分の都合の良い方に動いていくような気がして、頷くだけで幸せが勝手に懐に飛び込んでくる予感がする。

 窓の外には赤く染まった月が浮かんでいて、その美しく禍々しい光が部屋の中を暗く照らしていた。


「その方法を、わたしがあなたに教えてあげる」

「方法、を」

「とっておきの、悪魔の呪術よ」

「……悪魔の?」

「きっと上手く行くわ」


 可憐な声はそう言って笑った。

 まるでこれまで何人も人間を残酷に食い殺してきた悪魔のように。







 王宮の庭園には枝を鋏で剪定する音が、規則正しく一定の間隔で鳴り響いている。

 庭師たちは王城周りに集まって、景観を季節らしく整えるための大規模な作業を行っていた。広大な王宮の美しい叙景を維持するためには、庭師たちの多大なる貢献が欠かせない。

 グランは顎に伝う汗を拭いながら、監督の指示に従って庭を整備していた。


「通路沿いの低木は左右が対称になるように切り揃えろ」

「はい。承知しました」


 慣れた手つきで鋏を入れて、木の形を揃えていく。

 そうして枝を切り落とした時、グランは前触れなく顔を上げ、振り返って学園がある方へと目を向けた。


「どうした?」

「……ああ。いえ」


 不思議そうに監督に見つめられたグランは、首を横に振って両手を軽く挙げてみせる。


「何でもありません」


 赤い目を細め、そう呟きながら。





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